駆け落ち男女の気ままな異世界スローライフ

壬黎ハルキ

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第三章 追放令嬢リュドミラ

第五十三話 消えたミナヅキ

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 ――ミナヅキが消えた。
 その事実が、アヤメの表情を動揺と怒りで満ち溢れさせる。
 割れて飛び散ったガラスを片付けながらも、彼女の表情は険しい。掃除を手伝うリュドミラは恐怖を感じていた。下手に声をかければ、こっちにも容赦なく飛び火してきそうだと、そう思えてならなかった。
 とりあえずの掃除を済ませ、落ち着きを取り戻せているようでいないアヤメに変わって、リュドミラが情報収集してくると言って外に出た。
 最悪の空気から逃れたい――そんな気持ちから来る行動だったのは、もはや言うまでもないだろう。
 朝の散歩がてらの挨拶を装って、リュドミラは町の人々に話しかける。
 しかし――

「え? 昨夜はいつもどおり静かだったけど?」
「何もなかったんじゃない? 昨夜もぐっすり眠れたし」
「昨夜は結構夜更かししてたんだけど、特に何もなかったと思うな」

 それが町の人々の答えだった。隠している様子も何もない、本当にありのままの答えであった。
 リュドミラは驚きを隠せなかった。あれだけの騒ぎが起こったにもかかわらず、町そのものはいつもどおりの平和だったというのだから。

「――というワケだったんだ」

 家に戻り、リュドミラはアヤメにこのことを伝えた。するとアヤメは、顎に手を当てながら考える。

「なるほど……ホントにアイツらは、ピンポイントでこの家を狙ったのね」

 時間が経過したおかげか、アヤメは幾分落ち着きを取り戻していた。それでも険しい表情が薄れる様子は見受けられないが、旦那が連れ去られたともなれば、無理もない話だとリュドミラは思っていた。

「この家は、町の端っこにあるから、余計気づかれなかったのかも」
「……そこも織り込み済みだったということかしらね」

 拳に軽く力を込めながら、アヤメが忌々しそうに言う。ここでずっと目を閉じて聞いていたラスカーが口を開いた。

「どうやら相手は、お嬢様を連れ戻す計画を、念入りに立てていたようですな」
「そうだね。やっぱり昨夜のヤツらは、メドヴィー王国の?」
「えぇ、恐らく隠密隊でしょう。闇魔法の使い手として、非常に優れていると聞いたことがあります」

 ラスカーの答えに、アヤメとリュドミラは更に表情をしかめる。

「厄介ね。不意打ちされたとはいえ、昨夜は全く手も足も出なかったし」
「あまりにも用意周到だったし、多分あたしはずっと前から狙われてたんだ。こんなことになるなんて……ホント申し訳ないよ」

 今にも泣きそうに表情を歪めるリュドミラに、アヤメが首を左右に振る。

「リュドミラは何も悪くないわ。今はそんなことより、ミナヅキを助けることを考えないと」
「……うん、そうだね」

 アヤメに諭され、リュドミラは小さな笑みを取り戻す。確かに今は泣き言を漏らしている場合ではない――そう強く思いながら。

「でも、どうしてミナヅキさんを? 最初からあたしを狙ったほうが、どう考えても手っ取り早いハズなのに……」
「簡単なことだわ」

 疑問を浮かべるリュドミラに、アヤメは冷静な声で言う。

「この家にいた中で、一番戦闘能力が低い人間を狙ったと考えるべきね。つまり相手はそれだけ、リュドミラの実力をよく知っているということよ」

 アヤメの考察に、リュドミラは表情を強張らせる。

「やっぱり、アレクサンドロフ家が?」
「私には分かりかねますが……可能性の一つとしては、十分あり得るかと」

 ラスカーの答えを聞いて、やはりかとリュドミラは思った。
 同時にロディオン絡みという線も考えた。しかしその可能性はどうにも低い気がしてならなかった。
 ロディオンからしてみれば、自分は王家の期待を裏切った忌まわしき存在となっているハズだ。とてもそんな人物を連れ戻そうとするとは思えない。ましてや人質を取るという大きな手間までかけて。

(あたしがまだメドヴィー王国にいる状態で、この事態が起きていれば話は別だったんだろうけど……やっぱりロディオンは無関係と見て良さそうかな?)

 そう自己結論するリュドミラ。まだ確実ではないが、それでも一つの可能性が潰せた気がして、大きな安心感を得ていた。
 アレクサンドロフ家だけでも面倒だというのに、この上ロディオンが関わって来るとなれば、更に一筋縄ではいかない展開になりかねない。
 ――そう考えたところで、はたとリュドミラは思う。

(でもなぁ……ロディオンは今、レギーナとくっついてる状態なんだよねぇ。となれば無関係でもズカズカ入り込んでくる可能性もあるか……いや、むしろそれが自然とすら思えてくるかも)

 やはり色々と面倒な展開は避けられないか――リュドミラが頭を抱えたくなる思いに駆られていたところで、アヤメが不安を込めた声を出す。

「それにしても、ミナヅキは大丈夫かしら?」
「恐らくはご無事でおられるでしょう」

 アヤメの言葉にラスカーが答える。その表情は確信を得ているかのように、しっかりとしていた。

「手紙を読む限り、ヤツらの狙いはお嬢様です。ならばミナヅキ様は、あくまで人質として連れていかれたに過ぎません。人質をそう易々と手にかけるなど、バカなマネをするとも思えませぬ。ただ――」

 ラスカーは少しだけ表情を重々しくさせる。

「それがいつまで持つかまでは……私にも分かりかねますが」

 その瞬間、リュドミラとアヤメの表情が強張った。うかうかしていたら、最悪の事態になりかねないということだ。
 リュドミラは表情を引き締め、勢いよく立ち上がる。

「あたし、すぐにメドヴィー王国へ戻る。ミナヅキさんを助け出さないと!」

 拳を握り締め、リュドミラは決意を固めた。

「メドヴィーへの船って、確かフレッドからの直行便があったよね?」
「はい。今から王都へ向かえば、まだ間に合います!」

 勢いよくリュドミラに尋ねられたラスカーも、強く頷いた。

「そうなると馬車が必要になりますな。すぐに探してきましょう」
「お願いね」
「はっ!」

 ラスカーは背筋を伸ばしてお辞儀をし、馬車を求めて家を飛び出していった。するとここでアヤメも、決意を固めた様子で立ち上がる。

「私も行くわ。同行させてもらえるかしら?」
「え、アヤメさんも?」

 驚きの反応を示すリュドミラに、アヤメはコクリと頷く。そして握った拳を小刻みに震わせながら、怒りを込めた口調で言った。

「私の愛する旦那に手を出したらどうなるか……この手で思い知らせてやるわ」

 リュドミラはそれを聞いて、思わず背筋がゾクッと震えた。

(こりゃ完全にブチ切れてるな……まぁ、それだけ旦那さんのことが心配ってことなんだろうけどね)

 表情を引きつらせつつも、そんなアヤメの気持ちも分からなくはなかった。もしこれが自分であれば、きっと同じようなことをしていただろう、と。
 そう思ったリュドミラは、笑みを浮かべながら頷いた。

「分かった。アヤメさんも一緒に、メドヴィーへ行きましょ」
「ありがとう。あなたたちの邪魔はしないから」
「うん!」

 こうして、アヤメもリュドミラたちとともに、メドヴィー王国へ向かうことが決まったのであった。
 ミナヅキは必ず自分の手で助け出す――手入れを済ませた愛用の短剣を、鞘にしっかりと納めながら、アヤメは心に強く誓っていた。


 ◇ ◇ ◇


「――んぅ」

 冷たい感触。布団にしてはやたら固い。そして身動きが思うように取れず、寝返りを打つことすらままならない。
 段々と意識がハッキリとしてくる。ミナヅキはゆっくりと目を開けた。

「…………ここは?」

 知らない場所だった。家具も何も置いていない、それこそベッドすらも置いていない狭い部屋。辛うじて小さな窓はあるが、鉄格子が仕込んであり、そこから日が差し込んできている。
 朝になったことだけは理解できたが、どうして自分がここにいるのかは、全く理解できなかった。
 そして――

「くっ……ふぎゃっ!」

 起き上がろうとするが、手足を縛られているため、そのまま転んでしまう。再び冷たい感触を味わい、更に痛みが追加され、ミナヅキは涙目で唸る。

「うぅ~」

 唸りながらもなんとなく思った。これは夢などではない、現実であると。

(一体何なんだ? 俺はどうしてこんなことになっている?)

 なんとか自分の恰好を見ると、それはいつも着ている寝間着であった。そして昨夜もそれを着ていたことは間違いなく覚えていた。

(昨夜は普通に家のベッドで寝たハズだ。そして起きたらこうなっていた……いやホント、マジでワケ分かんねぇし)

 苛立ちを募らせながらも、ミナヅキは改めて周囲を見渡してみる。

(少なくともここは俺ん家じゃなさそうだし……やっぱり俺、誰かに連れ去られてきたんだろうか? だとしたら、ここがラステカの町かどうかも怪しいぞ)

 とりあえずミナヅキは、連れ去られる理由を考えてみた。しかし全くと言って良いほど思い浮かばない。少なくとも、自分がこんな目にあう心当たりはない。それだけは自信を持って断言できるほどであった。

(ここにいるのは俺だけか……アヤメはどうなったんだ? まさか俺と一緒に連れてこられたのか? 無事でいると良いが……)

 この場にいない妻の状況を心配しつつも、ミナヅキは自分に置かれている状況が何も分からないことを不安に思う。
 すると、外から足音が聞こえてきた。そして窓のほうに影ができる。
 ミナヅキが見上げてみると、そこには人が覗き込んでいた。

「お目覚めのようだな」

 黒いマスクを被っており、目元以外は何も分からない人物が、くぐもった声で呼びかける。
 その声の低さに不気味感は否めなかったが、ミナヅキは負けじと睨みつける。

「誰だ、お前は?」

 ミナヅキは呼びかけるが、マスクの人物は何も言わない。

「答えろよ。俺にこんなことをして、一体何を考えてるってんだ?」

 苛立ちを込めつつ問いかけるが、やはりマスクの人物は反応を示さない。もう何も答えないのだろうと諦めかけたその時――

「お前は人質として、我々が連れてきた。リュドミラ嬢が来られるまで、そこで大人しくしていることだな」

 マスクの人物がそう答えた。そして言うだけ言って、その場から去った。

「なっ! おい、待てっ!!」

 ミナヅキは叫ぶが、足音はどんどん遠ざかる。そして何も聞こえなくなった。

「……ちぃっ!」

 ミナヅキは強く舌打ちする。もはや叫んだところで誰も答えない。余計に力を消費するだけだと悟った。
 とりあえず壁を背にして座り直し、改めて今の状況を見直してみる。

(俺を人質とか言ってたな。リュドミラの名前が出てたから、狙いは恐らくそっちで間違いないだろう。そうなってくると、ここは――)

 メドヴィー王国――その可能性が極めて高いとミナヅキは思った。彼女に用がある人物と、彼女の経緯からして、それ以外に考えられない。
 その一方で、アヤメも連れ去られてきてるのではという心配は、ひとまずしなくても良さそうだと考えた。
 人質なら一人だけで十分だからだ。ましてやアヤメは、自分に比べて戦闘能力が極めて高いため、わざわざ動きを封じて連れてくるだけでも一苦労だろう。

(自分で言うのもなんだが、戦闘能力は極めて低いほうだからな。そう考えれば、俺だけを連れてきたと考えるのが自然だ)

 とりあえずアヤメに危害が及ばなくて良かった――そう安心しつつ、ミナヅキは改めて自分の置かれている状況に対して、言いたいことがあった。

「……なんで俺が囚われのヒロインみたく、連れ去られなきゃなんないかねぇ?」

 その呟きに答える声はない。分かってはいたことだが、それでも呟いてしまったことに対し、途轍もない虚しさが襲い掛かってくる。
 情報も少なすぎて、とりあえず他に考えられることは思い浮かばない。

(しゃーない。こうなったら昼寝でもして、リュドミラが来るのを待ってるか)

 ミナヅキは開き直って、冷たい床にゴロンと転がる。投げやりな気分に陥っているせいか、このまま普通に眠れるような気にさえなっていた。
 すると――

(ん? 足音?)

 それも外からではなく中――つまり扉側から聞こえてくるのだ。
 またさっきの黒いマスクの人物が、自分にいちゃもんでも付けに来たのかと思いつつ、なんとか起き上がって待ち構えてみる。
 ガチャッ――解錠する音が聞こえ、ゆっくりと扉が開いた。
 そこに立っていたのは、ローブを羽織った人物だった。大きなフードを深く被っていて、顔は口元以外全く確認できない。
 少なくとも、さっき窓から覗き込んでいた黒いマスクの人物ではない。しかし怪しさ全開であることから、ミナヅキは敵対心を込めて睨みつける。

「何だよ? 用があるならさっさと言えよ」

 やや乱暴な物言いのミナヅキに対し、ローブの人物はニヤリと笑った。

「思ったより元気そうだね。ひとまずは安心したよ」
「――その声!」

 確かに聞いたことがある声だった。数ヶ月前、フレッド王都で大きな騒ぎの中心人物でもあったため、尚更ミナヅキは驚きを隠せない。
 ローブの人物はフードをゆっくりと捲る。

「やぁ、ミナヅキ。まさかこんなところで再会するとはね」
「ラトヴィッジ……やっぱりお前か」

 予想だにしていなかった人物の登場に、ミナヅキは大きく動揺していた。ラトヴィッジはのほほんとした様子のまま、部屋に入ってくる。
 一体何を企んでいるのか――ミナヅキは思わず顔を強張らせてしまう。

「そう身構えなくていいよ。僕はキミを助けに来たんだからさ」

 苦笑しながらも、ラトヴィッジはミナヅキを縛り付けているロープを、小さなナイフで切る。あっという間に拘束から解かれたミナヅキは、唖然とした表情を浮かべながら座り込んでいた。

「何をボサッとしてるのさ? とっととこんなところから脱出するよ。しばらくは起きないだろうけど、敵さんが全員眠っている間にね」

 立ち上がりながら呆れた表情を向けてくるラトヴィッジ。ミナヅキは数秒のタイムラグの後、ようやく反応することができ――

「お、おう……」

 なんとか頷きながら立ち上がり、閉じ込められていた部屋を出るのだった。
 そして薄暗い廊下を走りながら進んでいく。途中で黒いマスクに黒装束を身に纏った人物が、何人か倒れて眠りこけている姿が見られた。
 あまりの急展開に、ミナヅキは未だ大きく動揺していた。それを察したらしいラトヴィッジは、小さく笑いながら語りかける。

「色々と言いたいこととかあるだろうけど、今はここから脱出することが先決だ。その後でじっくりと話そうじゃないか」

 ミナヅキは何も言い返せなかった。ラトヴィッジが敵かどうかはともかく、今は彼の言うとおり、ここから逃げることだけを考えるべきだと。
 しかし――

「まぁ、安心してよ。今の僕は、キミの味方だからさ♪」
「……そう言われると余計に不安なんだがな」

 ウィンクしながら明るく言い放つラトヴィッジに、ミナヅキは走りながらも深いため息をついた。
 しかし今は、彼の力を借りる他はない――それもまた確かであった。

「こうなったら仕方ない。一か八かの賭けに乗ってやるよ」
「フフッ、キミならそう言ってくれると思ってたよ♪」
「だからなんでそんな言い方するんだよ。余計不安になるだけだっつーの!」

 ミナヅキは思わず、苛立ちを込めて大きな声を出してしまう。しかし黒装束たちは揃って深く眠りこけており、全く目を覚ます気配がない。
 おかげでミナヅキは何事もなく、ラトヴィッジとともに脱出するのだった。


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