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春休み

生き餌の檻

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 七宮ななみやと名乗った男性は、彩歌あやかを知っていた。いったい何者なんだ?

『そうか、弱体魔法で子どもにされたのか。よく無事だったな、あやちゃん』

 〝時間系〟の魔法が使えるような高ランクの悪魔は普通、出会でくわしたら最後、生き延びることは出来ないそうだ。

『私が〝弱体化された上で上級悪魔に勝った〟のを知らないという事は、ただのミーハーな魔界人という訳ではなさそうね』

 魔界の城塞都市では、彩歌はかなりの有名人だ。もともとの実績に加えて、高位の悪魔に〝子どもの姿で勝った〟というエピソードが、都市中に広まったのだ。例えるなら〝小学生が山で出会った熊を倒した〟ぐらいの話らしい。
 ……いや、そんな事より、この男、さっきから彩ちゃん彩ちゃんって、なれなれしいぞ?

『忘れてしまっていても、無理はないよ。なにしろ、もう15年も会ってないからね』

 なるほど。幼馴染おさななじみって所か。
 ……15年前の彩歌が、その姿のまま現れたら、そりゃビックリするよな。

七宮啓太ななみやけいた。ケータだよ。彩ちゃんの隣に住んでた。覚えてない?』

 お隣さんと来た。でも彩歌は覚えていないみたい……

『…………あああっ! ケータ兄ちゃん?! ひとつ年上の!』

『あはは! 良かった! 覚えててくれたんだね!』

 チッ、思い出したみたいだ。いや、それよりも……
 〝幼馴染おさななじみ〟の〝お隣さん〟に加えて〝お兄ちゃん属性〟入りました! これは強い! すごくマズいぞ!

『……タツヤ、何を舌打ちしたり、マズがったりしているんだ?』

 ……いや、自分でもよく分からないんだけど。
 ケータ兄ちゃん、ちょいイケメンだし、そういう所もマズいんだよなあ。

『リーダー、お知り合いですか?』

 千夏ちなつが、ちょっと不安そうな表情で七宮さんを見つめる。
 あ! これ、もしかしてアレじゃないのか? 〝淡い恋心〟的な、そういうアレじゃないのか?!

『タツヤ、アレなのはキミだ。少し落ち着いたほうが良い』

 いやいやいや! 僕はアレじゃないぞ? アレなのは千夏ちゃんの淡いアレとケータ兄ちゃんの幼馴染的なアレだ。これはかなり、おかしなアレになってきたぞ?

『待つんだタツヤ! いくらキミでも、今回ばかりはアレが過ぎる。普段のキミはある程度の節度を持ってアレしているだろう? しっかりするんだ!』

 ……はっ?!
 僕はいったい何を? こんな些細な事で取り乱してしまうなんて。
 だいたい七宮さんは、幼馴染ってだけじゃないか。何をパニックになってるんだ僕は。

『ああ、千夏くん。彩ちゃんは魔界での知り合いなんだ。昔は、一緒に遊んだり、お風呂に入ったり、お泊まり会をしたんだよ。懐かしいなあ』

『やだ、ケータ兄ちゃんったら!』

 お風呂……?

『やあぁああ? な、なに? たっちゃん……?』

 オトマリカイ……?

『やあぁぁ……! こんな悲しい殺気、初めて! こわい! たっちゃんがこわい!』

 本気で〝コイツを殺す〟と思ったことがあるだろうか?
 神が許しても、僕はコイツをゆるさない!

『お風呂は水着を着用だったし、お泊まり会は、ウチのお父さんが逆上して、ひと晩中、正座だったわね。4歳と3歳だったのに大人げないわ』

 ……ゆるす!

『あはは……あれはキツかったなあ!』

 そうでしょう、そうでしょう。お義父さんのお説教と正座は、それはそれはキツかった。

『4歳と3歳……ですか?』

 千夏が、首をかしげている。

『ああ。こう見えてね、彩ちゃんは、二十六……』

『ゴホン! ウォッホン! イヤだわ、喉がイガイガしちゃって……ごめんなさい千夏さん、お水って頂けるかしら?』

『あ、うん、ちょっと待っててね?』

 千夏はパタパタと、奥の方へ走っていった。
 ……こんな場所へ来て、ましてや幼馴染の前でさえ、11歳で通すんだな、彩歌。

『あー、そろそろ、この場所がどういう所なのか教えて欲しいぜー』

 大ちゃんの言葉にハッとする。
 いかんいかん。彩歌と七宮さんの関係が気になり過ぎて肝心なことを聞き忘れる所だった。

『そうだね。まずは、そこの所を詳しく説明しよう』

 そう言って、七宮さんは地図を広げた。

『いま、キミたちが居るのは、ここだ』

 指を差した所に、赤い丸と共に〝Loc sigur〟と書いてある。

『そして、ここが……』

 地図のほぼ中心。赤いバツ印と共に書かれた文字は〝Poarta diavolului〟。

『んー、どれどれ? 〝Poarta〟は門で、〝diavolului〟は悪魔って意味だから……うわ! この赤いバツ印、魔界のゲートかよー?!」

 スゴいな大ちゃん。ルーマニア語もわかるのか。

『……キミたちも、魔界の事を知ってるんだね』

 七宮さんは、僕たちを見てにっこり微笑む。

『ほらね! ほらね! ボクのナビゲートは正しかったんだ!』

 ルナの声が頭の中に響く。
 おいおい。なんでお前、また気配を消してるんだよ。
 大体、お前のそのナビのせいで、大変なことになってるんだぞ?

『だって、ヤバそうな感じだったじゃない……』

 うん。確かにヤバかったけどさ。そこでトンズラしちゃダメだろう、ウサギさん。

『とにかく僕は、門の前にたどり着くまで、隠れてるからね?』

 ちょっと待て! そこに僕たちを連れて行くのも、お前の仕事だろう!
 ……おい、こら、返事しろ!

『ルナは、あてにならないみたいね』

 呆れ顔の彩歌。
 まあいいか。今回のこの状況は想定外すぎて、ルナの案内も機能していないみたいだし。

『驚かないで聞いてくれ。この空間は、ゲートの向こう側とこちら側……つまり、魔界とアガルタを、足して2で割った世界だ。つまり、魔界でもあり、アガルタでもある』

 やっぱりそうか。なんとなく、そんな気がしたんだ。雰囲気が急に魔界に似た感じになったし。

『ここはね、魔界の門を中心に、半径10キロメートルの壁に囲まれた、出口のない監獄なんだよ』

 結構な広さだな。この場所は地図で見ると端っこにあるから、ここからゲートまで、10キロ近くあるのか。

『〝監獄〟ということは、閉じ込めたヤツが居るって事だよな?』

 大ちゃんが、地図を見ながら言う。

『……アガルタ側から来たのなら、キミたちは、ここのボスが何者か、知っているんじゃないか?』

『やー。もしかして、ドラキュラ?』

 彼の言った通り、トランシルバニア、シギショアラを訪ねて、ここに迷い込んでしまったのなら、観光にしろビジネスにしろ、吸血鬼伝説は必ず耳にしただろう。
 〝吸血鬼〟の伝承は多岐にわたる。
 ユーリの言った〝ドラキュラ〟はルーマニア語で〝ドラクルの息子〟という意味だそうで、吸血鬼そのものを指す言葉ではない。英語ではヴァンパイア。連想ゲームなら〝牙〟と〝マント〟で正解が出るほど、イメージが出来上がっている。〝コウモリ〟もつければ間違いようがない。

『そうだね。私たちは〝吸血鬼〟と呼んでいる。……ヤツは、魔界に住んでいた人形ひとがたの魔物らしい。吸血性のね。記録が残っているだけでも、もう500年以上、この場所を支配している』

 ……500年も!

『魔界には、人の血を吸う魔物や悪魔がたくさんいるわ。きっとその内のどれかでしょう。城塞都市以外にも門があるなら、過去にそこを通って、地球アガルタに来ていてもおかしくないわよね……』

 彩歌は険しい表情で言った。
 やっぱ、地球アガルタけるオカルト系の事件って〝魔界産〟の物が多いんだろうなあ。

『たしかに、世界各地に〝血を吸う化け物〟の伝説があるぜー? チュパカブラ、アフカル、ブルーカ、モルモー、ポンティアナック、エンプーサ、ヴコドラク、ヴルコラク、クドラク、ストリゴイ……血を飲むという点では、キョンシーもだなー!』

 血を吸う奴ってだけでそんなに……?!
 過去に、こっちに来た悪魔や魔物も、まだ世界中に潜伏しているかも……怖い怖い。

『この場所の主である〝吸血鬼〟について、詳しい事は何も分かっていない。ただ、ヤツは何らかの方法で、この空間を作り出し、人間を誘い込んでは血を吸っているんだ』

 要するに、ここは吸血鬼の食料庫なのか。

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