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春休み
鬼ごっこ(上)
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七宮は、4つ目の〝試練〟の挑戦者として、大ちゃんを指名したあと、壁際でタバコをふかしている。
「ブルー。頼みがあるんだ」
ずっと考え込んでいた大ちゃんが、真剣な表情で言った。
大ちゃんはいま〝凄メガネ〟を使えないので、ブルーの声を聞けない。
だからこれは、会話ではなく、ブルーに対する一方的な〝お願い〟だ。
「次の試練は〝鬼ごっこ〟で、相手は、俺が出会った事のある〝最も素早い生き物〟に化ける悪魔だ」
大ちゃんは、ちょっと悲しそうな表情を浮かべ、続ける。
「つまり、俺はユーリと対戦するわけだ」
僕や彩歌、そして栗っちも、かなりのスピードだ。けど、ユーリはもっと速い。
……という事は、必然的に悪魔は〝よりによって〟ユーリの姿になるはずだ。大ちゃんの気持ちを考えると、いたたまれなくなる。
「それでさー。さっきブルー、言ってただろ? 自分は〝道具〟とは判定されないって」
たしかに。ブルーは〝外から持ち込まれた道具〟という扱いには、なっていない。
「ってことは〝これ〟も、大丈夫かもしれないよな?」
大ちゃんは、変身ベルトの制御基板に形を変えた〝ブルーの欠片〟を取り出した。
『ダイサク、キミはまさか……』
大ちゃんは、何をしようとしているんだ?
「この欠片は、どんなエネルギーも制御できるんだよな。だったら、ベルト無しで〝直接〟俺の体に、エネルギーを送ってくれないか?」
そんな事ができるのか、ブルー?
『やはり気づいてしまったか。さすがだね、ダイサク。しかし……とても危険だよ』
「あー、もちろん、危ないのは分かってるぜー? でも、他に方法が無いだろー?」
自然な会話っぽいけど、大ちゃんにはブルーの声、聞こえてないんだよなあ。
ん? でも、何が危険なんだ? 彩歌はブルーの欠片を体に埋め込んでも平気なんだし、大ちゃんだって……
『いやタツヤ、それはちがう。アヤカの場合、私の欠片は心臓を模して、単純に〝心臓の代わり〟をする所から始めた。負担のないように、徐々に同化を行なったんだよ』
「ところが、俺の場合、もともと用意された〝ベルトの機能〟に、ブルーの欠片の力が乗っかってる形だ。ベルトがなければ、ブルーのエネルギーを、体への負担なしに受け取る事はできないんだぜ」
ブルーに続けて、大ちゃんの説明が入る。声が聞こえていないのに、なんで内容もタイミングもピッタリなんだ?
「つまりな、俺の体中に張り巡らされた、無数のマイクロファイバーに、ベルトを介さずエネルギーを流すって事は、ストローに消火栓をつないで、水を飲もうとするようなもんだぜ?」
さすが大ちゃん、説明が分かりやすいな……っていうか、それダメじゃん! 無茶だよ!
「あー、無茶をするなって顔してるな、たっちゃん。でもさ、ユーリを救うためなら、俺は何だってするぜ。たっちゃんも、藤島さんのためなら、そうだろ?」
って、そんな顔で言われたら、止められないじゃないか。
……やっぱ、大ちゃんはすごいヤツだ。
『タツヤ。私もダイサクの体を壊さないように、微調整をするつもりだ。だが、もしうまく行ったとしても〝ベルト〟と〝スーツ〟なしで、どこまでユーリのスピードに迫れるか……』
大ちゃんの強さは、スーツの補助によるものが大きい。〝メルキオール・マリオネット〟も、スーツの駆動部分に、思考を直結して、初めて動作する。
「まあなー、最悪、体を壊したうえ、すぐにゲームオーバーって事もあるぜ。でもさ、何もせずに挑むよりは、ほんのチョットだけ、希望がわくだろー?」
ちょっとだけ、か。
そうだよな。やれる事はやっておかなきゃ、絶対に後悔する。
僕は、大ちゃんの目を見て、ゆっくり頷いた。
……ブルー、よろしく頼む。
『了解した。それではやってみようか』
大ちゃんは、普段〝ベルトのバックル部分〟が当たるお腹のあたりに、ブルーの欠片をピタリとくっつけた。
「これでいいか、ブルー?」
欠片は、制御基板の形から、細長いロープのように変形すると、大ちゃんの体に巻き付く。ベルトの裏側……マイクロファイバーが密集しているであろう部分だけ、薄く平たく、密着するように形が変わっていく。
『よし、繋がった。タツヤ、カウントダウンをお願いするよ。心の準備は必要だからね』
オッケー。いきなり何かをされるのは、何であれ不快なものだ。
僕は左手を開いて、大ちゃんに見せた。ゆっくりと指を折っていく。5、4、3、2、1……
「……っ?! ぐぁあっ! ブ、ブルー、も……もうちょっと、弱くできるか?」
『すまないダイサク。これより下は〝オフ〟だ』
「そう、か……わかった、ぜー!」
……ん? ブルー、いまのって、もしかして?
『うん。欠片を直結してるからね。私の声は、ダイサクに直接届くよ。キミの心の声は、無理だけどね』
「う、うっく! こ、これは、キツイぜー! ダーク・ソサイエティの〝電撃マシーン〟よりも強烈だな」
ちょっと! それって聞いた話だと、結構な確率で死ぬ〝拷問道具〟だろ?!
『ダイサク、あと少しで、キミの体が私のエネルギーを受け入れ始める。頑張るんだ』
「あ、ああ。っく! ぜ、絶対に耐えてみせるぜー!」
>>>
七宮が、二本目のタバコを投げ捨て、近づいてくる。
「お前ら、なにやってんだ?」
何って……パワーアップだよ。
結構あからさまに〝妙な動き〟をしていたんだけど、今ごろ気づいたのか。〝つかえない系〟のヤツで本当に助かる。
「んー? 何でもないぜー!」
大ちゃんは、ブルーの欠片からのエネルギーを、受け取れるようになってきた。ブルー、身体能力の向上はどうだ?
『残念ながら、やはりこの短時間だと、身体が慣れずに大きな負担が掛かってしまう。ユーリなみのスピードを求めるなら、キミの命に関わるかもしれない』
「……そうか。命を掛ければ、何とかなるかもしれないんだなー?」
大ちゃん?! いくらなんでもそれは!
「やってくれ、ブルー! 他に方法がないんだ!」
『……ダイサク、キミの勇気に敬意を表するよ。〝試練〟開始までに、出来る限り出力を上げてみよう』
「ああ、頼んだ、ブルー!」
……ユーリとの鬼ごっこに、勝てるヤツなんかいないだろう。それでも大ちゃんは、命がけで頑張っている。
『ダイサク、もう少し強くするよ?』
「う、うぐ……よ、よし、いいぜ!」
がんばれ大ちゃん! 二人で最期の試練に挑もう!
「たっちゃん! 俺は勝つ! 二人がかりで〝吸血鬼〟に正座させて、説教してやろうぜー!」
もちろんだ。こんな空間ぶっ壊して、みんなで帰るぞ!
「おい、やっぱりお前ら、何かやってるな?」
冷や汗をかきながら、苦悶の表情を浮かべている大ちゃんに、七宮が、やっと気付いたようだ。
「……まあいいか。どうせ次の試練は、どうあがいても突破できないんだからな。さあ、おまえは左の扉だ」
>>>
急な階段を上り切ると、そこは楕円形の広場を見下ろす、観客席だった。
「ここが第4の試練をおこなう競技場だ」
客席と競技場は、天井まで伸びるフェンスで仕切られている。
「さすがに、せまい部屋で〝鬼ごっこ〟は無理だからな」
いや、広すぎるだろ! 競技場が広いのは分かるけど、席はこんなにいらないぞ?
「ククク。客席が多すぎるってか? 最近は、これでも足りないぐらいだぜ?」
……何を言ってるんだ? 僕と七宮以外に、誰も座るやつなんかいないだろう?
「おっと、うわさをすれば、入ってきたな」
七宮が、ニヤニヤと指をさした先には、黒くうごめく何かがいた。
……どんどん増えているぞ? あれは何だ?
「アイツらは〝試練の扉〟が開くと、必ずここを目指してやってくるんだ」
あれは〝眷属〟か?! なんて数なんだ!
「この〝鬼ごっこ〟は、あいつらの、唯一の娯楽だからな。ほとんど全員、集まってくるぞ」
またたく間に、観客席は〝眷属〟で埋め尽くされていく。
確か〝眷属〟って、1000体以上いるとか言ってたよな? そいつらが全員って……!
「心配しなくてもいい。あのフェンスより、こちらには来られない」
よく見ると、客席側、僕の座っている席の数メートル先にも、銀色のフェンスが張られている。なるほど。ここは特別シートなのか。
「ぐああああっ! あがぁっ! ぎゃああああぁ……!」
まだ姿は見えないが、大ちゃんの声は、ブルーを介して聞こえてくる。ほとんど、うめき声や悲鳴だけど。
「ううう……ブルー。もっとだ! もっと強くしてくれ!」
しばらくして、競技場に大ちゃんが姿をあらわした。少しフラついている気もするけど、大丈夫かな?
『……ここまでだダイサク。これで、スピードと動体視力だけは、ユーリを超えた。よく頑張ったね』
「ひぃ、ふぅ。そ、そうか! ありがとうな、ブルー! あとは、頭脳と根性で勝負だぜー!」
『分かっているとは思うが、キミの体は、動けば動くほど、私からの過剰なエネルギーを受けて、ボロボロになっていく。この〝試練〟が終わったら、すぐにベルトをつけて変身するんだ。一刻も早く〝超回復〟を使わなければ、命に関わる。いいね?』
変身すれば、大ちゃんは〝超回復〟の特性を得て、大怪我でも瞬時に回復することができる。
……やっぱり、そこまで無茶なパワーアップだったか。
『ダイサク、私の見立てでは、いまのキミは〝ガジェットを装備していないユーリ〟との〝スピード勝負〟なら、若干だが優位に戦えるだろう。健闘を祈っているよ』
あのユーリのスピードより上って……! 無理しすぎじゃないか、ブルー?
『もちろん、無理しすぎだ。〝命に関わる〟ような危険行為だからね』
……なっ?!
背中に冷たい汗が流れる。大ちゃん、死ぬなよ!
「おっと、悪魔の方も出てきた。あいかわらず気味の悪いデザインだ」
「ギギギッ! オいオい、ガキじゃネーかヨ! ウまそうデ〝鬼ごっこ〟に集中デきネーな!」
なんだ? やけに小物くさいのが出てきたぞ。口調から察するに、そんなに高ランクの悪魔じゃなさそうなんだけど。
「そいじャ、いくゾ」
悪魔は、どこからともなく取り出した水晶玉を、大ちゃんに向けてかざす。
「あれが、魔道具〝チャールヴィの目〟だ。映した対象が出会った〝最速の生物〟に、自分を変化させる」
グニャグニャと変化していく悪魔。その姿は、やはり……
「ユーリ……!」
黄色いジャンパーに、ショートパンツ。見慣れた栗色の癖っ毛。耳が出ているという事は、すでに戦闘モードだ。
「ヘんしン完了! っテ、ナんだこの姿ハ? 元のままのほうガ速かっタんじゃネー?」
いや、そう思うなら、もとに戻ってくれ。
「……ちょっと動いてみれば分かるぜー? あとな、それ以上、ユーリを悪く言うなよ?」
いつもと違う、低くて凄みの効いた大ちゃんの声。怒りを、理性で押し込めているのだろう。
「はア? なに言ってんダ、このガキ。動けバわかるって何ダよ……ウほッ?!」
悪魔の姿が、一瞬ゆらいだかと思った次の瞬間、ゴン! という鈍い音とともに、はるか向こうの壁に、半分めり込んだ形で現れた。
「あいてテ……って、い、痛クねえ! すゲえな、コノ体、ドうなってンだ?!」
大ちゃんは、なぜか誇らしげに、腕を組んで頷く。いやいや、アイツ敵だからね?
「ギギギギッ! こんナの、負けるワけないダろ! さイコーだナ、オイ!」
「だろー? アイツは最高なんだ!」
ああ、そうか……分かるよ大ちゃん。
そんなニセモノ、ギャフンと言わせてやろうぜ!
「ソれじゃ、ルールを説明するゾ? おレが、追いカけて、おマエが逃ゲる。全部のロウそクに火をツけれバ、オまえの勝チ。ソのまえに、オれに触らレたらおまえハ〝吸血鬼さマ〟の夕食だ」
突然、いくつものボン! という音とともに地面が隆起して、何本もの柱が現れた。よく見ると、所々にロウソクの乗った燭台が設置されている。
「ロウそクは、ゼンブデ5本。オマエが柱に触れるだけで火がつく。消えることはナイ」
「分かったぜー!」
「それじゃ、スたートダ」
次の瞬間、悪魔と大ちゃんの姿が一瞬消えた。
速い! 目で追うのがやっとだ。
「おいおいおい! 何なんだよ、あのガキ! 消えたぞ? ああ?! 悪魔のヤローはどこだ?」
七宮は、目でも追えていない。
「ま、マジか?」
ひとつ、またひとつと、ロウソクに灯りがともされていく。
『さすがはダイサクだね。相手の動きを先読みして、フェイントを入れつつ躱している』
そうだな。柱の死角をあんなふうに使われたら、悪魔視点では、大ちゃんがほとんど見えていないはずだ。
「バカな……!」
「コのがキ! なにモのなんダ?!」
よし、ラスト一本だ! ちょっと遠いけど、今の大ちゃんのスピードなら問題なく行けるだろう。
「く、クソぉおお! どうなっテるんダヨおぉオオ! ……七宮アあぁ?!」
くやしそうな悪魔の声がひびく。
……ん? 七宮? なんで七宮を呼ぶ?
隣をみると、七宮がハッとしたような顔をしている。そして、あわてて懐に手を入れた。
「あー、やっぱりなー! ……たっちゃん。ヤバイぜ!」
え? 何?
……大ちゃんの声と同時に、観客席と競技場を隔てるフェンスが、ガシャガシャと音を立てて外れ、落下していく。
「おやぁ? どうしたんだー? フェ、フェンスが壊れたあ! これはいけないなあ!」
僕と七宮を狙っていた数体を残して〝眷属〟は競技場へと、なだれ込んでいく。
わざとらしいぞ七宮! とことんクズだな!
「ククク。ああなってしまっては、もうスピードは関係ないよなあ? あーっはっはっは!!」
スキマもないほどに、広場は〝眷属〟で埋め尽くされていく。
「ギギギギッ! タいへンだゾ! 俺はヘーきだけド、にンげんは〝眷属〟に、ちょっとでも触っタら、オしまいだよナ? ギギギギーッ!」
ダメだ。あれじゃ最後のロウソクまでなんて、とても辿りつけない。
大ちゃん! 逃げろ! 逃げてくれ!
「ほらほらほら! もうダメだ! あーあー! フェンスさえ壊れなきゃなあ!」
多勢に無勢にも程があるぞ……!
大ちゃんは完全に〝眷属〟に取り囲まれてしまった。
「あー、これはちょっと、キツイなー」
そんな! 命がけのパワーアップまでしたのに……大ちゃん!
「すまん、あとの事は頼んだぜ、たっちゃん……いや待てよ? このパターンがアリなら、最期の試練の相手は……ダメだ、たっちゃ……」
大ちゃんは、眷属の波に飲み込まれていった。
「ブルー。頼みがあるんだ」
ずっと考え込んでいた大ちゃんが、真剣な表情で言った。
大ちゃんはいま〝凄メガネ〟を使えないので、ブルーの声を聞けない。
だからこれは、会話ではなく、ブルーに対する一方的な〝お願い〟だ。
「次の試練は〝鬼ごっこ〟で、相手は、俺が出会った事のある〝最も素早い生き物〟に化ける悪魔だ」
大ちゃんは、ちょっと悲しそうな表情を浮かべ、続ける。
「つまり、俺はユーリと対戦するわけだ」
僕や彩歌、そして栗っちも、かなりのスピードだ。けど、ユーリはもっと速い。
……という事は、必然的に悪魔は〝よりによって〟ユーリの姿になるはずだ。大ちゃんの気持ちを考えると、いたたまれなくなる。
「それでさー。さっきブルー、言ってただろ? 自分は〝道具〟とは判定されないって」
たしかに。ブルーは〝外から持ち込まれた道具〟という扱いには、なっていない。
「ってことは〝これ〟も、大丈夫かもしれないよな?」
大ちゃんは、変身ベルトの制御基板に形を変えた〝ブルーの欠片〟を取り出した。
『ダイサク、キミはまさか……』
大ちゃんは、何をしようとしているんだ?
「この欠片は、どんなエネルギーも制御できるんだよな。だったら、ベルト無しで〝直接〟俺の体に、エネルギーを送ってくれないか?」
そんな事ができるのか、ブルー?
『やはり気づいてしまったか。さすがだね、ダイサク。しかし……とても危険だよ』
「あー、もちろん、危ないのは分かってるぜー? でも、他に方法が無いだろー?」
自然な会話っぽいけど、大ちゃんにはブルーの声、聞こえてないんだよなあ。
ん? でも、何が危険なんだ? 彩歌はブルーの欠片を体に埋め込んでも平気なんだし、大ちゃんだって……
『いやタツヤ、それはちがう。アヤカの場合、私の欠片は心臓を模して、単純に〝心臓の代わり〟をする所から始めた。負担のないように、徐々に同化を行なったんだよ』
「ところが、俺の場合、もともと用意された〝ベルトの機能〟に、ブルーの欠片の力が乗っかってる形だ。ベルトがなければ、ブルーのエネルギーを、体への負担なしに受け取る事はできないんだぜ」
ブルーに続けて、大ちゃんの説明が入る。声が聞こえていないのに、なんで内容もタイミングもピッタリなんだ?
「つまりな、俺の体中に張り巡らされた、無数のマイクロファイバーに、ベルトを介さずエネルギーを流すって事は、ストローに消火栓をつないで、水を飲もうとするようなもんだぜ?」
さすが大ちゃん、説明が分かりやすいな……っていうか、それダメじゃん! 無茶だよ!
「あー、無茶をするなって顔してるな、たっちゃん。でもさ、ユーリを救うためなら、俺は何だってするぜ。たっちゃんも、藤島さんのためなら、そうだろ?」
って、そんな顔で言われたら、止められないじゃないか。
……やっぱ、大ちゃんはすごいヤツだ。
『タツヤ。私もダイサクの体を壊さないように、微調整をするつもりだ。だが、もしうまく行ったとしても〝ベルト〟と〝スーツ〟なしで、どこまでユーリのスピードに迫れるか……』
大ちゃんの強さは、スーツの補助によるものが大きい。〝メルキオール・マリオネット〟も、スーツの駆動部分に、思考を直結して、初めて動作する。
「まあなー、最悪、体を壊したうえ、すぐにゲームオーバーって事もあるぜ。でもさ、何もせずに挑むよりは、ほんのチョットだけ、希望がわくだろー?」
ちょっとだけ、か。
そうだよな。やれる事はやっておかなきゃ、絶対に後悔する。
僕は、大ちゃんの目を見て、ゆっくり頷いた。
……ブルー、よろしく頼む。
『了解した。それではやってみようか』
大ちゃんは、普段〝ベルトのバックル部分〟が当たるお腹のあたりに、ブルーの欠片をピタリとくっつけた。
「これでいいか、ブルー?」
欠片は、制御基板の形から、細長いロープのように変形すると、大ちゃんの体に巻き付く。ベルトの裏側……マイクロファイバーが密集しているであろう部分だけ、薄く平たく、密着するように形が変わっていく。
『よし、繋がった。タツヤ、カウントダウンをお願いするよ。心の準備は必要だからね』
オッケー。いきなり何かをされるのは、何であれ不快なものだ。
僕は左手を開いて、大ちゃんに見せた。ゆっくりと指を折っていく。5、4、3、2、1……
「……っ?! ぐぁあっ! ブ、ブルー、も……もうちょっと、弱くできるか?」
『すまないダイサク。これより下は〝オフ〟だ』
「そう、か……わかった、ぜー!」
……ん? ブルー、いまのって、もしかして?
『うん。欠片を直結してるからね。私の声は、ダイサクに直接届くよ。キミの心の声は、無理だけどね』
「う、うっく! こ、これは、キツイぜー! ダーク・ソサイエティの〝電撃マシーン〟よりも強烈だな」
ちょっと! それって聞いた話だと、結構な確率で死ぬ〝拷問道具〟だろ?!
『ダイサク、あと少しで、キミの体が私のエネルギーを受け入れ始める。頑張るんだ』
「あ、ああ。っく! ぜ、絶対に耐えてみせるぜー!」
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七宮が、二本目のタバコを投げ捨て、近づいてくる。
「お前ら、なにやってんだ?」
何って……パワーアップだよ。
結構あからさまに〝妙な動き〟をしていたんだけど、今ごろ気づいたのか。〝つかえない系〟のヤツで本当に助かる。
「んー? 何でもないぜー!」
大ちゃんは、ブルーの欠片からのエネルギーを、受け取れるようになってきた。ブルー、身体能力の向上はどうだ?
『残念ながら、やはりこの短時間だと、身体が慣れずに大きな負担が掛かってしまう。ユーリなみのスピードを求めるなら、キミの命に関わるかもしれない』
「……そうか。命を掛ければ、何とかなるかもしれないんだなー?」
大ちゃん?! いくらなんでもそれは!
「やってくれ、ブルー! 他に方法がないんだ!」
『……ダイサク、キミの勇気に敬意を表するよ。〝試練〟開始までに、出来る限り出力を上げてみよう』
「ああ、頼んだ、ブルー!」
……ユーリとの鬼ごっこに、勝てるヤツなんかいないだろう。それでも大ちゃんは、命がけで頑張っている。
『ダイサク、もう少し強くするよ?』
「う、うぐ……よ、よし、いいぜ!」
がんばれ大ちゃん! 二人で最期の試練に挑もう!
「たっちゃん! 俺は勝つ! 二人がかりで〝吸血鬼〟に正座させて、説教してやろうぜー!」
もちろんだ。こんな空間ぶっ壊して、みんなで帰るぞ!
「おい、やっぱりお前ら、何かやってるな?」
冷や汗をかきながら、苦悶の表情を浮かべている大ちゃんに、七宮が、やっと気付いたようだ。
「……まあいいか。どうせ次の試練は、どうあがいても突破できないんだからな。さあ、おまえは左の扉だ」
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「ここが第4の試練をおこなう競技場だ」
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「さすがに、せまい部屋で〝鬼ごっこ〟は無理だからな」
いや、広すぎるだろ! 競技場が広いのは分かるけど、席はこんなにいらないぞ?
「ククク。客席が多すぎるってか? 最近は、これでも足りないぐらいだぜ?」
……何を言ってるんだ? 僕と七宮以外に、誰も座るやつなんかいないだろう?
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……どんどん増えているぞ? あれは何だ?
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「ぐああああっ! あがぁっ! ぎゃああああぁ……!」
まだ姿は見えないが、大ちゃんの声は、ブルーを介して聞こえてくる。ほとんど、うめき声や悲鳴だけど。
「ううう……ブルー。もっとだ! もっと強くしてくれ!」
しばらくして、競技場に大ちゃんが姿をあらわした。少しフラついている気もするけど、大丈夫かな?
『……ここまでだダイサク。これで、スピードと動体視力だけは、ユーリを超えた。よく頑張ったね』
「ひぃ、ふぅ。そ、そうか! ありがとうな、ブルー! あとは、頭脳と根性で勝負だぜー!」
『分かっているとは思うが、キミの体は、動けば動くほど、私からの過剰なエネルギーを受けて、ボロボロになっていく。この〝試練〟が終わったら、すぐにベルトをつけて変身するんだ。一刻も早く〝超回復〟を使わなければ、命に関わる。いいね?』
変身すれば、大ちゃんは〝超回復〟の特性を得て、大怪我でも瞬時に回復することができる。
……やっぱり、そこまで無茶なパワーアップだったか。
『ダイサク、私の見立てでは、いまのキミは〝ガジェットを装備していないユーリ〟との〝スピード勝負〟なら、若干だが優位に戦えるだろう。健闘を祈っているよ』
あのユーリのスピードより上って……! 無理しすぎじゃないか、ブルー?
『もちろん、無理しすぎだ。〝命に関わる〟ような危険行為だからね』
……なっ?!
背中に冷たい汗が流れる。大ちゃん、死ぬなよ!
「おっと、悪魔の方も出てきた。あいかわらず気味の悪いデザインだ」
「ギギギッ! オいオい、ガキじゃネーかヨ! ウまそうデ〝鬼ごっこ〟に集中デきネーな!」
なんだ? やけに小物くさいのが出てきたぞ。口調から察するに、そんなに高ランクの悪魔じゃなさそうなんだけど。
「そいじャ、いくゾ」
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「あれが、魔道具〝チャールヴィの目〟だ。映した対象が出会った〝最速の生物〟に、自分を変化させる」
グニャグニャと変化していく悪魔。その姿は、やはり……
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「はア? なに言ってんダ、このガキ。動けバわかるって何ダよ……ウほッ?!」
悪魔の姿が、一瞬ゆらいだかと思った次の瞬間、ゴン! という鈍い音とともに、はるか向こうの壁に、半分めり込んだ形で現れた。
「あいてテ……って、い、痛クねえ! すゲえな、コノ体、ドうなってンだ?!」
大ちゃんは、なぜか誇らしげに、腕を組んで頷く。いやいや、アイツ敵だからね?
「ギギギギッ! こんナの、負けるワけないダろ! さイコーだナ、オイ!」
「だろー? アイツは最高なんだ!」
ああ、そうか……分かるよ大ちゃん。
そんなニセモノ、ギャフンと言わせてやろうぜ!
「ソれじゃ、ルールを説明するゾ? おレが、追いカけて、おマエが逃ゲる。全部のロウそクに火をツけれバ、オまえの勝チ。ソのまえに、オれに触らレたらおまえハ〝吸血鬼さマ〟の夕食だ」
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「分かったぜー!」
「それじゃ、スたートダ」
次の瞬間、悪魔と大ちゃんの姿が一瞬消えた。
速い! 目で追うのがやっとだ。
「おいおいおい! 何なんだよ、あのガキ! 消えたぞ? ああ?! 悪魔のヤローはどこだ?」
七宮は、目でも追えていない。
「ま、マジか?」
ひとつ、またひとつと、ロウソクに灯りがともされていく。
『さすがはダイサクだね。相手の動きを先読みして、フェイントを入れつつ躱している』
そうだな。柱の死角をあんなふうに使われたら、悪魔視点では、大ちゃんがほとんど見えていないはずだ。
「バカな……!」
「コのがキ! なにモのなんダ?!」
よし、ラスト一本だ! ちょっと遠いけど、今の大ちゃんのスピードなら問題なく行けるだろう。
「く、クソぉおお! どうなっテるんダヨおぉオオ! ……七宮アあぁ?!」
くやしそうな悪魔の声がひびく。
……ん? 七宮? なんで七宮を呼ぶ?
隣をみると、七宮がハッとしたような顔をしている。そして、あわてて懐に手を入れた。
「あー、やっぱりなー! ……たっちゃん。ヤバイぜ!」
え? 何?
……大ちゃんの声と同時に、観客席と競技場を隔てるフェンスが、ガシャガシャと音を立てて外れ、落下していく。
「おやぁ? どうしたんだー? フェ、フェンスが壊れたあ! これはいけないなあ!」
僕と七宮を狙っていた数体を残して〝眷属〟は競技場へと、なだれ込んでいく。
わざとらしいぞ七宮! とことんクズだな!
「ククク。ああなってしまっては、もうスピードは関係ないよなあ? あーっはっはっは!!」
スキマもないほどに、広場は〝眷属〟で埋め尽くされていく。
「ギギギギッ! タいへンだゾ! 俺はヘーきだけド、にンげんは〝眷属〟に、ちょっとでも触っタら、オしまいだよナ? ギギギギーッ!」
ダメだ。あれじゃ最後のロウソクまでなんて、とても辿りつけない。
大ちゃん! 逃げろ! 逃げてくれ!
「ほらほらほら! もうダメだ! あーあー! フェンスさえ壊れなきゃなあ!」
多勢に無勢にも程があるぞ……!
大ちゃんは完全に〝眷属〟に取り囲まれてしまった。
「あー、これはちょっと、キツイなー」
そんな! 命がけのパワーアップまでしたのに……大ちゃん!
「すまん、あとの事は頼んだぜ、たっちゃん……いや待てよ? このパターンがアリなら、最期の試練の相手は……ダメだ、たっちゃ……」
大ちゃんは、眷属の波に飲み込まれていった。
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相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
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これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
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