主人公ちゃんがログインと同時にログアウトしていた件。

大鳶 いまり

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13. 未来の先にある過去

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「どこから、って?」

 訝し気にエリィが尋ねるとティティーはフムと納得した様にまた一つ頷いた。そうして寝台の上にぴょんと飛び乗ると、エリィに膝の辺りを毛布の上からぽふぽふと叩いた。

「言っておくけど、僕は協力は余りできない。けど、エリィの味方だよ」

 未だ嗚咽の混じる喉を抑えるようにして、エリィはティティーを見る。ティティーが何を言おうとしている測り兼ねると言った様子で、エリィは肩を震わせたままでいた。

「僕は君に会ったら、まずどこから来たのか聞く事になってる。これはノエルも知らない。僕とエリィの間だけで話すって決めた事なんだ。その意味は……う~ん、上手く説明できるかな。そうだ、エリィ。今日は何日だかわかる?」
「2月20日だと思うわ」
「そうか。君には2月20日なんだね。……だけど僕たちにとっては今日は3月3日なんだ」

 ティティーの言う意味がわからずエリィはただ黙って見返した。するとティティーは困ったように頭をかく。

「これは、2月20日にエリィから僕に話した内容なんだけど、ちょっと混乱するかもしれないけどよく聞いてね。……僕たちは毎日1日ずつ進んで明日になってる。2月1日の次は2日、その次は3日。順番にやってくるよね?ここまではわかるよね」
「ええ」
「だけど、今のエリィは違うんだ。僕もよく把握は出来てないけど、僕らにとって過去の出来事は、エリィにとってはこれから起こる未来の事なんだ」
「よくわからないわ」

 目元に残る涙を指先で拭いながら、ティティーの話す奇妙な話をエリィは首をかしげながら聞く。そんなエリィの様子を見て、ティティーは大きくため息をついた。

「だよね。僕も考えると頭がこんがらがっちゃう。ただ、今までの君の話から推察するに、君の時間流れはバラバラなんだ。今日が明後日で、明日が一昨日で、昨日が明日、一昨日が今日。そんな感じにさ」
「そんな、いきなり言われても信じられないわ」
「まぁ普通そうだよね。なんでそうなっちゃったのか……これはね、僕のただの考察なんだけど。この現象はきっとノエルのせいでもあると思うんだ」
「ノエルの?」
「そう。ノエルは所謂バグなのさ。そのバグに引きずられてエリィは正常の時間の流れから外れてしまったと考えられるんだ」

 本来なら女性で生まれる筈であったノエルが男性として生まれてしまった。それはこの世界の根幹にかかわるほどの大きい異常と言ってもいいのだとティティーは言った。それはバタフライ効果のように小さくはあるけれども本来の流れを少しずつ変えていってしまったらしい。
 元々の流れ世界ではやはりゲームと同じようにエリィの死がフラグとなって幾多の結末へこの世界は向かうはずだった。だが、ノエルが男性として生まれてしまったために本来の流れに戻ることがどうしても出来ないのだと言う。
 そしてノエルはエリィに出会ってしまった。この世界の流れの中心であるノエルと、流れの行く先を担うエリィはやはり強く干渉しあう。この世界の流れに大きく逆らおうとしているノエルの存在と、元に戻そうとするエリィの存在がこの異常な事態を引き起こしているんじゃないかとティティーは言った。

「ヴィスタ王子はこんなところで死ぬように決まってない。だからエリィ。しっかり考えて、行動して」
「どういうことかわからないわ」
「僕にこのことを説明してくれた君は言ったんだ。ティティーにとっては”過去の事”でも、私にとっての”未来”の事なら修正が出来るって」
「……」
「エリィ、君がヴィスタ王子を助けるんだよ」

 強い光を湛えた瞳で、ティティーは背伸びをするようにしてエリィの瞳を覗き込んだ。しかしエリィはイヤイヤをするように小さく頭を左右に振って俯く。

「そんな、無理だわ。きっと出来ない」
「出来ないじゃない、やるんだ。……だって君にしか過去が来ない。君しか王子を助けることが出来ない」
「でも……」
「ヴィスタ王子が死んだこの未来を君は肯定するの?」
「それは……」

―― コンコン

 扉をたたく音と、効きなれたケイトの声がして、ハッとした様にエリィは顔を上げた。そして困惑した様にエリィはティティーを見た。

「平気だよ。僕はエリィとノエルにしか見えないから。だけど、もうそろそろ僕は寝る時間だ。ともかくエリィ、頑張って」
「私はどうすればいいの?不安だわ」
「あ~……、こんなこと言ったらさらに委縮しちゃうかもしれないけど。一つ覚えていてほしい事があるんだ」

 居室の方に入ってきたケイトの気配に焦りながらも、エリィが急いで頷くと、ティティーはエリィの手に自分の手を重ねて口を開いた。

「今日までの僕は、同じ日からやってきたエリィを見たことが無い。それから考えられることは、ただ僕たちと時間の流れ方が違うだけなんだ。仮にそうならば、エリィにとっても過ごす時間は同じしか無い筈なんだ。つまり、エリィが何度も同じ日を過ごす事は無いって事。時間の流れはバラバラでも、期間は2月20日から王子が死ぬまでの3月2日しかない。1日、1日を無駄にしないで」

 そう言うとティティーはケイトが寝室に入ってくるのを横目で見ながら、のんびりと大きなあくびを一つして「もう限界。ねる~おやすみ~」と呟いてその姿を消した。










 ヨシュアと連れ立って来れば、城の中はしんと静まり返っていた。いつも通りに衛兵やメイドたち、侍従たちが行き来していると言うのに、誰もが暗い顔をして口を引き結んだままだった。私語をするのも憚られる様な雰囲気の中で、嫌に靴音だけが響く。弔辞用にと作られたドレスはシンプルなデザインで、比較的重い質素な布で仕立てられていた。初めて着る重苦しいドレスは、エリィの心をも暗くした。
 ヴィスタの死因は高所から落ちての即死ということだった。その現場をエリィとヨシュアは目の当たりにしたらしい。そうしてエリィは発作を起こし、倒れ、城は文字通り大騒ぎになったと言う。もちろん、エリィにとってはこれから先に起こることなので記憶にはない。

「兄さんから聞いたんだけど」

 ポツリと囁くように横を歩くヨシュアが口を開いた。そこでエリィは初めて家にセシルの姿が無かったことに気が付いた。そして、セシルと同じくヨハンの姿も見なかったことに気が付く。2人とも城で職務を担っている事もあって、恐らくヴィスタ王子の急逝の為に城に詰めているのであろう事が予想できた。

「殿下は事故だと思ってたけど、そうではないらしいよ」

 衝撃的なその言葉にエリィは信じられないと言った面持ちでヨシュアを見た。しかしヨシュアの方は視線を足元に落としたままさえない表情をしている。

「柵に細工がされていたって」
「殺されたって事?」
「そう……それで、王子が亡くなったら得をすると思われている人物が疑われてる」

 その話を聞いて、エリィは思わず立ち止まった。するとそれにすぐヨシュアは気づき、立ち止まると気乗りしないと言った感じでさらに口を開いた。

「殿下がいなくなれば、必然的に王女の夫が次期王だ。前王も陛下しかお子が居なかったからね。僕らがお別れにと呼ばれたのは、それが本当か、そしてそれに僕らが加担しているかどうかも見定めるためだと思う」
「そんな……」
「兄さんと父上は殿下が亡くなった2日前からたまたま城に詰めてて、そのまま色々な処理に当たってる。でも、帰宅は許されてないんだ。母上は王妃様をお慰めするようにと言われて、身重だと言うのに城に軟禁されてるよ」

 その状況が示唆している事に気付き、驚いて、エリィは足元をふらつかせた。直ぐにヨシュアが支えてくれたものの、ヨシュア自身もその事にかなり参っているようだった。朝、目を覚ました時に見たヨシュアの顔のやつれ具合は、エリィの看護やヴィスタの死を目の当たりにしたことだけでは決してなかったことに、エリィはようやく気が付く。
 現王の御子は2人、王子と王女が一人ずつ。その内の王子が亡くなれば必然的に王女の夫が王位を継ぐ。そして、その王女の婚約者はセシルだった。ただでさえ、国内で勢力を誇るディレスタ侯爵を煙たがる者は
少なくないのだ。誰かがそっと、その名を悪意を持って進言すれば、この事態になることは容易に想像できたはずだ。
 ヨハンとセシルにはヴィスタ王子弑逆の容疑を掛けられている事は疑いようもなかった。

「フィリオ―ル様が公爵様を通して抗議してくださっているし、ノエル殿下からも口添えをして下さってるから、今は未だ僕らは自由に出来ているけど……」

 言葉を濁す様にしてヨシュアは口をつぐんだ。今は、ということはその先があまり良いもので無い事は想像に難くない。それほどまでにディレスタ侯爵家は今、窮地に陥っているのだと分かった。
 主人公ノエルというバグが産んだ”ヴィスタの死”と言う澱は、何が何でもエリィを舞台に引きずり出すつもりらしい。エリィが行動を起こさなければ、待つのは侯爵家を道連れにしてのヴィスタの死だ。
 もう、自信が無いとか、不安だとか。甘えをエリィが口にすることは許されないのだった。
 その事実に気付いて、エリィは情けなくも足が震えだした。ヴィスタを助けたい気持ちは十分にある。ただ、失敗は許されないのだという事がとても怖かった。
 急に立ち止まったヨシュアとエリィを数メートル先で案内の侍従が困った様に見ていた。青ざめて小さく震えるエリィを見て、ヨシュアは安心させるように微かな笑みを向け、そっとエリィの背中に手を添える様にして歩くように促す。しかし、そうやって気丈に見せるヨシュアがエリィの背中に回した手は微かに震えていた。年下であるはずなのに、エリィよりもずっと大人びて見えるヨシュアも、本当はただの16歳の子供なのだとエリィはそこで初めて気が付いた。情けないことにエリィは自分よりも年下のヨシュアに支えられているのだった。


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