玉座の檻

萌於カク

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リージュ公爵、誕生

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 アクランド軍の幕営に、一人の兵士が、将校を胸に抱えて戻ってきた。

「少将閣下!」

 行方不明の総司令官であることに気づいた兵士が駆け寄る。

「近寄るな! 閣下は熱病にかかっておられる!」

 帰還兵士の声に、集まりかけた兵士らは足を竦めた。この地域には風土病がある。重いと、死ぬか後遺症を残すこともある。リチャード王太子殿下も、この風土病がきっかけで、長いこと臥せておられる……。
 帰還兵士は将校を抱いて、総司令官の天幕へと入って行った。

♰♰♰

 ダン………? 
 どうしてダンが………?
 アミーユは戦地の天幕の下にダンを認識して、首を傾げた。しかし、次の瞬間にはもう何も考えられなかった。

「ダン………」

 その首に腕を絡ませる。ダンはゆっくりとアミーユにかがみこんできた。
 二人は、天幕の奥の寝台で、ひそやかに愛し合う。

 そうして、アミーユが我を取り戻したとき、すべてのことが片付いていた。
 歴戦の師団長らは恐ろしく有能なのだ。
 サースデン伯もバーバラル人の司令官も見事に捕えていた。
 王都への帰途で、それらを第一師団の監視のもとに置こうとすると、ダンが言ってきた。

「アミーユ、部下の武勲を奪うな」

 それもそうだな、とアミーユは納得し、その身柄をそれぞれの師団長に任せる。なるほど、ダンには上に立つ者の資質がある。

 帰途の旅では、快復しきっていないことを理由に、馬上でダンに背中を預けていた。

 ダンはすっかりアミーユの従卒のような顔をしてアミーユに付き従っている。いつぞやの使用人のときのように、いつの間にかそばにいる。
 アミーユは呆れ返る。
 ダンのやつ、いつから軍に潜り込んでいたんだ………?
 兵士に紛れ込み、アミーユの近くにいたのだ。そして、アミーユを守った。
 アミーユは全く気付かなかった。

 ときおり後ろを振り向く。ダンと目が合えば、ダンの黒目が優しく笑む。ダンの胸に頬を摺り寄せたいが、兵士らの手前、素振りにも見せられない。
 熱があるふりをして、もたれかかるのが精いっぱいだった。

 だが、アミーユは幸せだった。この先に待ち受ける運命がどんなものであろうと、ただその瞬間は幸せだった。

♰♰♰

 王都に戻れば、アミーユは大将に昇級した。
 叙勲の席で、アデレート宰相は、みずから席を立ってアミーユに歩み寄った。

 サースデン伯の反乱は、反乱を抑えてからのちに、おおやけのこととなった。
 アミーユは国を守った総司令官として、賞賛を一身に集めている。

 もうアミーユはほんの若僧ではない。
 あからさまにアミーユに向けられていた失笑や陰口は、もうアミーユの耳に届いては来なかった。

 アデレート宰相は黒衣の裾を優雅に揺らして、アミーユに微笑みかける。

「レルシュ大将、今回のあなたの活躍は素晴らしいものでした。反乱軍をものの十日で制圧して帰ってくるとは見事なものです」

 アミーユはアデレート宰相に軍幹部の入れ替えを願い出た。
 確かに大軍で攻めることを最初に提案したのはアミーユだったが、勝利を導いたのはアミーユではなくブラッドリーら現場の指揮官だ。
 アデレート宰相はアミーユの言葉に耳を傾けて、そしてうなずいた。

「よいでしょう。貴族出身の師団長には新たに名誉職を設置して、そこに引っ込んでもらいます。ブラッドリー大将らを重用しましょう。もちろん、あなたのことも」

 アデレート宰相はアミーユの手を握った。甘く囁く。

「わたくしはあなたを本当に頼りにしていますよ」

 まもなくして、アミーユは軍務長官に任命された。





 ―――我が守護天使を公爵とする。

 老国王は勝利の知らせを受けてつぶやいた。近習はそのつぶやきを拾い損ねなかった。

 遣いの貴族が爵位下賜の知らせを告げに来れば、アミーユはふらふらとよろめき、壁に手をついた。

「伯のような剛毅なお方でも、公爵の地位が嬉しいあまりに、気絶しそうになったか」

 アミーユは返事も出来ずに肩を震わせている。

「ほう、よほど嬉しいようだな。陛下にも伯はたいそうな喜びようであったと伝えておくぞ。今後も陛下のために身を尽くすがいい。レルシュ伯、いや、リージュ公」

 良い役目を引き受けた、と貴族は満足した顔でアミーユの前を去って行った。

 アミーユは顔面蒼白になっていた。
 俺が公爵? 
 俺がリージュ公?

 アミーユ・ル・リージュ公爵。
 これで名前も爵位もそっくり同じになった。
 逆賊アミーユの物語をアミーユは着々となぞり続けているようにしか見えなかった。
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