そっと、ポケットの中

琴葉

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知らず知らず、背中を見つめていると、宮坂が不思議顏で覗き込んできた。
「聡史くん?どうしたの」
「え、別に」
比良木が答えると同時に、大杉が不意に立ち上がった。
荷物を片付け始める。
「あれ、オーギー帰るの?」
宮坂が声をかけると、大杉が荷物を抱えて近付いてくる。
「はい。図書室に寄ってから」
「あ、俺も行く」
宮坂も慌てて荷物を抱えた。
「調べ物あるの忘れてたよ。オーギーのおかげで思い出した」
そして立ち上がると、比良木を振り向いた。
「聡史くんは?」
「え」
宮坂と並んで、大杉も見下ろしてくる。
その表情からは何も読み取れない。
きて欲しい、とも、きて欲しくない、とも。
どーでもいいのかも…。
ずん、と気持ちが落ち込んだ気がした。
ここで一緒に行く、というのも変に思われるかもしれないと。
「俺は帰るよ」
そう言った。
「そう?じゃ、また明日ね」
宮坂は比良木に微笑みを向けて大杉を振り返る。大杉もそれを見つめ返してから、比良木ににっこり微笑みかけてぺこりと頭を下げた。
何だろう。
あの笑顔と違って、上部だけに見える。
「失礼します」
「…ばいばい…」
二人で話しながら出て行く後ろ姿を眺めて、比良木は言い知れぬ寂しさを感じた。
なぜ一緒に行く、と言えなかったのだろう。
なぜそう答えるのが変だと思ったのだろう。
仲良くしている宮坂が行くのだから、おかしくはなかったはずなのに。
大杉と一緒に行きたい、と思っていると思われたくなくて。
そこではたと気づいた。
本当はもっと大杉といる時間を増やしたいと自分が思っていることに。
それを知られたくなくて。
変に警戒した。
ふうっと息を吐いて、比良木は帰り支度をした。

特に話すわけでもなくて。
気配には全然気づかないのに。
ただ静かに現れて、邪魔をしないように細かな気配りをして去っていくだけの大杉に、いつの間にか比良木は惹かれてしまっていた。
心配りの随所に、宮坂の言っていた優しさが見える。
気付けたら。
そう思うのだが、相当大杉は気を使っているのか、比良木は全く気付けなかった。
もともとそう細かい方ではないし、絵を描いてて集中するとますます周りが見えなくなる。
でも、今日は違う。
あれから1ヶ月ちょっと経って。
比良木はキャンパスを背に椅子に腰掛け、入口を見つめていた。
やがて近付いてくる足音がして、思わずニヤリとする。
足音は一旦近くで止まると、消えた。
不思議に思っていると、入口のドアの磨りガラスに人影が映る。
(これは、わかんないや)
妙に感心しながらさらに様子を見ていると、しばらく人影は動かず、いつもならガラガラ音を立てながら開く引き戸が、すうっと音もなく開いていった。そして現れた顔が比良木を見て、驚いた。
比良木は悪戯が成功したような気分で、胸が弾んだ。
「ひ 、比良木さん?」
いつものすました顔が驚きに満ちているのを見て、比良木は楽しそうに笑う。
「待ってたんだ、オーギー」
「え」
比良木はキャンパスから離れて、その横に立つ。
「出来上がったからさ、オーギーに見てもらおうと思って」
「え、もう?早かったんですね」
そう答えながら大杉はキャンパスに近付くと、絵をじっと見つめる。
真剣な眼差しで自分の描いた絵を見つめられると、なんだか気恥ずかしくて。それでも大杉がどう思ったのか、気になって。大杉が言葉を発するのを、じっと顔を見上げて待った。
ふわっと大杉が笑うと、ほっとした。
「素敵ですね。やっぱり、俺、比良木さんの絵、好きだなあ」
大杉の言葉に素直に嬉しくて、赤くなってしまった顔を隠すように俯いた。
「ありがとう」
「俺には絵心がないから、どこがどうとか言えないんですけど、全体の雰囲気がすごく、いい、です」
じっと微笑みを浮かべながら比良木の絵を眺める大杉を、ふと見上げて比良木は言った。
「オーギーて、俺の絵、前にも見たことあるの?」
大杉が少しはにかんだように、比良木を見下ろした。
「中学の時、賞を取ったでしょ」
「え、ああ、うん。あれ、か」
中学3年の時、美術教師の勧めで一度だけコンクールに出品した。
入選はしたけれど、自分は賞をもらうため、誰かに評価してもらうために描いてるわけじゃないと思い直して、それ以来一切コンクールに出品しなかった。ただ描いて、自分で眺めるだけ。
「あの作品が一時期、街の図書館に飾られてたの知ってますか?」
「あ、うん。そうか、オーギーて図書館の王子だもんな。その時見たのか」
「比良木さんまで、その呼び名知ってるんですね」
大杉が苦笑いして、もう一度比良木の絵を眺める。
「あの絵を見たときから、どんな人が描いてるんだろう、て気になってました。名前は覚えてたので、高校で比良木さん見つけた時は本人か自信がなかったんですけど、何度か美術室にいるのを見かけて。他の絵も見てみたいな、ってずっと思ってたんです」
それから比良木に笑顔を向けた。
「ありがとうございます」
「え、いや、俺の方こそ、その、ありがとう」
笑顔を正面から見れなくて、ついつい俯いてしまう。
人の笑顔を見て、赤くなるなんて初めての経験で。
しばらく俯いていても、大杉から何の反応もないので顔を上げると、大杉はまだ比良木の絵を微笑みを浮かべながら眺めている。
微かに口角を上げた唇は厚みがあってふっくらしている。
大きくて、すっと伸びた眼窩に掛かるように伸びた長いまつ毛が、瞬きのたびに微かな影を作る。
まっすぐに比良木の絵を見つめる瞳は、西日のオレンジを受けて深い色合いを作りながら輝く。
思わず見惚れるほどの端整な顔立ち。
比良木の視線より少し上にある、その彫刻のような横顔から無理に視線を外して軽く首を振った。
気に入ってもらえたのはすごく嬉しいのだが、今日はそれだけが目的で待っていたわけではないので、比良木は思い切って声を掛けた。
「オーギー、もう帰るの?」
「え」
少し驚いたように振り向かれて、どきっとした。
「あ、ええ。もう帰りますよ」
「じゃあ、一緒に帰ろ?」
比良木が言うと、驚いたように一瞬黙り込んで、それからにっこりと笑顔を向けられた。
「いいですよ」
思わず比良木は笑顔を零していた。

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