3 / 8
こどもたちの灯火
予感
しおりを挟む
「お子様がたは?」
宴を全て滞りなく進めるための要は、アレクサンドロ商会の社長補佐、ゲイリー。
商会の屋台骨、すべてを知る者、彼無くしてアレクサンドロは成り立たないとさえ言われるほどの有能なその銀髪痩躯の眼鏡の男は、会場の隅々まで歩き回り指示を飛ばしながら、同僚にそう問いかけた。
「さぁ、またどこかでかくれんぼかイタズラでもしているんじゃないか」
そう応えたのは、細身の男。
こちらは、先代よりの船医あがりで今はこの港町でほぼアレクサンドロの専属医を務める、名をスティーブという。
父親の時代から交易船に乗り込み薬草や手術について特に詳しい。
船主であり商会のトップ、またジェムの父親でもあるローランド氏も彼を頼みとする支えるひとりではあるが、いささか偏屈なところのある男だ。
そのくせ、ぶっきらぼうながら面倒見はいいところがある。
さて、今や多くの交易船、商船を抱えるアレクサンドロ商会ではあるが、その前身は先代に遡る。
元はとある商家の三男坊が、実家では荷物となる身分を厭って、という名目で、財産分けで得た資金を元手に冒険心と野心と商才を発揮し、大海原で仲間を集めて一旗あげたところから。
その仲間のなかには、ゲイリーと、またスティーブの父親も含まれていた。
現在はその息子、二代目となるローランド二世が跡目を継いで、堅実な経営と清廉な外渉で業績を伸ばしている。
アレクサンドロ商会は、その長い商家としての出自もあって貴族や王族とのやり取りも多い。
また、初代ローランドが意気投合したとかでこの島に本拠地を置いた経緯もあり、島の総督一家とは親友同士とも呼べる深く長いつきあいがある。
そこからのツテが広がって、海軍関連とも長らく商売が続いているのだ。信用に足る商売相手とされる理由は、暴利とは無縁の適正価格での商売だった。
おかげで、悪どさとは無縁の顧客が増えるばかり。
また、その功績を評価されて、代替わりに際して王から貴族の位を賜った。
これをもって、国家公認の貿易商としての地位は確固たるものとなり、アレクサンドロ商会の名声は海に知らぬものなしとまで言われている。
その未来の三代目とされるのが、ローランド二世の一人息子ジェイムズ。
短くジェムと呼ぶのは、親しい者からの相性だ。
どうにも初代の血を色濃く受け継いだらしいこの少年は、冒険心に目覚めて久しい。
清廉にして高潔な貴族たれと育てられてきたがゆえか、おとなしくしていれば品の良い、社交的で器用で聡明な姿をしているが、
日々の課題を終えたその足で港の自社の船に入り浸る。
船員達に航海の話をねだりながら、ロープのもやい方や、帆の張り方、操舵のやり方等を習う傍ら、その代わりにきちんと下働きの手伝いまでこなす人懐こさと好奇心に、誰も手綱をつけられない。
そこで見聞きした話を、つきあいの深い総督府のー家の姉妹に語って聞かせるのだ。
「いつか、一緒の船で旅に行こうよ」と。
たしかに親しく蜜月の関係である、アレクサンドロ商会と島の総督府であるが、そのジェイムズの影響でかスティーブのところにはその兄貴分よろしく足繁く通ってくる少女が、ひとり。
総督の次女であるクリスタだ。
まだ幼いながら、いつか出る航海のための知識が欲しいとスティーブを説き伏せ、上司であるローランドを味方につけてたびたび臨時講師をする羽目になっている。
聡明な少女の眼を思い出して、スティーブはふと空を見上げた。
穏やかな空、穏やかな海、月夜。
つきあいで出ている宴といえど、華やかな今宵はそれに最適な夜と言えるだろう。
(しかし……)
妙な胸騒ぎがする。
「ゲイリー。人をやってボートの数が揃っているか確認してみてくれないか」
「構わないが、何故だ?」
眼鏡の奥から見返されて、スティーブは耳の上あたりをガリガリと掻いた。
「おそらく、さっきの話をジェイムズが聞いていた」
「なるほど」
難破船の噂自体は数日前に、街でも話題になっていた。
それが海賊だったらしいということでおとな達は口を噤んだが、酒の入った宴席でのこと、耳ざとく聞き耳を立てていれば、その噂があの好奇心旺盛な少年の耳に入ってしまったのは、致し方ないことでもあった。
「すまないが、私はここを離れられない」
「仕方ないな、一応は弟子のクリスタもいることだ。様子を見てくるとしよう」
「気をつけて、頼みましたよ」
「ああ。後のことは任せた」
言葉少ななのは、勝手知ったるつきあいがあるからだ。
いかにも面倒だが仕方ない、という態度で、これ幸いとスティーブは、浜辺へ足を向ける。
ふと、彼の脳裏にとある伝説が思い浮かんだ。
海賊にまつわる伝説のひとつ、
───警告する髑髏。
『よぉ、てめぇら。この先にゃ恐ろしい海賊どもが手ぐすね引いて待ってるぜ。みんな一塊になって汚ねぇ手を船からだすなよ!でねぇと海賊どもにぶったぎられるぞ。俺の言葉を信用しろよ、命あっての物種というぜ。
お前たちは冒険が好きでこの海賊の海へ来たんだな、それならここはうってつけだ。せいぜい気をつけて進むんだなァ』
鬼火と共に現れて、ぼんやりと赤く光る髑髏。
気まぐれにやってきては、ご親切にも危険を知らせてくれるというが、その指し示す先には大概がとんでもないお宝が待っているといわれ、
……うまくすれば王様のような大金持ちに、あるいは、その警告どおり彼と同じ髑髏を風に晒すことになるとか。
「ゾッとしないな。……子どもだけで夜の海に出るとは、あのガキどもめ」
海を身近に生きるからこそ、気を引き締めなければ命にかかわるというのに。
防風林に繋いであるボートを黒い波間へ押し出しながら、スティーブはひとりごちた。
宴を全て滞りなく進めるための要は、アレクサンドロ商会の社長補佐、ゲイリー。
商会の屋台骨、すべてを知る者、彼無くしてアレクサンドロは成り立たないとさえ言われるほどの有能なその銀髪痩躯の眼鏡の男は、会場の隅々まで歩き回り指示を飛ばしながら、同僚にそう問いかけた。
「さぁ、またどこかでかくれんぼかイタズラでもしているんじゃないか」
そう応えたのは、細身の男。
こちらは、先代よりの船医あがりで今はこの港町でほぼアレクサンドロの専属医を務める、名をスティーブという。
父親の時代から交易船に乗り込み薬草や手術について特に詳しい。
船主であり商会のトップ、またジェムの父親でもあるローランド氏も彼を頼みとする支えるひとりではあるが、いささか偏屈なところのある男だ。
そのくせ、ぶっきらぼうながら面倒見はいいところがある。
さて、今や多くの交易船、商船を抱えるアレクサンドロ商会ではあるが、その前身は先代に遡る。
元はとある商家の三男坊が、実家では荷物となる身分を厭って、という名目で、財産分けで得た資金を元手に冒険心と野心と商才を発揮し、大海原で仲間を集めて一旗あげたところから。
その仲間のなかには、ゲイリーと、またスティーブの父親も含まれていた。
現在はその息子、二代目となるローランド二世が跡目を継いで、堅実な経営と清廉な外渉で業績を伸ばしている。
アレクサンドロ商会は、その長い商家としての出自もあって貴族や王族とのやり取りも多い。
また、初代ローランドが意気投合したとかでこの島に本拠地を置いた経緯もあり、島の総督一家とは親友同士とも呼べる深く長いつきあいがある。
そこからのツテが広がって、海軍関連とも長らく商売が続いているのだ。信用に足る商売相手とされる理由は、暴利とは無縁の適正価格での商売だった。
おかげで、悪どさとは無縁の顧客が増えるばかり。
また、その功績を評価されて、代替わりに際して王から貴族の位を賜った。
これをもって、国家公認の貿易商としての地位は確固たるものとなり、アレクサンドロ商会の名声は海に知らぬものなしとまで言われている。
その未来の三代目とされるのが、ローランド二世の一人息子ジェイムズ。
短くジェムと呼ぶのは、親しい者からの相性だ。
どうにも初代の血を色濃く受け継いだらしいこの少年は、冒険心に目覚めて久しい。
清廉にして高潔な貴族たれと育てられてきたがゆえか、おとなしくしていれば品の良い、社交的で器用で聡明な姿をしているが、
日々の課題を終えたその足で港の自社の船に入り浸る。
船員達に航海の話をねだりながら、ロープのもやい方や、帆の張り方、操舵のやり方等を習う傍ら、その代わりにきちんと下働きの手伝いまでこなす人懐こさと好奇心に、誰も手綱をつけられない。
そこで見聞きした話を、つきあいの深い総督府のー家の姉妹に語って聞かせるのだ。
「いつか、一緒の船で旅に行こうよ」と。
たしかに親しく蜜月の関係である、アレクサンドロ商会と島の総督府であるが、そのジェイムズの影響でかスティーブのところにはその兄貴分よろしく足繁く通ってくる少女が、ひとり。
総督の次女であるクリスタだ。
まだ幼いながら、いつか出る航海のための知識が欲しいとスティーブを説き伏せ、上司であるローランドを味方につけてたびたび臨時講師をする羽目になっている。
聡明な少女の眼を思い出して、スティーブはふと空を見上げた。
穏やかな空、穏やかな海、月夜。
つきあいで出ている宴といえど、華やかな今宵はそれに最適な夜と言えるだろう。
(しかし……)
妙な胸騒ぎがする。
「ゲイリー。人をやってボートの数が揃っているか確認してみてくれないか」
「構わないが、何故だ?」
眼鏡の奥から見返されて、スティーブは耳の上あたりをガリガリと掻いた。
「おそらく、さっきの話をジェイムズが聞いていた」
「なるほど」
難破船の噂自体は数日前に、街でも話題になっていた。
それが海賊だったらしいということでおとな達は口を噤んだが、酒の入った宴席でのこと、耳ざとく聞き耳を立てていれば、その噂があの好奇心旺盛な少年の耳に入ってしまったのは、致し方ないことでもあった。
「すまないが、私はここを離れられない」
「仕方ないな、一応は弟子のクリスタもいることだ。様子を見てくるとしよう」
「気をつけて、頼みましたよ」
「ああ。後のことは任せた」
言葉少ななのは、勝手知ったるつきあいがあるからだ。
いかにも面倒だが仕方ない、という態度で、これ幸いとスティーブは、浜辺へ足を向ける。
ふと、彼の脳裏にとある伝説が思い浮かんだ。
海賊にまつわる伝説のひとつ、
───警告する髑髏。
『よぉ、てめぇら。この先にゃ恐ろしい海賊どもが手ぐすね引いて待ってるぜ。みんな一塊になって汚ねぇ手を船からだすなよ!でねぇと海賊どもにぶったぎられるぞ。俺の言葉を信用しろよ、命あっての物種というぜ。
お前たちは冒険が好きでこの海賊の海へ来たんだな、それならここはうってつけだ。せいぜい気をつけて進むんだなァ』
鬼火と共に現れて、ぼんやりと赤く光る髑髏。
気まぐれにやってきては、ご親切にも危険を知らせてくれるというが、その指し示す先には大概がとんでもないお宝が待っているといわれ、
……うまくすれば王様のような大金持ちに、あるいは、その警告どおり彼と同じ髑髏を風に晒すことになるとか。
「ゾッとしないな。……子どもだけで夜の海に出るとは、あのガキどもめ」
海を身近に生きるからこそ、気を引き締めなければ命にかかわるというのに。
防風林に繋いであるボートを黒い波間へ押し出しながら、スティーブはひとりごちた。
0
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
王子様への置き手紙
あおき華
恋愛
フィオナは王太子ジェラルドの婚約者。王宮で暮らしながら王太子妃教育を受けていた。そんなある日、ジェラルドと侯爵家令嬢のマデリーンがキスをする所を目撃してしまう。ショックを受けたフィオナは自ら修道院に行くことを決意し、護衛騎士のエルマーとともに王宮を逃げ出した。置き手紙を読んだ皇太子が追いかけてくるとは思いもせずに⋯⋯
小説家になろうにも掲載しています。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
【3月中ーー完結!!】
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
二十年の裏切りの果て、その事実だけを抱え、離縁状を置いて家を出た。
そこで待っていたのは、凍てつく絶望――。
けれど同時に、それは残酷な運命の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と縋られても、
死の淵を彷徨った私には、裏切ったあなたを許す力など残っていない。
「でも、子供たちの心だけは、
必ず取り戻す」
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔い、歪な愛でもいいと手を伸ばした彼女が辿り着いた先。
それは、「歪で、完全な幸福」か、それとも――。
これは、"石"に翻弄された者たちの、狂おしい物語。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる