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切られる火蓋
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パメラが離れると、レオナルドが再びアミーユのもとにやってきた。幸せに緩んだ童顔は、なぜか少々、しかめっ面になっていた。
「アミーユ、お前は立派になった。俺の幼馴染とは思えんよ」
レオナルドは、アミーユをひと気のない庭へと連れていく。いつになく、その顔は深刻だ。
「アミーユ、お前は立場上、国王亡きあと、間違いなく政争に巻き込まれる」
アミーユは非難を込めた目でレオナルドを見る。国王の死など口にするだけでも不敬だ。レオナルドは、わかっているとばかりに見返した。
「まあ聞け。酒池肉林に溺れる国王、風土病に臥すリチャード王太子、病弱なダニエル王子、若すぎるジョージ王子。国王が死ねば、あるいは王太子が先に死んでも、熾烈な後継者争いが起きる。ダニエル王子とジョージ王子とで、王太子の地位をめぐる争いだ」
「ダニエル王子は病弱なんだろ? ジョージ殿下はあの通りご立派だ。次の王太子は、ジョージ殿下でいいじゃないか」
アミーユの言葉に、レオナルドは呆れた声を出した。
「王位は直系長子が継ぐと決まっている」
アミーユは今更ながらに気が付いた。
「そうか、ダニエル王子は病弱だろうと何だろうと王位を継ぐ、ってことか」
「そうだ、生きている限り、は」
レオナルドの言い方には含みがあった。
「まさか、ダニエル王子の身に何かが起きるってことはないだろう」
憮然と口にするアミーユを、レオナルドは呆れ果てた顔で見た。
「お前は脳筋か、ここは王宮だぞ。現に、先の王太子のフィリップ王子は、殺されてるだろうが」
「ええっ?」
「子どもらも全員もろとも」
「でも、病死って」
「お前は脳筋か、ここは王宮だぞ。伏魔殿だ。病死に見せかけた毒殺、事故死に見せかけた他殺は、昔っからごろごろしてる」
「そう、なのか……………?」
レオナルドは妄想が激しすぎる。しかし、レオナルドは商売上手なリアリストだ。案外、真実を突いているのかもしれない。
思えば、フィリップ王子が若くして亡くなったことも、お子がすべて亡くなったことも、そのほうが説明がつくようにも思える。
では誰に?
「今、犯人を考えているんだろう。フィリップ王子直系がすべて亡くなって得をしたのは誰か考えろ」
「フィリップ王子の弟のリチャード王太子と、その息子の、ダニエル王子と、ジョージ王子……」
「そうだ」
リチャード王太子は武人だ、そんな真似はすまい。
「まさか、パメラ妃……?」
「事故当時はまだ城の侍女だ」
となると一人しかいない。
リチャード王太子の前妃であり、ダニエル王子のご生母。
「ディアナ妃………」
「ディアナ妃は、フィリップ王子らの死後、塔から転落死した」
「罪を償わされたってことか!」
「だろうな。ダニエル王子が、母親の報いを受けても仕方がないって思われてもしようがない」
「だからって、ないがしろにしようとするのか」
「いいか、ディアナ妃は城の下女あがりだ」
「え、そうなのか」
王族が城の使用人に手を出すのはままあるが、正妃にするのは、よほどのことだ。
「下女が妃になって、侍女をあごで使ってたら、貴族もいい顔をしない」
王宮の女官である侍女はたいてい貴族の子女だ。使用人の下女とは全く立場が異なる。
「あごで使ってたとは限らないだろう」
「ディアナ妃はパメラ妃を侍女に所望して、城に上がらせたっていうからな」
「では、パメラ妃は、もともとディアナ妃の侍女だったのか。パメラ妃は公爵家の出だよな」
レオナルドはうなづいた。
「ディアナ妃のあとにパメラ妃が王太子妃に迎えられたのは、まあ収まるところに収まったってことだ」
「それもあって、貴族はジョージ王子を推すのか」
ダニエル王子には半分平民の血が混じっていることになる。
「そこで、賢いのは泥妃さ。宰相アデレートは、ディアナ妃の死後、幼かったダニエル王子をすぐに囲い込んだ」
「次の御代でも宰相を狙ってるのか」
「だが、ダニエル王子は病弱だ」
病弱な王位継承第一位と、すくすく育っている第二位。
勢力争いが生まれるのも無理はない。
「勢力争いはきっかけがあれば、燃え上がる」
「そのきっかけが、老国王の死、あるいはリチャード王太子の死、って言いたいんだな?」
「そこにきて、へんな機運も高まっている」
「へんな機運?」
「王侯貴族をぶっ倒す機運さ」
「はへ………?」
アミーユは驚きに変な声を出した。
まさかダンの途方もない夢物語に似た話を、レオナルドの口から聞くことになるとは思わなかった。
「女狐同士が天下争いしている間に、税金が膨れ上がって、民衆の生活は苦しくなるばかり。民衆だっていつまでも黙ってはいられない」
「まさか、王政が倒れるはずがない」
あまりのことに声を潜めた。口にするだけでも不敬極まる。
「そう、まさか、革命が起きるなんて、誰も思っちゃいない」
「か、くめい………?」
「そういう反乱勢力もあるってことさ。俺には、王政なんかどうでもいいが、地方ならいざ知らず、王都で反乱が起きれば大混乱になる。商売も上がったりだ」
呆気に取られるアミーユに、レオナルドは続ける。
「そこでやはり賢いのは泥妃さ。空気を読んで、平民議会を再開させた。平民議会の決定には何の効力もないが、アデレート宰相は次々と決定を受け入れている。平民には帽子もコートも手袋も禁止だったが、それを許した。貴族の使用人のへの自由な私刑も制限された。平民議会の決定の実現力が、慣例として成立してしまった。これまで貴族議会で決定してきたことも、今じゃ平民議会の意見を無視できない」
アミーユには全く初耳のことばかり。さすがに脳筋と言われても仕方がないと反省する。
「宰相閣下は、平民議会を拡大させて、いずれ民主政治とやらに移行させるつもりなのか」
「市民の怒りを緩和したいだけだろ。泥妃にとっちゃ、王政でも民政でも、どっちでもいいだろうよ、より長く権力の座にいられるなら」
何たる不遜な言いよう。あるいはリアリストとして真実を見通しているのか。
呆気に取られてレオナルドを見返すアミーユの肩を、レオナルドはポンと叩く。
「アミーユよ、少しは頭を使え。じきに、後継者争いが起きる。いや、もう始まっている。現に、豚妃は、動き始めた。早速お前に媚びてきてる」
「豚妃はやめろ。それに媚びてなどいない。あれは………」
あれは、おおやけにはできない息子への精一杯の情愛だ。
「豚妃は、ぶくぶく太っている。庶民はやせ細ってるのに。そういう揶揄も込めてんだぜ」
「やめてくれ、パメラ妃を侮辱するのは。お前も腹が出てるだろ」
アミーユのかたくなさにレオナルドは首を竦めた。
アミーユが内心でパメラ妃を母と思っていることは、いくらレオナルドでも見抜けない。
「ともかく、誰もがお前がどちらにつくかを息を凝らして見てるんだ。俺も幼馴染という立場を利用して、少しでもお前の本意を探ってるつもりだ」
「お前も?」
「ああ、そうだ。俺だって生き残りに必死だ」
「そうかよ! だが、俺は政争など興味はないんだ」
「興味なくても巻き込まれるんだ。しっかり考えろ!」
「でも、俺は、後継者争いなどこれっぽっちも興味ない。本当だ! 俺は軍も引退する、そのつもりだ」
レオナルドは目を見開いた。
「え、引退?」
「ここには」
アミーユはそう言いながらお腹をさすった。
レオナルドは泣きそうな顔になっているアミーユを見つめている。
偽悪的なことを言う幼馴染だが、その目には、アミーユへの心配しか浮かんでいない。
アミーユは吐き出すように言った。
「ここには子どもがいるんだ………!」
「えっ」
ポカンとするレオナルドに背を向けて、アミーユはその場を逃げ出すようにして去った。
「アミーユ、お前は立派になった。俺の幼馴染とは思えんよ」
レオナルドは、アミーユをひと気のない庭へと連れていく。いつになく、その顔は深刻だ。
「アミーユ、お前は立場上、国王亡きあと、間違いなく政争に巻き込まれる」
アミーユは非難を込めた目でレオナルドを見る。国王の死など口にするだけでも不敬だ。レオナルドは、わかっているとばかりに見返した。
「まあ聞け。酒池肉林に溺れる国王、風土病に臥すリチャード王太子、病弱なダニエル王子、若すぎるジョージ王子。国王が死ねば、あるいは王太子が先に死んでも、熾烈な後継者争いが起きる。ダニエル王子とジョージ王子とで、王太子の地位をめぐる争いだ」
「ダニエル王子は病弱なんだろ? ジョージ殿下はあの通りご立派だ。次の王太子は、ジョージ殿下でいいじゃないか」
アミーユの言葉に、レオナルドは呆れた声を出した。
「王位は直系長子が継ぐと決まっている」
アミーユは今更ながらに気が付いた。
「そうか、ダニエル王子は病弱だろうと何だろうと王位を継ぐ、ってことか」
「そうだ、生きている限り、は」
レオナルドの言い方には含みがあった。
「まさか、ダニエル王子の身に何かが起きるってことはないだろう」
憮然と口にするアミーユを、レオナルドは呆れ果てた顔で見た。
「お前は脳筋か、ここは王宮だぞ。現に、先の王太子のフィリップ王子は、殺されてるだろうが」
「ええっ?」
「子どもらも全員もろとも」
「でも、病死って」
「お前は脳筋か、ここは王宮だぞ。伏魔殿だ。病死に見せかけた毒殺、事故死に見せかけた他殺は、昔っからごろごろしてる」
「そう、なのか……………?」
レオナルドは妄想が激しすぎる。しかし、レオナルドは商売上手なリアリストだ。案外、真実を突いているのかもしれない。
思えば、フィリップ王子が若くして亡くなったことも、お子がすべて亡くなったことも、そのほうが説明がつくようにも思える。
では誰に?
「今、犯人を考えているんだろう。フィリップ王子直系がすべて亡くなって得をしたのは誰か考えろ」
「フィリップ王子の弟のリチャード王太子と、その息子の、ダニエル王子と、ジョージ王子……」
「そうだ」
リチャード王太子は武人だ、そんな真似はすまい。
「まさか、パメラ妃……?」
「事故当時はまだ城の侍女だ」
となると一人しかいない。
リチャード王太子の前妃であり、ダニエル王子のご生母。
「ディアナ妃………」
「ディアナ妃は、フィリップ王子らの死後、塔から転落死した」
「罪を償わされたってことか!」
「だろうな。ダニエル王子が、母親の報いを受けても仕方がないって思われてもしようがない」
「だからって、ないがしろにしようとするのか」
「いいか、ディアナ妃は城の下女あがりだ」
「え、そうなのか」
王族が城の使用人に手を出すのはままあるが、正妃にするのは、よほどのことだ。
「下女が妃になって、侍女をあごで使ってたら、貴族もいい顔をしない」
王宮の女官である侍女はたいてい貴族の子女だ。使用人の下女とは全く立場が異なる。
「あごで使ってたとは限らないだろう」
「ディアナ妃はパメラ妃を侍女に所望して、城に上がらせたっていうからな」
「では、パメラ妃は、もともとディアナ妃の侍女だったのか。パメラ妃は公爵家の出だよな」
レオナルドはうなづいた。
「ディアナ妃のあとにパメラ妃が王太子妃に迎えられたのは、まあ収まるところに収まったってことだ」
「それもあって、貴族はジョージ王子を推すのか」
ダニエル王子には半分平民の血が混じっていることになる。
「そこで、賢いのは泥妃さ。宰相アデレートは、ディアナ妃の死後、幼かったダニエル王子をすぐに囲い込んだ」
「次の御代でも宰相を狙ってるのか」
「だが、ダニエル王子は病弱だ」
病弱な王位継承第一位と、すくすく育っている第二位。
勢力争いが生まれるのも無理はない。
「勢力争いはきっかけがあれば、燃え上がる」
「そのきっかけが、老国王の死、あるいはリチャード王太子の死、って言いたいんだな?」
「そこにきて、へんな機運も高まっている」
「へんな機運?」
「王侯貴族をぶっ倒す機運さ」
「はへ………?」
アミーユは驚きに変な声を出した。
まさかダンの途方もない夢物語に似た話を、レオナルドの口から聞くことになるとは思わなかった。
「女狐同士が天下争いしている間に、税金が膨れ上がって、民衆の生活は苦しくなるばかり。民衆だっていつまでも黙ってはいられない」
「まさか、王政が倒れるはずがない」
あまりのことに声を潜めた。口にするだけでも不敬極まる。
「そう、まさか、革命が起きるなんて、誰も思っちゃいない」
「か、くめい………?」
「そういう反乱勢力もあるってことさ。俺には、王政なんかどうでもいいが、地方ならいざ知らず、王都で反乱が起きれば大混乱になる。商売も上がったりだ」
呆気に取られるアミーユに、レオナルドは続ける。
「そこでやはり賢いのは泥妃さ。空気を読んで、平民議会を再開させた。平民議会の決定には何の効力もないが、アデレート宰相は次々と決定を受け入れている。平民には帽子もコートも手袋も禁止だったが、それを許した。貴族の使用人のへの自由な私刑も制限された。平民議会の決定の実現力が、慣例として成立してしまった。これまで貴族議会で決定してきたことも、今じゃ平民議会の意見を無視できない」
アミーユには全く初耳のことばかり。さすがに脳筋と言われても仕方がないと反省する。
「宰相閣下は、平民議会を拡大させて、いずれ民主政治とやらに移行させるつもりなのか」
「市民の怒りを緩和したいだけだろ。泥妃にとっちゃ、王政でも民政でも、どっちでもいいだろうよ、より長く権力の座にいられるなら」
何たる不遜な言いよう。あるいはリアリストとして真実を見通しているのか。
呆気に取られてレオナルドを見返すアミーユの肩を、レオナルドはポンと叩く。
「アミーユよ、少しは頭を使え。じきに、後継者争いが起きる。いや、もう始まっている。現に、豚妃は、動き始めた。早速お前に媚びてきてる」
「豚妃はやめろ。それに媚びてなどいない。あれは………」
あれは、おおやけにはできない息子への精一杯の情愛だ。
「豚妃は、ぶくぶく太っている。庶民はやせ細ってるのに。そういう揶揄も込めてんだぜ」
「やめてくれ、パメラ妃を侮辱するのは。お前も腹が出てるだろ」
アミーユのかたくなさにレオナルドは首を竦めた。
アミーユが内心でパメラ妃を母と思っていることは、いくらレオナルドでも見抜けない。
「ともかく、誰もがお前がどちらにつくかを息を凝らして見てるんだ。俺も幼馴染という立場を利用して、少しでもお前の本意を探ってるつもりだ」
「お前も?」
「ああ、そうだ。俺だって生き残りに必死だ」
「そうかよ! だが、俺は政争など興味はないんだ」
「興味なくても巻き込まれるんだ。しっかり考えろ!」
「でも、俺は、後継者争いなどこれっぽっちも興味ない。本当だ! 俺は軍も引退する、そのつもりだ」
レオナルドは目を見開いた。
「え、引退?」
「ここには」
アミーユはそう言いながらお腹をさすった。
レオナルドは泣きそうな顔になっているアミーユを見つめている。
偽悪的なことを言う幼馴染だが、その目には、アミーユへの心配しか浮かんでいない。
アミーユは吐き出すように言った。
「ここには子どもがいるんだ………!」
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