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大鳶 いまり

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47. 螺旋

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 ヨシュアと一緒に城門近くまで戻ると、後ろからエリィを呼ぶ声があった。振り返れば、少し離れた場所からシャロムが足早にこちらへと向かってくるのが見える。

「シャロム。ご苦労様」
「いいえ。申し訳ありません、セシル様にお会いすることが出来ませんでした」

 そのシャロムの言葉にセシルの姿を思い出し、エリィには微妙な笑顔を返す。

「知ってるわ。お兄様は王女殿下とご一緒だったの」
「なるほど、そうでございましたか。お菓子の方は騎士団の方に預かっていただきました」
「そう。ありがとう」
「お菓子? もしかして差し入れなの?」

 シャロムとエリィの話に怪訝そうにヨシュアが首を捻る。それも当然の事だろう。エリィは今までお菓子の差し入れなどしたことが無いのだから、首を傾げても不思議はない。

「ついで、だけどね。本命は殿下の方」

 そう言えば、途端にヨシュアは眉をしかめて口元をへの字に曲げる。わかりやすい機嫌の損ね方に、エリィはくすくすと笑った。

「勘違いしないでね。殿下には仕返しに来たのよ」
「仕返し?」
「ええ。お見舞いに頂いたお菓子が余りにも酷かったから、仕返しに料理長と相談してシュークリームを作ったの。当然だけど、お兄様とお父様に差し入れたのは普通のシュークリームよ?」
「それが仕返しになるの?」
「あら、ヨシュアも同じ物が食べたいなら作ってあげるわよ? マスタードしか入ってないシュークリームだけど」
「……」

 悪戯っぽくそう言えば、ヨシュアは呆れた様に半眼になった。

「もしかして、さっき持ってた包みがそれ?」
「そうよ。ドリエン公爵に踏まれてしまったから、諦めて持って帰ろうと思ったんだけど――」
「どうしたの?」
「殿下が食べるって言うから」

 そうエリィが言うと、ヨシュアは少し驚いた様に口をポカンと開けた。

「人が足蹴にしたのを? 殿下が?」
「食べられるような物じゃないから無理しなくてもって止めたんだけど、今無理しないでいつ無理するんだって言って」
「……かっこいいじゃん」

 再び拗ねるようにヨシュアが言う。シャロムも感心した様に小さく頷いた。その2人の反応にエリィは苦笑いを零した。

「で、食べちゃったのよね」
「止めなよ!」

 えへへと舌を出して笑うエリィに、ヨシュアが瞬時に突っ込む。とは言っても、ヨシュアの顔が半笑いになってるのはエリィの気のせいだけではない筈だ。

「勢いよく食べるもんだから、目を白黒させて悶えて、こんなもの食えるかって」
「そりゃ、かっこつけた後でそれじゃ普通に怒るだろ」
「だから”今無理しないで、いつ無理をするんでしょうか”って言ったら黙っちゃったわ」
「……流石に殿下に同情を禁じ得ない」

 まるで頭が痛いとでもいうようにヨシュアは眉間を指で揉みほぐしながら目を閉じる。シャロムも珍しく半笑いの微妙な表情だ。

「いいのよ。元々仕返しメインだったし。意地悪もされて、あんなんじゃ足りないぐらいだわ」

 唇を尖らせて腕を組んで言えば、ヨシュアはあからさまに肩を落として大きなため息をついた。それでも何か思う所があったのか、そうだね、と小さく呟いてヨシュアは笑った。

「僕もエリィからの貰い物は気を付けることにするよ」
「なんでそうなるのよ」
「僕もエリィに時々意地悪してるかなぁと」

 何故かヨシュアは肩をすくめて眉を下げた笑顔を浮かべた。その寂しそうな笑顔に何となく放っておけない何かを感じて、エリィはヨシュアの上腕を軽くポンと叩いた。

「確かに時々意地悪ね。じゃあ仕返しは甘んじて受けてちょうだい? それでおあいこになるでしょ?」

 そう言ってエリィが笑えば、わかってないなぁと再び呟いてヨシュアはまた一つため息をつき、今度は柔らかく微笑んで見せた。

「その時は程々にお願いするよ」
「そうね、いつも迷惑かけてるし手加減してあげなくもないわよ?」

 そうエリィがふざけて言えば、ヨシュアの顔に少しだけ元気が戻ったようだった。

 ふと雲で太陽が陰り、何の気なしに顔を上げれば、視界に美しい白い塔が入り込んだ。エリィが小さな頃からヴィスタやヨシュアとよく遊びの場にしていた白鷺の塔だ。手入れも良くされているようで、かなり古い塔であるはずなのに古臭さを全く感じさせない。

「寄って行きたい?」

 何も考えずに見上げていれば、ヨシュアがそっと声を掛けて来た。エリィ自身はただぼーっと見上げていたというのに、ヨシュアには熱心に見上げていたように見えていたらしい。すぐに首を振って否定しようとした所で、エリィはふとヴィスタの事を思い出す。

 3月2日。彼はこの塔の上から落ちて死ぬのだ。

 そう考えたら、やはり塔の屋上テラスの細工が気になった。今日が26日。セシルが細工を確認したのは28日。そして、ノエルたちが昨日である25日に塔に上がっているのだから、あのヴィスタの事だ細工の有無は確認しているはずである。
 それならば今細工を確認するのも、犯人が誰であるか絞るにはかなり有力な手掛かりにつながるのではないかとエリィは考えた。もちろん、ヴィスタ自身もエリィが未来を話した24日の夜会以降警戒をして何者かに塔を見張らせている可能性は高い。だが、エリィ自身も確認したい気持ちが強かった。

「寄って行きたいわ」
「そっか。昨日行けなかったしね」

 エリィにとっては一週間も前の事だが、ヨシュアは納得した様に頷く。

「それでは、私が許可を取って参りますので少々お待ちいただけると」
「ああ、それじゃあ僕はその間に薬師局に行ってシップを貰ってくるよ。大したことなさそうだけど一応、ね」

 ヨシュアとシャロムで簡単に打ち合わせると、2人はエリィに前庭にある休憩用のベンチで待つ様に促す。そのままヨシュアは近くを巡回していた兵士を呼び寄せると、シャロムかヨシュアが戻ってくるまでと護衛を頼んで足早に来た道を戻って行った。

 しばらくそうやって待っていると、先に戻って来たのはシャロムだった。兵士に簡単に礼を言うと、シャロムに付き添われてそのまま白鷺の塔の入り口をくぐった。

「エイリーズ様、お身体に触れても?」
「重いのにごめんなさいね」
 
 1階かららせん状に続く長い階段を前に、勝手知ったる様にシャロムがエリィを抱き上げる。病もちのエリィにとってはたかが5階程度の階段の上り下りですら、心臓に負担をかける運動に入ってしまう。その為、小さな頃からエリィを抱き上げてテラスまで連れて行くのはシャロムの仕事だった。

「エイリーズ様は軽すぎるぐらいです」

 気を遣ったのか、シャロムはそう言って微笑む。たとえもっと軽い子供であっても、抱き上げたまま階段を上るのは重労働だ。テラスの細工を見たいと言うエリィの好奇心からシャロムに負担を掛けている事に少なからず胸が痛む。

 シャロムは全くスピードを落とすことなく、普段歩いているような調子でスタスタと階段を上がっていく。それでも、あまりにも涼しい顔で階段を上がるのを見て、本当に自分は軽すぎるのかと誤解してしまいそうになる程だ。

 階段を上がりきると、その先には重厚な扉が鎮座している。その扉は重たくて、子供の頃はヴィスタとヨシュア、3人で開けないと開かなかったほどだ。その扉をシャロムは片手で普通の扉と同じような具合で平然として開けて見せた。それを見て、やはり自分が軽すぎる訳じゃなかったと申し訳なさ半分、ガッカリ半分の思いで見る。

 開け放たれた扉をくぐり、テラスに出てみれば暖かい太陽の明かりが優しく降り注いでいた。スッキリとしていてゴミも落ちていない様を見れば、丁寧に手入れされている事がよくわかる。

 エリィがぐるっと視線を巡らせて四方を見れば、城下に広がる町や屋敷が一望できた。暖かい日差しの中で、少しだけ冷たい空気を吸って深呼吸すれば、なんだか気持ちまで梳くような気がして心地がいい。

「やっぱり上から見る景色は素敵ね」
「そうですね。この国はとても美しいと思います」

 エリィの言葉にシャロムも深く頷き返す。

「これできな臭い事が無ければ最高なんだけどね」

 皮肉めいた冗談を言えば、シャロムもつられてくすりと笑った。物騒な事は勘弁してほしいのよね、と半分文句に似た愚痴を言いながら何の気なしにという風体で”一番見晴らしのいい薔薇の装飾を施された鉄柵”へと近づく。

 シャロムに話すことも考えたが、過去のエリィがシャロムにこの塔で起こることを話したのは日付で言えば明日となる。となれば、今日シャロムにこの塔の事を詳しく話せば、エリィの過ごした明日のやり取りが何かしら変わってしまうのかと思うとうかつに話せなかった。

「ん~、良い風が吹いてるわね」

 多少わざとらしかったかもしれないが、そう呟いて目的の柵に近づいて軽く手を置いてみる。注意深く周りを見回しても、特に変わった様子が無い。と、言っても、箱入りで知識の浅いエリィが建物などの造形に深いわけもなく、簡単に見破れるとは思えなかった。

 試しに鉄柵部分を握りこみ、前後に少し力を入れて揺らしてみたが、やはり鉄柵はビクともしない。壁材との接着面をじっと見てみるも、少しも不自然なところは見当たらない。

――まだ仕掛けは施されてないと見て大丈夫なのかな……

 ヴィスタはここから落ちているはずだ。となると、ここまで力を入れてみたりしても柵に変化が見られないなら、今の段階では細工が施されていないと見ていいだろう。今の状態であるならば、ちょっとやそっとの事じゃこの柵から落ちることはないのではないかと推察する。

 柵をじっと眺めながら腕を組み、顎に手を当てて考えていると、いつの間にかエリィのすぐ側までシャロムが近づいてきていた。

「なにか気がかりな事でもございましたか?」
「え? あ、うん……ちょっとね」

 曖昧に返事を返すと、シャロムは不思議そうに首を傾げて見せた。考えてみればテラスに出た令嬢が突然柵を握ってガタガタ揺らし始めたら奇行以外の何物でもない。そう気づいて、エリィは少し頬を赤くしながら気まずそうに視線を反らした。

 26日の今、細工が施されていないと見るならば、細工は今から28日までの間に施されたとみることが出来る。それならば、今日この時点より28日にセシルが確認に来るまでの間のこの塔への出入りを調べれば犯人の特定は可能ではないだろうか。

 28日の夜にヴィスタに会った時の様子で言えば、彼は犯人についてはまだ確認が取れていないような雰囲気があった。だから細工をそのままにして知らない振りをする事にしたのではないだろうか。

 細工をした犯人がわかっていたら細工をそのままにしておく意味がない。安全を確保した上で、仕掛けを行った人物を泳がせて、そのバックボーンや動機・目的などの子細を調べればいいだけである。

 柵の上からそっと覗き込むように塔の周辺に視界を巡らす。

 城の所々に兵が配置されており、巡回の兵士も中々に数が多い。その上、エリィがヴィスタに未来を告げているのだから、この塔自体の監視はしていない方がおかしいだろう。

 それでも犯人がわからないのだろうか。

 一体どんな仕掛けを使ったと言うのだろう。見当がつかないという事は、この塔に不審な人物は出入りしなかったという事になる。

 そこまで考えて、ふと気が付く。

 この状態でいつの間にか細工が施されていたとすれば、それまでに塔へ入った人物が疑わしいという事になってしまうのでは無いのだろうか。少なくと一般的に見て、の話だ。

 つまりは、このまま事件が起きれば26日の今日来たエリィ、シャロム。そして、細工の発見者であるセシルと団長も、端から見れば非常に疑わしい人物となる。そう気が付いてエリィは頭を抱えた。ヴィスタにとって不審な人物は確かに塔へは出入りしていないのだろう。だが不審ではない人物は確実に出入りをしている。なにせ今まさにここに居るエリィ自身がそれを証明している。

 ヴィスタが死んでしまった未来でディレスタ家が犯人だとされたのはそう言う陰謀だった、とエリィやセシルは推察していた。だが、今の状況からいえばこうやって白鷺の塔に入ったのが自分たちだけになった場合、否定の仕様がない。このまま本当にヴィスタが亡くなってしまう事があれば、どんなに無実を訴えたとしても、誰がどう見ても、ディレスタ家は真っ黒だ。

 ディレスタ家を助けるために、ヴィスタを助けるために動いていたことが完全に裏目に出る可能性がある。おまけに、今日は兵士たちの前でヴィスタと諍いを起こしている。動機まで十分と見られてもおかしくはない。

 大人しくヴィスタに任せていればよかった。

 そう思ってエリィは頭を抱えた。これはどうあっても、塔へ侵入した者の正体を突き止めなければならなくなってしまったのだ。

 横目でちらりとシャロムを窺う。エリィが好奇心に駆られてここにやってきてしまったが故に、シャロムも容疑者の一員となるのは間違いないだろう。迷惑をかけてまで連れてきて貰ったと言うのに、非常に申し訳ない結果になる未来が見えるようで、エリィはため息をついた。

「なにかお困りでしょうか?」
「……ううん、ごめんなさいシャロム。なんでもないの。好奇心は身を亡ぼすと言う言葉を噛みしめていただけよ」

 曖昧に笑って返せば、シャロムも戸惑いがちに笑顔を返して来た。その笑顔に罪悪感を覚えながら、エリィはヨシュアが来る前に塔を下りようと提案をした。

 これ以上エリィの思い付きのせいで容疑者となってしまう人物を増やすのは得策ではないからだ。

 エリィの言葉にシャロムは頷き、再びエリィを抱え上げる。先程苦労して上がって来たばかりだと言うのに、ろくに休憩も取らせず再びエリィを抱えて降りさせるなど、鬼の所業の様な気がしなくもないが、それでも背に腹は代えられない。

「お困りの事がございましたら、どうぞご相談ください」

 相変わらず普段と同じような調子でスタスタと階段を下りながら、シャロムはエリィに視線を向けることなくそう言う。ヴィスタを殺した容疑者になりかけていると言う、現在進行形で困り事が発生中なのは言うまでもなく、そのシャロムの心遣いが逆に胸に痛い。

「なにか私にできることはございますか?」

 階段を下りながらシャロムが問う。
 その問いにエリィは少し逡巡して口を開いた。

「今日、今この時から28日夜までの間、この塔へ出入りした人物を知りたいわ」

 思い切ってそう言ってみる。ヴィスタも見張りを置いているはずだが、結果それが不明だったという事はその見張りにはわからなかったという事だろう。それならば更に見張りを増やしてみるのはどうだろうかと考えた。もちろん徒労に終わることも考えられたが、何もしないで容疑者リストに名前を連ねるのも勘弁してもらい所だった。

「……今から、ですか」
「そう。どうにかならない?」
「承りました」

 あっさりとシャロムが承諾をする。だが、エリィはそこで話を終わらせるわけにいかなかった。

「でも、条件があるの」
「はい」
「なるべくシャロムは普段通りに私の側に居てほしいわ。夜とか私が屋敷に居る間はいつも通り自由で良いのだけど」

 その条件には理由がある。
 エリィにとってもう過去である明日明後日は、シャロムがエリィの側に居ることが多かった。それを塔の監視の為に離させれば、細かい部分で未来が変わってしまって先が読めなくなるのではないかと考えた。28日のヴィスタが言っていた、わかっている事を大きく変えて先の見えない未来にすることに意味があるのかという問いが思い出された。

 シャロムを側から離して起こる未来が想像できない以上、過ぎてしまった過去の自分の記憶と余りにも違う事をするのは避けた方が良いと思ったのだ。

「そうでございますか。では、部下を使って報告をさせる形でも?」
「そうね……。報告はシャロムにさせてちょうだい。そしてシャロムは29日に私がその事を尋ねるまで、私に報告をしないでほしいわ」

 そう言えば、シャロムは初めて足を止めて怪訝そうにエリィの顔を窺い見た。
 エリィからすれば、今の時点でエリィが気が付いて行った事を過去の自分に報告されて未来が変わってしまうことを恐れたに過ぎなかったが、未来がまだ過去ではないシャロムからすれば奇妙な願いであるのだろう。

「……承りました」

 それでも、シャロムは聞き返すことなく再び階段を降り始める。深く詮索をしようとしない彼のその態度は少し寂しくもあったが、非常に助かり、エリィはホッと胸を撫で下ろした。

 ヴィスタがこの塔から落ちて亡くなるまで、あと何日もない。

 そう考えると妙な焦燥感がエリィを襲う。

 大したことは何も出来ていない。犯人も未だ全くわからないし、本当は誰が狙われたのかなんて言う事も全くわからない。それでも、時間は待ってくれそうにもなかった。
 いや、未来を知った上で過去へと飛んだエリィは、時間がその未来を待ってくれたと言う事に近いのかもしれない。

 シャロムが螺旋階段を黙ったまま降りていく。

 その腕の中でシャロムの歩調に合わせて揺られながら、エリィは階段の先を見上げた。上がるときは時計回りに回って上がって行ったと言うのに、降りる時は反時計回りに来た道をいく。まるで時計の針が反対に回っていくかのように、過去にいく自分のような錯覚を覚えてエリィは少しだけ自嘲気味に笑った。



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