120 / 252
第四章 本当の親子
120 空白の二年
しおりを挟むそれは、今から十六年前のことだった――
とある冒険者夫婦が、生まれたばかりであろう赤子を保護し、ユグラシアに助けを求めてきた。赤子の体には大量の魔力が宿っており、生まれたての体ではとても耐えきれないレベルであった。
魔力を外に放出するのが最善の策。普通ならば汗をかくのと同じで、赤子だろうと自然にできるものだ。
しかし赤子の体は少し特殊であり、自分で放出するのが不可能だった。
放出できない魔力は体内に溜め込むしか道はなく、膨れ上がる魔力はみるみる体を蝕んでいき、すぐにでもなんとかしなければ命を落としかねないほど。誰かが強引に放出させる術がないこともないが、如何せん赤子の弱い体では到底耐えきれないものであることも確かだった。
冒険者夫婦は、赤子を助けてほしいと願った。
赤子は深き森の奥に捨てられており、とても人が立ち入るような場所ではないと語っていた。恐らく転送魔法か何かで遠くに飛ばしたのだろうと。
それがどのような事情の末だったとしても、生まれた子に罪はない。
理屈なんてない。ただ助けたくて仕方がないからだと、冒険者夫婦の妻が、涙ながらに訴えてきたのだった。
それは、ユグラシアも同感であった。
森の賢者の名に懸けて、この赤子の命を救うことを誓った。
「――まずここで明かしておくと、その赤ちゃんがアリシアなのよ」
ユグラシアの言葉に、皆の視線がアリシアに向けられる。一方のアリシアは、複雑そうな表情を浮かべていた。
「つまり私は、生まれてすぐに捨てられたってことですか」
「そ、それはその……」
ため息交じりに放たれた冷たい言葉に、セアラがビクッと背筋を震わせる。
「私だって本当はそんな……いえ、もう何を言っても言い訳にしか……」
「お母さん!」
もごもごと口を動かすセアラをメイベルが制する。
「気持ちは分かるけど、今はユグラシア様からの話を聞こう? アリシアもね」
「そ、そうね。話を止めて申し訳ございません」
「……すみません」
セアラに続いてアリシアが落ち込んだ表情を見せる。ユグラシアはそれに対して優しい笑顔で頷いた。気にしていないから大丈夫というメッセージを込めて。
「話を元に戻させてもらうわね。魔力過多だった赤ちゃんのアリシアを救うのは、正真正銘の賭けだったわ。方法自体は、魔力スポットの魔力と霊獣の力を借りれば簡単だったけど、問題は体が耐えきれるかどうか――助かる確率をゼロパーセントから数パーセント上げる程度でしかなかった」
「それだけ、生まれたての赤ちゃんの体は弱いってことなんですね?」
「えぇ」
メイベルの問いかけにユグラシアが頷く。
「だけど奇跡は起きた。余分な魔力を取り除いたアリシアは命を取り留めた。けれど生まれたての赤子だけあって、その負担は相当だったの。そのままだと体力を回復しきれずに、命が燃え尽きる可能性も高かった」
命を取り留めたからめでたしめでたし――そんな甘い話ではなかった。奇跡一つで全てがひっくり返せるほど、世の中は決して優しくはない。
しかしそれでも、手がないわけではなかったのだ。
「そこで私は特殊な魔力を用いて、アリシアの時を止めた。体の成長を止めた状態で眠らせ、体に負担がかからないよう長い時間をかけて回復させた。自分で魔力を排出できるよう、特殊な治療をすることも兼ねてね」
アリシアの場合は、放っておけばいくらでも体に魔力が溜まってしまう。それを解消するには、時を止めるしかなかったのだ。
するとここでメイベルが、今の話に対して思うことがあり、苦笑する。
「……まるで超強力な麻酔を施して、大規模な手術をする感じですね」
「えぇ。言い得て妙だと思うわ」
むしろこれ以上ないくらいに的確な例えだと、ユグラシアは思う。アリシアが自分で魔力を輩出できるよう、魔力という魔力を総動員して、年単位での長い治療を施していたことに間違いはないのだから。
それも全ては、アリシアに元気で生きてほしいという、たった一つの純粋な願いからくるものであった。
「私の年齢がズレているのも、そーゆーことだったんですね」
アリシアは膝の上で拳をギュッと握り締める。
「そこまでして、私を助けてくれたなんて。ホント感謝してもしきれない……」
「私はただ、大人としての責務を果たしただけよ」
思いつめた表情を浮かべ出したアリシアに対し、ユグラシアは諭すように言う。
「別にアリシアだから助けたんじゃない。苦しんでいる子供を――ましてや生まれたばかりの赤ちゃんを、放っておくことなんてできなかった。森の賢者なんて肩書きは関係ない。一人の大人として、あなたを助けたくて仕方がなかったの」
「ユグラシア様……」
顔を上げるアリシアは、改めてユグラシアの優しい表情を見る。幼い頃から当たり前のように見てきたその笑みが、今になって途轍もなく大きくて暖かくて、偉大という言葉を軽く通り越してしまうような感じがしていた。
こんな凄い人に、自分は育てられてきたのか――アリシアはそう思い、自然と笑みが浮かぶ。
それが誇りであることに、当の本人はまだ気づいていなかった。
「アリシアが無事に目覚めたのも、それだけアリシアが丈夫だったからこそよ」
紅茶のお代わりを注ぎながらユグラシアは言う。
「まさか、たった二年で無事に目覚めるとは、私でも思わなかったもの」
目覚めるまでに何年かかるかは、アリシアの体次第であった。
治療を施しながら生き永らえているだけでも奇跡。五年や十年かかったとしても何ら不思議ではない。むしろそれぐらいは当たり前だと思うべきだろう――ユグラシアはそう覚悟していたのだ。
確かに二年というのは、時間的にも決して短くはない。それでも予想よりも大分早い目覚めに、当時はとても驚かされたものだった。
――諦めなくて本当に良かった。この子は間違いなく強い子に育つ。
そうユグラシアは確信し、アリシアを自分の手で育てることを決心した。
長年、一人で森の神殿に暮らし続けていたユグラシアにとって、新たな人生が始まったも同然となったのだった。
「アリシアは無事に、魔力の排出が上手くできるようになり、何事もなく元気に成長していった。ちなみにだけど――」
ユグラシアはここで、マキトに視線を向ける。
「アリシアが四歳くらいになるまでは、マキト君とも一緒に遊んでたのよ?」
「え、そうだったんですか!?」
初めて明かされた事実にアリシアは勿論のこと、マキトたちも目を見開いた。
「俺とアリシアって、そんな前に出会ってたんだ……」
「それはビックリなのです」
ラティの隣では、ロップルやフォレオも顔を見合わせつつ、周囲の様子をキョロキョロと伺う。そんな二匹に、ノーラの手がニュッと伸びて捕まった。
「キュウッ!」
『なにすんのはなしてー』
「ん。ノーラもちょっと混乱してる。だからモフモフする」
「キュウゥー」
『やーっ』
逃れようとジタバタもがくロップルたちだったが、既にノーラがしっかりと抱きとめているため、それは叶わない。それはそれでいつもの光景であるため、マキトやユグラシアも指摘することはなかった。
本当に心から嫌がっているわけではないということは、分かっていたからだ。
現にロップルもフォレオも、聞いてもらえないと分かるなり、もがくのを止めて大人しくなった。その際にノーラがわずかに勝ち誇った笑みを浮かべたのだが、それに気づいた者はいない。
「つまりマキトとアリシアは……幼なじみ?」
二匹の柔らかい感触を堪能しつつ、ノーラが尋ねる。確かに事実上とはいえ、そういうことになるのだろう。
しかし当の二人は、ピンと来ていない様子で顔を見合わせていた。
「って、言われてもなぁ」
「正直全く覚えてないからねぇ……」
二人が呟くと、ユグラシアはクスッと小さな笑みを浮かべる。
「それは無理もないわ。二人とも小さかったし、マキト君に至っては、物心がつく前の話だもの」
ユグラシアは紅茶を一口飲み、そろそろ話を元に戻すべく周囲を見渡す。
「まぁ、少し話が逸れちゃったけど、概ねこんなところかしらね。アリシアの実年齢にズレが生じた理由は、理解してもらえたかしら?」
「……はい」
メイベルが神妙な表情で頷く。ある程度の覚悟はしていたつもりだったが、まさかこれほどだったとはと、そんな気持ちでいっぱいだった。
「年齢のカラクリはよく分かりましたけど、それ以上に驚きが大きいです。アリシアがこうして生きていること自体が、奇跡の塊だったなんて」
「そうね。本当に……」
ここまでずっと沈黙を保っていたセアラが、ようやく口を開く。
「本当によく無事で生きて……ユグラシア様には、感謝の言葉もございません」
セアラは涙を流し、嗚咽を漏らす。嬉しくて仕方がないのだ。もうとっくに生きていないと思っていた娘が、元気に生きていてくれたから。
その気持ちは誰もが感じ取っていることであった。マキトでさえも、なんとなくながらアリシアと会えて嬉しがっているんだろうなと思い、小さく微笑ましそうにしているほどだった。
しかし――
(なんてゆーか……正直ここでそんなふうに泣かれてもなぁ……)
アリシアの反応はどこまでも薄く、表情は完全に無そのものであった。
0
あなたにおすすめの小説
お持ち帰り召喚士磯貝〜なんでも持ち運び出来る【転移】スキルで異世界つまみ食い生活〜
双葉 鳴
ファンタジー
ひょんなことから男子高校生、磯貝章(いそがいあきら)は授業中、クラス毎異世界クラセリアへと飛ばされた。
勇者としての役割、与えられた力。
クラスメイトに協力的なお姫様。
しかし能力を開示する魔道具が発動しなかったことを皮切りに、お姫様も想像だにしない出来事が起こった。
突如鳴り出すメール音。SNSのメロディ。
そして学校前を包囲する警察官からの呼びかけにクラスが騒然とする。
なんと、いつの間にか元の世界に帰ってきてしまっていたのだ!
──王城ごと。
王様達は警察官に武力行為を示すべく魔法の詠唱を行うが、それらが発動することはなく、現行犯逮捕された!
そのあとクラスメイトも事情聴取を受け、翌日から普通の学校生活が再開する。
何故元の世界に帰ってきてしまったのか?
そして何故か使えない魔法。
どうも日本では魔法そのものが扱えない様で、異世界の貴族達は魔法を取り上げられた平民として最低限の暮らしを強いられた。
それを他所に内心あわてている生徒が一人。
それこそが磯貝章だった。
「やっべー、もしかしてこれ、俺のせい?」
目の前に浮かび上がったステータスボードには異世界の場所と、再転移するまでのクールタイムが浮かび上がっていた。
幸い、章はクラスの中ではあまり目立たない男子生徒という立ち位置。
もしあのまま帰って来なかったらどうなっていただろうというクラスメイトの話題には参加させず、この能力をどうするべきか悩んでいた。
そして一部のクラスメイトの独断によって明かされたスキル達。
当然章の能力も開示され、家族ごとマスコミからバッシングを受けていた。
日々注目されることに辟易した章は、能力を使う内にこう思う様になった。
「もしかして、この能力を金に変えて食っていけるかも?」
──これは転移を手に入れてしまった少年と、それに巻き込まれる現地住民の異世界ドタバタコメディである。
序章まで一挙公開。
翌日から7:00、12:00、17:00、22:00更新。
序章 異世界転移【9/2〜】
一章 異世界クラセリア【9/3〜】
二章 ダンジョンアタック!【9/5〜】
三章 発足! 異世界旅行業【9/8〜】
四章 新生活は異世界で【9/10〜】
五章 巻き込まれて異世界【9/12〜】
六章 体験! エルフの暮らし【9/17〜】
七章 探索! 並行世界【9/19〜】
95部で第一部完とさせて貰ってます。
※9/24日まで毎日投稿されます。
※カクヨムさんでも改稿前の作品が読めます。
おおよそ、起こりうるであろう転移系の内容を網羅してます。
勇者召喚、ハーレム勇者、巻き込まれ召喚、俺TUEEEE等々。
ダンジョン活動、ダンジョンマスターまでなんでもあります。
異世界での異生活
なにがし
ファンタジー
役職定年を迎えた男が事故に巻き込まれケガをする。病院に運ばれ治療をしていたはずなのに、なぜか異世界に。しかも、女性の衣服を身に着け、宿屋の一室に。最低な異世界転移を迎えた男が、異世界で生きるために頑張る物語です。
最強の赤ん坊! 異世界に来てしまったので帰ります!
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
病弱な僕は病院で息を引き取った
お母さんに親孝行もできずに死んでしまった僕はそれが無念でたまらなかった
そんな僕は運がよかったのか、異世界に転生した
魔法の世界なら元の世界に戻ることが出来るはず、僕は絶対に地球に帰る
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
魔道具頼みの異世界でモブ転生したのだがチート魔法がハンパない!~できればスローライフを楽しみたいんだけど周りがほっといてくれません!~
トモモト ヨシユキ
ファンタジー
10才の誕生日に女神に与えられた本。
それは、最強の魔道具だった。
魔道具頼みの異世界で『魔法』を武器に成り上がっていく!
すべては、憧れのスローライフのために!
エブリスタにも掲載しています。
タブレット片手に異世界転移!〜元社畜、ダウンロード→インストールでチート強化しつつ温泉巡り始めます〜
夢・風魔
ファンタジー
一か月の平均残業時間130時間。残業代ゼロ。そんなブラック企業で働いていた葉月悠斗は、巨漢上司が眩暈を起こし倒れた所に居たため圧死した。
不真面目な天使のせいでデスルーラを繰り返すハメになった彼は、輪廻の女神によって1001回目にようやくまともな異世界転移を果たす。
その際、便利アイテムとしてタブレットを貰った。検索機能、収納機能を持ったタブレットで『ダウンロード』『インストール』で徐々に強化されていく悠斗。
彼を「勇者殿」と呼び慕うどうみても美少女な男装エルフと共に、彼は社畜時代に夢見た「温泉巡り」を異世界ですることにした。
異世界の温泉事情もあり、温泉地でいろいろな事件に巻き込まれつつも、彼は社畜時代には無かったポジティブ思考で事件を解決していく!?
*小説家になろうでも公開しております。
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。
死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。
命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。
自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる