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第二十四話 グロウの決断

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 ここは魔晶樹の洞窟。
 俺は感覚を研ぎ澄ましていた。
 濃厚な魔力を感じる。
 地面に手を触れさせると、より強い感触を得た。

「やはり下か」

 地面の中、何かが魔素を生み出している。
 一か月の間、たまにこうして洞窟に来ては調査をしていたが、その原因はわからなかった。
 ただの環境か。
 あるいは……。

「グロウ様! ここにいらっしゃったんですか!?」

 妙に通る声が背後から聞こえた。

「洞窟内で大声を出すなよ。うるさい」
「あ! す、すみません! つい」

 えへへと言い誤魔化す仕草は、初対面の時に比べると明らかに緊張感に欠けていた。
 だがそれも仕方のないことだろう。
 依頼を受けてから一か月が経過しているのだから。

「で、なんだ?」
「ご指示通りに作業を終わらせたので、報告に来ました!」
「もうか? 早いな」
「ふっふっふ! あたしたちも成長してますからね!」

 カタリナは得意げに豊満な胸を張った。
 思わず見てしまいそうになるが、見たら負けな気がして俺は目をそらした。
 カタリナの横を通り過ぎて洞窟の入口へと向かう。

「ま、待ってくださいよぉ!」

 カタリナは慌てて俺の隣に並んだ。
 洞窟を出て、迷うことなく林道を進む。
 魔物が出ない道。
 昔から村に伝わっている道程だ。
 この謎も結局解けなかった。
 所詮は戯れだ。
 別に俺がやる必要も、切迫した理由もない。
 ただ興味をそそられたから調査していただけのこと。
 村に到着すると、村人たちが俺たちの存在に気づいた。

「グロウ様! おかえりなさいませ」

 村の老人たちが汗だくで出迎えてくれた。
 一か月前と比べ、活気にあふれているのは気のせいではないだろう。
 顔の血色もよく、表情も全く違う。
 以前は僻地の村人そのものの様相で、活力はなく、侘しささえあった。
 だが今は若者を思わせる力強さを感じる。
 彼らの手には工具が握られていた。
 そして村の周辺には頑強な木壁がそびえたっていた。
 見上げるほどの木扉と小さいながらも見張り塔も立てているため、十分な防壁だと言えるだろう。
 一か月前は腰の高さ程度の脆い木柵しかなかったが、この防壁があればある程度の防御力は確保できるはずだ。
 少なくとも賊の類には有効であることは間違いない。

「はっ! はっ! はっ!」

 広場から声が聞こえ、俺の視線は自然にそちらへ移った。
 老人たちが、一心に槍を突いている。
 所詮は老人であり素人だ。
 形にはなっているが、戦士という段階には到底及ばない。
 だが戦う術があれば、守ることもできるだろう。
 彼らは勝つことが目的ではないのだから。

「すごいですよね! 一か月で、ここまで。これも全部グロウ様のおかげです」
「俺は指示しただけだけどな」

 別段大したことはしていない。
 必要な鍛錬と防御策を教えただけにすぎない。
 あとは防壁を作る手伝いをしてやったくらい。
 だがその程度でも僻地の村に住む人々には有用だったらしい。
 賊に殺されそうになっていた頃とは違い、今の彼らであれば抗うことは可能だろう。
 少なくとも一方的に虐殺されることはないはずだ。

「まったくグロウ様には感謝してもしきれんのぉ!」
「うむうむ! グロウ様、ありがとうございます」

 いつの間にか集まった村人たち。
 全員が感謝をし始めるものだから、妙に居心地が悪かった。

「報酬分、働いているだけだ。感謝はいらない」
「またそんなことをおっしゃって。グロウ様がお優しい方だと儂らはわかっておりますぞ。なあ?」
「ええ、こんなにお優しい方がいてくださって、儂らは幸せもんじゃ」

 そうじゃそうじゃと頷きあう老人たち。
 気まずい。
 なんだこの気まずさは。
 俺は思わず助けを求めるように、カタリナを見た。
 カタリナはニマァと笑い、何度も頷いていた。
 こいつ、なんかムカつくんだが。

「……たった一か月の訓練じゃ付け焼刃にしかならないからな。慢心するなよ。
 戦うんじゃなく守ることを優先しろ。必ず街に連絡して応援を呼ぶように」
「もちろんわかっております!」

 笑顔で大きくうなずく老人たちに、俺は嘆息を禁じ得ない。
 本当にわかってるのか不安だ。
 ……って、なんで俺が心配しなくちゃいけないんだ。
 別に、こいつらがどうなろうが俺の知ったことじゃないだろうが。

「魔術師がいたら絶対に戦おうとするな。
 『はぐれ』だろうが『正規』だろうが、魔術師は普通の人間が勝てる相手じゃない」

 正規魔術師以外にも、俺みたいなはぐれ魔術師は存在する。
 魔術師の中では無能でも、普通の人間からすれば脅威でしかない。
 初級レベルの魔術を使えるだけでも、普通の人間は太刀打ちできないのだから。
 よほどの訓練を積むか、魔術師対策をしていれば話は別だが。

「それは、もちろんでございます。グロウ様を見れば、魔術師様の強さは理解できておりますので」
「金属魔術師は魔術師の中では、無能だと言われていると何度も言っただろう」
「しかしグロウ様はお強い。そして我々を助けてくださった!
 その事実は変わりません。ですから、おそらくは金属魔術師への評価が間違っていると我々は思っております!」

 清々しいほどの笑顔を浮かべる村人たちに、俺は渋面を向けた。
 居心地が悪い。
 もやもやする。
 何を言ってもこいつらは俺を評価してしまう。
 それは一般的ではないと言っても、自分たちはこう思うのだからそれでいいと言うのだ。
 俺を買いかぶっているだけだ。
 確かに俺自身は金属魔術の有用性を知っている。
 だがそれは俺だから知っているだけで、他人がわかるはずもない。
 こいつらは他の魔術や魔術師を知らない。
 だから金属魔術が、俺という魔術師が強いと思い込んでいる。

「それと……何度も言ったが、もしも俺を探す奴が来たら、素直に教えろ。
 決して抵抗したり、誤魔化したりしなくていいからな」
「ええ! よくはわかりませんがわかっております。
 グロウ様のご意向に沿いますのでご安心を」

 不敬罪やら国家反逆罪やらの罪で、恐らくは指名手配されているはず。
 俺を匿えば村人たちにも危害が及んでしまう。
 正直、あの商人を生かしてしまったのが気になる。
 もしもあの商人が俺の現状に気づき官憲に報告したとしたら、追手がこの村に来る可能性もあるのだ。
 ここ一か月何もなかったが、これからどうなるかはわからない。
 老人の一人が、こそこそと俺に耳打ちした。

「それよりもグロウ様。カタリナとはどうですかな?」
「…………は?」
「カタリナは器量もいいですし、いい娘です。グロウ様にぴったりなのではないかと。
 それにあの胸……男としたら魅力的ではないですかな!?」

 にへらと笑う好々爺に俺は呆れ顔を向けた。
 どうも老人というのは余計な世話が好きらしい。
 というかただのエロジジイなのかもしれない。

「な、なな、な、何を言ってるの!!?」

 いつの間にか隣にいたカタリナが顔を真っ赤にしながら老人の胸ぐらを掴み、揺さぶった。

「グ、グロウ様と、あ、あたしが釣り合うわけないでしょ!」

 老人の顔は徐々に紫に変わっていく。
 あ、やばい。

「ぐっ…ぐぬ…ぬぅ! ぐ、ぐるじ……っ……はなじで……!」

 カタリナははっとした表情を浮かべて、咄嗟に手を離した。
 あと数秒遅かったら天に召されていたかもしれない。
 カタリナと目が合った。
 カタリナは沸騰しそうなほどに全身を紅潮させ、逃げるように走り去っていった。
 あの速度で走れれば、魔物に追われていた時、逃げきれただろうに。

「はぁはぁ、し、死ぬかと思いましたぞ」
「茶化すからだ」
「確かにやり過ぎましたな。しかし本音でもあります。グロウ様には村にいてほしいというのは、村の総意でもありますし」
「護衛役としてか?」
「いえ、そんな利用するようなことは……。
 ただ儂らもグロウ様に報いたいと思っておりますし、お人柄を見て、より近しくなりたいとも思っております。
 それにグロウ様には、あの娘のような人間が必要なのではないかと」
「どういう意味だ?」
「老婆心ながら、グロウ様には色々とおありなのではないかと」
「……余計なお世話だな」
「ですな。どうも年寄りはいけない。節介ばかりかけてしまいます。
 しかし一つだけ、わかっていただきたい。儂らはグロウ様が好きなのです。
 利己は関係なく、純粋にお慕いしている。それだけのことですじゃ」

 村人たちが優しい笑顔を浮かべ、互いに頷きあっていた。
 暖かい視線を俺に向けてくる。
 それがどうしようもなく耐えられなかった。
 悪態も皮肉も言えず、ただ俺は黙してしまった。
 元々考えてはいたのだ。
 この村での日々は幸せだった。
 誰からも見下されず、虐げれず、悪意も向けられない。
 そんな当たり前の日常が送れる場所なのだ。
 カタリナもいい娘だ。
 少々、純粋すぎるし、おバカな一面もあるが。
 正直、魅力を感じることもある。
 村人の一員となれば、過去の傷は癒え、幸せな未来を築けるかもしれない。
 過去の魔術師としての生き方を捨て、村人たちと共に生きる。
 それも一つの未来の道だ。
 昔のようにひたむきに生きられるかもしれない。
 幸せな家庭を築き、人生を全うできるかもしれない。
 彼らとなら、カタリナとなら、その未来はあり得るかもしれない。

 だから。
 だからこそ。
 俺はこの村を出ると決めた。
 
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