玉座の檻

萌於カク

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ダンの夢

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『赤の間』で、アミーユはダンを待ち構えていた。
 討伐軍の王都出発を十日後に控えている。

 先に新月を迎えて本当に良かった。
 討伐軍の総司令だと? 知るかそんなの。
 今日を限りに王都を去る。ダンとともに。

 二人でどこかの町の豪商の用心棒でもすればいい。ダンが働きたくないのなら俺が養う。
 武芸にも文字計算にも明るいアミーユには、どこででも生きていけるだけの自信がある。

 伯爵家は嫡男を失えばおとりつぶしになるかもしれないが、それも知ったことではない。
 ダンは首を縦に振らないだろう。またしょんぼりと眉尻を下げるだけだ。
 そこで、眠気を誘う薬をウイスキーに仕込んでいる。眠ったところを馬車に乗せて、王都を離れる計画だ。



 夜更けにようやくダンは現れた。
 アミーユは早速ダンをソファに座らせて、グラスに酒を注ぐ。

「アミーユが注いでくれるの?」

 ダンはアミーユの酌を照れ臭そうに受けている。
 ソファに座ったダンは、アミーユを膝に乗せようとするも、アミーユはすっと身を引いた。
 ヒートが起きるとまずい。

 ダンがアミーユを抱き寄せたそうにうずうずしているが、「まだだめだ、話を聞け」と制して酒を注ぐ。
 しかし、何杯ウイスキーを飲ませても、ダンは眠るどころか、酔いも見せない。
 ワインを飲んでいるアミーユのほうが呂律が怪しくなってきた。

「それでな、俺が総司令だってさ。嫌がらせらよな。誰が行くかっていうんらよ。そんなの」
「でも、行くんでしょ?」
「やら、行かない。俺は軍をやめる」

 言ってしまってから、アミーユはハッとする。「うそだ、言ってみただけだ」とごまかすも、ダンはじっと見てくる。
 気まずそうに黙り込んだアミーユの前で、ダンは懐に手を入れて、革袋をテーブルに置いた。ごとりと重い音がする。
 アミーユの顔色が変わった。

「馬が馬車につながれたままだったから気になった。馬車の中に荷物とこれがあった」

 アミーユは手元に集められるだけの金をかき集めて、その革袋に入れていた。かなりの大金だ。普段、持ち歩くような額ではない。
 馬車にはもちろん鍵をかけておいたが、盗賊のダンには解錠もお手の物のようだ。

「馬は厩に戻しておいたよ。アミーユ、何を企んでいるの?」

 ダンの声音はいつものように穏やかで優しかったが、アミーユは口を開くことができなかった。
 ダンはグラスを煽って空にすると言った。

「俺には眠り薬は利かないよ?」

 ダンは何もかもを見抜いている。
 アミーユが口を開く前にダンは言い切った。

「俺は俺だ。生き方は変えられない」

 計画は失敗した。ダンの嗅覚は異常に優れている。アミーユは舌を巻いたが遅い。
 アミーユは叫んだ。

「どうして!」

 アミーユはおろおろと額を両手で覆った。

「ああ、どうすればいい、どうすればいいんだ!」
「アミーユ、どうした? 何を心配している?」

 ただ事ではなさそうなアミーユに、ダンは近寄ってくるも、アミーユはソファを立って、ダンから離れた。

「ダン、ダン、頼む、俺と一緒に逃げてくれ」
「どこに?」
「王都以外の場所なら、どこでもいい。できないなら、頼む、盗賊をやめて……」

 そこで、ダンはアミーユを遮った。

「俺はもうやめられないんだ。もうやめられない」
「どうして?」
「俺は貴族に恨みがある」
「え………?」

 アミーユはポカンとする。ダンはアミーユに初めて聞かせる話をする。

「俺の母は貴族に殺された。俺には貴族に恨みがある」

 アミーユは口を閉ざした。ダンはそんなものを抱えていたのか。いつも間が抜けた顔のくせに、胸のうちにそんな恨みを。
 でも、そんなの恨んでもしようがないだろ。貴族に親を殺されたやつなどそこら中にいる。
 しかし、ダンにはダンの無念があるはずだ。

「それは気の毒なことだ」
「俺は貴族を討ちたい」
「ハァッ?」
「俺はこの国の貴族をすべて討つ。盗賊はその準備だ」

 アミーユは呆気に取られてダンを見た。
 何を言ってるんだ、こいつは。

「俺は貴族をやっつける。悪い貴族をやっつけるんだ」

 アミーユの口はあんぐりと開いた。
 悪い貴族をやっつけるって、お前、いったい、何歳だ………?
 こいつは馬鹿なのか。

 アミーユはダンの目を覗き込む。
 ダンの目には、情熱が浮かんでいた。熱い情熱に目がキラキラと輝いている。
 あああ、本物の馬鹿なんだ………。

 慎重だし嗅覚にも優れているのに、根本的なところで馬鹿なんだ。
 アミーユはダンを説得する手段を見失う。
 馬鹿に付ける薬はない。

「ダン。いずれ捕まって斬首だ」
「捕まるようなヘマはしない」

 ああそうだろう、ダンには危険を切り抜ける能力がある。慎重で嗅覚に優れている。
 だが、死ぬんだ、このままでは。

「死ぬのは怖くないのか」
「そりゃ怖い」
「それなら」
「でも、何もしない方がもっと怖い」
「ダン、お前は多くの仲間を失ったはずだ。死んだ仲間をどう思う。お前が死なせたようなものだ」
「仲間の顔は忘れたこともない。彼らは俺の勇気だ。俺は彼らに生かされている。俺はやめない」

 ダンの情熱に微塵も陰りはない。
 あああ、夢見る馬鹿なんだ………。

「だが、お前は捕まるんだ、そして、殺されるんだ」
「そうならないように、お前も協力してくれ。ともに貴族を討とう」
「何だって………?」

 アミーユの顔色が変わる。

「お前が俺を守れ。お前ならそれができる」

 ああ、ああ…………!
 そうだったのか………!

 アミーユの頭で事象がつながっていく。
 ダンに与えられた温もり。それが氷のように凍えて、ナイフとなってアミーユの胸を貫く。
 アミーユは両手で自分の額を抑えた。

「ああ、お前は、お前はっ。お前は俺にお前を守らせるために、俺に情報を流したんだな、そして、俺を出世させた。お前をもっと守れるように。俺を、俺を利用したな!」

 俺には利用価値がまだあった。家族だなどと、家族だなどと!
 すでにアミーユはダンを守るためにいろいろと手を回している。
 すべてはダンの仕組んだことだった。アミーユは、ダンの手のひらで踊っていた。
 ダンは慎重で嗅覚があり、とてつもなく計算高い。

「そうだよ、アミーユ。俺はそういう男だ」

 ダンは言い訳しなかった。
 アミーユをまっすぐに見てきた。アミーユに手を伸ばす。

「俺にはしなきゃならないことがある。果たさなきゃならないことがある」
「やめろ、来るな。俺に触るな」

 伸びてくるダンの手を避けて、アミーユは後ずさった。後ろには壁がある。ダンは俺を逃さないだろう。  
 利用価値がある間は。

「ダン、出ていけ。今すぐここから出ていけ」

 それはアミーユが初めて口にしたダンを拒絶する言葉だった
 アミーユは目を閉じた。ダンは俺を逃さない、俺も逃れられない。
 しかし、手は伸びてこなかった。気配が消えて目を開ければ、ダンはいなかった。
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