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佐藤君 3 恋人への昇格計画
しおりを挟む課長が後片付けをする間、俺はシャワーを勧められた。
課長が持っている服の中で俺が着れそうなものを見繕うと、押しつけるように渡される。
俺が帰る、とは全く思ってないようで。
俺は断りきれず、シャワーを使った。
そして、覚悟を決める。
セフレから恋人への昇格も、無理ではないはず。
むしろあやふやな関係よりも位置付けがはっきりしていいんじゃないか?
作戦も、立てやすいかも、しれない。
まだ纏まらないながらも方向を決めたことで俺の腹も座る。
「お先しました」
ソファーでTVを見ている課長に声をかけると、今度は課長がシャワーを浴びに行った。
目に付くのはベッド。
いつも課長が寝起きしている…。
きっと課長の香りが移っているんだろうな。
と、とりあえずソファーに腰掛け、TVを見ているふりをする。
課長にソファーを勧められたら素直に従おう。
ベッドへ呼ばれたら、セフレ覚悟を…。
「TV見てるのか?」
いつの間にか出てきた課長が頭を拭きながら、リモコン片手に俺を振り向いた。
「あ、いえ」
「じゃあ、もう寝るぞ」
TVを消すと、ベッドに向かう。
俺はどうしていいかわからず、そのままソファーからその動きを追った。
「何してるんだ、寝るぞ?」
「は、はい」
これはベッドへのお誘いととっていいんだよな?
先にベッドに横になった課長の横に恐る恐る入り込んで、電気が消されると、覚悟を決めて課長の肩に手を伸ばした。
その手をそっと払われる。
「…!?」
「今日はしない」
ええっ!?
どういうこと!?
そういう、お誘いじゃなかったのか?!
お、俺、がっついてると思われた?!
課長は俺の手を払っておきながら、体を寄せ、腕を絡ませてくる。
「大人しく寝ろ」
その言葉に拒絶とか、嫌悪とかはなかった。
穏やかで。
そのくせ頭を擦りつけて。
俺は完全にパニックに陥っていた。
なんで?!
しない、とか言いながらなんで体を寄せてくるんだ?!
俺、俺はどうしたら…。
がちがちに体を固まらせている俺に気付いたのか、課長が見上げてくる。
「佐藤」
「は、はいっ」
変に力のこもった返事をしてしまった。
くす、と課長が笑ったように思えてショックを受けていると腕を取られる。
「?!」
そのまま課長の頭の下に入れられ、さらに自分に巻き付けるようにする。
な、何?!
う、腕枕?
「おやすみ」
そう言うと課長は俺に抱きつくようにして目を閉じてしまった。
俺は。
どうしていいかわからず。
課長にされたままの体勢で体を固まらせ、目をバッチリ覚ましたまま、頭の中で思考をぐるぐる回していた。
結局、その夜はほとんど眠れなかった。
一方課長は腕の中で安らかな寝息を立て、翌朝も至極機嫌がよかった。
俺は。
それから一切課長に手が出せなくなった。
わからなくて。
課長の行動の意味が。
快楽で絡め取ってるはずなのに、身体を求められなかった。
信用は得ているはずなのに。
計画が狂い、俺はどうしたらいいのかわからず、週末に当然のように課長を誘うことも出来なくなり、ただただ一緒に仕事をしている部下に逆戻りしてしまった。
こんな、こんなんじゃ恋人昇格どころじゃない。
計画を練りなおさないと…。
でももう、おそらく快楽で絡め取る作戦は通用しない。
他は…。
他にどんな作戦があるっていうんだ。
頭の中は破綻した計画の再編にいっぱいいっぱいで、いつもなら目標通りに進める仕事も急ぎ以外はほったらかし。
「どうしたの?佐藤くん」
隣の席の近藤が心配するほど、仕事に集中できていなかった。
「う、ん、ちょっとね」
「悩み事?」
「まあ、そんなとこかな」
まさか課長を落とす計画してますなんて言えないから、適当にごまかす。
「え、佐藤くん何か悩んでるの?」
近くを通りかかった田中まで加わって心配される。
いや、もう、そっとしといてほしい。
女性のこういうところは優しいと思う反面、うざくもある。
「大丈夫、大したことじゃないから」
二人に笑いかけていると、胸ポケットのスマホが震えた。
「あ、ちょっとごめん」
いいタイミングで鳴ってくれて助かった。
そう思いながら画面のロックを外して、固まった。
『今夜、うちに来れるか?』
課長からのメール。
思わず振り向きそうになって、慌てて堪えた。
少しだけ見えた姿は全然メールとか打ってるように見えなくて。
書類をチェックしてるようだった。
けれど手元に映し出されるのは間違いなく課長からで。
返事に迷っていると。
『約束でもあるのか?無理しなくてもいい』
いや、無理とかではなくて。
俺は逡巡した挙句、やっと返事を返した。
『行きます』
課長に呼ばれるままに、部屋の前まで来た。
断る理由がなくて。
このまままた、ただの上司と部下に戻ってしまうのも嫌で。
なんとか打開策を見つけたい。
今日は幸か不幸か金曜日。
今までなら俺の部屋に課長を呼び出していたのに。
なんとか関係を、計画を修復したい。
かといって何か案があるわけでもなく。
「おう!早かったな」
俺が押した呼び鈴に出てきた課長は、ラフなTシャツにスエット姿だった。
こんな格好でも色気ダダ漏れ…。
そんな格好で外に出ないでほしい…。
にっこりと見たこともないぐらいの笑顔で迎えられた。
「上がれ」
そう言ってドアを開けたまま、部屋の中に消えていった。
「お邪魔します」
俺はそれを追って玄関を上がる。
「悪いな、まだ出来てないんだ。ちょっと待ってろ」
キッチンに立つ背中が言う。
どうやらまた食事を作ってくれるらしい。
「上着はかけとけよ。しわになるぞ」
「はい」
おそらくは俺のために用意してあったのだろうハンガーに上着をかけて、とりあえずソファーに座った。
ネクタイを緩めながら部屋を見渡して、もう一度背中を見つめる。
上司に招かれて、部下がただ座ってるだけ、ってのもなあ。
俺は袖を捲りながら課長に近付いた。
「俺も手伝います」
そう言った俺を課長が驚いて見つめた。
あまりの驚き様だったので、俺も驚いてしまった。
「そうか。じゃあ、それ洗ってくれ」
流しに入れられた、たぶん調理の過程で出た汚れ物を示された。
「はい」
スポンジを手に取って洗い始める。
俺だって、これぐらい出来るんだ。
あー、でも課長が料理が出来るんなら俺も出来なきゃ…。
勉強しよ。
ふと視線を感じた気がして振り向くと、課長がにやにや?と笑って俺を見てた。
「なんです?」
もしかして。
大人な対応と思って手伝い始めたけど、逆に子供っぽかったか?
でもでも、ここはやっぱり大人として、男として手伝うべきかと…。
「いや、なんか付き合ってる感があっていいな」
俺が思ってもいなかったことを課長が言いだして、俺は持っていたボウルを落としてしまった。
「は?!」
「…なんだよ…」
ちょっと拗ねたように課長が口を尖らせた。
「いや、だって」
「だって、なんだよ。付き合ってんじゃないのか、俺たち」
「そ、そりゃあ、俺はゆくゆくは課長と付き合って、って思ってるけど、課長は違うでしょ?まだそんな段階じゃ…、あ」
驚きに焦って口走ってから、課長の寄せられた眉で失言に気付いた。
やばっ。
「…この間も変なこといってたな。お前…」
「す、すいませんっ」
「謝って誤魔化すな。ちゃんと説明しろ」
調理途中のものを投げ出すように腕を組んで睨みあげられた。
俺は俯くよりなくて。
「…だって、課長は俺に快楽で流されただけじゃないですか…。そう、仕向けたのも俺ですし…。付き合ってるとか、まだ意識してもらう段階じゃ…」
「だから段階ってなんだ?」
「………」
いやあ、それを説明するのはちょっと、憚れる。
全部俺の計画、策略通りにあなたは嵌りましたよっていうようなもんだし。
それをばらしちゃって、課長がとんでもなく離れて行っちゃったらもともこも…。
「…つまり、なにか?お前的に、俺たちの関係には段階があるんだな?」
口を割らない俺に、課長が自分なりの解釈を告げた。
「…………」
「それは普通の恋愛の段階とは、違うんだな?」
「………」
「そうか、わかった」
わかった?
「で?お前的段階のこの次はどうなるんだ?」
「え?」
え、っと。
でも今、なんかすべてが狂ってるから。
次にどうするべきかは、今考えてる途中で。
俺が返事を出来ずに俯くと、課長は呆れたような溜息をついて再び調理を続けた。
困った。
どうしよう。
なんかすべてバレそうな雰囲気だ。
「課長?」
「なんだ」
俺の声に即座に返事をしてくれる。
「怒ってます?」
「なぜ」
「え、だって」
「お前に嵌められたのなんかとっくに気付いてるさ」
「え」
「俺なりにそれでもいいと思って付き合ってやってたのに、急に大人しくなりやがって。ちょっと焦らしてやろうと思えば、あっさり引きやがるし」
「え、え」
ちょ、ちょっと待ってください。
それって、どゆこと?
課長は俺の困惑を無視して、鍋をかき回している。
「お前のやり方はじれったい。遠まわしすぎるんだよ。計画とか段階とか拘るわりに応用が利かないから不測の事態に対応できない」
なんか、上司モード?
ちらりと俺を見上げる。
「俺と付き合うのか付き合わないのか、はっきりしろ」
「え、え?そ、そりゃあ、付き合いたい、恋人になりたくて今まで…」
「じゃ、解決だな」
「は?」
「恋人でいいだろ」
「………」
そ、そんなあっさり?
俺の綿密な計画とか、努力とか。
おかまいなし?
「返事!」
「はいっ」
上司の威厳を出されて、思わず返事をしてしまった。
俺の返事に課長はにっこり笑う。
「よし。ちょうど飯も出来たし。食器出せ」
「…はい…」
納得いかないまま、言われるまま、食器を出して。
あれ?
こうして俺は晴れて課長の恋人に収まった。
計画通り。
なんだけど。
なんか違くない?
あれ?
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