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5年生 3学期 3月

星と兄弟

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「妙に〝無機質〟な魔物が多いな……」

 丸くて宙に浮かんでいるもの。
 四角くてクルクル回りながら近付いてくるもの。
 三角で素早く地面を滑ってくるもの。
 ツルツルした体皮の魔物達は〝接触弱体〟を掛けた杖でぶん殴ると、どいつもパリパリと黄色い火花を散らしながら、煙を吐いて動かなくなった。

「内海さん、もう少しです」

 織田さんの先導で、迷宮を進む。
 壁や床、天井も、さっきまでとは質が違う。
 見方によっては、妙に近代的だな……継ぎ目が規則的でキレイ過ぎるし、材質もよく解らない。何なんだ、この迷宮……?

「……この部屋です」

 大量の血のあとが、床に赤黒く残された小部屋。これを見たら、誰でも死を連想するよな。

「3年前、兄はここで死に、死体は魔物に食われたのだろうという事になったのです。しかし……」

「生きていたんですね」

「はい。半年前に、突然、私の前に現れました……私の他に、兄の生存を知る者は居ません」

 それから織田さんのお兄さんは、下階へと織田さんを連れて行ったそうだ。

「3年前、兄は魔物に襲われ重症を負い、この部屋へ逃げ込みました。そして……」

 織田さんはその場に、ゴロリと仰向けに寝転がった。

「この体勢にならないと、駄目なんですよ。さあ、内海さんも」

 織田さんに促されるまま、僕も隣に寝転がった。床に広がる血の痕の上に寝るの、ちょっと気持ち悪いんだけど……

「あ! 織田さん、アレは……?」

 天井には、何やら不思議な文字が書かれている。

「そうなんです。この体勢でないと文字は表示されないようになっているみたいで……あれは、古代文字で〝暗く冷たい世界へ〟と書かれていて、その下の文字は数字です。あと20、19、18……」

 カウントダウンか……! 織田さんのお兄さんは、怪我のせいでこの体勢になったんだな。
 ……やがて織田さんがゼロを告げると同時に、ガコン。という音が響き、天井の文字が遠ざかり始めた。いや、床が下がってるのか。

「そのまま動かないで下さい。起き上がると降下をやめてしまうようです」

 しばらくすると、床は静止した。

「もう大丈夫です。さあ、行きましょう」

 かなりの深度まで下りただろう。着いた先も、小部屋だった。織田さんはそっと正面の扉を押す。

「たぶん、この先の部屋に兄が居ます」

 半年前、織田さんはその部屋で、お兄さんの恐ろしい計画を聞かされた。

「この迷宮の〝鬼門〟を完全に開放し、地上を滅ぼす。それから先の事は、協力するなら教えてやる……そう言われました」

 負のエネルギーが発生する〝鬼門〟を操作する方法が、この先の部屋にはあるらしい。
 織田さんは、お兄さんの申し出を断った。そして、鬼門の開放をやめるよう、説得しようとした。

「兄は怒り狂い、私を迷宮の上層まで転移させました。私がもう一度説得を試みようと下りてきた時には〝赤い水〟を生む鉄の箱は、跡形もなく破壊されてしまっていたのです……兄の仕業でしょう」

 誰かに協力を求めようにも、織田さんはおきてゆえに、伝承を誰にも言えない。必然的に、お兄さんの計画を誰にも話すことが出来なかった。
 永い年月は、地下都市の人たちの記憶から、地上の存在を忘れさせていた。それを知れば地上を目指す者が現れるのは分かりきっている。それが人間というものだ。

「地上に出ようとする者がいれば、王は、あらゆる手段を使って迷宮都市を滅ぼす。そう教えられていました。協力を求めるどころか、地上の存在を知る兄と地下都市の住人を接触させる事すら危険だと思ったのです」

 織田さんは考えた。このままでは、お兄さんのせいで、地上の人たちを大変な目にあわせてしまう。どうにかして計画を止められないだろうか。
 ……ここで織田さんは、ある事を思い出した。

「伝承では、出口には常に見張りが居り〝秘密の通路を使を落とす〟と伝えられていたんですよ」

 つまり、自分が秘密の通路を使って外に出ても、罰せられるのは自分だけではないだろうか。そう考えたのだ。
 ……織田さん、あんた人が良すぎるぞ? かつて自分たちを生き埋めにした……いや更には、自分の首をはねるかもしれない人たちを助けるために、地上に出ようとするなんて!

「結局、杞憂きゆうでした。我々を地下に閉じ込めた王や国はすでに亡く、代わりに、平和な城塞都市が出来ていました。しかも城塞都市の運営局は〝魔王が完全に封印されていて安全な状態〟だという事が確認できれば、地下都市の封印を解くと言ってくれています」

 なるほど。それならお兄さんも、計画を実行する理由が無くなるな。

「見えてきました、あの扉の向こうです」

「あ、ちょっと待って下さい織田さん」

 ……念のため、準備はしておかなきゃ。

「内海さん……なるほど、それは!」

「さあ、行きますか。お兄さん、分かってくれると良いですね」

「……はい!」

 扉を開けると、そこは想像を遥かに超えた造りの部屋だった。
 無駄に広い空間。壁は真っ白で継ぎ目が無く、不思議な光沢があり、天井からは、ボンヤリと光が発せられていて部屋を照らしている。そして……

「う……宇宙? なんで星空が?!」

 床には一面の星。
 絵ではない。映画館のスクリーンに映し出されたように、星々や星雲が輝いている。

「……兄さん!」

「来てしまったか」

 足元に星々を散りばめた、幻想的な部屋の奥に、織田さんのお兄さんは立っていた。

「兄さん! 私は地上へ行って来ました! 地下都市の人たちは、もう地上に出ても罰せられる事は無いんです!」

「……」

 織田さんのお兄さんは、沈黙したまま表情も変えず、ジッと立っている。

「さあ、鬼門を閉じて、みんなと一緒に地上に出ましょう。今ならまだ間に合います!」

「……駄目だ」

「何故です! もう、ここに我々を閉じ込めた王や、首をはねる兵士も、居ないんですよ?」

「知っている」

「えっ?!」

「ケイタロウ、お前は憎くないのか? 俺たちをこんな狭い穴に閉じ込めた、地上人が」

「ラゴウ兄さん! 何を言ってるんです?」

 なんか名前が気になって仕方がないんだけど……
 いや、そんな事より、どうやら交渉は難航しそうだな。

「ケイタロウ。邪魔をするなら、お前もタダでは済まさぬ。もう一度だけ問うぞ? 俺と共に、憎き地上人を滅ぼすのだ。そして浄化された世界に、新しい国を創造しようではないか!」

「……兄さんは間違っている。地上とか地下とかは関係ない! どうか考え直して下さい、私たちは同じ人間じゃないですか!」

 必死でお兄さんを止めようとする織田さん。

「甘いなケイタロウ。やはりお前に話しても無駄だったか……もう遅い。鬼門は開け放たれたのだ。見るがいい」

 足元の星空が4分割されて、別の映像が映し出される。こういう仕組みだったのか……あれ? これってまさか!

「現在の地上の様子だ。そちらの少年。お前が何者か知らないが、一緒に見ているがいい」

 4分割された画面それぞれに、大きな門が映し出されている。これは……この城塞都市の東西南北の門か! 画像は、時折アングルが切り替わり、音も聞こえてくる。どういう仕組なんだろう。

「ここは、鬼門を管理する場所だが、他にも地上に影響を与える様々な仕掛けが用意されているのだ。地上を負の感情で満たす前に、面白い物を見せてやろう」

 4つの画面に、門が大きく映し出される。そしてその中心に、2重の丸い印が表示された。

「撃て」

 その言葉と同時に、画面が激しく光り、爆音が響いた。次にアングルが切り替わると、全ての門は粉々に砕け散っていた。

「に、兄さん! 今のは兄さんがやったのか?! な……何て事を!」

 魔法なのか? それとも……
 とにかく、4つの内門、外門は、全て破壊された。

「あーっはははは! さあ、入ってくるぞ! 魔物だけじゃない。何体かの凶獣も近付いて来ている! 全員死んだなあ!」

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