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母の許し
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軍務長官ともなれば、社交界にも顔を出さないわけにもいかなかった。
アミーユが夜会に顔を出せば、どよめきが起きる。しかし、以前とは異なり、人だかりとはならない。
もうアミーユはただの貴公子ではない。気軽に近寄れる存在ではないのだ。
今や公爵であり、軍務長官でもある。
アミーユの周りには、ぽつりぽつりと人が集まってくるだけだった。高位の令嬢やら、美貌を誇る令嬢しか寄ってこない。一縷の望みをかけていたような令嬢やらΩの子息はもう完全に諦めている。
令嬢方は両親とともにやってくる。本気のお相手探しだ。
「リージュ公、娘と是非、踊ってやってくださいな」
ご自慢の美しい令嬢をアミーユの前に見せびらかす。美貌のみならず、家柄も申し分のないご令嬢だ。
ふわふわとした柔らかい髪に、丸い曲線の体。
以前のアミーユには、若い女性に対して、花を見るような浮つきがあったが、今のアミーユは微塵も心動かされない。
アミーユは腹に当てていた手を、脇に置いた杖に向けた。
この両親に令嬢たちは、どうやらアミーユの事情を知らないらしい。精一杯アピールをしているのに。
三人に杖を見せつける。
「せっかくですが、戦場での傷が痛んで踊れないのです」
「まあ、それはお気の毒に」
両親はそれでアミーユに興味を失ったようだった。大切な娘を、わざわざ足の不自由なアミーユと結婚させることもない。どこの王族にでも嫁げるほどの娘だ。両親の顔にそう書いてある。
しかし、令嬢は憧れを失わない目でアミーユを見つめてきた。
「公爵さま、お国のために怪我までなさったなんて。戦場でのお話を是非お聞かせくださいませ」
「ご令嬢にはお聞かせできないことばかりです」
「蛮族とも戦ったとか。蛮族は目が三つで口が裂けているのでしょう?」
アミーユは令嬢に苦笑する。アミーユも蛮族に対して同じように思っていたが、実際はそうではなかった。バーバラル人には、捕虜の概念さえあった。
「バーバラル人は、私たちと同じような外見をしています。彼らとも話し合えばわかりあえるところがありそうです」
「あらまあ、信じられませんわ」
向こうからやってきた子爵の三男坊と目が合った。
「よ、大将」
レオナルドはいつものノリで気楽にアミーユに声をかけてきた。この商売上手は、図々しくアミーユと令嬢との間に割り込んできた。
空気を読まないふりでちゃんと空気を読んでいる。令嬢と居心地悪そうにしているアミーユに助け舟を出したのだ。
令嬢は去っていく。
「元気か。久しぶりだな」
茶目茶髪のレオナルドの童顔は、すっかり色つやを取り戻していた。アミーユと同じ22歳のはずだが、レオナルドの腹はぽっこりしていた。
幸せ太りというのがその顔を見ればわかる。
「四番目の奥さんとはうまくいっているようだな」
「へへへ、見るか?」
懐から写真を取り出す。
レオナルドの横に座る女性が赤子を抱いている。
心に沁みる良い家族写真だ。
レオナルドは、事業も成功し、父親となり、順風満帆なのだ。
レオナルドはケチのつけようのない良い人生を歩んでいる。
いつになく感傷的なアミーユの鼻頭がツンとくる。アミーユは自分の腹に無意識のうちに手を当てた。
「素晴らしい………。お前は、まったく素晴らしいなあ!」
アミーユは心の底からの声を出した。
「おいおい、大げさだな」
レオナルドは鼻の下を伸ばす。
そして、アミーユを肘でつついてくる。
「それにしても、お前は何を考えてんだ。その杖、令嬢避けだろ」
さすがレオナルドは、アミーユが怪我を装っていることを見抜いている。アミーユに怪我などない。しかし、ダンスの相手などは決してできない。
そこへ、人が左右に分かれたと思えば、赤いドレスが近づいてきた。
さすがのレオナルドも遠慮して、アミーユから距離を取った。
パメラ妃殿下…!
アミーユに複雑な感情が起きる。
アミーユがパメラに抱いた思慕は、今や、敬慕に高まっている。
―――われは愛するもののために、どんなことでもできるのだ
我が行く道を先に進む人として、尊敬が込み上げていた。
パメラの冷たい目はアミーユに対しては和らいでいる。
「リージュ公、こたびの戦はご苦労だった。まだ礼を言っておらなんだな」
パメラの隣には、ジョージ王子が立っていた。
ジョージ王子は、見るからにすくすくとお育ちになっている。
学業を終えるのを目前に、社交界にも顔を出すようになった。
もちろん、社交界の花だ。パメラ妃譲りの金髪に灰色の目、堂々たる落ち着きぶりは、いかにもりりしげだ。
さすが『期待の星』と呼ばれるだけのことはある。
ジョージ王子は顔をほころばせてアミーユに声をかけてきた。
「リージュ大将!」
ジョージ王子の目には崇拝にも似た感情が浮かんでいた。街の少年らがアミーユに向ける目と同じだった。
ジョージ王子に重なる像があった。ゲイル………。生きていたらゲイルもジョージ王子と同じくらいの年だ。
ジョージは頬を赤らめて訊いてきた。
「リージュ大将、もしよければ兄上とお呼びしても……?」
パメラが言う。
「ジョージはそなたを兄のように慕っておる。そなたもジョージを弟と思え」
アミーユはその言葉に身じろぎもせずにパメラを見つめていた。
パメラ妃殿下、それを私にお許しくださるのですか……!
「これは………、これは光栄なことです………!」
アミーユは涙をこぼしていた。やはり、俺のパメラ妃の母上なのだ……。
王太子妃になるのであれば、アミーユは捨てられても無理のないことだった。
アミーユの母親に対する鬱屈が完全に晴れ渡った瞬間だった。
「よ、喜びのあまり、涙がこぼれてしまいました。ジョージ殿下、恐れ多いことながら、ぜひ、兄とお呼びください」
慌てて涙を拭いて、笑みを浮かべる。
パメラはアミーユの耳を扇子で覆ってきた。アミーユだけにヒソヒソと話す。
「サースデン領は公領になったが、いずれリージュ公にさずけよう。われもジョージも、そなたのことを大切に思っておる」
パメラの目はアミーユににっこりと笑いかけていた。
アミーユが夜会に顔を出せば、どよめきが起きる。しかし、以前とは異なり、人だかりとはならない。
もうアミーユはただの貴公子ではない。気軽に近寄れる存在ではないのだ。
今や公爵であり、軍務長官でもある。
アミーユの周りには、ぽつりぽつりと人が集まってくるだけだった。高位の令嬢やら、美貌を誇る令嬢しか寄ってこない。一縷の望みをかけていたような令嬢やらΩの子息はもう完全に諦めている。
令嬢方は両親とともにやってくる。本気のお相手探しだ。
「リージュ公、娘と是非、踊ってやってくださいな」
ご自慢の美しい令嬢をアミーユの前に見せびらかす。美貌のみならず、家柄も申し分のないご令嬢だ。
ふわふわとした柔らかい髪に、丸い曲線の体。
以前のアミーユには、若い女性に対して、花を見るような浮つきがあったが、今のアミーユは微塵も心動かされない。
アミーユは腹に当てていた手を、脇に置いた杖に向けた。
この両親に令嬢たちは、どうやらアミーユの事情を知らないらしい。精一杯アピールをしているのに。
三人に杖を見せつける。
「せっかくですが、戦場での傷が痛んで踊れないのです」
「まあ、それはお気の毒に」
両親はそれでアミーユに興味を失ったようだった。大切な娘を、わざわざ足の不自由なアミーユと結婚させることもない。どこの王族にでも嫁げるほどの娘だ。両親の顔にそう書いてある。
しかし、令嬢は憧れを失わない目でアミーユを見つめてきた。
「公爵さま、お国のために怪我までなさったなんて。戦場でのお話を是非お聞かせくださいませ」
「ご令嬢にはお聞かせできないことばかりです」
「蛮族とも戦ったとか。蛮族は目が三つで口が裂けているのでしょう?」
アミーユは令嬢に苦笑する。アミーユも蛮族に対して同じように思っていたが、実際はそうではなかった。バーバラル人には、捕虜の概念さえあった。
「バーバラル人は、私たちと同じような外見をしています。彼らとも話し合えばわかりあえるところがありそうです」
「あらまあ、信じられませんわ」
向こうからやってきた子爵の三男坊と目が合った。
「よ、大将」
レオナルドはいつものノリで気楽にアミーユに声をかけてきた。この商売上手は、図々しくアミーユと令嬢との間に割り込んできた。
空気を読まないふりでちゃんと空気を読んでいる。令嬢と居心地悪そうにしているアミーユに助け舟を出したのだ。
令嬢は去っていく。
「元気か。久しぶりだな」
茶目茶髪のレオナルドの童顔は、すっかり色つやを取り戻していた。アミーユと同じ22歳のはずだが、レオナルドの腹はぽっこりしていた。
幸せ太りというのがその顔を見ればわかる。
「四番目の奥さんとはうまくいっているようだな」
「へへへ、見るか?」
懐から写真を取り出す。
レオナルドの横に座る女性が赤子を抱いている。
心に沁みる良い家族写真だ。
レオナルドは、事業も成功し、父親となり、順風満帆なのだ。
レオナルドはケチのつけようのない良い人生を歩んでいる。
いつになく感傷的なアミーユの鼻頭がツンとくる。アミーユは自分の腹に無意識のうちに手を当てた。
「素晴らしい………。お前は、まったく素晴らしいなあ!」
アミーユは心の底からの声を出した。
「おいおい、大げさだな」
レオナルドは鼻の下を伸ばす。
そして、アミーユを肘でつついてくる。
「それにしても、お前は何を考えてんだ。その杖、令嬢避けだろ」
さすがレオナルドは、アミーユが怪我を装っていることを見抜いている。アミーユに怪我などない。しかし、ダンスの相手などは決してできない。
そこへ、人が左右に分かれたと思えば、赤いドレスが近づいてきた。
さすがのレオナルドも遠慮して、アミーユから距離を取った。
パメラ妃殿下…!
アミーユに複雑な感情が起きる。
アミーユがパメラに抱いた思慕は、今や、敬慕に高まっている。
―――われは愛するもののために、どんなことでもできるのだ
我が行く道を先に進む人として、尊敬が込み上げていた。
パメラの冷たい目はアミーユに対しては和らいでいる。
「リージュ公、こたびの戦はご苦労だった。まだ礼を言っておらなんだな」
パメラの隣には、ジョージ王子が立っていた。
ジョージ王子は、見るからにすくすくとお育ちになっている。
学業を終えるのを目前に、社交界にも顔を出すようになった。
もちろん、社交界の花だ。パメラ妃譲りの金髪に灰色の目、堂々たる落ち着きぶりは、いかにもりりしげだ。
さすが『期待の星』と呼ばれるだけのことはある。
ジョージ王子は顔をほころばせてアミーユに声をかけてきた。
「リージュ大将!」
ジョージ王子の目には崇拝にも似た感情が浮かんでいた。街の少年らがアミーユに向ける目と同じだった。
ジョージ王子に重なる像があった。ゲイル………。生きていたらゲイルもジョージ王子と同じくらいの年だ。
ジョージは頬を赤らめて訊いてきた。
「リージュ大将、もしよければ兄上とお呼びしても……?」
パメラが言う。
「ジョージはそなたを兄のように慕っておる。そなたもジョージを弟と思え」
アミーユはその言葉に身じろぎもせずにパメラを見つめていた。
パメラ妃殿下、それを私にお許しくださるのですか……!
「これは………、これは光栄なことです………!」
アミーユは涙をこぼしていた。やはり、俺のパメラ妃の母上なのだ……。
王太子妃になるのであれば、アミーユは捨てられても無理のないことだった。
アミーユの母親に対する鬱屈が完全に晴れ渡った瞬間だった。
「よ、喜びのあまり、涙がこぼれてしまいました。ジョージ殿下、恐れ多いことながら、ぜひ、兄とお呼びください」
慌てて涙を拭いて、笑みを浮かべる。
パメラはアミーユの耳を扇子で覆ってきた。アミーユだけにヒソヒソと話す。
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パメラの目はアミーユににっこりと笑いかけていた。
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