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第四章 本当の親子
127 柵の向こうの狼さん
しおりを挟む「わあぁーーいっ♪」
「キュウッ!」
『まてまてーっ』
広い中庭を魔物たちが楽しそうに走り回っている。その後ろからマキトたちは、のんびりと散歩しながら見渡していた。
「庭っていうより、まるで公園だな」
「ん。ブランコとかあっても不思議じゃない」
苦笑するマキトにノーラも頷く。
「ノーラ的には巨大なグルグル回る滑り台があってもいいと思う。ついでに皆が遊べるように改良すればなお良し」
「うん。それってもう完全に公園だよね」
後ろからてくてくと付いていくアリシアも、思わず笑みを零してしまう。こうして三人プラス魔物たちと、のんびり散歩をするというのは、久しぶりというより殆ど初めてといってもいいような気がした。
(考えてみたら、ノーラと出会ってすぐだったもんね。私の留学が決定したのは)
ヴァルフェミオンへ行くことを決めてからは、それはもうバタバタしていた。準備に手間取っていたというのもあるが、やはり初めて森から出るという緊張を抑えきれないというのが大きかった。
この数ヶ月で少しは順応したとは思っているが、やはり故郷の森が恋しくなる時もたまにある。
弟や妹、そして可愛いペットのような存在と一緒に過ごすことも含めて。
だからこそアリシアは、今回の一時帰省を楽しみにしていた。
しかし――
(なんかもう、完全に水を差されちゃった感じだよねぇ、全く……)
もはやその原因は、言うまでもないだろう。今回の問題が飛び込んできてから、ひたすら気が重くなり続けている。
この屋敷に訪れたのも、メイベルが願い出てきたからこそだ。留学先で日頃からお世話になっている親友の実家に泊まりに行く――アリシアからすれば、本当にそれ以上でもそれ以下でもなかった。
故に、気合い入りまくりなセアラの様子が、余計に面倒だと感じてしまう。
セアラの気持ちも分からなくはない。十何年も後悔し続け、ようやくまたとないチャンスが訪れたのだ。必死さの一つや二つが出るのも普通に頷ける。
しかしそれでも、アリシアは思わずにはいられなかった。
(今頃になって名乗り出てこられてもなぁ。正直どうすればいいんだか)
言葉で表せばとてもシンプルな悩み。しかし考えても答えが出ず、思考の道が尽く袋小路に辿り着いてしまう。
自然と視線が地面の石畳に向けられる。そして再びため息が漏れ出ようとした、まさにその時であった。
「そういえば、今日一晩ここに泊まるってことだけどさ」
突如放たれた声に、アリシアが我に返る。視線を動かすと、マキトがさっぱりとした表情で振り向いてきていた。
「晩ご飯もここで食べるってことだよな?」
「え? あぁ、うん。そうなるね」
答えるアリシアは明らかな戸惑いを帯びていたが、幸いにもマキトはそれを気にも留めることはなかった。
「どんなご飯が出るんだろ? 豪華なご馳走だってメイベルは言ってたけど」
「ん。夜が楽しみ」
「だな」
ノーラとマキトが、二人揃ってワクワクした様子を見せる。その様子がどこまでも微笑ましく思えてならず、アリシアも自然と笑みを浮かべてしまう。
今は余計なことを考えるのは止めよう。この楽しい時間を大切にするのだ。
アリシアがそう思っていた時――
「マスターッ!」
ラティが慌てて飛んできた。いつの間にか魔物たちは先のほうまで駆け出してしまっており、ロップルやフォレオの姿は見えない。
妙な予感がしつつ、マキトが尋ねる。
「どうした? なんかあったのか?」
「向こうに狼さんがいるのです」
「狼?」
意味が分からず首を傾げるも、とりあえずその場所へ向かってみる。ラティに連れられて辿り着いたそこは、庭の端っこであった。
ロップルとフォレオが柵から少し離れた位置に立っている。
その視線の先――すなわち柵の外側には、一匹の大きな狼がいた。
「……確かに狼だな」
「ん。なかなかに大きくてふさふさ」
呆然とするマキトに、ノーラもコクリと頷く。
「あれは間違いなく魔物。首輪がついてるから誰かのもの」
「へぇー、そっか」
マキトが狼の姿をまじまじと見つめると、確かに首輪が見えた。それ自体は別に不思議とは思わないが、問題はどうしてここにいるかである。
「この屋敷のペットなのかな?」
「どうだろうねぇ。メイベルからそんな話は聞いたこともないけど……」
首を傾げるアリシアを尻目に、マキトは歩き出す。そしてジッと佇んでいる狼に近づいていった。
「マキト?」
呼び止めようとするアリシアの声にも反応することなく、マキトは狼の前でゆっくりとしゃがむ。
そしてそのまま互いに視線を交わし合い――
「ウォフッ」
狼が一鳴きし、マキトの前に頭を差し出すように近づけてくる。毛並みふさふさな頭をマキトはゆっくりと撫でまわす。
「――ハハッ。結構人懐っこいな、コイツ」
「ウォフ、ウォフッ」
その鳴き声は、なんとなく喜んでいるようであった。魔物たちやノーラ、そしてアリシアが、その光景に呆然とする。
「はは……相変わらずなんだね、マキトってば」
誰かのペットらしき魔物でさえも手懐けてしまうマキト。数ヶ月ぶりでもそれは健在なのだと、アリシアは改めて思い知る。
狼は撫でられながらも鳴き声を出す。まるで何かを話しているかのようであり、ラティがふんふんと頷いていた。
「狼さん……様子を見に来た、とか言ってるのです」
「――ウォフッ!?」
聞き取った内容をそのまま呟くラティに、狼が反応する。そしてマキトからパッと飛び退くように離れ、そのまま踵を返して走り去ってしまう。
「あ! おい、ちょっと!」
マキトが手を伸ばしながら声をかけるも、狼は林の中へと姿を消す。そのまま戻ってくる様子はなかった。
「……行っちゃったのです」
「何だったんだろ?」
立ち上がりながら、ラティと一緒に狼が消えた林を見つめる。あからさまに妙な感じはするが、今はそれ以外に分かることはない。
そこに――
「あ、いたいた。おーい、みんなー!」
メイベルがマキトたちを見つけ、手を振りながら駆けてきた。
「美味しいクッキーと紅茶の準備ができたってさ。皆で食べようよ!」
「クッキーっ!?」
ラティが即座に反応し、表情を輝かせる。
「わーい、おやつなのですー!」
「キュウキュウーッ♪」
『おやつー♪』
ロップルとフォレオもつられて喜ぶ。もう既に狼のことは、記憶から吹き飛んでしまっているようであった。
改めてチラッと林のほうに視線を向けてみるが、やはり狼はいなかった。
(ま、別にそんな気にすることでもないか)
そう結論付けたマキトは、今度こそ林から完全に視線を逸らす。そしてアリシアや魔物たちとともに、メイベルに連れられて屋敷に戻っていくのだった。
――がさっ!
林の陰から狼がのそっと姿を見せる。隠れながらマキトたちが去りゆく姿を、鳴き声一つ出さずに見つめていた。
狼はそのまま踵を返し、今度こそ林の奥へと姿を消していった――
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