イロ。

琴葉

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4 魔物と共存



昼食を終えた部屋住みを縁側に並べて、金子は後ろで手を組んだまま仁王立ちして声を張り上げた。
「いいか、てめえら。坊ちゃんは魔物だ。男の精気を吸って生きてる色妖怪だ。迂闊に近寄ると、吸い取られ尽くして死人同然になる。坊ちゃんの前では股間を死守しろ!決して匂いを嗅ぐな!坊ちゃんの匂いは毒だ!一度でも嗅いで甘いと感じたら、もう毒が回っていると思え!坊ちゃんに吸い取られ尽くすまで、坊ちゃんに狂うしか道がない!いいな?くれぐれも坊ちゃんには…、ってぇ!」
「金子!若い衆、怖がらせてんじゃねぇ」
謹次が後ろから金子の尻を目掛けて蹴りを入れ、静かに言う。
「あと、人を妖怪扱いすんな」
金子は尻をさすりながら少し恨めしそうな目を謹次に向けた。
毎日繰り返し、若衆へ注意を促して、ついでに気合も入れる。
金子の日課だ。
謹次対策として、再び屋敷は改築された。
謹次の部屋の鍵はもちろんだが、客人用に応接間を離れとして増設された。
門から真っ直ぐ離れへ続く道を作り、母屋と完全に分けることで事を回避しようという考えだ。
謹次に反省の色はない。
だが謹次なりに思うところがあったのか、若衆には金子や賢が同席しない限り近付こうとしなくなった。用事は金子伝て、大好きな縁側での夕涼みも若衆が現れると二階へ引っ込んで行く。
若衆の中には謹次に向ける視線が怪しい者もいたが、気付いているのか謹次は特に近付かないので事が起きない。
あとは客人を警戒すればいい。
謹次を隔離するようで申し訳ないとは思いながら、何事もなく過ぎていく日々に金子は安堵していた。

そうして、謹次はその後事件を起こす事なく高校を卒業した。
あの魔物が謹次の中で大人しくしている。
抑え込めたとは思えないし、謹次の理性が働いているとも思えない。
かといって本人には流石の金子も聞けないし、謹次自身触れようともしない。
ずっと解放の時を待っているかのようで。
若干の不気味さを周囲に与えながらも、謹次は家業を手伝い始めた。
いよいよ後継として動き出す時が来たのだ。
とはいえ当面はシマの見回りが主だった仕事。
金子がぴったりと付き、若衆がそれに付き従う。
移動はいつもぞろぞろと集団になった。
家業を手伝うことに関して、謹次は何も言わなかった。
一人息子としての自覚があるのか。
初めから分かっていたからなのか。
⋯どうでもいいのかもしれない。
何事にも執着がないのが謹次の特徴。
大人しく見えるが、ただただ関心がないだけ。
賢は謹次のそういう性格を理解しているのかわからないが、ずっと世話をして来た金子は痛いほど知っている。
「どうでもいい」
が、基本的な返事なのは時々困ったが、特に害はない。
どうでもいい、と言いながらも謹次はまじめに仕事をしていた。
だが。
謹次の噂はまだ根深く燻っていたようで、謹次の姿を見かけると再び囁かれるようになった。
醜聞は敵対する組には、これ以上ない付け入る隙となった。
謹次を見るなり、噂をネタに突っかかってくる。
金子や若衆が追い払うも、それは後を絶たず。
かといって謹次は歯牙にも掛けない。
むしろ口端をあげて楽しむ。
そして。
獲物はそうした中にいた。
魔物は解放され、狩の瞬間を待っていたのだ。
新たに湧き上がる醜聞に、金子も賢も、組内部に犠牲者が出ないのならばと、諦めるよりなかった。


シマが隣接する裏通り。
特に念入りに欠かさず見回りをしているにも関わらず、侵食は発生する。
シマの一つであるスナックに謹次と金子が入っていくと、店内がざわついていた。
「おいおい、何事だ」
金子が声をかけると、青くなった店員の女が駆け寄って来た。
「楼劉会の奴らが騒いでて⋯今連絡しようとしてたんですぅ」
女は涙を浮かべ金子に縋り付く。
「楼劉会」は賢の「安曇組」とは度々シマ争いが起こっている。
取ったり取られたり、というよりは「楼劉会」の侵食が原因だ。
「楼劉会」は今勢力を広げようと、他のシマに入り込んでは荒らし回っている。
この近辺で一番の勢力である「安曇組」は目の上のタンコブ。
金子は小競り合いの報告を何度も受けていた。
やっと出くわした。
さて、どんな奴らだろう。
金子が振り向くと、謹次は興味なさそうに頭を掻いただけだった。

「もっと酒を持てこいっ」
二人が奥へと入っていくと、テーブルを蹴るような音が響いた。
奥の広い団体席をたった二人で陣取り、ホステスを数人乱暴に捕まえたまま、小太りの中年が喚いていた。
手にはわざとらしいほどに大きな石のついた指輪をいくつも着け、テラテラ光る素材のスーツは品がない。
もう一人は手下なのか、金子より少し若く一方に比べて派手さはない。真面目で堅物な性格が滲み出ていて、一見すると普通のサラリーマンに見えなくもない、かもしれない。
「どうした持ってこい!おい、 加藤」
「はい」
小太りの中年に言われ席をたった若い方が、ホステスを強く引っ張り、高い悲鳴が上がった。
「中村さんが酒を持ってこいといってるんだっ!」
「は、はいっ、今すぐっ」
泣き声を混じらせて、女性が逃げるように金子たちの横を走り抜けていった。
「ちっ、中村か」
思わず金子が漏らすと、謹次が聞き返した。
「知ってるやつか?」
「…知ってる、というか…」
楼劉会の中堅といったところか。
下の者や弱者には威張り散らし、強者にはあからさまに諛う。
よくいるタイプだ。
金子が好きなタイプではない。
もっとも同業者で気の合うものなどほとんどいないのだが。
さらに奥へと入ってきた金子たちに加藤と呼ばれた若い方が気付いた。
「中村さん」
肩越しに振り返って、小太りの男を呼んだ。
それに引かれて金子に気付いた中村がにやっと口端を上げた。
「安曇組の金子じゃねぇか」
テーブルを蹴りながら立ち上がると、金子に肩を怒らせながら近づいて来た。
「中村、最近よく会うな」
口調の割に金子に笑顔はない。
少し高い位置にある金子の顔を斜めに見上げて、中村はにやけた笑いを浮かべた。
「会いたくねぇんだがな」
中村の背後で加藤も金子を睨んでいる。
金子たちの後ろには同行して来た若衆が3人。
数的には有利であったが、じっと金子からの合図を待っている。
一触即発の緊迫した空気の中を、謹次は澄ました顔で二人を眺めて通り過ぎた。
中村や加藤の視線が謹次を追う。
謹次はカウンターに片肘をつき、酒の棚を値踏みするように眺めている。
「こりゃあ、安曇組の坊ちゃんか」
「……」
金子は返事をしない。
謹次が楼劉会と鉢合わせるのは初めてで、抗争の経験もない。
緊迫した空気を感じ取れないわけじゃないだろうに、謹次は他人顔。
その様子が中村を刺激するのはわかりきっていた。
挑発のつもりだろうか。
謹次の心中を金子も探っていた。
「おいおい、坊ちゃんよぉ」
中村も謹次の横でカウンターに肘をついた。
少し金子の後ろの若衆が騒ついたが、金子が少し振り向く仕草をしただけで大人しくなった。
さて、どうしたものか。
謹次が跡を継ぐということは、これからいくらでもこういう場面には出くわす。
力で解決するのが常套ではあるが、謹次はひ弱だ。
というより喧嘩しているところなど金子は見たことがない。
争いが嫌い、というわけではないようだが。
「なんか飲ませてくれよ」
謹次は中村など気にもかけず、カウンターの中のバーテンに声をかけた。
「え、あ、はい」
この状況での謹次の言動に戸惑いながらも、バーテンは慌てたようにグラスと酒を準備し始める。
「おいっ!話しかけてんのは俺だろうがっ!」
中村が謹次のスーツの襟を引っ張った。
謹次はちらりと中村を見ると、恐る恐る差し出されたグラスを受け取って一口口をつける。
「おいこらぁ!無視してんじゃねぇぞっ!」
中村の後ろから加藤ががなる。
謹次が一瞬視線を向けると、びくりと背を揺らした加藤はそのまま俯き黙り込んだ。
「てめぇの噂は聞いてんぞ。男好きだってなぁ?」
中村の表情が変わり、謹次を揶揄うようににやけ始めた。
侮辱する言葉を探すように中村は謹次の顔に顔を寄せる。
睨めるように視線が謹次の服の上を滑っていく。
「どんな坊ちゃんかと思えば、小綺麗な顔しちゃいるが、れっきとした男じゃねぇか。なあ?」
加藤へ向けられた言葉だったのか、謹次へのものだったのか。
加藤から返事もなく、謹次も気にした風はない。
もう一度グラスに口をつける。
一緒になって謹次を攻撃するかと思いきや、加藤は視線を伏せ、じっと佇んでいる。
「その顔で男を女のように食うんだってなぁ?俺も食われちまうかね?」
謹次が答えない代わりに後ろの若衆が喚いた。
「坊ちゃんがてめぇみたいな薄汚ねぇやつ相手にするわけねーだろっ」
金子が咎めるように少し振り向くと黙り込んだ若衆は、苦渋の顔をしている。
これは、あまりいい傾向ではないかもしれない。
謹次は若衆に手を出さないことに決めているようだが、若衆の中にはやはり一部謹次に魅入っているものがいる。
金子が別の心配へと思考を巡らせている中、謹次の視線が中村を通り越してその後ろへ動いた。
「一人じゃ足りねぇって話らしいが」
中村は気付かないない様子で、バーテンに自分にも酒を寄越すよう命令した。
謹次は突っかかって来た中村より、連れの加藤を値踏みしてる。
視線が加藤の上へ下へと移動していることに金子が気付き、驚いて加藤を見た。
加藤はそれに気付き、そわそわと視線を泳がせた。
謹次はくくっと喉を鳴らして、グラスをカウンターに置き、中村を通り越して加藤に歩み寄った。
加藤は怯んだように後退り、視線が泳ぐ。
ただ歩み寄られただけだとういうのに、明らかに挙動がおかしい。
謹次に無視された中村は顔を赤くして、謹次を追うように立ち上がった。
「おいっ待てっ」
謹次は中村が伸ばした手をひらりと避けると、加藤の肩口に手をかけて、くいっと顔を寄せると囁くように言う。
「お前、俺好みの顔してんな」
加藤は焦って顔を背けた。
中村が謹次の後ろで顔を赤くして、怒りを露わにしている。
なんだ、これは…。
金子は呆然とそれを眺めた。
逆に若衆が騒ついたのがわかる。
まるで謹次の視線から逃げるように頭を振りながら、加藤が言う。
「気色悪りいこと言うなっ、あ、甘ったるい香水なんかつけやがってっ」
「香水?」
謹次はきょとんと首を傾げ、金子は頭を抱え込んだ。
「くっせぇんだよっ」
謹次は高笑いを始める。
男も連れの男もぎょっと目を剥いた。 
金子は頭を抱えたままカウンターに近付くと、仕草で酒を要求した。
慌てたバーテンがカタカタ音を立てる。
なんだ、この茶番は。
謹次の後ろで中村は自分をないがしろにした謹次の気を引こうと躍起になって、服や腕を掴んでいるし、加藤は必死に謹次を振り払おうとしているように視線を逸らしたままだし。
まるで、謹次を取り合っているかのようじゃないか。
謹次はそっと加藤の肩に凭れるように、身を寄せ、睨め付けるように見上げた。
「香水なんか、つけてねぇぜ」
「な、何言って、…こんなに」
謹次の言葉に驚いて視線を向けた加藤がそのまま凍りつく。
ああ…。
これはもう…。
金子は差し出された酒を煽るように飲み干した。
「ああ、匂うらしいなぁ。だがな、俺を甘ったるい匂いがするって言った奴ぁみんな俺に狂ったぜ」
「…え」
謹次は楽しそうに喉の奥で笑いを噛み殺す。
「俺から甘ったるい匂いがする、ってんなら、お前、俺が欲しいんだろ?」
謹次の言葉に加藤が喉を鳴らし、若衆が騒つく。
中村はなんとも言えない顔色で汗をだらだらと流し始めていた。
「………」
目を見開いて自分を凝視する加藤に、謹次は妖しい笑みを浮かべる。
「いいぜ、俺の部屋に来い」
謹次はすっと加藤から離れる。
「ただし、俺の部屋に辿り着くまでにはこいつらが立ち塞がってる。それなりの手土産がないと通して貰えねぇから、そのつもりでな」
こつこつ音を立てながら金子の側まで来ると、口元に妖しい笑みを浮かべながら、肩先で振り向いた。
「もし辿り着けたら、存分に可愛がってやるよ。お前がもうイけねぇって泣くまでな」
びくっと加藤が跳ねるのを見て、中村が叱咤する。
「おい、惑わされんじゃねぇ!」
「は、はいっ」
再び謹次は高笑いする。
「俺の匂い、数日は取れねぇらしいから、その匂い嗅ぎながらゆっくり考えな」
ひらひらと手を振って歩き出す。
「楽しみにしてるぜ」
謹次を追いかけていった若衆の後ろから、金子は大きな溜息を吐きつつ、カウンターに数枚の札を置いて後にした。
店の中は呆然とした空気が流れていた。
中村は何度も加藤を叱咤しているし、加藤の返事も聞こえる。
若衆に囲まれて前を歩く謹次の背中はどこか楽しそうで。
やはり押さえ込まれていたりしていなかった。
魔物はずっと獲物を狙っていただけだった。
自分から飛び込んでくる、獲物を。
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