死にゲーの序盤で滅ぼされる村のモブだけど、全力でバッドエンドを回避する!

鏑木カヅキ

文字の大きさ
19 / 44

白灰の戦士オリヴィア

しおりを挟む
 一年と半年後。
 俺は十二歳になった。
 日々を鍛練と、酒場での仕事で費やした。
 最近では剣術に加え、弓術の訓練も行っている。
 本当は馬術も訓練したいんだが、馬がいないんだよなぁ。
 身体は引き締まり、貯金もある程度増えたところだ。
 今日、俺はいつも通り猪鹿亭で仕事をしているところだった。

「リッド、これお願いね」
「わかりました」

 空になった皿を受け取ると、俺は洗い場へと向かう。
 その後ろをエミリアさんがついてくる気配があった。

「……敬語じゃなくていいのに。それに名前も。さんづけはやめてよ」
「そういうわけにはいきませんよ。先輩ですし、年上ですし」

 不服そうにしているエミリアさんに、俺は苦笑を向ける。
 『カオスソード』のプレイヤーにとって、エミリアさんはエミリアさんなのだ。
 さんをつけるのが当たり前で、呼び捨てなんてできるわけがない。
 もうそういうキャラなのだ。
 未亡人で子持ちで哀愁漂う女性ってキャラになるのだから、そういう立ち位置なのは仕方がないのだ。
 喧騒が漂う酒場。
 俺はこの雰囲気を好きになっていた。
 客は全員顔見知りで、すでにかなり仲が良くなっている。
 二年前とは雲泥の差だ。
 最初はもうひどいものだったからなぁ。
 そんな身内感の強い空間に、一つの亀裂が走った。
 入店してくる一人の女性に、誰もが自然と目を奪われたのだ。
 真っ白な女性。
 髪もまつ毛も肌も服も、そして背に背負う大太刀でさえも純白に染められている。
 肢体はなまめかしく、太ももを露にしている。
 豊満な胸は女性らしさを表し、蠱惑的だった。
 一歩前に進むだけで衣服は揺れ動き、しなを作っているように感じる。
 圧倒的な存在感と魅力に、全員の視線が釘付けになっていた。
 俺もそうだ。
 美しいという言葉をそのまま体現したような女性だった。
 覚悟はしていた。
 だが実際に見るとこれほどの威力があるとは。

 俺は彼女を知っている。
 彼女は、白灰(しろはい)の戦士、盲目のオリヴィア。
 異様に長い柄と刀身を持つ、大太刀と呼ばれる特異な武器を扱う戦士だ。
 その幻想的で儚げな容姿と、不釣り合いな大きな武器を振るう姿は、多くのプレイヤーを虜にした。
 ゲーム内人気キャラランキングで、いつも上位に顔を出しているほどだ。
 ちなみに俺もかなり好きなキャラである。
 ロゼも好きだけど、オリヴィアさんもかなり好きだ。
 エミリアさんはゲーム内では名前がなかったけど、それでもかなり魅力的に感じていた。
 つまり三人とも好きってことだ。

 ……あれ? なんか寒気がしたけど気のせいか?
 隣を見ると、エミリアさんが俺をじっと見つめていた。
 表情は笑顔だが、瞳の奥に言い知れぬ恐ろしい感情が含まれている気がした。
 そんな中、オリヴィアさんは空いているテーブル席に座った。
 彼女は盲目だ。目をうっすらと開けているように見えるが、実際は何も見えていない。
 だがあまりに迷いなく歩いているため、所見では盲目と気づけない人もいるだろう。
 流れるような所作で大太刀を置き、姿勢正しく座っている。
 まるで絵画だ。後光が射している気がする。
 俺を凝視するエミリアさんを見なかったことにして、オリヴィアさんの席へ向かった。

「いらっしゃいませ、ご注文は何にしますか?」
「……では、エールとおすすめの品を」
「本日のおすすめは猪と鹿のステーキミックスです。そちらでよろしいですか?」
「ええ、構いません」
「かしこまりました。それでは少々お待ちください」

 俺がお辞儀すると、オリヴィアさんはピクッと眉を動かした。
 俺はそれに気づかない振りをして、キッチンに戻ると注文を通す。
 エミリアさんは視線を俺に送り続けるも、笑顔のままだった。
 しばらくしてバイトマスターが作った料理をオリヴィアさんのテーブルに運ぶ。

「おまたせしました」

 俺はオリヴィアさんの正面左にナイフを、右側にフォークを置いた。
「お客様の右側にエールを、ナイフとフォークは正面に置いています。目の前に、ステーキの入った大皿がありますが、すでにある程度は切り分けております。もしもまだ大きいということでしたら、ナイフをお使いください」

 またしてもオリヴィアさんは眉をピクリと動かした。
 だが表情はまったく変わらない。

「……お気遣いありがとうございます」

 流麗に頭を下げるオリヴィアさんに、俺は笑顔を返す。

「いえ、それではごゆっくり」

 俺は頭を下げて、そのまま洗い場へ戻った。
 初対面の対応としてはこれで正解なはず。
 余計なことは言わない。
 深く踏み込まず、自分の仕事を全うする。
 そして、彼女の所作を観察する。
 これらを完璧にすることがオリヴィアさん攻略の鍵となる。
 なぜ攻略するのかって?
 彼女が生粋の技巧の使い手だからだ。
 そして序盤にシース村に登場する唯一の師匠枠でもある。
 まあ、ゲーム内ではオリヴィアさんが登場するのはもっと先なのだが、その際にこういう会話がある。

『私は五年前にシース村に滞在していました。けれど途中で村を発ったのです。村が魔物の襲撃にあったのは、そのしばらく後でした……』と。
 オリヴィアさんが話していたことを思い出す。
 その五年前が、つまり今だ。
 俺は彼女がシース村を訪れるのを待っていたというわけだ。
 彼女に師事するために。
 だが、いきなり師匠になってくれと言っても絶対に断られるし、むしろ嫌われる可能性がある。
 だから、徐々に距離を詰める必要があるのだ。
 彼女は物腰が柔らかく、魅力的な容姿を持ち、人を惹きつける空気を醸し出している。
 本能的に彼女に近づきたくなるのだが、それは決してしてはいけない。
 一人の若い村人が、いきなり席を立った。
 鼻息を荒げながら「俺は行くぜ」と宣言し、オリヴィアさんの席へと向かう。
 俺は皿洗いをしながら嘆息し、その様子を横目で見ていた。

「な、なあ、あんた。どうしてこんな辺鄙な村に来たんだ?」
「…………」

 オリヴィアさんは若者を完全に無視しながら黙々とステーキを口に運んでいた。
 氷の対応。表情もまた冷たい。
 だがそれが妙に彼女の色気を増幅する。
 若者は隣の席に座り、オリヴィアさんに話しかけ続けた。「一人か?」「その剣はなんだ?」「戦士か冒険者か?」「あんた綺麗だな!」などなど。
 質問したり、褒めたりと、色々な手を尽くしていたが完全に無視されてしまう。
 明らかに撃沈していたが、若者の友人たちが馬鹿にするように笑うと、苛立ちを表に出し始めた。
 あ、まずい。

「なあ、おい。人が話しかけてんだ。女ならもっと愛想よくしたら――」

 美しい音の波紋が屋内に響き渡る。
 あまりの速さに何が起きたのか、俺もほとんど見えなかった。
 恐らく、他の人たちも同じだろう。
 若者の喉には、ナイフがピタッとつけられていた。
 オリヴィアさんが左手に持ったナイフを、くいっと動かす。

「無粋ですね。食事中なのがわかりませんか?」
「あ、ああ、あ、あっ」

 若者は怯え切って何も言葉にできない。
 震えながら喉のナイフを凝視することしかできない。
 オリヴィアさんはすっとナイフを手元に戻すと、何事もなかったかのように食事を再開する。
 怖い。ああいう性格なのは知っていたけども。
 若者は怯えていたが、やがて怒りに顔をゆがめた。
 男の安いプライドを傷つけられたらしい。

「こぉの、クソがぁッッ!!」

 若者が立ち上がり、オリヴィアさんに拳を振るおうとした。
 オリヴィアさんの目が薄く開かれ、彼女は立ち上がろうとした。
 それはほぼ同時に行われ、そして。

「お待たせしましたー!」

 俺の快活な声が店内に響き渡った。
 一触即発の空気の中、俺の素っ頓狂な言葉がすべてを弛緩する。
 若者は振りかぶった拳を止め、オリヴィアさんは立ち上がる前の中腰状態だった。
 俺は用意していたエールをオリヴィアさんの前に置く。

「どうぞ!」
「……頼んでませんが」
「シース村に来てくださった旅人の方にはサービスしてるんです」

 俺は白い歯を見せてニカっと笑った。
 オリヴィアさんは少し思案していた様子だったが、すぐに再び席に座った。
 村の若者は上げていた手を気まずそうにゆっくりと下ろす。
 俺は若者に同じ笑顔を向けた。

「どうです? エール頼みませんか?」
「…………貰うよ」
「はい、喜んでぇっ! エール入りまぁす!」

 俺はキッチンに戻りながら明るく振舞った。
 張り詰めた空気が弛緩し、いつもの喧騒が戻ってくる。
 若者は自分の席に戻り、友人たちにたしなめられていた。
 いや、君たちのせいでもあるんだけどね。
 対してオリヴィアさんは黙々と食事を進め、エールで喉を鳴らしていた。
 危ない危ない。どうやらなんとかなったようだ。
 オリヴィアさんはかなり喧嘩っ早いのだ。
 というか多分、どこに行っても男に絡まれたり、声を掛けられたりして、うんざりしているのだろう。
 ゲーム内でも最初は態度が滅茶苦茶悪い。毛嫌いされているし、むしろ何かあったら殺すという空気さえある。
 さっきも危なかった。もしかしたらあの若者は殺されていたかも。
 そうなったら何もかもが、おじゃんだ。
 しかし俺が何もしなくともさっきのイベントは進んでいた。
 もしも俺がいなかったら……あの若者は殺されていたのだろうか。
 いや、五年後の彼女の口ぶりだとそんな感じはなかった。
 謎だが、ゲームとこの世界は全く同じではない。
 そこら辺は予定調和という奴だろう。

「リッド、よくやったな。いい対処だった」
「ありがとうございます、バイトマスター」
「ただ、サービスしたエール代はおまえが出せよ」
「……ですよねぇ」

 しっかりしているバイトマスターである。
 豪快に笑われると苦笑を返すしかない。
 ぽんと背中を誰に叩かれ、振り返る。
 エミリアさんが笑顔で立っていた。
 さっきまでとは違う、優しい笑顔だった。

「かっこよかったよ」

 素直に褒められ、俺は素直に照れた。
 この空気が俺の心を温かくしてくれる。
 俺はシース村が好きになっていた。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます

竹桜
ファンタジー
 ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。  そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。  そして、ヒロインは4人いる。  ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。  エンドのルートしては六種類ある。  バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。  残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。  大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。  そして、主人公は不幸にも死んでしまった。    次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。  だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。  主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。  そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。  

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

伯爵令息は後味の悪いハッピーエンドを回避したい

えながゆうき
ファンタジー
 停戦中の隣国の暗殺者に殺されそうになったフェルナンド・ガジェゴス伯爵令息は、目を覚ますと同時に、前世の記憶の一部を取り戻した。  どうやらこの世界は前世で妹がやっていた恋愛ゲームの世界であり、自分がその中の攻略対象であることを思い出したフェルナンド。  だがしかし、同時にフェルナンドがヒロインとハッピーエンドを迎えると、クーデターエンドを迎えることも思い出した。  もしクーデターが起これば、停戦中の隣国が再び侵攻してくることは間違いない。そうなれば、祖国は簡単に蹂躙されてしまうだろう。  後味の悪いハッピーエンドを回避するため、フェルナンドの戦いが今始まる!

知識スキルで異世界らいふ

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

処理中です...