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第五章 迷子のドラゴン
181 幕間~とある魔族王子の奮闘・森へ~
しおりを挟む「ここがユグラシアの大森林か」
ドラゴンに乗ること数日――カイは何事もなく、目的地に辿り着いていた。
早速、旅の相棒であるドラゴンを広場の一角で休ませ、散策を始める。まずは森の雰囲気を掴むことに決めた。
(ふぅむ……なかなかいい場所だな。冒険者ギルドこそないが、冒険者の姿もたくさん見られる。そして村の人々との関係も、なかなかに悪くはないようだ)
オランジェ王都とは大きく違う環境でありながら、カイは森の雰囲気を、早々に気に入りそうになっていた。
(なによりドラゴンに乗ってきた私を、普通に歓迎した点は素晴らしい。最初に驚かれこそしたが、あとは特になんともなかったからな)
ドラゴンライダーが定期的に出入りしている――そんな情報も事前に聞いてはいたのだが、それは本当だったのだと、カイは改めて認識する。
村の子供たちも魔族である彼が珍しいのか、興味津々で話しかけてきた。
カイはそれに笑顔で応える。ドラゴンライダーではないけれど、ドラゴンを相棒に持つ冒険者ではあることを明かすと、子供たちは「スゲー!」と目をキラキラ輝かせながら、笑顔を見せた。
(エルフ族を中心に、人間族や魔人族の姿も見られる、か……)
それぞれの外見的特徴は大きく違えど、関係なく楽しそうに談笑したり、冒険者としてパーティを組む姿も、あちこちで見かけた。
大人も子供も、種族の違いを気にしている者はいないように思えた。
(昔は各種族ごとの暮らしの違いが目立っていたが、今はもう殆どそれも見られなくなってきている。時代の変化は、この森にもちゃんと表れているらしい)
カイは王族として育ってきた。父親である国王の後釜に付くために、国の情勢についての勉強も厳しく執り行われてきた。
それがすっかり癖となって、今もこうして森の村の様子を観察している。
他国どころか、そもそも国ですらない村だが、そこらの国よりもよっぽどいい場所に値する――それがカイの中での、大森林の村の評価であった。
(――おっと。そんなことよりも、ここに来た目的を果たさねばだな)
観察することに夢中となり、ついつい忘れかけていた。
妹が好意にしている――と思われる――魔物使いの少年が、この森のどこかで暮らしているはず。その者を見つけ出して話をし、この目でその人となりをしっかりと見極めなければならない。
これは自分に課せられた使命なのだと、カイは気合いを入れる。
オランジェ王国の王子として、王女である妹が世話になったのだから、そうするのは自然なことだと、自分で自分の考えに納得する。
(まぁ、妹が悪い男に引っかかってないかどうかを確かめたいという気持ちも、ほんの少しばかりあると言えばあるが……あくまでそれは、ほんのついでだ)
それは心の中の言葉であり、誰も聞いてはいない。なのにカイは、心に刻み込むかのように「ついで」という言葉を強調した。
あくまで王子としての務めを果たす――そう思い込みたいのは明白だ。
むしろ最後の心の呟きこそが本音中の本音だろうと、誰かがそうツッコミを入れたとしても、断じて彼は認めない。
(さて、そろそろ情報収集を行うとしようか)
ちょうど目の前に、パーティで集まって談笑している冒険者たちがいる。まずはその者たちに話しかけることにした。
「済まない。少しばかり尋ねたいことがあるんだが――」
カイは何人かの冒険者、そして村の人々にも話を聞いて回った。
見たこともないような可愛らしい魔物を連れている、十歳から十四歳前後の魔物使いの少年――事前に掴んでいる情報は、たったのこれだけであった。
魔物使いも決して少なくはない。これは骨の折れる聞き込みになりそうだと、カイは気を引き締めた。
(リスティの未来のためにも、私は最後まで諦めるワケにはいかない!)
彼の頭の中は、もはや完全に妹のことでいっぱいであった。そしてそれだけが、熱意を燃やす動力源にもなっている。
色々とおかしいことに、当の本人はまるで気づかない。
「――あぁ。それなら一人、心当たりがあるよ」
聞き込みを続けていくこと数十分。カイは遂に、めぼしい情報に辿り着いた。
しかし――
「数ヶ月前に【色無し】と認定された子でね。スライム一匹すらも、テイムできなかったんだよ。あれじゃあもう、冒険者としての未来は、閉ざされたも同然さ」
森で暮らす青年が、大きく肩をすくめる。嘘を言っているようには見えず、それからも他の人たちに聞いてみたが、概ね似たような情報であった。
(うーむ……流石に【色無し】はないだろうな)
森の中で一人、カイは切り株に座りながら考える。
(リスティが連れてきた竜の子供は、本当ならばその魔物使いの少年にテイムされたがっていたらしいんだよな。諸事情により、リスティが引き取って今に至るとのことだったが……)
ただでさえ人に懐きにくいと言われているドラゴン。その子供ともなれば、気難しさが二倍にも三倍にも膨れ上がる。
ドラゴンにおける一般常識の一つとして、カイはそう認識していた。
(スライム一匹テイムできないのに、竜の子供が懐くなど考えられん。この線は恐らく外れだろう)
そう思いながら、カイは大きなため息をつく。
(やはりここまで来たのは無駄足だったか? でもまぁ、かの有名な大森林を視察できたと思えば、それだけでも成果があったと言えなくもないか……)
ユグラシアの大森林については、一度しっかりと見ておきたいと、カイ自身も考えてはいたのだった。
思わぬタイミングでそれが訪れたのだと思えば、どうということはない。
(魔物使いの少年の件は、ひとまず置いておくことにしよう。折角だし、このまま森の奥まで探索でもしてみるか)
気を取り直して、カイは座っていた切り株から立ち上がった、その時だった。
「きゅ、い……」
がさっ、と茂みが揺れ動く音とともに、か細い鳴き声が聞こえた。何事かとカイが驚きながら視線を向けると、小さなフェレットの魔物が、力なく茂みの中から姿を現していた。
その魔物はカイのことを一瞬見上げ――パタリと倒れてしまった。
「…………」
カイは冷静な表情で凝視する。
もしもこれがヒトならば、理屈抜きに助けに向かっただろう。しかし相手が野生の魔物である以上、助ける義理はなかった。
(薄情かもしれないが、こーゆーのは無暗に手を出さないほうが正解だ。もしかしたら近くに、仲間が控えているのかもしれんからな)
そう思いながら、カイは倒れている魔物を素通りして、森の奥へと進んでいく。またもやか細い鳴き声が聞こえたような気がしたが、恐らく風に揺れる木の葉の音だろうと思うことにした。
ざっ、ざっ、ざっ――と、音を立てて歩く。
切り株のあたりから薄暗さが目立ち、もはや周りの景色も、同じような木々が並ぶ姿しか見えない。
自分は今どこを歩いているのか、どの方角へ向かって歩いているのか。
それすらも判断がつかなくなってきていた。
「これはどうなってるんだ……ん?」
途中、瑞々しそうな実が成っている木を発見した。枝の上では鳥の魔物たちが身を突いて食べている。どうやら毒の類ではなさそうであった。
その際に他の鳥がやってきて、居座っていた鳥たちと争いが始まる。やがて飛び出しながら暴れ出し、動かした翼が木の実にぶつかった。
鳥たちはそのままどこかへ飛んでいく。ゆらゆらと揺れていた木の実は、そのままプチッと枝から取れて下へ落ちた。
「っと!」
思わず手を伸ばして、落ちてきた木の実をキャッチする。まさかこんなことがあるとはと、カイは軽く驚いていた。
しかしそのまま食べる気にもならず、とりあえず手に持ったまま歩き出す。
しばらくすると、奥が少し明るくなってきた。
ようやく抜けたのかと思い、カイは安心感を覚えながらそこへ向かう。
すると――
「……どうやらお腹が空いて倒れているみたいなのです」
「病気とかじゃなかったのか。まぁ、良かったけど」
甲高い女の子のような声と少年のような声が聞こえてきた。そのまま気配を消して近づいてみようとしたが――
「キュウ?」
「ん。どしたの?」
白くてモフモフとした魔物らしき生き物が、先にカイの存在に気づいた。抱きかかえていた少女が振り向き、完全に視線が合ってしまう。
「……だれ?」
「ん?」
少女が反応したところで、頭にバンダナを巻いた少年や、小人サイズで背中に羽根を生やした女の子のような存在も気づく。
互いにそのまま呆然とし合う中――
「あ、どうも……こんにちは」
少年がペコリと頭を下げ、挨拶をしてきたのだった。
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