死にゲーの序盤で滅ぼされる村のモブだけど、全力でバッドエンドを回避する!

鏑木カヅキ

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真っ白で穢れがなくて純粋で

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 俺は十三歳になった。

 身長も伸びたし、筋肉もついてきた。
 以前に比べ、かなり成長したと思う。
 今、俺は半ば鍛錬場と化した崩れ森にいた。
 目を閉じ、精神を集中する。
 暗闇に浮かぶは灰。
 そこには存在しないもの。
 それを明確に存在するものとして認識し、感触、ニオイ、視覚的存在、重さなどなど、灰そのものを目の前に生み出す。
 それは妄想であり、空想。
 だが確かにそこにあると俺自身が信じる。
 ひらひらと落ちてくる灰の花びらを、俺はそっと手ですくった。
 カッと目を見開くと、同時に剣を振るう。
 無駄な風音は一切ない、渾身の一撃と共に、刀身に生まれたのは無数の灰の刃。
 それは塊となって目の前に大木を無残に切り裂いた。
 灰刃(はいば)は伸縮自在な巨大な剣となる。
 触れたものを破壊し、溶かし、あるいは切り裂く。

 灰化の技巧。
 【灰化の斬撃】である。

 綺麗に寸断された大木は、ズズッと滑り、傾いて地面に落ちた。
 腹に響く重低音が崩れ森中に響くと、俺は口角を上げた。

「で、できた」

 喜びと共に俺は振り向くと、オリヴィアさんの慎ましい笑顔が出迎えてくれた。

「よくできましたね、リッド。あなたは灰化の最初の技巧を習得しました。たった一年でこここまでやるとは、素晴らしいですよ」

 嬉しそうに小さく頷くオリヴィアさん。
 真っすぐに褒められると素直に嬉しかった。

「灰化は奥が深いです。灰を用いて攻撃したり、あるいは存在する物質を灰と化したり、灰を色々な用途で使う技巧です。今後も精進し、灰化を極めてください」
「はい!」

 俺は姿勢を正して、師匠たるオリヴィアさんに向き直った。
 結局、師匠と呼ぶことは一度もなかったけど。

「それと今日はあなたに伝えておくことがあります。少しお待ちください」

 オリヴィアさんが森の木陰に移動していった。
 なんだろうか。もしかして技巧を習得したお祝いに何かくれたりして。
 キャライベントでは仲良くなると、アイテムをくれることがある。
 現実のカオスソードでも同じだったりして。
 まあ、ロゼやエミリアさんが、プレゼントしてくれたことはないけど。
 いやロゼは毎日のように差し入れしてくれるし、剣もくれた。
 それに、エミリアさんはお見舞いにお菓子作ってくれたりはしたか。
 俺が内心でわくわくしていると、オリヴィアさんが戻ってくる。
 手には長物を持っていた。

 ということは!?
 アイテムか!? アイテムなのか!?
 あの形状は多分武器だ。袋に入っているから見えないけどほぼ間違いない。
 うおおお、武器だ! 武器だぞぉっ!!
 俺は高揚を隠せず、鼻をふんふんと鳴らした。
 新武器を手に入れる時、ゲーマーは心が躍るものなのだ。
 オリヴィアさんから貰えるってことは、あの武器かな?

「これをあなたに」

 オリヴィアさんは袋から取り出した武器を、差し出してきた。
 それは刀。
 真っ白な鞘と柄の刀だった。
 美しい。見るだけで価値の高さがうかがえる。
 美術品と言われても俺は信じるだろう。
 俺は震える手でその刀を手にした。
 この刀は。

「純白刀(じゅんぱくとう)です。なにものにも染められない、白に染められた刀。純粋なあなたにぴったりなものかと。灰化との相性もいいですし、錆びず、汚れず、折れず、欠けず、そして何より、切味は抜群です。油断すれば己も切り裂くほどの無邪気さがあるので、気をつけてお使いください」
「あ、ありがとうございます。オリヴィアさん。抜いても?」
「ええ、どうぞ」

 俺は流れるように刀を抜いた。
 音叉のような美しい音がリンと鳴り響く。
 刀身さえも純白だった。

「すごく綺麗です」

 俺の声は震えていた。
 緩慢に刀を納めると、俺は感慨に打ち震える。
 これは、オリヴィアさんの特殊イベントをクリアすると貰える刀だ。
 そのイベントは隠しイベントとも言われ、特定の条件下でのみ発生する。
 ゲームではある程度の好感度がある状態で、崩れ森に行き、そこでオリヴィアさんを見つけた後、イベントを進行していけばクリアできる。
 確かにイベント場所は崩れ森だったが、まさか今の段階でクリアできるとは。
 しかしイベント内容はまったく違っていた。
 現実であるこの世界では、俺はただオリヴィアさんと一緒に修行していただけだが、ゲームではオリヴィアさんの因縁の敵を倒すという内容だったはずだ。
 これは一体どういうことだろうか。
 喜びと不安が俺の中で渦巻いた。
 ゲームとは違うイベントが起きたという事実に、俺は一抹の恐怖を覚えたのだ。
 俺の意図しない状況で、もしかしたら何かしらのフラグが立っているかもしれない。
 気づかない内に、別のルートに入っている可能性だってある。
 もしかして俺は選択を間違っているのかもしれないと思うと、不安でしょうがなかった。
 好き勝手にゲームのサブキャラに関わるべきではなかったのだろうか。
 俺はそんな不安を抱えていた。
 だが。

「おめでとう。リッド」

 師匠からの再びの祝福。
 オリヴィアさんは本当に嬉しそうに目を細めて俺を見ていた。
 まるで母親が息子を見るような慈愛がそこにはあった。
 その一言を聞き、その表情を見るだけで俺の不安は一気に払しょくされた。
 まあ、いいか!
 オリヴィアさんの笑顔が見れたし、楽しかったし、強くなれたし、灰化の技巧も覚えた。
 このルートが厳しいものだったとしても、もうどうしようもないのだ。
 必ず、クリアは出来るはず。
 例えその道が困難でも、それは間違いない。
 だったら悩む必要はない。悩んでも無駄だからだ。
 もっともっと強くなって、シース村襲撃イベントをクリアする。
 まずはそこを目標とするのだ。
 そのためにはオリヴィアさんに師事する必要がある。
 独学では限界があるし。

「ありがとうございます、オリヴィアさん! これからもよろしくお願いします!」

 俺がガバッと頭を下げると、鈴の音のような綺麗な声が上から落ちてきた。

「残念ながら、今日でお別れです」
「え? お別れ? ど、どこか行くんですか?」
「シース村を出ます。さすがに長居し過ぎました。所詮、私は流浪の身。一所に留まるつもりはなかったのですが、野に咲く蕾を見つけ、つい足を止めてしまいました。ですがそれもここまで。すでに花開き、美しい花を咲かせています。私の手はもう必要ないでしょう」
「そ、そんな。俺はずっとオリヴィアさんに……」

 俺は自分の言葉にはっとした。
 オリヴィアさんの人生を、俺が縛るつもりなのかと気づいたからだ。
 確かに俺には大きなメリットがある。
 だがオリヴィアさんに俺を育てるメリットなんて大してない。
 精々が、猪鹿亭での会計を俺がしているくらいなものだ。
 それで十分だとオリヴィアさんは言ってくれているが、実際、彼女の時間を沢山奪ってしまっているのも事実。
 もう師匠離れする時期なのかもしれない。
 俺はしかめた顔を精一杯、笑顔に変えた。

「わかりました。オリヴィアさん。今までありがとうございました!」

 俺は勢いよく頭を下げる。
 精一杯の感謝と思いを乗せた一礼だった。
 寂しい。悲しい。そんな気持ちが胸中を巡り続ける。
 だが俺は笑顔を絶やさずにいた。
 別れは笑顔で、悲しみはいらない。
 また会えるはずだ。
 だって、俺は彼女の未来を知っているのだから。

「こちらこそありがとうございました、リッド。とても楽しい時間でした」

 俺は頭を下げたままだった。
 顔を上げると胸の内の思いが溢れてきそうだったからだ。

「きっとあなたはもっと強くなる。私よりももっと。その時は……」

 逡巡している気配を感じた。
 声音に彼女の持つ、いつもの真っすぐさがなかった。
 数秒後、声は再び落ちてきた。

「その時は、私を助けてくださいね」

 俺は彼女が何を言っているか知っている。
 その時がいつなのかも。
 だが今の俺は、それを知るはずもない。
 だがら俺はただただ頭を下げ続けた。
 悲しい顔を見せないように。
 そしてすべてを知っている自分のことを省みないように。
 そっと頭に柔らかな感触が伝わってくる。
 少しだけ頭を持ち上げられていった。
 オリヴィアさんが何をしようとしているのかわからず、俺は思わず頭を上げた。
 と。

「んむ?」

 口を何かが塞いでいる。
 眼前にオリヴィアさんの長いまつ毛があった。
 そこから美しい灰色の瞳が現れ、大きく見開かれた。
 それは驚愕の感情であることは間違いない。
 そして俺も同じ感情だった。
 キスされた。
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