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2. たった一人のキミ

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 エリィに最初に出会ったのは私が9歳の時だった。父が新しい母親として連れてきた美しい夫人の連れ子、それがエイリーズだ。たった2歳しか違わないと言うのに酷く華奢で壊れてしまいそうな女の子と言う印象だった。肌の色は白く、桜の色をほんのりと混ぜたような淡い金髪に、私と同じ菫色の瞳を持ち、恥ずかしそうに笑うその姿は、まるで絵本から抜け出した妖精のようだったと思ったものだ。
 エリィはすぐに私になつくとまるで生まれたばかりのヒナのように私の後をついて回ったものだ。最初こそ戸惑いはしたが、その愛らしさに私はたちまち虜になった。やんちゃで素直でない弟とは違ってキラキラした瞳で真っ直ぐに慕ってくれるエリィに夢中になってしまったのは無理もないと思う。

 エリィは生まれつき体が弱いらしい。酷く冷え込む日などは決まって熱を出し、少し派手に走り回れば倒れ、何日もベッドの上から起き上がれないこともあると言う。義母が言うには心の臓の病らしい。長くはないだろうと言う話を聞いてとてもショックを受けたのを覚えている。
 ベッドの上であってもエリィはその辛さを微塵に出すこともなく、いつもニコニコ笑っていた。私が見舞いに行けばその小さな両手を広げて大喜びするのだ。一人っ子だったエリィは兄の存在が嬉しいのだろうと義母は言っていた。その様子を見ているといずれは亡くなってしまう命などとはとても思えなかった。

 だが、ある日の事だ。
 ヨシュアがほんの悪戯心でエリィを驚かせた。捕まえてきたカエルを出会い頭にエリィに向けて放り投げたのだ。小さな子のちょっとした悪戯だった。普通の子であれば少しびっくりして終わり。そんな他愛もない出来事だった筈だった。だがエリィは違った。小さく掠れた悲鳴を短く上げた後、その場に崩れ落ちた。身体をくの字に折り曲げて胸を押さえ荒く途切れるような浅い呼吸を繰り返し、きつく閉じられた双眸からは大きな涙がとめどなく流れ落ちた。それを見て使用人が叫び、走り寄り、それこそ屋敷は大騒ぎになった。

 そして。
 私はその日、生まれて初めてヨシュアに手を上げた。

 今思えば、あの時の私は幼く、どう考えてもやりすぎだったと思う。ヨシュアにそこまで悪気が無かったのは明らかだった。ヨシュアもただエリィと仲良くしたかったのだと思う。不器用なヨシュアはそのやり方が分からず、ついやってしまった悪戯。子供が気になる子の気をひくために起こす他愛もないもの。笑っておしまいになったような、そんな小さな出来事だった筈だ。だが、あの時、エリィは発作を起こした。私は怖かったのだ。エリィがこのまま死んでしまうのではないかと恐ろしくて。その原因を作ったヨシュアに激しい憤りを感じてしまったのだ。

 あの日をきっかけにして、私もヨシュアもエリィに対して異常に過保護になったように思う。わがまま放題だったヨシュアも、すっかりそのなりを潜め、エリィに気を配ることが多くなった。私たち兄弟にとって、まさにエリィは守らなければいけないものになったのだ。

「兄さま、大好き」

 エリィはよくそう言っては私にギュッと抱きつき甘える。そのたびに私は抱きしめ返したり、頭を撫でたりと愛情表現を惜しみなくさらけ出した。そうすることでエリィが嬉しそうに笑う顔が見たかったのだ。ヨシュアも良くエリィ抱きしめたり、頭を撫でたりしていたが、エリィから甘えたように抱きつくのは決まって私だった。

 そのことに仄暗い喜びを感じていたのは否定できない。

 15になり、社交界にデビューし、その儚げな可憐さからエリィは貴族令息の話題に上がることが多くなった。幸いにも侯爵家の姫であった為においそれと手を出すよな不埒な輩は出なかったが、あの時期、私もヨシュアも神経をとがらせてエリィという花ににたかる虫どもを追い払ったものだ。当のエリィはと言えば自己評価が低いものだから、自分から虫の方に寄っていくこともない。たまに1曲テラスで私かヨシュアと踊るだけで満足しているようだった。もちろん、激しく体を動かすことが出来ない為にダンスを途中で辞めるなど常であった。私もヨシュアも、エリィの呼吸の乱れ一つとして漏らさずに気を配ったのだ。
 それでも。
 最期の時は近いのかもしれないと、頭の中で警鐘が鳴る。近頃は熱を出して寝込むことが多くなったように思う。特にここ半年の体調の悪化は顕著だ。医者にもその時がいつ来てもおかしくないと告げられたばかりだ。そのせいか、ヨシュアの情緒も不安定になっている。義母の笑顔も減り、父がその側を余り離れなくなった。この家の皆が、彼女を心配し、疲弊し始めている。その事にエリィは気づいているのだろうか。

 いや、気付かないでほしい。その最期の時まで、変わらずに。


「兄さまと一緒に寝てもいいでしょう?」

 今夜も不意に部屋を訪ねてきたと思ったら、エリィは当然のように私の寝台へと潜り込んだ。小さなころからエリィは変わらない。照れ隠しのようにツンと澄ましてみせるのも彼女の可愛らしさを際立たせるだけであり、彼女の可憐さを損なうものでは決してなかった。だが純粋に私を慕ってくれる彼女を愛しいとさらに思わせるその仕草を、密かに恨めしくも思う。こうして私はいつも、彼女の信頼に応えなければならないと言う鎖でがんじがらめにされるのだ。そう、私は囚われているのだ。私のたった一人のキミに。





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 奇妙な少女。

 僕のエリィの印象はこれに尽きる。見た目から述べれば、年上だと言うのに、僕よりもさらに一回り小さい華奢で可憐な少女だった。今まで屋敷で一番小さいのは僕だったから、最初はその小ささにいささか興奮したようにも思う。だがよく見てみると、その憐さの下にはいつも達観したような、老成した雰囲気の諦めが見て取れた。僕と同じようにわがままを言う事はあっても、主張しすぎることはなく、ある一定のラインでスッと引くのだ。それは僕と同じような年代の子供が持つ聞き分けのよさのレベルを遥かに超えていたと思う。
 エリィが屋敷に来たのは彼女が7歳の時だった。7歳と言えば甘えたい盛りで、常に母親にベッタリでもおかしくはない。現に従妹や、知り合いの子供たちは何だかんだ言いつつも母親にまとわりついている。それが出来ないのは僕や兄さんのように母親を亡くした子供ぐらいだ。
 だと言うのに、エリィは屋敷に来てからと言う物、父さんを気遣ってか新しい母様と仲睦まじくしている時には決して近づかなかった。その姿は甘えたいのを我慢していると言うよりも、そう言う物だと理解し、母親から愛を受けることを諦めているように見えた。
 それを知ってか知らずか、兄さんはそんなエリィをことの外溺愛した。今思えば、僕にしても兄さんにしても、甘えたい盛りに母親を亡くし、その愛に飢えた穴をエリィを愛すことで埋めていたような気もする。特にエリィは体も弱く、臥せることも多かったために兄さんの庇護欲を一層掻き立てたのだろうことは想像に難くない。
 兎も角、兄は溺れる様にエリィを愛し、エリィもまたそれに応える様に兄を愛していた。

 そうして、僕はエリィが屋敷に来てから一人になった。

 今まで折に触れて面倒を見てくれていた兄さんは、体の弱いエリィに掛かり切りになり、父は新しい母に夢中だった。僕がしょうもない悪戯をしても兄さんが苦笑しながら説教する事は無くなり、代わりにいかつい侍従頭の淡々とした説教へと変わった。父が折に触れて頭を撫でることすら、侍女頭の慰めに変わった。急激な環境の変化に僕は正直戸惑っていた。
 そんな僕がエリィを疎ましく思うのに時間はかからなかった。
 事あるごとにエリィの髪を引っ張ってみたり、彼女の大切にしていた本を破いてみたり。わざと手を汚してエリィのドレスを汚してみたり。臥せっているエリィの元を訪れてわざと飲み物をエリィに向かってこぼしてみたり。本当にしょうもない嫌がらせを繰り返した。そうすることで、兄さんが説教するために僕を振り返り、その間は僕は一人じゃ無くなることにも気が付いた。だから余計にその嫌がらせを辞めれなかった。兄さんが側に居ようといまいと、半ば義務感のように下らない嫌がらせをした。

 それでもエリィは決して怒らなかった。
 いつもちょっと悲しそうな顔をして、それから困ったように笑って「ヨシュア、だめよ」と言った。その大人びた態度に妙にイラつきを覚えたものだ。

 あれはエリィが来てから1カ月ほど経った頃だろうか。僕はエリィの落ち着き払った態度をなんとか崩してやろうと、わざわざ森まで出ていきカエルを捕まえてきた。流石にカエルを見て驚かない令嬢などいない。驚かせて、本気で怒らせてやろうと思ったのだ。その時の事をニヤニヤと想像しながらエリィを探して中庭まで来たときに、その光景が目に入った。
 後ろからエリィを抱きしめるような格好で手にした花を前に柔らかく微笑みあう2人は小さな恋人たちと言った感じでとても微笑ましく、そこにはどこか他人の介入を拒むような排他的な雰囲気さえ醸し出していた。エリィも兄さんも、僕にそんな表情をを向けたことも、見せたこともなかったのだ。その事に何故か妙な焦りと沸々とした怒りを僕は感じてしまった。そうして僕はただ見せるだけのつもりだったカエルをエリィに向かって投げつけたのだ。

 その後の事は、今でもはっきりと覚えている。

 小さく短い悲鳴。ヒュッとなった喉。くの字に折り曲げられた小さな体。荒い息。青白い肌。苦しさに歪まれた顔。あふれる涙。使用人の悲鳴。走り回る大人たち。
 面会謝絶になったエリィの部屋の扉の前で、その扉を呆けたように、そして絶望したかのように立ち尽くす兄さんの姿。
 まるで僕がその場にいることを誰もが忘れてしまったかのようだった。
 僕自身も酷く狼狽したのを覚えている。自分のしたことの結果に理解が追い付かなかった。幼かった僕は、罪悪感に耐えきれず、不安で騒ぐ気持ちを"大丈夫だよ、お前は悪くないよ"と誰かに慰めてもらいたかった。そして甘ったれた僕は愚かにも、その癒しをエリィを人一倍大事にしていた兄さんに求めようとしたのだ。

「なんだよあいつ、大げさに倒れやが……」

 兄のすぐ後ろで発したその言葉は最後まで言う事が出来なかった。
 激しい打音と衝撃で、僕自身が壁に叩きつけられたからだ。驚いて見上げれば、固くこぶしを握った兄さんがいた。

 僕はその日、初めて兄さんに殴られたのだ。

「許さない」

 声を荒げることなどないと思っていた優しい兄さんが、初めて怒りを露わにし、僕を拒絶するように睨んだ。目元にはうっすらと涙が浮かんでいて、その声は恐ろしく低く、今まで僕が聞いたこともない程固い声音だった。そして僕は逃げたのだ。謝罪することも、反省することもなく、まるで怒った兄さんが悪いかのように睨み返して踵を返し、自室に逃げ帰ったのだ。

 それから僕は何日か自室に引きこもった。兄さんが謝るまで許さないと自分勝手にもそう主張して。父さんが何度か僕を宥め、諫めようと部屋を訪れた時も、僕はベッドの中で毛布を頭からかぶりそれを拒絶した。初めて兄さんから向けられた厳しい目にショックを受け、もうどうしていいか分からなかった。
 兄さんに殴られた頬は腫れて痛かったし、壁に当たった肩も少し動かしただけでも鈍く痛んだ。そして何よりも心が痛かった。
 ベッドの中で目を閉じれば、エリィの苦し気に歪まれた顔と、兄さんの絶望したように扉を見つめる顔が交互に浮かぶ。自分のしでかしたことの結果に恐怖していた。
 もしこのままエリィが死んでしまったら。
 そう思うとこのベッドの中から抜け出すことすら怖くなってしまったのだ。

 引きこもって何日目の夜だったかは覚えてない。エリィがどうなったのかは誰も教えてくれなかったし、僕自身も聞くことが怖くて聞けずにいた。あの夜も毛布をかぶったまま何度もあの時の事を思い出しては恐怖を感じて、自分自身を抱きしめる様に小さく体を丸めていた。頬の腫れは既に引き、肩ももう痛んではいなかったが、心だけは相変わらず悲鳴を上げそうなほど痛かった。そんな時だった。屋敷の者皆が寝静まり、何も音がしなくなったそんな真夜中に部屋のドアが小さく3回ノックされた。
 そんな非常識な時間に訪ねてくる存在に僕は見当がつかず、返事も出来ないままその様子を耳を澄ませて窺った。すると静かににゆっくりと扉が開かれ、誰かが部屋の中にはいってきたのだ。耳を澄ますと微かな衣擦れが聞こえ、その音はゆっくりと僕のベッドの脇まで来ると止まった。
―― ケホッ。
 その小さな咳に聞き覚えがあり、僕は毛布をかぶりながらも目を見張った。危うく「こんなところで何をしてるんだよ」と怒鳴りつけるところだった。それでも、その小さな咳を聞いた時、僕は確かに安心したのだ。生きていたのだと。

「ヨシュア、起きてる?」

 小さく問いかける声に、僕はうんとも、ううんとも答えられず、もぞりと大きく体を動かして毛布の中で丸まる様に膝を抱えた。その動作にエリィはホッとした様に小さく笑いを漏らす。そして毛布の上から僕の体を優しくポンポンと叩いた。

「心配かけてごめんね」
「……心配なんかしてない」

 優しく掛けられた言葉に思わず拗ねたように返すと再びエリィは小さく笑ったようだった。そうしてすぐに毛布の上から僕の体に暖かい重みが加わった。その重みに驚いて少しだけ毛布から顔を出すと、エリィは毛布の上から僕を抱きしめながら、僕の瞳を覗き込む様にして笑う。

「大丈夫、ヨシュアは悪くないから」

 その小さな唇からするりと紡がれた言葉に、僕はただただ驚いて。気が付けば僕はしゃくりあげて泣いていた。何度もごめんなさいと繰り返す僕を、エリィは悪いのは私の病気だからと優しく抱きしめてくれた。あんなに欲しかった言葉をくれたのは、父でも兄さんでもなく、僕が酷いことをした目の前の小さな女の子だった。みっともなく泣く僕を、エリィは優しく抱きしめ、頭を撫でてくれた。だから僕は素直になれたのだ。いや、素直になろうと決めたのだ。

 あれから10年たった。

 エリィは儚げな可憐さを残したまま綺麗な女性に成長した。相変わらず時々老成したというか、枯れたような雰囲気を醸し出すことはあったが、概ね問題はなかったと思う。問題があるとすれば、あの一件以来、兄さんのシスコンが異常化したことぐらいだろうか。まぁ、僕自身もシスコン気味であることは否定はできない。兄さんよりはまともだが。
 流石の僕でも、エリィに近づく男、それも子供から老人まで区別なく教師にでさえも殺気を向けたりはしない。もちろん、明らかにエリィ狙いの虫を始末するのはやぶさかではないが。

 エリィにはもう時間が無い。ここ半年間で確実に病気は悪化しているのだと思う。医者からあと3年も持たないのではないかと言う話も聞いた。毎日毎日、エリィの命を亡くしてしまうことに、兄さんも僕も何もできずに怯えている。

 本当ならエリィに恋の一つでもさせてやるべきなのかもしれない。だけど兄さんは、恋愛で疲れて身体を壊したらどうするんだと主張してやまない。僕としても出来るだけ長くエリィと一緒の時間を過ごしたいから、兄さんのその主張を遮ることはしない。エゴだと言われてもいい。

 騎士団所属の兄さんは、城とエリィの元へと日参で忙しいため夜会などに頻繁に顔を出すことが出来ない。代わりに、最近僕はディレスタ家の顔として社交の場に出ている。何故なら、兄さんだけでなく、父さんもふさぎ込みがちな義母につきっきりで役に立たないからだ。だが、そうやって家を離れ、興味のない令嬢とダンスを踊り、あびるようにワインを飲んでいると急に不安になるのだ。今、もし、この瞬間にエリィが倒れていたら、と。
 いつもその不安に急かされるようにして馬車を飛ばして屋敷に戻るのだ。
 そうしてエリィの部屋を訪れ、その呼吸を確認して安堵して眠る。それがルーチンワークのようになっていた。
 兄さんがいつも城から帰るなりエリィの元へと入り浸るのは僕と同じ気持ちを抱えているからなのかもしれない。毎日そんな不安を抱えながら城へ登城するのはどれほどの苦行だろうか。それを思うと、同情を禁じ得ない。
 僕は幸いにもエリィと同じく学園に通っている。エリィの体調を考慮してか、いや、僕自身の生来の頭の出来の良さも手伝って、僕はエリィのクラスメイトとして常に一緒に居ることが出来る。そうやって学園に居る間はずっとエリィを独り占めできるのだ。兄さんではなく、僕一人がエリィとの時間を共有できる。
 その事に密かに優越感を感じるのはいけない事だろうか。

 だが最近憂鬱なことがある。
いつものように夜会に出席して、不安に駆られ急いで屋敷に戻りエリィの部屋を訪れると彼女の姿が無いのだ。行先は言わずもがな。小さなころは頻繁にあったが、中等部に上がって以来すっかりなりを潜めていたと思ったのに、また復活したようなのだ。
 エリィの兄さん部屋通いが。
 まぁ、兄さんの元に居るのだとすれば、生きているのは間違いないのだから安心と言えば安心なのだが、面白くはない。僕だってエリィの側でその存在を確認したいのだ。

 とは言っても不安になる。主に兄さんの身体の方が。……兄さんは大丈夫なのだろうか。エリィが兄さんの部屋に泊まった日の翌朝の兄さんは明らかにやつれている。目の下にうっすらと隈が出来ているのも何だか痛々しい。一睡もできなかったのであろうことは簡単に推察できるほどのやつれ具合だ。一方のエリィは顔色が良いことが多く、リラックスして眠れたという事もよくわかる。
 僕も兄さんと似た感情をエリィに対して持っているのだから、兄さんがどれほどの精神力で夜を越えたのかが分かってしまう。残念なことにエリィが僕の部屋に来たのは子供の頃だけだから、僕はたまにエリィの部屋に訪れることぐらいしかできない。だが仮に、エリィが兄さんと同じように僕の部屋に日参していたとしたら。……とっくに手を出してしまっているかもしれない。エリィは自分から男のベッドに入るという事の意味をちゃんとわかっているのだろうか。……わかってはいないだろう。だからこそ、兄さんのあのやつれ具合が痛々しい。子供の頃ならまだしも、エリィはもう17だ。細身でありながらも腰は丸みを帯びて、胸にはなだらかな膨らみがある。そんな年頃の、しかも肉親の愛情以上のものを持っている相手が自らベッドに潜り込んできたとしたら?朝までその状態を耐えきらなければならないとしたら、それは一種の拷問としか思えない。エリィはあれか、兄さんを殺したいのだろうか。

 そんな風に半ば呆れるように二人を見ていると、おもむろにエリィが兄さんの腰にしがみつくように抱きつく。そして言うのだ。

「兄さま、大好き」

 ……あ、兄さん魂が口から出かけてる。あれはわざとか。わざとだろ。あざとすぎるだろ。

「僕はどうなんだよ」

 僕が幾分拗ねたようにそう言うと、エリィはすぐさま僕に抱きつき、小さな手を伸ばしてエリィより幾分高い僕の頭を、めいっぱい背伸びしながら優しく撫でて言うのだ。

「ヨシュアも大好き。いいこね」

 この待遇の差に不満が無いかと言えば、ぶっちゃけ大ありだ。……だけど、エリィが僕の頭を撫でようとすればするほどエリィの顔が僕に近づき、エリィの香りが鼻孔をくすぐるのだ。少し上目遣いのエリィの顔を間近に見れるのは弟の特権かもしれない。とにかく可愛い。エリィは僕をも殺しにかかってるに違いない。可愛い。可愛すぎる。あざとすぎんだろ。

 こうやって僕は、エリィに囚われるのだ。本当に厄介なのだ。僕のたった一人のキミは。
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