透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ

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第二章 ガーディアンフォレスト

049 アリシアの秘密

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 神殿の中へ招き入れられたマキトたち。ダイニング兼リビングとして使われている部屋にて、彼らはティータイムを楽しんでいた。
 瑞々しく甘酸っぱい森の果物。そしてユグラシアお手製の焼き菓子。それらをモシャモシャと美味しそうに頬張るマキトと魔物たちの姿に、ユグラシアは微笑ましい表情を浮かべている。
 マキトたちの様子に緊張の二文字はない。むしろそれは、久々に訪れたアリシアのほうが目立っていた。

「アリシア、少しはリラックスしてもいいんじゃない?」

 ユグラシアもそれに気づいており、仕方ないわねと言わんばかりに苦笑する。

「前はあなたもここで暮らしていたのだから、緊張する理由なんてないでしょう」
「そ、それはそうかもですけど……」

 ティーカップを持ちながら、アリシアが視線を右往左往させる。
 居心地が悪そうにしているわけでもないのだが、人様の家にお邪魔している感が物凄く出ていることも確かであった。

「あと敬語も。基本的には必要ないって言ってるじゃない。あ、マキト君たちも気にしなくていいからね」

 ユグラシアがそう告げると、マキトとラティがきょとんとした表情を向ける。

「……いいの?」
「失礼にならないのですか?」
「えぇ。私が自分からそう言ってるんだもの。むしろお願いしたいくらいよ」

 ニッコリと笑顔を見せるユグラシア。いいのかなという疑問こそあるが、断る理由がマキトたちにないのも、また確かではあった。

「分かったよ。でも、呼ぶときってどう呼べばいいんだ?」
「普通に『ユグラシアさん』でいいわよ」
「うーん……」

 気さくに提案してきたそれに、マキトは悩ましげな表情で唸る。

「なんか呼びにくいから――『ユグさん』でもいい?」
「あ、わたしもそう呼びたいのです。正確には『ユグさま』なのですけど」

 マキトに続いて提案してくるラティに、ユグラシアは一瞬きょとんとするが、すぐにクスッと笑い出す。

「えぇ。あだ名くらい構わないわ。なんなら『お母さん』とかでもいいわよ?」

 おどけた感じを見せるユグラシアだったが、マキトとラティは言葉を詰まらせるかの如く唸り声みたいなのを出し――

「それは流石にどうかと思う」
「ですよねぇ」

 少しだけ引きつった表情でそう言ったのだった。いきなり何を言い出すんだという無言の訴えを込めて。

「分かってるわ。冗談よ」

 ユグラシアも軽い口調で返すが、アリシアは少しだけ違和感を覚えた。
 果たしてこの人はこんな冗談を言うような人だっただろうか――そんな疑問が頭の中を駆け巡って仕方がない。

「そういや、アリシアってここで暮らしてたんだよな……」

 マキトがクッキーを手に取りながら、不意に思い出した。するとユグラシアが、果物の皮をむきながら頷く。

「えぇ。アリシアがまだ赤ちゃんだった頃から、私が面倒を見ていたのよ」
「ってことは――ユグさんがお母さんみたいな存在ってこと?」

 その純粋な問いかけに、ユグラシアもアリシアも、ピタッと動きが止まる。場の空気そのものが硬直したと言っても、差し支えないほどだった。
 やがてユグラシアは、皮をむいていた果物をそのまま皿にそっと置く。

「そうね……そういうことになるかしら」

 語りながら視線を上にあげ、ユグラシアはその当時のことを思い出す。

「アリシアがここに運ばれてきた日のことは、今でも鮮明に覚えているわ」

 生まれてすぐに捨てられた子供だった。とある冒険者夫婦が保護し、紆余曲折あってユグラシアが引き取り、森の神殿で育てることが決まった。
 その時から既に、アリシアは強い魔力を宿していた。
 普通、体に溜まった魔力というのは、自然と体外へ放出される。汗をかいて熱を外へ逃がすのと似たような原理だ。
 しかしアリシアは、生まれつき魔力を放出することができなかった。
 つまり膨大な魔力が体の中に溜まる一方となり、そのせいで体調を崩すことも非常に多く、時には命の危険に陥ったこともあったという。

「……そっか。大変だったんだなぁ」

 話を聞いていたマキトが、しみじみと頷いた。

「今はフツーに元気な感じに見えるけど」
「えぇ。私が魔力を放出できるよう、訓練させたからね。今は魔力の循環も、すっかり落ち着いているわ」

 よほどのことがない限り、心配はいらない――ユグラシアはそう見ていた。
 それはアリシアも実感しており、今になってありがたいという気持ちが溢れて仕方がなかった。

「ユグラシア様がいなかったら、きっと私はすぐに死んでいたわ」

 ティーカップの中で揺れる紅茶を見つめながら、アリシアが語り出す。

「本当に……感謝してもしきれなくて」
「そんな大層なことじゃないわよ」

 ユグラシアは呆れたように苦笑する。

「可愛い子供の命を守り抜くのは大人の責務よ。だから私も、当たり前のことをしたに過ぎないわ」

 凛とした笑みを浮かべ、堂々とユグラシアは言い切った。その姿は確かな強さを秘めており、格好いいとすら思えてくる。
 しかしその後すぐに、ユグラシアは申し訳なさそうな表情を浮かべてきた。

「むしろ私が、アリシアに迷惑かけちゃったと思っているのよ。森の賢者って、周りから呼ばれているせいでね」

 魔法が使えないくせして、森の賢者に可愛がられている――そう言って嫉妬する者も多かったことは、ユグラシアも知っていた。
 しかし下手に口を出したところで、余計に拗れるだけなのは明らかだった。
 故にアリシアを励ますことしかできず、辛そうにしている後ろ姿を何度その目で見たかは分からない。
 むしろ、恨まれても不思議ではないとすら思っていたのだが――

「まぁ、今となっては昔の話ですよ」

 アリシアは苦笑しながら言う。強がっている様子は全く見られなかった。

「そりゃあ、辛い時も確かにありましたけどね。今はもう、こうしてそれなりにやり過ごすこともできてますし」
「――そう」

 ユグラシアは何かを噛み締めるように頷く。

「ホントいつの間にか、大きくなっていたみたいね」

 そうしみじみとする姿は、まさに『母』の姿そのものであった。よく分かっていないマキトでさえ、何かを感じたのだろう。笑みを浮かべているユグラシアを、ひたすらジッと見つめていた。

「どうかしたのですか、マスター?」
「あぁ、いや……」

 ラティに話しかけられて、マキトは我に返る。

「お母さんがいたらどんな感じだったのかなって……ちょっと思ってさ」

 そして思ったことを素直に答えた。するとユグラシアの表情が、どこか物悲しそうなそれに切り替わる。

「私でよければ、少しくらいなら話せるわ」
「えっ?」
「マキト君のご両親のことよ」

 ユグラシアは顔を上げ、マキトに視線を向ける。笑みこそ浮かべてはいたが、明らかに今まで見せていたのとは違っていた。
 しかしマキトたちは――アリシアでさえも、それに気づいていなかった。
 それだけユグラシアの放った言葉に驚いているのだった。

「俺の……両親?」
「えぇ。実際に会って話したこともあるの。だからそれなりに知っているのよ」
「――ちょ、ちょっと待ってください!」

 アリシアが慌てて割り込んだ。

「マキトは地球という異世界から来たんですよ? つまりマキトのご両親も、地球から転移されてきたってことですか?」
「そうじゃないわ」
「えっ?」

 そうじゃないとはどういうことだろう――ユグラシアの言葉に、アリシアはますます意味が分からなくなった。
 マキトは地球という名の異世界から来たのだから、彼の両親も必然的にそうなるということではないのか。
 そんな疑問が駆け巡る中、ユグラシアは重々しく口を開いた。

「逆なのよ……マキト君がこの世界から地球という世界に転移されたの」
「え? いやあの、そ、それってつまり……」

 アリシアがわたわたと戸惑いながら言葉を繋げようとする。マキトに至っては、完全にポカンと口を開けた状態であった。
 そんな彼の様子を一瞥し、ユグラシアは改めてハッキリと告げる。

「マキト君は正真正銘、この世界で生まれた子供ということよ」

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