捨てられた元聖女ですが、なぜか蘇生聖術【リザレクション】が使えます ~婚約破棄のち追放のち力を奪われ『愚醜王』に嫁がされましたが幸せです~

鏑木カヅキ

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23 急襲と希望

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 瞼が重い。
 体が怠くてしょうがなかった。
 足取りは緩慢で、視界は地面で埋まっている。
 背を曲げ、とぼとぼと歩くシリカの隣で、クラウスは困ったように並んでいる。

 やや遅れた採掘場への出勤中だった。
 街中は活気がなく、人の姿は少ない。
 通りでたまに人とすれ違う程度だった。
 すでに労働者たちは仕事をしている最中だろう。
 この一か月、シリカは働きづめだった。

 一日の流れはこうだ。
 早朝、城内の清掃をし、その後は鉱山の採掘場へ向かい、洗濯をしてすべて干す。
 昼食時には調理場で料理をし、午後になると雑務をして、夕方前には城へと戻り、夕食まで掃除の続きをする。。
 その繰り返し。
 平民たちと同じように働き続けている。
 自分から始めたことなのだから、不満はないし、むしろ仕事は楽しかった。
 最初は王妃ということで距離を感じていたが、同僚たちとは仲良くなれたと思う。
 いつもならば高揚しながら、今日はああしようこうしようと考え、採掘場へと向かっていた。

 しかし今日は無理だ。
 心が項垂れて、前を向かない。
 昨日のヴィルヘルムの言葉が頭から離れず、眠れなかった。
 クラウスもシリカの様子がおかしいことに気づいているようで、言葉少なに、心配そうに見守っていた。
 陛下の心は決まっている。
 そう遠くない未来、シリカと離婚するのだと。
 だったら自分がやっていることはなんなのだろうか。

(……もう頑張っても意味はないの?)

 自分の決意も、頑張りも、離婚してしまっては何の意味もない。
 むしろ散々かき回して終わる可能性だってある。
 結局、逃げたのだと後ろ指をさされても仕方がない。
 ならばもう何もしないでいいのではないか。
 何をしても無駄なのならば。
 自分に価値がないのならば。
 必要とされないのならば。
 怠惰に暮らしてしまった方がいいのではないか。

 ……そうじゃない。
 それは違う。
 ほんの少しそう考えたシリカはすぐに頭を振った。
 そんなことは自分にはできないと、シリカはわかっていた。
 だってそういう性格なのだから。
 例え意味がなくても、価値がなくても、認められなくても……必要とされなくても。
 進むしかない。
 何もしないなんて、絶対にしない。
 その先に何もなかったとしても、足を止めることだけはしたくなかった。
 陛下に嫌われていても、期待されていなくても。
 それでも……。

(私は頑張りたい。だからいいの……)

 悲しくても辛くても、誰も見てくれなくても。
 それでも進む。
 決意を胸に、シリカが顔を上げた。
 その瞬間、クラウスの手が眼前に伸ばされた。
 何事かとクラウスの横顔を見上げる。
 いつもと違う、緊張した面持ちだった。
 その視線の先へと自然に顔を向ける。

 大型の男。それも四人。
 顔を布で覆い、手には剣やナイフを持っていた。
 一瞬、何が起こっているのか理解できなかった。
 異常に張り詰めた空気。
 ゾクっと粟立ち、ようやく状況が飲み込めた。

 男たちの狙いは自分だと。

「お下がりを」

 クラウスの切迫した声音がよりシリカの恐怖を煽った。
 後ずさりする足が震えている。
 怖気が全身を駆け巡り、体の感覚が薄れていった。
 気づけば唇は小刻みに痙攣し、思考はまともに働かない。
 クラウスは腰に帯びた剣を手にし、構えた。
 クラウスの流れるような動きは、シリカに僅かな安堵をもたらした。

 しかし相手は四人。
 武装し、明らかに殺意のある姿勢。
 シリカを守りながらでは、よほどの腕利きでも不利であることは明白だった。
 王都内であるというのに、辺りは静かで人気はなかった。
 この時間、多くの人間は仕事に出向き、王都には外からの訪問者は少ない。
 観光客もほぼおらず、店も一つしかない。
 王都内の人間以外はほぼいない。

 王都の人間は老若男女が仕事をしており、昼食時や仕事終わりの夕刻までは王都内に人は少ない。
 そして、シリカは遅れて採掘場へ行く。
 つまり襲撃には絶好の状況ということだ。
 シリカは目立つ。
 彼女が採掘場で働いていること、そして遅れて出勤していることを知っている人物は多い。

「貴様ら、シリカ王妃殿下と知っての狼藉か!?」

 クラウスが気勢を発するも、男たちに動揺はない。
 間違いなく、シリカを狙っての襲撃だろう。

「城までお逃げ下さい」

 男たちに視線を向けたままクラウスが小声で言った。
 一瞬だけ何か言おうとしたシリカだったが、思い返した。
 そしてすぐに踵を返し、走り出す。

「逃がすな!」

 リーダーらしき大柄の男が叫んだ。
 くぐもった声で誰かは判然としないが、声音には明らかな敵意が含まれていた。

(クラウス……どうか死なないで!)

 走りながらクラウスの無事を祈った。
 薄情だと思った。
 けれど他に方法はなかったとも思った。
 戦う手段を持たない自分が残っていても邪魔になるだけ。
 しかも相手の狙いは自分。
 ならば逃げるべきだと、理性が叫び続けた。

 シリカは歯噛みし、全力で走った。
 なぜ、どうして襲われた、誰が、何のために。
 自分が働きにでなければこんなことにはならなかったのではないか。
 もしもクラウスに何かあったら……。
 わがままを言うべきではなかった。
 頭の中で疑問と自責の言葉が駆け巡った。
 後ろから足音が迫ってくる。
 恐らく二人。
 もう二人はクラウスが足止めしてくれたのだろうか。
 だったら彼の負担は少しは減るだろう。
 しかしそれは自分の危険度が増したということでもあった。

 恐怖半分、安堵半分。
 考えがまとまらない。
 ただ今は走るしかない。
 普段、走ることなんてないから、すぐに足は重くなってくる。
 城までまだ距離がある。
 途中で誰かとすれ違えば、助けを得られるかもしれない。
 しかしその希望は露と消える。
 走っても走っても誰もいない。
 男たちが手を回していたのか、それとも単純に運が悪いのか。

「待て!」
「止まらねぇか!」

 男たちの声が明瞭に聞こえる距離まで迫っている。

「はぁはぁはぁ! うくっ!」

 肺が苦しい。太ももが痛む。
 全身の感覚が鈍麻していく。
 それでも必死で走った。
 そして見えた。城の外観が。
 あと少し。
 人の姿が見えた。けれどもう止まって助けを求める余裕はない。
 彼らはシリカたちを見て、ぎょっとすると道を開けた。

 もうすぐそこに城がある。
 守衛の姿も見えた。彼らに助けて貰えれば!
 城前に佇む守衛たちがシリカに気づいた。
 シリカは手を伸ばす。
 守衛たちが慌てて駆け寄ってきた。

(間に合っ――)

 が、シリカの手は守衛まで届かなかった。
 寸前で何かに遮られ、体は強引に引っ張られた。

「離れろ! こいつを殺すぞ!」

 首元に感じる小さな痛み。
 顔を動かさず、視線だけで首を見ると、そこにはナイフが突きつけられていた。
 太い腕にガッチリと首を挟まれて、まったく身動きが取れない。
 苦悶の表情を浮かべるシリカを、大柄の男は力任せに引きずり、守衛たちから距離をとった。
 守衛たちは剣を構えたまま、シリカたちから距離をとった。
 シリカを捕まえている大柄の男と、中肉中背の男が隣に立っている。
 周囲には数人が何事かと遠巻きに見ていた。
 大柄の男が守衛に向かい、くいっと顎を動かした。

「おい、そこのおまえ。王を連れてこい」
「へ、陛下を……?」
「そうだ。じゃねぇとこの王妃を殺すぞ?」
「し、しかし……」
「早くしろッッ!!!!」

 鋭い痛みが首に生まれた。
 シリカの首から血がつーっと滴る。
 シリカはナイフを刺されたのだと理解した。
 そして同時に、この男は自分を殺すことを厭わないのだとわからされた。
 死をもたらすものがすぐそこにあると、そう考えると心臓が血潮が、全身が抗うように声を張り上げる。
 一人の守衛が慌てて城へと走っていった。

(た、助け、て……)

 怖い。
 怖い、怖い。
 怖くてたまらない。

 聖女として様々な人を癒し、そして時には死を間近に見た。
 その時に感じた、物になる瞬間。
 助けを求める、あの瞳。
 次は自分の番なのではないかと思うような、死への誘い。
 それが一気に込み上げてくる。
 涙は溢れ、気丈に振舞う余裕さえない。

(誰か……だ、誰か、お、お願い……)

 怖くて誰かに縋りたくなる。
 誰かお願いと、ひたすらに呟いた。

 その時、浮かんだのは――ヴィルヘルムの顔だった。

 彼にシリカを助ける義理はない。
 絆も想いも何もかもない。
 彼との間にあるものは無理やり結んだ婚姻のみ。
 そんなことはわかっているのに。
 どうしてこうも諦めが悪いのだろうか。

(けれど彼は来ない……来るはずが……ない)

 離婚するつもりなのだ。
 絆などないのだ。
 好きでも嫌いでもない、ただの無関心。
 あるとしたら憐憫くらいだろう。
 そんな相手のために、どうして危険を冒すのか。
 明らかに危害を加えようとしている相手がいる場所へ、のこのこと足を運ぶ?
 そんなことはしない。
 するはずがないのだと目を閉じ、来るべく死を待つしかない。
 誰かが走る音が聞こえた。
 守衛が戻ってきたのだろうかと、シリカは顔を上げた。

(ああ……そんな……)

 目の前の情景に、シリカの心は激しく揺れた。
 そんなはずはないと、思ってしまうほどに、それは現実的ではなかった。

 相も変わらずの仏頂面で、いつもよりも緊張している面持ちで。
 走ってきたのか汗を滲ませ、息を弾ませ。

 そこには確かにロンダリア国王ヴィルヘルムがいた。
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