透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ

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第二章 ガーディアンフォレスト

048 森の賢者ユグラシア

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「大森林って言ってたけど――」

 ザッザッ、と足音を立てて歩きながら、マキトは呟くように言った。

「本当に広い森なんだな。神殿が見える感じもしないし」
「ですよねぇ。まるで同じところを歩いている気分にもなってくるのです」
「キュウ」

 ラティに続いてロップルも同意を示す。そう思うのも無理はないと、隣を歩くアリシアは思った。
 ユグラシアへ会うべく、家を出発して早数時間――未だ深い森の中を延々と歩き続けていた。既に昼食の休憩も終えており、それ相応の距離を進んでいることだけは間違いないと言える。
 程なくして、大きな切り株が見えてきた瞬間、アリシアが笑みを浮かべる。

「もうそろそろ見えてくるわよ」

 そう言った瞬間、ずっと暗かった前方が、急に明るくなった。
 誰かが光を照らしているのではと思いたくなるほどの、不自然な光りよう。しかしアリシアは、それに対して実に平然としており、むしろどこか懐かしそうにさえ感じているようであった。
 当然と言えば当然である。アリシアが幼少期を過ごした場所でもあるのだから。
 それからもユグラシアの元に定期的に通っていたとするならば、むしろ平然としていて然るべきだろう。
 マキトたちはそのまま進み――その場所に辿り着く。

「……おぉ」

 マキトが驚きの声を漏らす。あれだけ深かった森が嘘のように開け、ぐるっと円を描くような広場がそこにあった。
 その中心部に建っている立派な建物に、マキトと魔物たちが注目する。

「あれが森の神殿か?」
「えぇ。前に来た時と全然変わってないわ」

 そしてアリシアが歩き出し、マキトと魔物たちがその後に続く。アリシアからすれば実家に帰省したも同然であり、むしろ勝手知ったる場所なのであった。
 広場には森の魔物たちも遊びに来ており、各々がのんびりと過ごしていたが、マキトたちを見た瞬間、こぞってあちこちに散ってしまい、物陰に隠れては様子を伺い始める。
 マキトたちを警戒しているのは、考えるまでもなかった。

「まぁ、当然と言えば当然の反応なのです」

 ラティが周囲を見渡しながら、平然と言い放つ。

「襲われなかっただけ、まだマシなのですよ」
「それもそうか」

 むしろこれこそが自然であり、魔物たちがこぞって懐くほうが不自然なのだ。それ自体はマキトも、アリシアやラティから聞いてはいたため、改めてその事実を確認した形ということになる。
 少しだけ寂しい気持ちはあるが、これが現実なのだと、今は納得していた。

「近くで見るとまた凄いもんだなぁ……」

 目の前で神殿を見上げながら、マキトが呆けた表情で呟いた。
 すると――

「久しぶりね、アリシア」

 神殿の入り口から、一人の女性が姿を見せた。
 風に乗ってふんわりと揺れ動く緑色のストレートロングは、その美しい顔立ちをより引き立たせている。抜群なスタイルも、性的な欲求を刺激するようないやらしさは皆無であり、むしろ包み込むような優しさを大きく醸し出していた。
 まるで自然界における『母』を感じさせる。
 それこそが、森の賢者と呼ばれるユグラシアという存在であった。
 多くの人々がその姿を一目見た瞬間、心が奪われる。美しいとか綺麗とか、そんな気持ちすらも吹き飛ばし、まるで見たことがない別世界の存在とすら思えるという声も少なくない。

(あれが森の賢者さまなのか。でも……)

 しかしマキトの表情は、どこか不思議そうな感じであった。

(何だろ……初めて会うハズなのに、なんかそんな気がしないんだよな……)

 むしろ懐かしいという気持ちのほうが強かった。理屈抜きに、自分の体の細胞全てがそれを認めるような――そんな感じがしてならない。
 ちなみに、隣に立つアリシアはというと――

(ど、どうしよう? なんか知らないけど緊張してきた!)

 ユグラシアが近づく度に、心臓が跳ねる感じがしてならなかった。
 一年ぶりか、それとも二年ぶりか――とにかく相当久しぶりであり、これまで味わったことがない緊張が襲い掛かることもあって、アリシアは軽く混乱に等しい気持ちを味わっていた。

「――あ、あのっ!」

 しかし、いつまでもぼんやりと突っ立っているわけにもいかない――アリシアはそう思いながら、一歩前に出て話しかける。

「その……お久しぶりです。長いこと顔を出さなくて、すみませんでした」

 ペコリと頭を下げるアリシアに、ユグラシアが笑みを深める。そして、エメラルドグリーンのふんわりとした髪の毛に、ゆっくりと手のひらを乗せた。

「また少し、背が伸びたかしら?」

 ゆったりとして、どこまでも優しい声色に、アリシアは思わず顔を上げるも、すぐさま恥ずかしそうに視線を逸らす。

「……さぁ、どうでしょうね」
「フフッ、私は嬉しいわよ。あなたが成長していく姿が見れて」

 ユグラシアはそのまま、アリシアの頭を撫でる。成すがままのアリシアは、不本意だと言わんばかりに頬を膨らませた。

「もぉ……いつまで子ども扱いするんですか」
「私が満足するまでかしら?」
「それって、ずっと終わらないパターンなんじゃ……」
「あなたがそう思うなら、きっとそうなのかもしれないわね♪」
「むぅ」

 ひと際愛おしそうに接するユグラシアに対し、不機嫌になりながらも手を払ったり離れようとしないアリシア。
 人が見れば、それはありふれた『母娘』の姿に他ならなかっただろう。
 しかしマキトには、単なる不思議な感じにしか見えておらず、魔物たちとともに呆けた表情を浮かべるばかりであった。
 そんな彼らに、ユグラシアは優しい笑みのまま、視線を向けてくる。

「あなたがマキト君ね。森の神殿へようこそ」

 ユグラシアはにっこりと微笑む。

「私からディオンに、手紙を託すよう申し付けておいたのよ。突然のことで、驚かせてしまったとは思うけれど……」
「あ、えっと、まぁ……色々とビックリしたというか……」

 マキトはしどろもどろに答えつつ、持参してきたディオンからの手紙をユグラシアに差し出す。
 その中身を確認した瞬間、ユグラシアは顔をしかめた。

「……確かに手紙の内容は彼に一任したけれど、もう少しちゃんとした書きようはあったでしょうに」

 深いため息をつきながら頭を抱えるユグラシア。どうやら手紙については想定外だったらしく、アリシアも物珍しそうな表情を浮かべていた。
 するとユグラシアは、気を取り直すかのように軽く咳ばらいをする。そして改めてマキトたちに笑顔を向けてきた。

「ひとまず中へ入りましょう。あなたたちと話したいことがたくさんあるの」

 その言葉を受け、マキトは改めて神殿を見上げてみる。その立派な建物から、やはり懐かしい気持ちを感じずにはいられなかった。

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