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第七章 魔法学園ヴァルフェミオン
238 嘆きの研究者
しおりを挟むヴァルフェミオンの地下は巨大な研究施設となっており、そこはまるで迷宮のようであった。
それを知る者はわずかなのだろう。皆、表の学園しか知らないからだ。
現に卒業生のエステルでさえ、知らなかったほどだ。
「こりゃあ、どこを進んでんのか、あっという間に分からなくなるな……」
進んでも進んでも同じような景色が続いており、ネルソンはうんざりとする。そうしながらも立ち向かってくる魔導師たちを相手にしており、流石は騎士団長と言ったところだろうか。
「おい、エステル! 本当にこっちで合ってるんだろう、なっ?」
魔導師の放つ魔法を軽やかに躱し、ネルソンは拳を相手のみぞおちに叩きこむ。
「――ぐほっ!」
喉の奥から息が噴射されたような声を出しながら、魔導師の一人が沈んだ。もはやここに来るまでに、幾度となく展開されてきた光景である。
「こんな入り組んだところで行き止まりにぶち当たったりでもしたら、マジでシャレにならねぇんだぞ?」
「大丈夫ですよ。方向感覚に関しては、僕ほど優れている人はいませんし」
「……自画自賛もいいところだな、テメェはよぉ」
それがエステルなりの場を和ませる軽く地であることは、ディオンもすぐさま理解はしていた。しかしここでそれを言うか、というツッコミも入れたかった。
どこまでもキャラがブレない――エステルらしいと言えばらしいが。
「この先で間違いないわ」
ユグラシアが真剣な表情で、魔法を放ちながら断言する。
「確実に神竜の気配が近づいている。このまま迷わず進みましょう!」
「了解です――っと!」
エステルも頷きつつ、器用に魔法を放ち、着実に魔導師に命中させている。ネルソンもそれを見て、これは負けられないと内心で意気込んでいた。
「どんな根拠があるのかは理解できねぇけど……ここは森の賢者サマのお言葉を、信じるっきゃねぇってなぁ!」
「ぐはぁっ!」
ネルソンの一撃が相手の魔導師を沈ませる。もはや現状は、三羽烏と呼ばれていた内の二人だけで、十分に事足りている感じであった。
後ろからの不意打ちに備えているクラーレは、未だ出番がなく、若干暇を持て余している状態であった。
「……ユグラシア殿の『神族』としての勘、というヤツですかな?」
「えっ?」
どうしてそれを、と言わんばかりにユグラシアが目を見開く。進みながら視線を向けてみると、クラーレがニヤリと笑っていた。
これも後ろから襲ってくる様子が、まるでないからこそである。
「ワシもこう見えて長く生きております故、ユグラシア殿に関する情報は、それとなく知っておるのですじゃ」
「……ジャクレンあたりにでも聞いたのですね?」
「ふむ、まさかこうもすぐにバレるとは」
驚きを示しているものの、クラーレの口調はどこかわざとらしい。彼もまた、場を和ませる茶目っ気を発動しているのだ。その点では、流石はエステルの元上司と言ったところだろうか。
あるいはジャクレンの知り合いだからこそ、とも言うべきなのかもしれない。
「――まぁ、いいですけどね。別に隠しているつもりはありませんし」
「ふむ、そうでしたか。てっきり秘密事項なのかと」
「そんなことはありませんよ。自分から明かすつもりがないだけですから」
「なるほど」
ユグラシアの言葉にクラーレが納得を示す。
その時――
「おい、じーさん! 何をのんきにお喋りしてんだよ?」
先頭を走るネルソンが、サッと後ろを振り向きながら声を荒げてきた。
「いくら後ろから来ねぇからと言って、ちょっと気が緩み過ぎてんじゃねぇか?」
「はんっ! まだまだ遅れを取るワシではないわ! お前さんこそ、調子に乗って足元をすくわれんようにな」
「……ホント変わんねぇよなぁ、その減らず口はよ」
ついつい懐かしい気持ちに駆られてしまい、思わず苦笑するネルソン。それでもやはり前方への注意は怠っていない。
おかげで現れた一人の魔導師にも、すぐに気づいたのだった。
「なんだよ、今度はたったの一人ってか? ならここは俺がサクッと――」
「待ってください、ネルソン!」
しかしエステルが、今まさに相手をしようと踏み出した彼を止める。そして彼を後ろから追い越すような形で、前に一歩出ていった。
「どうやらここは僕の出番のようです」
「あん? そりゃあ一体、どーゆーこった?」
そんなネルソンの問いかけに応えることなく、エステルは歩を進めていく。ある程度近づいたところで、相手の魔導師がローブのフードを脱いだ。
「お久しぶりです、エステル先輩」
「やはりあなたでしたか……マクシム!」
青年の声にエステルは目をスッと細くする。かつてヴァルフェミオンに在籍していた時に、何かと面倒を見ていた後輩が現れたのだった。
「――僕が知っている限り、キミはとても優秀な成績を収めていました」
エステルは鋭い視線を向けながら話しかける。
「てっきりどこかの国の王宮に勤めていると思ってましたが……」
「えぇ。予想もしてなかったでしょうね。まさかこんな日の当たらない場所で、この僕がこき使われてることなど!」
――ごうぅっ!
マクシムの周囲を魔力の風が吹き荒れる。そしてその表情は、完全に怒りを燃やしている状態であった。
そんな彼の態度を見て、エステルは即座に気づく。
「なるほど。大方、望んでいた進路に軒並み辿り着くことができず、この地下研究員として働く以外の道が残されていなかった……そんなところでしょうか?」
「そのとおりですよ! むしろドンピシャ過ぎて憎いくらいだ!」
ギラリ、とマクシムの目が鋭く光る。それに対してエステルは驚かず、むしろどこか悲しそうな表情をしていた。
それに気づくことなく、マクシムは睨みつけたまま語る。
「僕が就職活動を始めた時は、運悪く世界規模で不況に見舞われてしまった……おかげで王宮はおろか、どこの魔法研究施設でも内定が取れず、遂に進路が決まらないまま卒業式を迎えてしまったワケです」
「……その際、キミは僕にも連絡をくれましたね。就職先が決まらなくて、本当に困っていると」
「えぇ。しかしあなたは、簡単なアドバイスを書いた手紙一つ返してきただけ。僕の気持ちなんてちっとも理解してくれなかった!」
段々とマクシムは声を荒げてくる。それに対してエステルは、表情を変えることなく黙って耳を傾けていた。
「本当はこんな地下施設になんて来たくはなかった! けれど学園から、殆ど命令されるような形で連れてこられた。卒業後の進路が決まっていない学生を増やしたくないがためにな!」
遂に目から涙を零し始めるマクシム。己の感情が高ぶっているおかげで、周りがどんな表情をしているのか、まるで見えていない。
「どれだけ頑張っても、どれだけ血と汗と涙を流しても、僕たち個人の成果には決してならない。全部この学園が出したモノになってしまうからだ! おかげで何度惨めで空しい気持ちに駆られたことか!」
あくまで、数多くいる『学園の優秀な魔導師』の一人に過ぎない。それが我慢できない魔導師もまた、決して少なくはない。
マクシムも立派なその一人であった。
「こんなことをするためにここにいるんじゃない! けど……外に出たら行くところなんてないし……」
「おいおい、何をそんな弱気になるんだよ? 今からでも、どこぞの魔法業界に売り込みをかけたっていいじゃねぇか」
「――いえ、恐らくそれは難しいですよ、ネルソン」
「あん?」
エステルの言葉に、ネルソンは首を傾げる。しかし次に放たれる彼の言葉に、全て納得することとなった。
「このヴァルフェミオンの地下研究所が、機密扱いされているとしたら?」
「……そーゆーことか」
存在そのものが、外に決して漏れ出ないようにしている以上、外に出る関係者を制限させることは明白だ。同じ魔法業界への再就職を抑えさせることは、十分にあり得る話である。
そして恐らく、それは正解だろうとエステルたちは思った。
マクシムの表情が全てを物語っている――それこそが答えに等しいからだ。
「どうしてこんなことに……ヴァルフェミオンになんか、来るんじゃなかった」
マクシムは俯き、大粒の涙をボロボロと零す。
そんな彼の言葉を聞いたクラーレが――
「仮に、お前さんが王宮の魔導師として内定を取れたとしても、恐らく似たような泣き言を言っておったじゃろうな」
心の底から呆れ果てたような口調とともに、大きなため息をつくのだった。
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