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幸妃の幽閉
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今が嵐の前の静けさだということはわかっている。
アミーユは、息を詰めるようにして過ごしている。ささやかな平穏を噛みしめている。
朝は宰相の執務室に出向き、予定のない昼下がりには王太子妃を訪れ、夜はふらりと現れた恋人と過ごす。そんな日々を噛みしめている。
思えば「ささやか」、ではない。若くして地位も名誉も手に入れ、軍のトップに立つ。
大した日々だ。
ある昼下がりに、王宮の居住棟へ足を向けた。王族の私的な居住空間である。
居住棟の上の方の窓から「きゃあ!」と声が上がった。
「リージュさまぁ!」
麗しい女性が手を振ってくる。老国王の愛妾だ。声を聞きつけて、次々と愛妾たちがそれぞれの部屋のベランダから顔を出して、アミーユに手を振ってくる。
下の窓からは使用人が顔をのぞかせる。
「おお、英雄リージュだ!」
「守護天使アミーユさま!」
「きゃあ、こっち向いて!」
アミーユは行く先々で華やかにもてはやされる。
♰♰♰
王宮のの居住棟には王族、近侍に侍女、愛妾たち、使用人にその家族、と大勢が住んでいる。なかにはいつの間にか住み着いた職人やら商人やら下級貴族もおり、北半分は、狭いところにひしめき合うようにして住んでいる。
そして、南半分は王族の私邸で広く豪華だった。
アミーユの訪問は、アミーユが何を言わなくても、パメラ妃に伝わる。
アミーユは、週に一度は理由をつけてパメラ妃を訪れていた。
南向きのテラスに案内されれば、ジョージ王子が先に待っていた。アミーユを見れば跳ねるように立ち上がる。
「兄上!」
奥からは、可愛らしい足音が聞こえてくる。姫の登場だ。
リチャード王太子とパメラ妃の娘、アン王女だ。お年は12歳になったばかり。薄赤毛に灰色の目をしている。
アミーユめがけて、駆けてくる。
「アミーユ兄さま」
ジョージ王子が「兄上」と呼ぶために、アン王女もアミーユをそう呼ぶ。この間までアミーユを見れば飛びついてきたのに、最近では少し大人びて、恥ずかしがるそぶりが見えてきた。
アミーユの心の内では、血のつながる弟と妹。こうやって自分に懐いてくる二人を愛おしいと思わないはずもない。二人を可愛がることはまた、ゲイルへの罪悪感を薄れさせる。
パメラ妃は、私邸にあっては、人が変わったように穏やかな雰囲気をしていた。ジョージ王子にもアン王女にも笑いかけ、もちろん、アミーユにも柔らかく笑いかけてくる。
アミーユはどぎまぎと顔を逸らすしかなかった。
「リチャード王太子殿下のご加減はいかがですか」
パメラ妃はちらりと、斜め上のとある窓へと視線を向けた。そこにリチャード王太子の病臥する部屋があるのだろう。
「われはあの人を決して死なせはせぬ」
そう言うものの、その表情からは、かなり良くないことは見て取れる。
「ねえ、お母さま、お父さまには、いつ会える?」
危篤は脱しても、病状はかなり悪く、アン王女が会うのも叶わないのだ。
アン王女の質問に、パメラ妃もジョージ王子も顔を曇らせて、互いに顔を見合わせた。
ややあって、パメラ妃が、気丈にも笑顔を作った。
「アンや、お父さまに会ったときには飛び切りの美人でいられるように、朝はちゃんと起きて、ご飯を残さずに食べて、夜はちゃんと寝るのです。そのうちに、お父さまにお会いになれます」
「はあい」
アン王女は可愛らしくうなずくも不満そうである。
アミーユは楽しいものへを話題を変えた。
「そうだ、来週、北方から馬が千頭余り、届くのです。ついでに珍しい動物も届けるように言ってあります。アン王女は動物はお好きですか」
アン王女は目を輝かせた。
「まあ、私、動物大好き! 犬はいるかしら」
「ええ、いるはずです。お届けしましょう。北方の犬はたいそう毛が深いので、びっくりしますよ。そうだ、絵を描いて差し上げましょう」
アミーユがポケットからメモとペンを取り出すと、アン王女は首を横に振る。
「あ、それはいい。だってアミーユ兄さまの絵はなにがなんだかさっぱりわからないんだもの」
「えっ」
「つまり、下手ってことよ」
「ええっ?」
がく然とアン王女を見返すアミーユの顔つきに、パメラ妃とジョージ王子が吹き出し、やがてアミーユとアン王女の笑い声も加わった。
アミーユは、息を詰めるようにして過ごしている。ささやかな平穏を噛みしめている。
朝は宰相の執務室に出向き、予定のない昼下がりには王太子妃を訪れ、夜はふらりと現れた恋人と過ごす。そんな日々を噛みしめている。
思えば「ささやか」、ではない。若くして地位も名誉も手に入れ、軍のトップに立つ。
大した日々だ。
ある昼下がりに、王宮の居住棟へ足を向けた。王族の私的な居住空間である。
居住棟の上の方の窓から「きゃあ!」と声が上がった。
「リージュさまぁ!」
麗しい女性が手を振ってくる。老国王の愛妾だ。声を聞きつけて、次々と愛妾たちがそれぞれの部屋のベランダから顔を出して、アミーユに手を振ってくる。
下の窓からは使用人が顔をのぞかせる。
「おお、英雄リージュだ!」
「守護天使アミーユさま!」
「きゃあ、こっち向いて!」
アミーユは行く先々で華やかにもてはやされる。
♰♰♰
王宮のの居住棟には王族、近侍に侍女、愛妾たち、使用人にその家族、と大勢が住んでいる。なかにはいつの間にか住み着いた職人やら商人やら下級貴族もおり、北半分は、狭いところにひしめき合うようにして住んでいる。
そして、南半分は王族の私邸で広く豪華だった。
アミーユの訪問は、アミーユが何を言わなくても、パメラ妃に伝わる。
アミーユは、週に一度は理由をつけてパメラ妃を訪れていた。
南向きのテラスに案内されれば、ジョージ王子が先に待っていた。アミーユを見れば跳ねるように立ち上がる。
「兄上!」
奥からは、可愛らしい足音が聞こえてくる。姫の登場だ。
リチャード王太子とパメラ妃の娘、アン王女だ。お年は12歳になったばかり。薄赤毛に灰色の目をしている。
アミーユめがけて、駆けてくる。
「アミーユ兄さま」
ジョージ王子が「兄上」と呼ぶために、アン王女もアミーユをそう呼ぶ。この間までアミーユを見れば飛びついてきたのに、最近では少し大人びて、恥ずかしがるそぶりが見えてきた。
アミーユの心の内では、血のつながる弟と妹。こうやって自分に懐いてくる二人を愛おしいと思わないはずもない。二人を可愛がることはまた、ゲイルへの罪悪感を薄れさせる。
パメラ妃は、私邸にあっては、人が変わったように穏やかな雰囲気をしていた。ジョージ王子にもアン王女にも笑いかけ、もちろん、アミーユにも柔らかく笑いかけてくる。
アミーユはどぎまぎと顔を逸らすしかなかった。
「リチャード王太子殿下のご加減はいかがですか」
パメラ妃はちらりと、斜め上のとある窓へと視線を向けた。そこにリチャード王太子の病臥する部屋があるのだろう。
「われはあの人を決して死なせはせぬ」
そう言うものの、その表情からは、かなり良くないことは見て取れる。
「ねえ、お母さま、お父さまには、いつ会える?」
危篤は脱しても、病状はかなり悪く、アン王女が会うのも叶わないのだ。
アン王女の質問に、パメラ妃もジョージ王子も顔を曇らせて、互いに顔を見合わせた。
ややあって、パメラ妃が、気丈にも笑顔を作った。
「アンや、お父さまに会ったときには飛び切りの美人でいられるように、朝はちゃんと起きて、ご飯を残さずに食べて、夜はちゃんと寝るのです。そのうちに、お父さまにお会いになれます」
「はあい」
アン王女は可愛らしくうなずくも不満そうである。
アミーユは楽しいものへを話題を変えた。
「そうだ、来週、北方から馬が千頭余り、届くのです。ついでに珍しい動物も届けるように言ってあります。アン王女は動物はお好きですか」
アン王女は目を輝かせた。
「まあ、私、動物大好き! 犬はいるかしら」
「ええ、いるはずです。お届けしましょう。北方の犬はたいそう毛が深いので、びっくりしますよ。そうだ、絵を描いて差し上げましょう」
アミーユがポケットからメモとペンを取り出すと、アン王女は首を横に振る。
「あ、それはいい。だってアミーユ兄さまの絵はなにがなんだかさっぱりわからないんだもの」
「えっ」
「つまり、下手ってことよ」
「ええっ?」
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