透明色の魔物使い~色がないので冒険者になれませんでした!?~

壬黎ハルキ

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第四章 本当の親子

143 決戦!フェリックスの復讐劇

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 燃え盛る炎。立ち上る漆黒の煙。充満する焦げる臭い。それでも人々は希望を捨てようとはしなかった。
 なんとも美談なことだと、フェリックスは思う。
 こんなちっぽけな箱庭でしかない世界など、消えてなくなったところで大した被害は出ない。要するにその程度の価値しかないということだ。
 そんな場所を必死に守ろうとする姿は、実に滑稽だと笑い声が止まらない。

「クッ、何がおかしい!」

 ケタケタと笑うフェリックスに、老執事が顔をしかめる。着用している燕尾服は既にあちこちが破れ、焦げ跡や泥などでみっともなく汚れていた。
 まさにボロボロの状態。しかし老執事の目からは、光は消えていない。
 よろめきながらも立ち上がり、嘲笑とともに見下ろしてくるフェリックスを鋭い目つきで睨みつける。

「何度でも言う! こんな馬鹿げたことは止めろ! こんなことをしても、何もいい結果など生み出すことは――ぐはぁっ!」

 老執事は最後まで発言することなく、フェリックスの魔法に吹き飛ばされる。数秒前まで楽しそうに笑っていたその表情は、完全に無と化していた。
 それはもう、心の底から面白くないと言わんばかりに。

「ジジイの説教なんざ聞き飽きてんだよ、バァカ」

 吐き捨てるように言い放つフェリックス。その口調は、これまでに見せてきた姿とはまるで別人のようであり、その光景を見ていたセアラやユグラシアでさえ、目を疑ってしまう。

「フェ、リックス……あなたは……」

 理解できないセアラは、なんとか喉の奥から声を絞り出す。しかしそれも、当の本人からすれば、くだらない茶番にしか見えなかった。

「もう少し遊べるかと思ってたんだけど……なんかもういいや。全部吹き飛ばす」

 まるで子供が玩具を放り捨てるような態度で、フェリックスは右手をかざす。そこには膨大な魔力が集まり出し、それが一気に解き放たれればどうなるか、魔導師でなくとも考えるまでもない最悪な結果が見えてくる。
 フェリックスの表情に迷いはない。彼はやると決めたら必ずやる。
 それが分かるだけに、セアラも当主として、このまま黙って見ているわけにはいかなかった。

「止めなさい、フェリックス!」

 必死に叫ぶセアラの声に、彼は視線だけを向ける。その目はどこまでも冷たく、氷柱のような鋭さを誇っていたが、セアラは臆することなく、真正面から強い視線をぶつけていく。

「この屋敷や人々を傷つけるのはもう止めて! どうしても攻撃したいなら、この私だけにしなさい。当主の私を倒せば、乗っ取りは十分成立するわ!」

 しっかりと地に足をつけ、顔を上げて胸に手を添え、表情を引き締める。もうセアラの中に戸惑いは見られなかった。

「セアラ様……」

 ユグラシアに支えられ、老執事は起き上がる。既に護衛の兵士たちは軒並み倒されてしまい、セアラやユグラシアを除けば、戦えるのは自分だけの状態だった。
 なんとも情けないと悔しくなる。若造を相手に振り回された挙句、本来ならば後ろに下がらせるべき当主を、前に出させてしまった。
 自分が犠牲になる――そうセアラは断言した。
 そこに秘められた覚悟に偽りはない。長年仕えてきたからこそよく分かる。
 しかし――

「プッ、クハハハハ……アーッハッハッハッハッハッ♪」

 フェリックスは噴き出し、そして心の底から愉快そうに、大声で笑い出した。

「の、乗っ取りって、僕がそんなことすると思って……マジでウケるし♪」

 文字どおり腹を抱えて笑いまくるフェリックス。後ろ姿しか見えないが、恐らく当主は唖然としているのだろうと、老執事は思っていた。
 老執事は、フェリックスの反応に対し、さほど驚きを示していない。
 薄々予感はしていた。セアラの言葉が彼に全く響いていないと。どんな言葉をかけたところで意味を成すことはないと。
 無理もない話だ。自分たちの知っている彼は、何もかも偽りだったのだから。
 偽りだったという話こそが、紛れもない真実であった。それをセアラは、表向き受け入れている姿勢を見せていたが、心の奥底では納得しきれず、なんとか説得を試みようと考えている可能性は否定できなかった。
 その予感は、見事的中したと言えるだろう。
 長年仕えてきた老執事からすれば、それもまたセアラのいいところだと評価し、笑顔で頷きたくもなる。彼女の心優しい人柄に対する評判は確かなのだ。
 しかし、現状においては、立派な悪手もいいところである。
 もはやフェリックスに言葉は通じない。
 本当ならば自分の手で引導を渡してやりたかった。
 たとえ偽りの姿だったとしても、執事長として見習いだった彼を、毎日厳しく指導してきたのだ。それでも気づくことができず、こうしてセアラを苦しめる結果を作り出してしまっている。
 彼を傍で見ておきながら、まんまと野放しにしてしまった。
 情があるからこそ、この手で容赦なく正義の鉄槌を下してやりたかった。
 それでも老執事はボロボロになりながらも、彼を説得し続けた。全てはセアラのためであった。
 ――彼を止めて! 話せばきっと分かってくれるわ!
 そんな当主の悲痛なる叫びを、老執事は聞かないわけにはいかない。たとえ勝ち目のない勝負であろうと、挑み続けるしかない。
 そんな自分の姿も、さぞかし滑稽に見えたことだろう――未だ大声で笑い続けるフェリックスを見上げながら、老執事は悲しそうな表情を浮かべた。

「そもそもさぁ。アンタは最初っから勘違いしてるんだよ。まだ分かんないの?」

 ニンマリと見下した笑みを浮かべながら、フェリックスはセアラに言う。

「僕は当主の座に興味なんかない。ただ復讐したいだけだからね!」
「復讐……」
「そ。アンタたちに殺された父さんの無念を、息子であるこの僕が晴らすのさ」

 フェリックスの言葉に偽りはなかった。ここでどれだけの命が消えようが、どれだけの物が壊れようが、彼からすれば知ったことではない。
 敢えて言えば、全てが壊れ全てが消えてこそ、彼の復讐は完遂される。
 だからこそセアラの説得に、耳を貸す理由などありはしない。どれだけ必死に呼びかけようと、くだらない『声』でしかない。
 セアラも決して馬鹿ではない。彼女もそれくらいは察していた。
 しかしそれでも彼女は、フェリックスに呼びかける。ほんの一滴の奇跡が起こることを信じて。

「止めなさいフェリックス。復讐は何も生み出さないわ! ただ空しいだけよ」
「ハハッ、この期に及んでまだそんなことを」
「何度でも言うわ! いつもの心優しいあなたに戻るまでは……」
「だーかーら、それは偽りだっつってんだろうが。頭湧いてんじゃねぇの?」

 フェリックスの笑みは蔑みに加え、呆れも生まれてきていた。もはや完全に口調も変化しており、それがセアラの動きをピタリと止める。

「何も生み出すことなんざハナッから期待してねぇし、空しさも上等だ。それくらい分かってんだよ。バカじゃないんだから」

 笑みが消え、冷たい表情と化すフェリックス。淡々と話す言葉の一つ一つが、セアラの心を突き刺していく。
 何かを呼び掛けたいのに言葉が出ない。セアラは口を開けたまま、ただ黙って彼の言葉を聞くことしかできない。
 そんな彼女の心情を、フェリックスも察していた。
 故に失望する。自分の復讐する相手がこんなにも情けなかったのかと、馬鹿馬鹿しい気持ちが溢れかえる。
 しかしそれでも彼は止まらない。その理由は、至ってシンプルであった。

「そうでもしないとやってられない――ただそれだけの気持ちなんだよ!」

 フェリックスは改めて、開き直ったかのように大きな笑い声を上げる。それはどこか狂気にすら思え、セアラも老執事も背筋をゾクッとさせた。
 それにより表情が少しだけ変わったのを、フェリックスは見抜いた。
 故にここで畳みかけてやろうと、彼はニヤリと笑みを浮かべ、セアラをまっすぐと見据えた。

「大体、空しさで言ったら、アンタも同類だろう?」
「えっ?」
「周りに逆らえずに娘を捨てて後悔し続け、そのまま何もせずに十数年。満を期して再会した娘とも寄り合えず、気持ちばかりが空回りし、遂には下らない自作自演にも手を出してしまった――これを空しいと言わずしてなんと呼ぶ?」
「――っ!」

 セアラは息を飲む。そんな彼女に対してフェリックスは、大きく肩をすくめた。

「所詮アンタも、単なる独りよがりな、哀れな母親でしかなかったってことさ」

 その言葉にセアラは震えるが、言い返したくても言い返せなかった。それを察したフェリックスは、更に楽しそうな表情で人差し指を立てる。

「少しはメイベルを見習ってみたらどうだい? 彼女は『姉』に対して真正面から接したことで、姉妹としての絆を自らの手で掴み取ったんだ。こざかしい手を使うことしか考えないアンタとは、まるで大違い。本当に笑えてくるよ。ハハッ♪」

 もはや言われ放題のセアラ。しかし涙目になるばかりでだんまりであった。
 言い返したところで、即座にカウンターされるだけだ。それが分かっているからこそ口を開けない。
 どこまで自分は情けない母親の姿を晒さなければならないのだろうか。
 ただ、自分を見てほしかった。お母さんと呼んでほしかった――望んだのは本当にそれだけだったというのに。

(ならばせめて、この命とともにフェリックスを!)

 セアラが涙を拭い、決意を固めたその瞬間――強大な魔法が飛んできた。

「ぬっ!」

 フェリックスは即座に集めていた魔力を展開してシールドを張る。それによって直撃は難なく免れた。
 しかし余波による衝撃には耐えきれず、彼はその場から吹き飛ばされていく。

「そこまでにしてもらうよ。たとえ愚かな母親でも、死なせたくはないからね!」

 勇ましい声にセアラが振り返ると、そこには仁王立ちしながら表情を引き締める娘が立っていた。

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