玉座の檻

萌於カク

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深まる対立

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 夜中にふと鐘の音に目が覚めた。王都のどこかで火事が起きている。

 室内にダンの姿はない。今夜はどこかで過ごしているのだろう。

 アミーユは、それ以上は考えない。考えれば女々しくなるからだ。ダンには女の影もΩの影も全くなかったが、あれだけの男っぷりだ、モテないはずがない。

 ダンは男っぷりがすこぶる良い。いや、おそらくは俺の過大評価だ。ダンは、たぶん、普通の男だ。
 でも、良い男よりも、普通の男のほうが意外とモテるのだそうだ。
 いや、ダンは普通の男ではない。山賊あがりの悪い男だ。
 しかし、悪い男はもっとモテるそうだ。

 どのルートをたどってもダンはモテる。だから、深く考えると、アミーユは詰む。
 ふわふわとした柔らかい髪に、体の丸い曲線。
 俺にはそんなものはない。
 自分に勝ち目はないとわかっている。
 だから、それ以上先を考えるのはやめている。

 そう思いながらも、考えてしまいそうになって、ベランダに出た。石床が凍るほどに冷たい。
 夜空を眺める。月はない。見下ろせば、王都の街並みが広がっている。

 寝静まった街並みを鐘の音が走る。

 アミーユは水管馬車の灯りを目で追った。消防吏員の向かう先は、屋敷通りのようだ。レルシュ伯爵邸も並ぶ大通りだ。
 その方角に目を凝らして、アミーユは室内に駆け戻った。
 レルシュ邸、あるいはその近辺から炎が上がっている。

 急いで室内に戻り、シャツを着たところで、手を止めた。
 行ってどうするのだ。あの人たちを助けるのか? 
 いや、あの人たちがどうなろうと関係ない。

 もう縁を切っているのだ、こちらから、勝手に切らせてもらった。
 ベッドに座り込む。

 しかし、周囲はアミーユの内心など知りはしない。対外的には親子だ。もしも、レルシュ邸が火の元ならば、アミーユに知らせが入るだろう。

 結局、アミーユは着替えることにした。レルシュ邸に限らず、一定の規模以上の火災であれば、アミーユにも報告が入る。

 早朝に従卒が知らせに来たときには、すでにアミーユには心構えができていた。
 しかし、それは心構えの枠をわずかに超えていた。

「レルシュ邸が暴徒に襲われたそうです」

 暴徒?
 火をつけられたのか? 

「襲われた理由は何だ」

 暴徒には暴徒なりの正義がある。
 従卒は言いにくそうにした。アミーユは言った。

「遠慮をするな。もう私は伯爵家とは縁を切っている」
「はっ! 伯爵による使用人の虐待です。一週間ほど前に、伯爵に鞭打たれて歩けなくなった使用人がいるようです。伯爵には昔からそのような話があったようで、それを聞きつけた過激派の一味に襲われた模様です」

 アデレート宰相のもと、使用人への鞭打ちは禁止になった。もっとも貴族への罰則などなく、禁止とはいえ何の拘束力もないが、人々の批判は免れない。
 鞭打ちは伯爵ではなく、おそらくは伯爵夫人の方だ。
 
 あの人は、何をしでかすかわからない。所詮、自業自得だ。

「そうか」
「第一師団を向かわせますか?」
「いや、それはするな」

 アミーユはそっけなく言った。もう辞職を出した身の上だ。それに他の貴族が襲われても兵を向けなかったのに、身内のこととなると例外というのはおかしな話だ。
 何より、アミーユに伯爵を助ける義理などどこを探してもない。

 それに、アミーユは、すでに、アデレートの息のかかった各師団長とは距離を置いている。第一師団長の名もろくすっぽ覚えてない。なので、王都の治安も第一師団長の裁量に任せっきりだ。もう、アミーユには指揮をするつもりはない。

 しかし、さすがに親の家が燃えているというのに行かないわけにもいかない。
 上着を手に取り、立ち上がった。
 アミーユは数人のおともを連れて馬で向かった。

 暴動はそろそろ治まっているはずだ。
 これまでの暴動では、標的の貴族は、逃げるか、捕まって殺されるか、しばられて大通りでさらし者になるかだった。

 暴動は正義をかざしている。殺戮が目的ではない。

 伯爵は殺されるほどのことはしていない。捕まっても、鞭打ちをしたことを書いたプラカードを背負って、大通りに放置されるだけだろう。それでも伯爵にとっては王都にはいられないほどの打撃になるはずだが、それで済むだろう。

 大通りまで出ると、人だかりができていた。
 人だかりの内側には、兵士らがいた。百人を超える兵士が、伯爵邸を取り囲んでいる。
 さらにその内側、伯爵邸の前には、兵士らにかこまれて、数十人の暴徒がいた。
 
 あろうことか兵士らは暴徒に小銃を構えている。

 そんな兵士を取り囲む民衆は、兵士に怒りをあらわにしている。

 馬上の隊長が兵士に命令する声が聞こえる。

「撃て!」

 しかし、どの兵士もためらっている。命令に従って小銃を構えたものの、暴徒とはいえ市民である。市民を撃ち殺すことなどできない。

 暴徒にも兵士にも、それを見守る民衆らにも緊張が漂っている。一触即発の状態だった。

 アミーユは馬を降りて民衆をかき分けて進んだ。

「何をしているか、撃て!」

 馬上の隊長の声に驚いたように一発の銃声が鳴り響いた。
 ざわめきがやみ、しん、となる。
 ドサッ。暴徒のうちの一人が地面に倒れた。

「畜生! 撃ちやがった!」 

 暴徒が兵士に向かって手にした棒を振り上げた。
 それを合図に、暴徒らは一斉に兵士に立ち向かってきた。暴徒の勢いは兵士を刺激し、兵士は小銃で殴り返す。数発どころではない小銃を鳴らす音が聞こえてきた。
 あっという間に、暴徒と兵士らとの間で血の流し合いが始まってしまった。

 暴徒が兵士から小銃を奪って、兵士を撃ち殺す。それをされれば、兵士も敵意を抱いて暴徒を撃ち返す。
 その外側では民衆と、外を向いた兵士が向き合い、緊張が頂点にまで高まっていた。

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