真紅の海賊旗-jolie rouge-

咲彩

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こどもたちの灯火

予感

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「お子様がたは?」

 宴を全て滞りなく進めるための要は、アレクサンドロ商会の社長補佐、ゲイリー。
 商会の屋台骨、すべてを知る者、彼無くしてアレクサンドロは成り立たないとさえ言われるほどの有能なその銀髪痩躯の眼鏡の男は、会場の隅々まで歩き回り指示を飛ばしながら、同僚にそう問いかけた。

「さぁ、またどこかでかくれんぼかイタズラでもしているんじゃないか」

 そう応えたのは、細身の男。
 こちらは、先代よりの船医あがりで今はこの港町でほぼアレクサンドロの専属医を務める、名をスティーブという。

 父親の時代から交易船に乗り込み薬草や手術について特に詳しい。
 船主であり商会のトップ、またジェムの父親でもあるローランド氏も彼を頼みとする支えるひとりではあるが、いささか偏屈なところのある男だ。
そのくせ、ぶっきらぼうながら面倒見はいいところがある。


 さて、今や多くの交易船、商船を抱えるアレクサンドロ商会ではあるが、その前身は先代に遡る。

 元はとある商家の三男坊が、実家では荷物となる身分を厭って、という名目で、財産分けで得た資金を元手に冒険心と野心と商才を発揮し、大海原で仲間を集めて一旗あげたところから。
 その仲間のなかには、ゲイリーと、またスティーブの父親も含まれていた。

 現在はその息子、二代目となるローランド二世が跡目を継いで、堅実な経営と清廉な外渉で業績を伸ばしている。
 アレクサンドロ商会は、その長い商家としての出自もあって貴族や王族とのやり取りも多い。
 また、初代ローランドが意気投合したとかでこの島に本拠地を置いた経緯もあり、島の総督一家とは親友同士とも呼べる深く長いつきあいがある。

 そこからのツテが広がって、海軍関連とも長らく商売が続いているのだ。信用に足る商売相手とされる理由は、暴利とは無縁の適正価格での商売だった。
 おかげで、悪どさとは無縁の顧客が増えるばかり。

 また、その功績を評価されて、代替わりに際して王から貴族の位を賜った。
 これをもって、国家公認の貿易商としての地位は確固たるものとなり、アレクサンドロ商会の名声は海に知らぬものなしとまで言われている。

 その未来の三代目とされるのが、ローランド二世の一人息子ジェイムズ。
 短くジェムと呼ぶのは、親しい者からの相性だ。

 どうにも初代の血を色濃く受け継いだらしいこの少年は、冒険心に目覚めて久しい。

 清廉にして高潔な貴族たれと育てられてきたがゆえか、おとなしくしていれば品の良い、社交的で器用で聡明な姿をしているが、
日々の課題を終えたその足で港の自社の船に入り浸る。
 船員達に航海の話をねだりながら、ロープのもやい方や、帆の張り方、操舵のやり方等を習う傍ら、その代わりにきちんと下働きの手伝いまでこなす人懐こさと好奇心に、誰も手綱をつけられない。

 そこで見聞きした話を、つきあいの深い総督府のー家の姉妹に語って聞かせるのだ。

「いつか、一緒の船で旅に行こうよ」と。


 たしかに親しく蜜月の関係である、アレクサンドロ商会と島の総督府であるが、そのジェイムズの影響でかスティーブのところにはその兄貴分よろしく足繁く通ってくる少女が、ひとり。

 総督の次女であるクリスタだ。

 まだ幼いながら、いつか出る航海のための知識が欲しいとスティーブを説き伏せ、上司であるローランドを味方につけてたびたび臨時講師をする羽目になっている。


 聡明な少女の眼を思い出して、スティーブはふと空を見上げた。

 穏やかな空、穏やかな海、月夜。
 つきあいで出ている宴といえど、華やかな今宵はそれに最適な夜と言えるだろう。

(しかし……)
 妙な胸騒ぎがする。

「ゲイリー。人をやってボートの数が揃っているか確認してみてくれないか」
「構わないが、何故だ?」

 眼鏡の奥から見返されて、スティーブは耳の上あたりをガリガリと掻いた。

「おそらく、さっきの話をジェイムズが聞いていた」
「なるほど」

 難破船の噂自体は数日前に、街でも話題になっていた。

 それが海賊だったらしいということでおとな達は口を噤んだが、酒の入った宴席でのこと、耳ざとく聞き耳を立てていれば、その噂があの好奇心旺盛な少年の耳に入ってしまったのは、致し方ないことでもあった。

「すまないが、私はここを離れられない」
「仕方ないな、一応は弟子のクリスタもいることだ。様子を見てくるとしよう」
「気をつけて、頼みましたよ」
「ああ。後のことは任せた」

 言葉少ななのは、勝手知ったるつきあいがあるからだ。
 いかにも面倒だが仕方ない、という態度で、これ幸いとスティーブは、浜辺へ足を向ける。

 ふと、彼の脳裏にとある伝説が思い浮かんだ。


 海賊にまつわる伝説のひとつ、
​───警告する髑髏。

『‪よぉ、てめぇら。この先にゃ恐ろしい海賊どもが手ぐすね引いて待ってるぜ。みんな一塊になって汚ねぇ手を船からだすなよ!でねぇと海賊どもにぶったぎられるぞ。俺の言葉を信用しろよ、命あっての物種というぜ。‬
‪お前たちは冒険が好きでこの海賊の海へ来たんだな、それならここはうってつけだ。せいぜい気をつけて進むんだなァ』

 鬼火と共に現れて、ぼんやりと赤く光る髑髏。
 気まぐれにやってきては、ご親切にも危険を知らせてくれるというが、その指し示す先には大概がとんでもないお宝が待っているといわれ、
 ……うまくすれば王様のような大金持ちに、あるいは、その警告どおり彼と同じ髑髏を風に晒すことになるとか。


「ゾッとしないな。……子どもだけで夜の海に出るとは、あのガキどもめ」

 海を身近に生きるからこそ、気を引き締めなければ命にかかわるというのに。
防風林に繋いであるボートを黒い波間へ押し出しながら、スティーブはひとりごちた。
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