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第二章 ガーディアンフォレスト
057 アリシアの小さな一歩
しおりを挟む「私はアリシア。十四歳で【回復色】の錬金術師です。ヨロシクね」
改めてメイベルたちに自己紹介をするアリシア。とりあえず落ち着いて話そうということで、彼女が三人を錬金部屋に案内したのだった。
メイベルとセシィーはリラックスしていたが、ブリジットは少しだけ緊張している様子だった。それを察したアリシアは、ニッコリと笑みを浮かべ、優しい口調で語り掛ける。
「さっきのことなら、もう気にしなくていいよ。無事にお友達が見つかったみたいでなによりだね」
「う、うん。どうも……」
ブリジットは戸惑いながら頷き、改めてアリシアの容姿を見つめる。
(確かに似てるっちゃ似てるんだけど……)
断じてそっくりではない。冷静に見れば別人であることがよく分かるレベル。あの時はどれだけ冷静さを失っていたんだと、ブリジットは今になって恥ずかしく思えて仕方がない。
一方、ジッと見つめられているアリシアもまた、恥ずかしそうに苦笑する。
「ど、どうしたの? 私の顔になんかついてる?」
「えっ? あぁ、いや、そんな大したことじゃないんだけどさ」
ブリジットは慌てて手を振りながら言う。そこにセシィーが、クスクスと小さな声で笑みを零した。
「アリシアさんがメイベルに似ていることが、気になるんですよね?」
「え、いやその……はい」
図星を突かれて驚くも、ブリジットは潔く認めた。反論したところで追い詰められるだけだと、即座に判断したからである。
特にセシィーが相手であれば、まず逃げられないし勝てない。親友として、そこは断言できるほどだった。
そしてそれは、セシィーも自覚しているのだろう。
よろしいと言わんばかりに、満足そうに胸を張りながら頷いていた。
「でも、ブリジットが間違えるのも無理はないかもですよ」
セシィーが改めてアリシアに視線を向ける。
「アリシアさんには、強い魔力が宿っていますからね。しかも驚くことに、メイベルと魔力の質が凄く似てるんですよ」
「うん。そこなんだよね……」
疑問に思えてなりませんと言わんばかりに、ブリジットも強く頷く。
「ちゃんと集中して確認すれば違うってことが分かるんだけど……パッと感じただけだと見分けがつかないんだよね。まぁ、今となっては、見抜けなかった言い訳にしかならないんだけどさ」
「いえ、でも本当に魔力の質『だけ』はそっくりなんですよ。もしかして――」
セシィーは神妙な表情でアリシアを見る。
「アリシアさんは、メイベルと血縁があるのではありませんか?」
「そうだね。それならあたしも頷けるよ」
で、実際のところはどうなの――そんな問いかけを視線に乗せて、ブリジットもアリシアを見つめる。
「うーん……分からないっていうのが正直なところかな」
答え辛そうに苦笑しながら、アリシアは頬を掻く。
「私、生まれてすぐに捨てられたみたいでね。本当の両親がいるかどうかも、分かってないんだ」
「……そうだったのですか。さぞかし大変だったのでしょうね」
「まぁ、それなりには……でもユグラシア様のおかげで、こうして元気に生きることができてるのよ」
セシィーが切なそうな表情を見せると、アリシアが気にしないでという意味を込めて軽く手を振る。
ここで、無言のままジッと何かを考えていたメイベルが、口を開いた。
「アリシアって、魔力はあるのに魔法が使えないってことだよね?」
その問いかけに他の三人が視線を向ける。それがどうかしたのかという、無言の問いかけを乗せて。
するとメイベルは、神妙な表情で顔を上げてきた。
「魔導師の名家とかだと、まず間違いなく厄介者として見なされるよ。魔法が使えない子供が産まれたと分かれば、それだけで恥の塊だとされる。ちゃんと生まれなかったことにして、人知れずその赤ちゃんを捨ててしまうケースもあるって、お祖父ちゃんから聞かされたことがある」
「まさか……アリシアもそれだっていうの!?」
驚きを隠せないブリジットに、メイベルは真剣な表情で頷いた。
「私の家も例外じゃない。本家や分家を問わず、そーゆーことをしてきたのは間違いないからね。あり得ない話じゃないよ」
つまりアリシアは、メイベルの実家の血縁者であり、魔法が扱えない役立たず扱いされて捨てられたかもしれない――それがメイベルの言いたいことであった。
矛盾する部分は見当たらず、まさに辻褄が合う話そのものと言えた。
「……私とメイベルに血縁が?」
「魔力の質ってのは、遺伝が基本だからね。まずはその可能性を疑うべきかな」
戸惑いの表情を向けるアリシアに、メイベルが小さく笑う。こうして見ると、確かに姉妹か親戚のようだと、ブリジットとセシィーは同時に思っていた。
「とは言っても――」
ここでメイベルは、肩を大きくすくめながら、明るい声を出す。
「気にしたところでどうなるって話でもあるけどねぇ」
『あー……それね』
ブリジットとセシィーの声が綺麗に重なった。
「これで、アリシアがメイベルの実家と何かあるっていうんならともかく――」
「本当に何もないのであれば、考える理由もなくなりますものね」
二人の言うことは、実にもっともである。少なくともこの十数年間、アリシアもメイベルも、己の出生について深い話を聞いたことはなかった。
せいぜいアリシアが、ユグラシアから捨てられていた事実を知った程度であり、それが魔法の名家と関係しているかもしれないとは、今まさにメイベルたちとの会話で初めて発覚したことである。
つまり、互いに気にしなければ、どうということはない話なのだ。
いくら血縁があるかもしれないとはいえ、アリシアとメイベルは今日が初対面。立派な他人同士もいいところである。
少なくともメイベルからしてみれば、こんなところで血縁者かもしれない女の子と出会えるなんてラッキー、程度にしか思っていない。それ故にヘラヘラと気楽に笑えているとも言えた。
更に言えば――
「ただでさえ普段は、あのヴァルフェミオンの島にいるワケだからね。むしろこうしてアリシアと出会えたこと自体が、奇跡なレベルなんだよ」
『確かに』
またしてもメイベルの言葉に、ブリジットとセシィーが同時に頷いた。
これに関しては、アリシアも同意ではあった。普段はこの森で、ヴァルフェミオンとは無関係の生活を送り続けている。
しかし――
「それこそ、ヴァルフェミオンがアリシアをスカウトでもしない限り、今後も二人が交流する機会もないか」
ブリジットがそう言った瞬間、アリシアはドキッと心臓が跳ねた気がした。
アリシアに魔法が使えないことは明らかであるため、普通に考えればそれは奇跡もいいところと言える。だからこそあり得ない――そういう意味を込めての発言であることは、もはや考えるまでもなかった。
それ故にアリシアは、いたたまれない気持ちでいっぱいだった。
先日、その奇跡が舞い込んできてしまったからだ。
その事実を明かす勇気は、まだアリシアの中にはなかった。言ったところで信じてもらえるかどうかというのもあるし、まだちゃんと決断すらできていない。
彼女の中に大きな迷いがあった。有り体に言えば不安なのだ。
森で暮らしていた環境とは何もかも違う――そこに飛び込んで、果たして暮らしていくことができるのか。
本当はそれすらも言い訳なんじゃないかとも思えてくるし、考えれば考えるほど頭がこんがらがってくる気もする。
ひっそりとアリシアがため息をつこうとしたその時、メイベルが口を開いた。
「スカウトっていえば、ブリジットもそうだったよね?」
あっけらかんとした口調でそう言った。本当にたまたま思い出しただけであり、特に他意はなかった。
しかしアリシアにとっては、十分に興味深い内容であり、無意識にしっかりと耳を傾けていた。
「正直、私が無理やり引っ張り込んじゃったかなーって思ってたんだけど……」
「アハハッ、まぁ確かにねぇ……あの時はちょっぴり参ったよ」
「あぅ」
やっぱりかと、メイベルは項垂れる。
幼馴染の親友と一緒に学園生活を過ごせる――ただそれだけを嬉しく思い、当の本人の気持ちを全く考えずに、押しに押して学園に引っ張り込んだ。最終的にはブリジット自身が決断したこととはいえ、メイベルの押しに負けたと見られても不思議ではなかったのだ。
それを思い出し、メイベルは今更ながら申し訳なく思う。ブリジットの反応を聞いて余計にそう思った。
「でもね――」
しかしブリジットは責めようともせず、笑顔で言葉を続ける。
「あたしは飛び込んで良かったと思ってるよ。おかげで元々持っていた魔力を読み取る能力を伸ばせたし、今日もそれを発揮できたからね。まぁ……ちょっとしくじった感はあるけど」
アリシアに視線を向けながら、ブリジットは苦笑する。そこにセシィーが、優しくブリジットの肩に手を乗せてきた。
「それでも、ブリジットは本当に頑張ってますよ。わたくしが保証いたします」
「私も。むしろ私こそが保証するよ!」
負けじとメイベルも宣言する。付き合いの長さで言えば、圧倒的に自分のほうが長いんだと言いたいのが、よく伝わってきた。
「ハハッ、ありがとさん♪」
そんな二人の親友に、ブリジットは改めて嬉しさを覚える。これもまた、ヴァルフェミオンに飛び込んで良かったと思える部分なのは、言うまでもない。
「…………」
そしてアリシアは、そんなメイベルたちの姿に呆然としていた。
目の前にいる彼女たちが、とても遠い存在に思えたのだ。こんなにも強い絆で結ばれた存在など、いたことがなかったから。
(いいなぁ……)
アリシアは心の中で無意識に呟いた。細かい理屈などない。単純に彼女たちが羨ましく思えたのだ。
そして改めてメイベルを見る。
彼女と何かしらの関係があるかもしれない自分が、ヴァルフェミオンから特別枠としてスカウトされた。もしそれを受ければ、メイベルと同じ学び舎で生活を送ることとなる。
果たしてこれは偶然か。それとも運命の導きなのか。
あるいは――
「あ、あのっ!」
気がついたらアリシアは、声を出していた。三人の少女たちが振り向く。なんだろうという、素直な疑問を乗せて。
「実は、私――」
メイベルとの関係性は否定できない。もしかしたら想像以上に、面倒な展開になるかもしれない。
それでもアリシアは、小さな一歩を踏み出した。
小難しい理屈よりも単純な気持ちが勝る――ただ、それだけのことであった。
数分後――錬金部屋から、少女たちの驚きの声が沸き起こるのだった。
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