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5年生 3学期 3月

鬼門の兵

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「お、お前、どうやって……!」

 ラゴウが驚いている。
 まるで遠くに捨てた犬が帰ってきた時のような感じだ。

『タツヤ、犬を飼うなら最期さいごまで責任を持つべきだ』

 いや、僕じゃないぞ?
 泣きわめく幼い兄妹を無視して、妹が拾ってきた子犬を、県境けんざかいの山まで捨てに行ったのは、父さんだ。
 昔から動物が嫌いだったからな、あの人は。
 ……で、数日後に子犬は帰ってきた。
 今のラゴウと同じ顔をしている父さんを見て、胸の思いだったよ。

「お帰りなさい、内海さん!」

 織田さんが満面の笑みで迎えてくれた。幼かった僕と妹も、きっとこんな感じだったんだろうな。
 ……よし、再会の喜びを目いっぱい表現しよう。

「織田さん、ただいまだワン!」

「……ワン? とは?」

「あ、いえ。なんでもないです……」

 伝わらなかったようだ。犬の感情を表現するのは難しい。
 ……まあいいや。
 さて、あのバカアニキはどう出るかな?
 あ、ちなみにウチのバカオヤジと子犬の場合は、その後〝捨てる〟〝帰って来る〟の攻防を繰り返し、とうとう3度めには、帰って来なくなってしまったんだ。

『そうだったのかタツヤ……! という事はキミの今の父親は……』

『いやいやブルー! 帰って来なかったのは父さんじゃなくて犬のほうだから!』

 僕と妹は悲しみにくれた……だが数カ月後、なんと〝まりも屋〟で飼われている事を知り、安堵あんどしたのを覚えている。

「そういうわけで、転送のために必要だと思われる装置は壊させてもらったよ」

 もうお気付きと思うけど、僕がここへ瞬時に戻ってこれたのは〝阿吽帰還あうんきかん〟のおかげだ。この魔法は再使用に24時間かかる。
 子犬と違って僕の場合は、あの装置を壊しておかないと、捨てられたらもう帰ってこられなくなるからな。

「おのれ……バケモノが! やはりお前をどうにかせねば、俺の理想は実現できぬというのだな」

 ラゴウはあきらめていないようだ。
 おいおい、まだやる気か?! そろそろ無駄だって気付けよ。

「俺の最大火力だ。受けてみろ!」

 ラゴウが呪文を唱えると、頭上に見覚えのある赤い球が浮かぶ。
 煉獄れんごくの魔法か。たしかに魔道士としては、かなり高レベルだ。
 ……けどね。

「それは、僕には効かないよ」

 飛んできた赤い球を片手で叩き落とす。ピリっとした感覚が逆にもう心地よい。

「な……素手で?!」

 驚きと焦りと怒りが入り混じった表情のラゴウ。歯ぎしりをしつつ、僕をにらむ。

「ぬううっ! 一体何なのだお前は! これでもか! これでもか!」

 煉獄の魔法を連続で放つラゴウ。でも、その程度の攻撃では僕にダメージを与えられないぞ。2000兆ほど同時に撃てないとね。僕は仁王立ちで全ての赤い玉を受けた。

「なぜ効かない! 何かの魔道具か? 魔法効果か?! ……ええい! それなら全ての属性を試すまでだ!」

 おなじみの鉄針ニードル、織田さんが得意とする風の刃、初めて見るスゴい水圧の水鉄砲。それぞれが、かなりの量と威力で飛んでくる。が、もちろん僕はそれらを全て弾き返す。
 ……さすがは織田さんのお兄さんだな。今までに出会った魔道士の中でも1、2を争う実力だと思う。
 だけど、所詮は人間。僕に勝てはしない。

『タツヤ。セリフが〝悪の帝王〟っぽくなってきているぞ?』

 ……ほんとだ。これじゃどっちが悪者か分かんないな。
 さあ、愚かな人間よ。そろそろ引導を渡してやろう! なんちゃって。

「どうなっている?! お前はどうやって魔法を無効にしているのだ!」

「無効っていうか……僕はね、ちょっと頑丈なんだ」

 肩で息をするラゴウ。そろそろ魔力切れかな?

「兄さん、あきらめて下さい! 内海さんにはかないません!」

 ラゴウはチラリと織田さんを見て、視線を僕に戻す。

「……子どもよ。お前のような者がいるとは、世界は本当に広いのだな。だが……まだだ!」

 まだなの?!
 やれやれ……織田さんの説得に耳を傾ける気はないようだな。

「これが最期のカードだ! 〝守護者〟よ、出てこい!」

 ラゴウの声と同時に、地鳴りのような低い音と、甲高い警告音が部屋中に響き渡る。
 足元のスクリーンには、見たことのない赤い文字が次々と表示されては消えていく。

「恐怖と! 絶望を! 味わうがいい!」

 ラゴウは両手を高々と掲げ、笑っている。いったい何が出てくるというんだ?

「兄さん? 何をしたんだ!」

「……ケイタロウ。今から現れるのは、すべての生物を……いや、魔王をも超えた存在。このラゴウの思い描く理想郷を創造するための、忠実な下僕しもべだ!」

 何だ? ラゴウの足元からザワザワと生え出た細いロープ状の物が、幾重にも折り重なって、徐々に形を成していく。くびれの無い雪ダルマのようだ。

「魔王を超えた存在?! そんな……やめて下さい! 兄さん!」

 突然、得体の知れないかたまりが、青い炎に包まれた。
 炎が収まると、そこには真っ白でのっぺりとしたデザインの、人の形の何かが立っていた。これがラゴウの切り札なのか?

「さあ、お前の力を見せてみろ」

「えね敵みぃ・補ほ足そく・削さく除じょ・開かい始し」

 聞き取りづらい言葉を発し、異形の人影……〝守護者〟が襲い掛かってきた。速い!

「内海さん! 危ない!」

 並の動きじゃない。咄嗟に出した僕の杖を、ヤツの爪が6つに切り裂いた。あーあ、もったいない!

「織田さん、離れて下さい!」

 確かに強い。でも、コイツが魔王より上なのかどうかは疑問だな。よし、小手調べだ。

「アース・インパクト!」

 〝守護者〟は、僕が繰り出した普通のパンチアース・インパクトに削られてよろめく。
 なんだ? 大したことない……ってマジか?!
 削り取られた部分が、大きく無駄に盛り上がったかと思うと、ポヨンと一瞬にして元の形に戻ってしまった。

「ふははは! 〝守護者〟は不死身なのだ! そして、全ての魔法を無効にする!」
 
 魔法を無効に……? じゃ〝使役:土〟ならどうだ!
 僕は両手を差し出して圧縮岩弾プレスロックを放つ。しかし〝守護者〟に触れるか触れないかの所で微かな煙を発して消えてしまった。

「お前、無詠唱まで使えるのか……?! だが、残念だな! 魔法は効かないのだ!」

 いや、魔法だけじゃない。自然の力を借りた攻撃を、全て消してしまうのだろう。

「……そして不死身か。厄介だな」

 凄まじい速さで僕を攻撃し続ける〝守護者〟。コイツ、もしかしたらユーリより速いかもしれないな。

「ははは! どうした? 手も足も出ぬのか?」

 いや、ちょっと考え事をしていたんだ。

『ブルー、やっぱコイツもそうなのか?』

『うん。生命反応がある。〝生物〟だね』

『マジか。どう見てもメカっぽいんだけどな……』

 ここに来るまでに襲ってきた、明らかに毛色の違う魔物たち。機械のような動きをする、作り物のような質感の敵。ブルー曰く、奴らもこの〝守護者〟も〝生き物〟としての反応があるらしい。

「全ぜん砲ほう門もん・開かい放ほう・一いっ斉せい射しゃ」

 〝守護者〟から無数の光が放たれた。おかしな軌道を描き、僕に命中する。

「うっわ! 何だ何だ?!」

 体のあちこちがチクチクする。痛くないけどちょっと不快だぞ。
 っていうか、やっぱロボだろ、コイツ!

『いや、タツヤ。確かに生きている』

 何なんだ? この部屋といい、明らかに魔界の世界観から外れてるぞ……むしろSFとか特撮系だよな?

「内海さん! 大丈夫ですか?!」

「あ、はい。全然大丈夫です」

 ま、いいか。ちゃっちゃと片付けてしまおう。こいつを野放しにすれば、地上はおろか、地球にも被害が及ぶだろうし。
 ……死なない奴でも、死ぬまで殴り続ければ死ぬだろ、きっと。

「少年よ……やたらと頑丈だが、さすがにそろそろ限界であろう?」

 あ、うん。そろそろ飽きてきたから死ぬまで殴ろうかと……

「俺の邪魔をしたこと、後悔しながら逝くがいい! 〝守護者〟よ、終焉計画を発動!」

「了りょう解かい・全すべて・を・消しょう去きょ・します・5・4・3・2……」

 え? 何? 〝全て〟って……イヤな予感がするんだけど?!
 僕は慌てて織田さんに駆け寄る。

「織田さん! しゃがんで下さい!」

 案の定、怪光線が僕と織田さん目掛けて放たれた。
 幸い、両方とも僕に命中して消える。ふう、危ない危ない。

「命めい中ちゅう・1・無む効こう・2・再さい充じゅう填てん開かい始し」

 いや、もう一発、光は思わぬ方向に撃ち出されていた。

「な……なぜ……?」

 ラゴウが、腹から血を流し、ひざをつく。予想外だ。〝全て〟ってお前もかよ!

「回かい答とう・します・事じ前ぜん・に・予よ定てい・された・命めい令れい・消しょう去きょ対たい象しょう・全ぜん知ち的てき生せい命めい体たい・除じょ外がい要よう素そ・しぇ地下都市おーる・の・人にん間げん・を・実じっ行こう・しています」

 聞き取りづらいな! 
 ……要は〝シェオールに住む人間〟以外の〝知的生命体〟を全部消すって事か?

「ぐぅ! ふ、ふざけるな! お、俺とケイタロウはシェオールの……人間だぞ」

「回かい答とう・します・ますたー・は・人にん間げん・では・ありません」

「な……に……?」

 唇に血を滲ませながら、驚いた表情のラゴウ。

「人にん間げん・は・既すで・に・絶ぜつ滅めつ・しています・ますたー・は・知ち的てき生せい命めい体たい・ANDかつ・しぇ地下都市おーる・が・出生地ほーむ・ですが・人にん間げん・とは・認みとNOTめられません・したがってTHEN・消しょう去きょ対たい象しょう・です」

「どういう事だ、ブルー?」

『タツヤ、キミたちが進化し、地球で繁栄するまでには、なん種類もの生命が文明を興し、消えて行ったんだ。いわば旧人類だね』

「まさか、コイツが言っている人間は、その旧人類の事なのか?!」

「終め焉い計れ画い・を・続ぞっ行こう・にNo.2ばん・かtoら・にひゃくNo.207ななばん・まで・の・起き動どう・に・成せい功こう」

 に、200……?! 

「にひゃくNo.208はちばん・起き動どう・失しっ敗ぱい・破は棄き・にひゃくNo.209くばん・かtoら・せんNo.1000ばん・まで・起き動どう・開かい始し」

 足元から、次々に細いコードのような物が現れ、青い炎に包まれていく。おいおいおい! ちょっと待て!

「そ……そんな……こんな物は知らぬ! 知らぬぞ?!」

「回かい答とう・します・千せん体たい・の・〝守DO護LL者〟・を・用よう意い・済ずみ・起き動どう不ふ良りょう分ぶん・の・一No.208体・を・再生産中」

 こんなのが千体も……? 僕以外、みんな死んじゃうぞ?!

「待て! やめろ! 計画は中止だ!」

「中しゅう止し・できません・権けん限げん・が・不ふ足そく・消しょう去きょ対たい象しょう・から・の・計けい画かく・破は棄き命めい令れい・を・棄き却きゃく」

 苦悶と焦燥に顔をゆがめるラゴウ。

「心しん拍ぱく数すう・異い常じょう・ますたー・は・消しょう去きょ対たい象しょう・の・為ため・治ち療りょう・できません・心こころ・が・落おち着つく・音おん楽がく・は・いかがでしょう」

 青い炎が照らす部屋に、聞いたこともない言葉で綴られた歌詞と、不気味で耳障りなメロディーラインの曲が流れはじめる。

「兄さん! しっかりして下さい!」

 蓄魔石でラゴウを回復させる織田さん。さすが僕の〝治癒連鎖〟の魔法だ。みるみる傷口がふさがっていく。

「にひゃくNo.208はちばん・完ろーる成あっぷ・〝守DO護LL者〟・各かく地ち・への・転てん送そう・まで・99・98・97」

 マズいな……何とかしないと人類が滅びるぞ!

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