捨てられた元聖女ですが、なぜか蘇生聖術【リザレクション】が使えます ~婚約破棄のち追放のち力を奪われ『愚醜王』に嫁がされましたが幸せです~

鏑木カヅキ

文字の大きさ
31 / 33

31 愚か者たちの挽歌

しおりを挟む
 聖ファルムス教団特別行政区。
 大聖堂、治癒場において今日も聖女ドーリスによる治癒は行われていた。
 相も変わらず治癒を待つ信徒の列は途切れる様子はない。

「あ、あの……」

 おずおずと口を開いたのは信徒の男性。
 寝台に横になっている彼の腹部を、ドーリスは治癒している最中だった。

「う、うるさいですわ! 気が散るで――」

 はっとして横を見るドーリス。
 そこには聖女補佐官のソフィーや侍女たちが並んでいる。
 ソフィーがじろっと睨むとドーリスは頬を引きつらせた。

「――なんでございましょう、信徒?」
「い、いえ、二十分経ちますが……まだ腹痛が収まりませんで」

 笑顔のまま額に青筋を立てるドーリス。
 治癒している手は淡い光を放ち続けているが、どうやら治癒には不十分のようだった。

「も、もう少しですので、お待ちください」

 怒りに手が震えるドーリスを見て、信徒は僅かに怯えていた。
 二十分もかけて一人の治癒も終わらないなど、過去類を見ないほどに遅い。
 バルトルトの説教もあり、ドーリスはあれ以来多少は真面目になったが、いかんせん努力が足りず、そして素質もないらしい。
 結局更に十分かけてようやく治癒を終えた。

「さ、終わりましたわよ!」
「え……あ、ありがとうございました」

 信徒の男性は何か言いたげにしていたが、ドーリスが笑顔の威圧をすると背を向けた。

「シリカ様ならこんなことには……」

 つい漏らしたのだろう、信徒の男性の言葉をドーリスは聞き逃さなかった。
 尻を蹴り上げてやろうかと思ったが、そんなことをしたらバルトルトから何を言われるかわかったものではない。
 必死に怒りを抑えると、顔が熱を持つのが分かった。
 信徒の男性がいなくなると、余計に怒りがこみあげてくる。

(なぜわたくしがこんなことをしないといけないんですの!)

 貴族であり甘やかされて育ってきた彼女に、努力とか奉仕とかそういう言葉は一切ない。
 ちやほやされ、楽して贅沢な暮らしができると思ったのに、なぜこんなことになったのか。

(それもこれも全部シリカって女が悪いんですわ! 何かにつけてシリカ様だったら、シリカ様ならって、バカの一つ覚えみたいに言う連中ばっかり! 平民の癖に!!!)

 地団太を踏みたくなる気持ちを必死に抑えるドーリス。
 全部放棄してやろうかと思わない日はない。
 何とか耐えているのは、ユリアン王子の存在が大きかった。
 彼と結婚すれば状況は変わるはずだと、淡い期待を願っている。
 ともすれば一途だが、ただユリアンがどうにかしてくれると思っているだけの他力本願とも言える。
 そんなドーリスの薄っぺらい考えなど、周りの人間が理解していないわけもなく。
 ソフィーや侍女たちの視線は以前に比べてより冷たくなっていた。
 状況は切迫している。
 それなのにドーリスは気づく様子もない。
 そしてもう一人、周囲の状況に気づけない愚かな人間がいた。

「ドーリス、会いに来たよ!」

 馬鹿王子の見参である。
 晴れやかな笑顔でやってきたユリアンに、ドーリスは救いの神ありとばかりに縋るような視線を向けた。

「ああ、ユリアン様!」

 二人が合えば、そこは二人の世界。
 ユリアンが走り寄り、ドーリスを抱きしめた。
 バルトルトの忠告はユリアンに届かなかったようだ。
 いや、届いていても彼は事の重大さを理解せず、無視したということだろう。

「今日も大変だったようだ。汚らしい信徒の世話なんて」
「その通りですわ、ユリアン様。けれどわたくし、ユリアン様のために頑張ろうと……」
「おお、可愛いドーリス。なんて健気なんだ」

 馬鹿二人の独壇場。
 観客は侍女、護衛、ソフィー、信徒。
 その総数数百人である。
 しかしそんな視線を物ともせず、二人は中身のない言葉を交わし続けた。
 
   ●〇●〇●〇●〇

 バルトルトの私室にて、部屋の主人は荒れに荒れていた。

「おのれぇっ!!!」

 机に積み重なった大量の意見書。
 いや最早これは批判書だ。
 すでに数千枚にも及んだ書類の数々を前に、バルトルトは怒号を放ち続けた。

「下半身で生きているクズ王子と! 脳みその足らないゴミ虫女があああああっっ!!!」

 普段の冷静さは微塵もなく、かんしゃくを起こした子供のように批判書をちぎっては投げ続けた。
 最早予断の許されない状態だと言うのに、それさえ気づかない聖女。
 血統以外に誇れることは一つもない癖に傲慢で居丈高な王子。
 何度、忠告しても聞き入れず、最後の最後には「僕は王太子だぞ! 枢機卿の癖に偉そうに!」と言い放った。
 立場を弁えず、ただ生まれだけで押し通す無知蒙昧であった。

 聖神教団の権力は圧倒的で、実質聖ファルムス国家を経営しているのは特別行政区の方である。
 教皇が病床に臥せっている今は、枢機卿が最高権力者であり、実権を握っているため、実質バルトルトが聖ファルムスを牛耳っているとも言える。
 だがそれは全権を握っているということではない。
 聖ファルムス国王の嫡子であるユリアンに過度に干渉すれば、それは王政への反逆とみなされる。
 もちろんある程度の発言権はあるが、強制力は薄い。
 あくまで枢機卿は聖神教団のトップであり、聖ファルムス国の権力を握っているわけではないからだ。
 もちろん、手段を選ばなければいかようにもやりようがあった。

 しかしユリアンはドーリスの婚約者。
 近く二人は婚姻を結び、聖神教団と聖ファルムス国との関係性を濃くし、より聖神教団の権力を強くする目論見があった。
 ユリアンを排除すればその作戦はすべて泡と消える。
 シリカを強引に追放したのも無駄になってしまう。
 馬鹿だから扱いやすいだろうとユリアンとドーリスを繋げたのだが、失敗だったかもしれない。
 このままでは聖ファルムス国の権力を握る以前に、聖神教団の評判が失墜する。
 礎たる聖女がアレでは……。
 結局ドーリスは才能もなく、性格も破綻しており、聖女にまったく向いてなかったのだ。
 バルトルトは椅子に座り、頭を抱えた。

「一体どうすればよいのだ……」

 そうしていると不意にノックが聞こえた。
 入室を促すと入ってきたのは教団員だった。

「ほ、報告いたします!」
「急用でなければ後に……」
「ロ、ロンダリア王国が国名を新生ロンダリア皇国に改名したとのこと! 国王は聖皇帝、王妃は聖皇后と冠すると!」
「……国名を? なぜそんなことを」
「元聖女であるはずのシリカ様が……聖術に目覚めたとのことで」

 バルトルトは椅子を蹴りながら立ち上がった。

「なに!? せ、聖術に目覚めた!? シリカは聖印を失ったはずだ!」
「聖印は刻まれ、蒼髪になったとの報告が!」
「馬鹿な! あり得ん! 聖女は大聖堂でのみ力を受け継ぐのだ。ロンダリアでそのような! ただの噂ではないのか!?」
「し、しかし、実際に目にした者が複数人おります! し、しかもシリカ様は、死んだはずのヴィルヘルム王……聖皇帝を生き返らせたと!」
「生き返らせただと!!? それでは……伝説の蘇生聖術【リザレクション】を使ったとそう申すのか!? そんなことがあり得るはずがないだろう!!!!」

 憤りながら教団員の肩を掴むバルトルト。
 その形相は教団員を震え上がらせるには十分だった。

「ロ、ロンダリアへ潜入していた教団員が間違いないと!! シリカ様が聖女として目覚めたことで、ロンダリアは聖神教団とは別の聖女を奉り、聖ファルムス王国率いる連合国からの脱却を宣言したと!!!」

 ロンダリアのような弱小貧国が独立しようがどうでもいいが、シリカが聖女として再覚醒したとあれば話は別だ。
 聖女は聖神教団の核となる存在。
 それが二人もいるとなれば、聖神教団の格が落ちる。
 寄付や、後ろ盾をする国や貴族もロンダリア側へ寝返るかもしれない。
 聖女は一人だけでなければならないのだ。

「それが事実ならばまずいことに……いや、これは丁度いい、のか?」

 バルトルトは部屋内をうろつきながら思考を巡らせる。

「ドーリスは使い物にならない。だがシリカならば……そうだ。ロンダリアなどという貧国に加え、愚醜王の妻でいるならば、こちらに戻ってくる方が良しとするはず。所詮は孤児上がりの無知な小娘、いかようにも言いくるめられる……。ふふふ、そうだ。聖女として再覚醒したのであれば、好都合。二人の聖女を手に入れれば聖神教団をより盤石にできるというもの。すぐに馬を用意しなさい」
「う、馬でございますか。どちらへ」
「決まっているでしょう。新生ロンダリア皇国とやらにですよ!! はやくしなさい!」
「は、はっ!」

 教団員は慌てた様子で部屋を出て行った。
 所詮ロンダリア程度の国、聖神教団最高顧問の枢機卿である自分が行けば、抗うことはできないだろう。
 早馬を走らせ書状を送る必要もない。
 枢機卿自ら出向くのだ。
 これ以上の誠意はないだろう。
 ならば要求は全て通ると見ていい。
 汚らしい平民も使い方によっては価値があるのだ。
 だったら高貴な人間が使ってやるが華だ。

 追放しなければ聖術に再覚醒しなかったはずなのだから、むしろ感謝してほしいくらいだ。
 バルトルトは下卑た笑みを浮かべた。
 その顔は、己の考えは間違っていないとそう言い表しているようだった。
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

追放された地味令嬢、実は王国唯一の“魔力翻訳者”でした 〜役立たずと言われましたが、もう契約は終了です〜

あめとおと
恋愛
王太子から「魔法が何も起こらない役立たず」と断罪され、婚約破棄された伯爵令嬢リリア。 追放された彼女の能力は―― 魔法の“意味”を読み解き、術式そのものを理解する力《魔力翻訳》。 辺境の魔導研究所でその才能を見出された彼女は、 三百年解読不能だった古代魔法を次々と再生させていく。 一方、彼女を失った王都では魔法事故が連鎖。 国家結界すら崩壊寸前に――。 「戻ってきてほしい」 そう告げられても、もう遅い。 私を必要としてくれる場所は、 すでに別にあるのだから。 これは、役立たずと呼ばれた令嬢が 本当の居場所と理解者を見つける物語。

『無能な聖女』と婚約破棄された私、実は伝説の竜を唯一従える『真の守護者』でした。~今さら国に戻れと言われても、もう遅いです~

スカッと文庫
ファンタジー
「魔力値たったの5だと? 貴様のような偽聖女、この国には不要だ!」 聖女として国を支えてきたエルナは、第一王子カイルから非情な婚約破棄を言い渡される。隣には、魔力値を偽装して聖女の座を奪った男爵令嬢の姿が。 実家からも見捨てられ、生きては戻れぬ『死の森』へ追放されたエルナ。しかし、絶望の中で彼女が目覚めさせたのは、人間には測定不能な【神聖魔力】だった。 森の奥で封印されていた伝説の銀竜を解き放ち、隣国の冷徹皇帝にその才能を見出された時、エルナを捨てた王国は滅びの危機に直面する――。 「今さら謝っても、私の結界はもうあなたたちのために張ることはありません」 捨てられた聖女が真の幸せを掴む、逆転劇がいま幕を開ける!

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

婚約破棄された宰相です。 正直、婚約者も宰相も辞めたかったので丁度よかったです

鍛高譚
恋愛
内容紹介 「婚約破棄だ! そして宰相もクビだ!」 王宮の舞踏会で突然そう宣言したのは、女性問題を繰り返す問題王太子ユリウス。 婚約者であり王国宰相でもあるレティシアは、静かに答えた。 「かしこまりました」 ――正直、本当に辞めたかったので。 これまで王太子の女性問題の後始末、慰謝料交渉、教会対応、社交界の火消し…… すべて押し付けられていたレティシアは、婚約も宰相職もあっさり辞任。 そしてその瞬間―― 王宮が止まった。 料理人が動かない。 書類が処理されない。 伝令がいない。 ついにはトイレの汚物回収まで止まり、王宮は大混乱。 さらに王太子の新たな女性問題が発覚し、教会は激怒。 噂は王都中に広がり、王宮は完全に統治不能に。 そしてついに―― 教会・貴族・王家が下した決断は、 「王太子廃嫡」 そして。 「レティシア、女王即位」 婚約破棄して宰相をクビにした結果、 王宮を止めてしまった元王太子の末路とは――? これは、婚約破棄された宰相が女王になるまでの 完全自業自得ざまぁ物語。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

【完結】婚約破棄、その後の話を誰も知らない

あめとおと
恋愛
奇跡によって病を癒す存在――聖女。 王国は長年、その力にすべてを委ねてきた。 だがある日、 誰の目にも明らかな「失敗」が起きる。 奇跡は、止まった。 城は動揺し、事実を隠し、 責任を聖女ひとりに押しつけようとする。 民は疑い、祈りは静かに現実へと向かっていった。 一方、かつて「悪役」として追放された令嬢は、 奇跡が失われる“その日”に備え、 治癒に頼らない世界を着々と整えていた。 聖女は象徴となり、城は主導権を失う。 奇跡に縋った者たちは、 何も奪われず、ただ立場を失った。 選ばれなかった者が、世界を救っただけの話。 ――これは、 聖女でも、英雄でもない 「悪役令嬢」が勝ち残る物語。

処理中です...