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春休み

腕相撲(上)

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『カズヤ……カズヤなのか?』

「あ、ブルーさん!」

 今まで聞こえなかった、ブルーさんの声が聞こえて来たよ。良かった、無事だったみたい!

『いや、無事というわけでもないんだ。私たちは、ほとんどの行動を制限されていて、身動きが取れない。タツヤ、アヤカ、ダイサク、ユーリ、そして……』

「もしかして、河西千夏かわにしちなつさん?」

『驚いた。さすが〝救世主〟だね。彼女も救いに来たのかい?』

 えへへ。ブルーさんにほめられちゃった。

「うん! おじいちゃんとおばあちゃんに、頼まれたんだよ」

 千夏さんは、3年前、家族旅行でルーマニアを訪れたとき、この空間に迷い込んでしまったみたい。その後、家族もおまわりさんたちも、必死で探してたんだけど、見つかるはずないよね。だってここは、普通のやり方では入ってこれない場所だもん。

『カズヤ。頼みの綱はキミだけだ。しかし5つの〝試練〟は、巧妙な罠を織り交ぜた、危険なものだった。果たしてキミひとりで、突破できるものだろうか』

「えーっと。たぶん大丈夫だよ? ぜったいに助けるから待っててね!」

 みんなを助けるには、この空間を生み出した〝呪い〟をなんとかしなきゃならない。
 えへへ。それは僕の得意分野だよ。

『よろしくお願いするよ、カズヤ。それでは、私の知る〝試練〟の情報を〝タツヤ視点〟の記憶情報で5つ、キミに送る。ひとつずつ小分けにするから、順番に開封してほしい』

 やったあ! 〝試練〟の内容が分かれば、とっても心強いよね!
 ……あれ、5つ?

「待ってブルーさん! 最初の試練は、もうクリアしたよ?」

『すごいねカズヤ。予想以上だ』

 やったー! また、ほめられたよ! よーし、この調子で頑張るぞ!

『それでは送るよ? 次の試練〝腕相撲〟には〝2〟と表記しておいた』

 ブルーさんの言葉のとおり、頭のすみっこの方に、2、3、4,5と数字の書かれた〝箱〟のイメージが浮かんだ。うーん。よく考えたら〝1〟の試練の記録も、見たかったよね。

『脳内での再生は実際には一瞬で終わるけど、体感では、ひとつひとつが長時間なので、小分けに見たほうがいい。キミなら、どうやってそれらを開封するか、感覚で分かるはずだ』

「えーっと、こうかな?」

 僕は〝2〟の箱を頭の中で開けてみた。やっぱりね!
 あ、でも今の操作は、言葉で説明できそうにないよ。

『おっと。カズヤ、そろそろ交信が切れそうだ。あとの事は頼んだよ』

「うん、待っててね、必ず助けに行くよ!」

 ……ブルーさんの声が聞こえなくなっちゃった。急がなきゃだよね!
 僕は開封された〝2〟の箱を、頭の中でのぞき込んだ。





 >>>





 ユーリは、動かなくなってしまった。
 死んでいるわけではなく、眠っているのでもない。

「ユーリ、待ってろ! 必ず助けてやるからな……!」

 大ちゃんは、歯を食いしばっている。

『あれが〝全てを禁じられた状態〟なんだね……タツヤ、残念だが、あの状態異常、キミでも回避できそうにない』

 やっぱりそうか。さすがは〝魔界がらみ〟の罠だ。僕の〝不死性〟を、軽々とおびやかしてくれるなあ。

『タツヤ、感心している場合ではない。この〝試練〟は、巧妙で悪質……とても危険だよ』

 そうだな。まともに勝負させる気など微塵みじんも無いんだろう。
 ……それにしても、大ちゃんは思った以上に冷静だ。僕とは大違いだなあ。

『ユーリを救うには〝試練〟を突破するしかない。ダイサクはそれ以外の事に、時間と労力を使うつもりはないのだろう』

 残る試練は4つ。最後までクリアすれば、それまでに失敗した者も開放されるらしい。
 ……でも僕は、もし彩歌があんな目に遭わされたら、自分を抑えきれる自信がない。実際〝モース・ギョネ〟の時だって、記憶がすっ飛ぶほどに暴走してしまったし。

「あー。たっちゃん、ダメだぜ? 冷静になー?」

 僕の顔を見て、大ちゃんが微笑ほほえむ。
 ……ひどく引きつった笑顔だ。
 無理させてごめんよ大ちゃん。泣き言を言ってる場合じゃなかったな。

「いいぜー? 俺だって、すぐにでも変身して、何もかもぶち壊してやりたい……でも、ユーリのためにガマンだ!」

 やっぱりすごいな、大ちゃんは。よし、決めた! 僕も、何があっても絶対に暴走はしないぞ。

「たっちゃんなら大丈夫だぜ! 信じてるからなー!」

 分かった。
 ……と、僕は、静かにうなずいた。
 
『タツヤ、いまの会話には不可解な部分がある。念のため、説明したほうがいい』

 えー? 誰も気付いていないんじゃないか?

『そんな事はない。細やかなケアは大切だよ?』

 確かにそうだな。それじゃ念のため。 
 ……いま、大ちゃんは〝凄メガネ〟を掛けていない。なぜなら、外から持ち込んだ道具を使ったら、即ゲームオーバーだからだ。という事はつまり、ブルーの声が聞こえていないという事だ。

『アヤカには逐一、必要事項は伝えているけどね』

 そう。僕の思考は、彩歌には伝えられるけど、大ちゃんには伝えることができない。
 つまり……なんと大ちゃんは、表情を見ただけで、僕が何を考えているのか読み取って、会話していたんだよな。これはもうほとんど〝精神感応〟の域だ。

「おいおい、言い過ぎだって! 照れるじゃんか」

 ほら、また! 何度も言うけど、僕の声はきこえてないんだぞ。どんだけ天才なんだって話だよ。
 ……とにかく、僕たちは何としてでも〝試練〟を乗り越えてみせる! そうすれば、ユーリも元に戻るし、この隔絶された空間を支配している〝吸血鬼〟の所に行けるんだ。

「何をトロトロやってんだガキども。さっさと行くぞ!」

 ……この〝七宮ななみや〟が、ウソをついていなければ、だけど。





 >>>





 先ほどと同じように、左右2つのドアがある。
 ここが第2の試練か。

「〝腕相撲〟は……クククッ。お前に決めた」

 七宮が指差したのは……彩歌だ。

「〝魔道士〟である上に、弱体化されてガキの姿。いちばん非力なのは、お前だろう」

 後衛職こうえいしょくの花形である〝魔道士〟は、とても非力なイメージだ。
 僕たち4人の中で、パッと見、腕相撲が弱そうなメンバーを選べと言われたら、誰もが彩歌を選ぶんじゃないかな。

「……とことん卑怯者ね」

 そう言い放ち、彩歌は冷たい目で七宮をにらむ。
 ここで喜び勇んで試練に挑もうとすれば、七宮は気付いてしまうかもしれない……彩歌が人間離れした〝怪力〟の持ち主だという事に。

「ククク。卑怯者、か。何とでも言うがいい。それとも、怒りに任せて一か八か、私に得意の魔法でも撃ってみるかい?」

「お安い挑発には乗ってあげないわ……右の部屋でいいのね?」

 つまり、この彩歌の対応は、冷静で賢い〝作戦〟だ。
 オランダでの〝精算〟を経て、彩歌の身体能力は、後衛をさせるには惜しいほどにアップしている。ダンプカーを背負って投げられるほどに。これは勝ったんじゃないか? 

「……おい、何をしてる! お前らは左だろう、グズどもが!」

 へいへい。
 コイツ、本当に最悪だ。きっと〝吸血鬼〟には、ペコペコしてんだろうなあ。
 左の扉を開けると……さっきと良く似た構造の部屋だ。右の壁はガラスがはめられていて、その向こうには、椅子に座った彩歌が見える。たぶん、向こうからは見えないようになっているのだろう。

「な……何だあれ」

 ……そしてもうひとり、驚くほどの〝巨漢〟が、テーブルを挟んで、座っている。

「たしか、腕相撲の対戦相手は〝人間〟だって言ってたよなー?」

 大ちゃんの言う通り、七宮は確かに、腕相撲の相手は〝人間〟だと言っていた。
 ……それを疑うほどの体格。しかも、あれは〝筋肉〟だ。ムダなお肉も相当量ありそうだけど。

「あーはっはっは! 大きいだろう? まさに〝巨人〟だ。アイツに力で敵うヤツはいない!」

 七宮のバカ笑いが響く。うっさいな、黙って見てろ。
 あのデブは、それでも〝人間〟なんだろ? だったら、彩歌に敵うわけない。

『ジュジュ……ジュジュ……れ様を見て逃げ出さなかったのは、ほめてやジュジュ……ぜ、お嬢ちゃん』

 妙な雑音と共に、向こうの部屋の音が聞こえるようになった。

『勝負はカンタンだ。ワシに腕相撲で勝てば、お前は最後の〝試練〟に参加できる。負けたら、全て禁じられて〝吸血鬼様〟の餌食だ。ぐへへぇ!』

 その前に、そんな体格差で、腕相撲できるのかよ……?

『あと、ヒジがテーブルから離れたら、即刻負けだぞう?』

『分かったわ。すぐに始めましょう』

 腕まくりをして、ヒジをテーブルに乗せる彩歌。巨漢も、同じようにヒジを置き……いや、同じように置いたら、リーチが違いすぎる。かなり角度を付けて、彩歌の手を握る。
 っていうか、絵面えづらが犯罪チックなんだよ巨漢! 変なことするなよ?!

『うへへへ。それじゃあいくぞ。レディ……ゴー!』

 ドン! という音と共に、こちらの部屋にまで衝撃が伝わる。
 真っ赤になって歯を食いしばっているのは……巨漢の方だ。

『ぐ……?! くッ! クソお! バカなあ!』

 対する彩歌は涼しい顔。ほらね、普通の人間が、彩歌に敵うはずがないんだ。

『ふーん? こんな物なのね』

「な? 何なんだ! たかが魔道士のガキに……どうなってるんだ?!」

 七宮が、徐々に押され始めた巨漢を見て、驚いた表情で叫んだ。

『ぐおおおっ?! まさかあっ! そんなあっ?』

 必死で力を込めるも、グイグイと押され続ける巨漢の腕。よし、勝った!

「ク、ククク。どういう事かは知らんが、まさか、藤島彩歌に苦戦するとはな!」

 ……突然、七宮は奇妙な笑い顔を浮かべる。

『その体で、ワシより力が強いとはなあ! だが、ここからだあ!』

 急に、巨漢の腕が、彩歌の腕を押し返し始める。
 ……いったい、何が起こったんだ?!

「アイツはな、正真正銘、ただの人間だ。だが、デカイだけが取り柄じゃないんだぜ」

 徐々に、巨漢の腕が小さくなっていく……? 何なんだよ、アレ!

「腕を組んだ相手の能力を、自分の力に上乗せする形で〝腕だけ〟そっくりそのままコピーするのが、アイツの特殊能力だ。胴体から伝わる力とか、身に付けている物まで全部だ。ずいぶんと人間離れしてるだろ?」

 ……みるみるうちに、巨漢の腕は彩歌とまったく同じサイズになった。確かに袖口が、捲り上げた彩歌の服になっている。アンバランス過ぎて気持ち悪い。

「っていうか、アイツ人間じゃないだろー!」

 同意見だよ大ちゃん。あんな人間いないだろ!

「おいおい、失礼だな。世の中には色んな人間がいるんだぞ?」 

 ……くそ。それも同意見だ。
 ウチのメンバー全員、人間だからな? 誰が何と言おうと人間だからな!

『そ、そんな事が?!』

『ぐふふふ。ワシの勝ち』

 やがて、彩歌の腕が完全に倒され、勝敗は決する。
 ……彩歌はユーリと同じように、虚ろな目をしたまま、動かなくなってしまった。





 >>>





 ……彩歌さん、そんなすごい人と戦ったんだね。
 よーし! 絶対に勝って、みんなを助けなきゃ!

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