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第二章 ガーディアンフォレスト
056 ブリジットの盛大な勘違い
しおりを挟むブリジットは険しい表情を向けていた。
目の前にいる少女こそが、探し求めていた親友だと思い込んでいる。もうそれ以外にあり得ないと言わんばかりに。
確かに、背格好や髪の色はほぼ同じであるが、断じてそっくりではない。
しかしある一点により、確定だと判断していたのだった。
「たとえどんなに姿を誤魔化そうとも、その魔力の質までは誤魔化せないよ。あたしが魔力の質を読み取れることは、アンタもよく知ってるでしょうに……」
ブリジットはこれ見よがしに大きなため息をつく。その姿はまるで、子供の悪戯を叱る母親のようであった。
「ほら、グズグズしてないで行くよ!」
手を差し伸べながら、声を荒げるブリジット。しかし少女は、全くもって意味が分からないと言わんばかりに、ただただ困惑していた。
「……あのぉ、誰かと間違えてませんか?」
かき混ぜ棒を握り締めながら、少女は恐る恐る問いかける。
「私は、メイベルとかいう名前じゃないんですけど……そもそもどちら様で?」
少女はブリジットに対し、完全に怯えている。
無理もないだろう。彼女からしてみれば、いきなり乗り込んできて知らない名前を呼びながら一方的に怒鳴りつける――それ以外の何物でもないのだから。
それでも彼女は、なんとか冷静さを振り絞っていた。
怯えているだけでは話にならない。きっと相手は誤解をしている。それを分かってもらうべく、弁明しなければと思っていた。
しかし――
「いい加減にしな! それ以上ごねるようなら、あたしも本気で怒るよ!」
ブリジットは聞く耳を持たなかった。再び怒鳴り散らされ、少女は驚くとともに困惑する。一体どうすればいいのだろうかと。
一方のブリジットは、失望したと言わんばかりに、視線を逸らしながら俯いた。
「流石のアンタも、変装してまで逃げようとするとは思っていなかったよ。お願いだからこれ以上は止めてよ! あたしを本気でガッカリさせないで!」
顔を上げて必死に訴えるブリジット。その目には涙が浮かんでおり、彼女が本気なのだということは分かる。
しかし残念ながら、目の前の少女に望む効果は得られていない。
ブリジットはそれに全く気づくこともなく、更に続ける。
「しかもよりによって、神聖な森の賢者様のお住まいでこんなことを……いくらなんでも場をわきまえなきゃダメでしょ! そんなことも分からないアンタじゃないでしょうが!」
「えっと、あの、その……」
少女はただ、ひたすら戸惑うことしかできなかった。
突然現れたエルフ族の少女は、間違いなく自分に対して怒っている。誰かと間違えていることは明白だが、何を言ったところで、彼女がちゃんと正しく聞き入れてくれるとは思えない。
そんな少女の予想は、残念ながら大当たりだと言わざるを得ない。
現に彼女は、少女の弁明を待つことなく、素早くガッと腕を強く掴んできた。
「とにかく行くよメイベル! セシィーやユグラシア様にも謝りなさい!」
「いや、だから私は――」
少女が何かを告げようと試みた瞬間、ブリジットは鋭い視線を向けてきた。
「いいから! さっさと来る!!」
「ちょ、ちょっとぉー!」
ブリジットに無理やり腕を引っ張られ、少女は情けない声とともに、そのまま部屋から連れ出されてしまうのだった。
かきまぜ棒が手から離れ、からぁんという音を鳴らす。その音がどこまでも空しさを感じさせる中、少女は無理やり長い廊下を歩かされるのだった。
その間、ずっと無言である。
少女は何かの間違いではと言いたかったのだが、ブリジットの気迫に負け、何も言葉を発することができなかった。
そして二人は、表の出口に通じる廊下に差し掛かった。
すると――
「あっ、ブリジット!」
角からセシィーが現れた。もう一人の親友の姿を見て、ブリジットは安心したような笑みを浮かべる。
「セシィー。ちょうど良かった。あたし、さっき――」
メイベルを見つけたと、ブリジットはセシィーに伝えようとした。証拠として連れてきた少女を前に差し出すべく、掴んでいた腕を引っ張ろうとしながら。
しかしその前に、セシィーが満面の笑みを浮かべてくる。
「聞いてください! わたくしが向こうで、メイベルを見つけましたよ!」
「――えっ?」
笑顔でそう告げられ、ブリジットは目を丸くする。
(ちょ、ちょっと待ってよ……メイベルを見つけたってどーゆーこと? あたしが今しがた見つけたんじゃなかったの!?)
そんな疑問が渦巻く中、セシィーの後ろから一人の少女が姿を見せた。
「ゴメンなさい、ブリジット。ついはしゃぎ過ぎてしまったの。後でユグラシア様にもちゃんと謝るから」
「メイベルも反省していることだし、これ以上は言わないであげましょう。折角の楽しい修学旅行を、嫌な気持ちで終わらせたくはないですからね」
謝罪の言葉に続いて、セシィーがブリジットを落ち着かせようと語り掛ける。
しかしブリジットの心は、かき乱されるばかりであった。
(えっ? 何で……いやだって、えぇっ?)
ブリジットは改めて、セシィーの隣にいる少女の姿に注目する。
ヴァルフェミオンの制服に身を包み、エメラルドグリーンのポニーテール。そして自分がよく知っている強い魔力。
間違いなくメイベルだ――ブリジットはそう判断した。
それについては何の文句もない。メイベルが無事に見つかり、なおかつ神殿に迷惑が掛かってないのだから、尚更だと言える。
それとは別に、問題が一つあった。
ブリジットは恐る恐る、ここまで引っ張ってきた少女のほうを振り向く。
確かに髪の毛の色や背格好は殆ど同じだ。謎に思える部分も確かにあるが、どう見ても親友ではないことぐらい、少し冷静になれば分かるレベルだ。
「そんな……それじゃあ、あたしは……」
ブリジットはようやく気づいた。自分が盛大な勘違いをしてしまったことを。冷静さを失っていたが故に、無関係の少女を巻き込んでしまったことを。
「あ、ああ……」
体を震わせ、表情を青ざめさせ、ブリジットは掴んでいた腕をそっと放す。
そして――
「す、すみませんでしたあぁーーっ!!」
そのまま少女ことアリシアに向けて、勢いよく土下座をするのだった。
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