真紅の海賊旗-jolie rouge-

咲彩

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運命の羅針盤

マイレディ

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「そうだぞ、坊ちゃん嬢ちゃん。おとなに見つかるとロクなことがねぇよなァ」

岩陰から、突然かけられた声にこどもたちはぎょっと跳ね上がる。

 ランタンの明かりに照らされたのは、もじゃもじゃと髭を生やした日焼けで赤らんだ顔のいかつい男。​
────海賊だ。

「……なんでここに、海賊が……」
「そりゃこっちのせりふだぜ、坊主。なんでこんなトコに、お上品な恰好をしたガキがいやがるんだ?……はは、ちいさなレディをふたりも連れて、いいご身分だな」

 にたりと黄色い歯をむき出して笑う男には、およそ品位というものは無縁なように見えた。

「探検ごっこさ。おとなは仕事の話でいそがしいから、退屈しのぎに来たんだよ。……残念ながら、何もなかったけどね」

 震えそうな声を押し隠して、ジェムはできるだけ人懐っこく、そしてほんの少し小生意気に見える笑みをつくって見せた。
 荒い気質を持つ船乗りのなかには、多少はねっかえりな小僧の方が好まれるものだ。

 幸い、利き手側に吊ったサーベルは相手からは見えない位置だ。
 手探りで柄を握り、それから、そろりとアリシアの方にランタンを押し出す。
目線で問いかけてくる少女に、糸巻の糸を軽く引き、元来た方をちいさな動作で指さした。

 クリスタと目を合わせたアリシアは、身を固くしながらもなんとか意図を汲みとってくれたらしい。

「なるほどなぁ、退屈だったか。まぁあそこの死体を見たんだ、お上品なぼっちゃんならもう満足だろう?だが、ちびっと深入りしちまったな坊主。こんなとこでオレみたいなのにみつかっちまうなんてな。さて……どうしてやろうか」

 品定めするようなねばついた視線は、ジェムの背後にいるふたりへ向けられ、それからクリスタの細い首をじろりと眺めた。

「家は?どこの貴族だ、オジサンたちが送り届けてやろう。まぁ、そこのお嬢ちゃんにちょっと向こうで仲間の用事に付き合ってもらった後でな。なに、痛い思いはさせねぇよ……そっちのちっこいのじゃまだ無理だろうが、こっちのお姫様ならなんとか楽しめそうじゃねぇか。なァ嬢ちゃん、天国を見せてやるぜ?」
 あからさまに下卑た笑いに、ジェムもさすがに笑顔を引きつらせた。

(どういう型でいくか……)
 頭の中で動揺する自分を無理やり隅に追いやって、冴えた思考で相手との体格や目測を計る。
 ……不意を突けるのは、きっと一度きりだ。

「結構よ、ちゃんと自分たちで帰れます。あなたのお手をわずらわせる必要はないわ」

 気丈に言い返すアリシアだが、かわいがろうとした子猫に爪を立てられたような不快感に眉をしかめ、男は「いいから来な、こっちはずいぶん女日照りなんだからよ」と面倒くさそうにアリシアへと手を伸ばした。

 その手を、狙いすまして一閃する光。

「走れ!!」

 鞘から抜き出しざまに、入墨だらけの腕を斬り落とすつもりで振るった剣は、しかし技量不足か体格差ゆえか、相手を深く傷つける程度で終わってしまったようだ。

(でも、逃げるには充分だ)

 少女たちに宴のために用意された愛らしいドレスも靴も、走るのには不向きなのは分かっていたから、ジェムは自らしんがりをつとめて後ろを警戒する。
 背後で海賊が痛みと怒りに吼える声がして、……それから、おそらくは仲間だろう、数人の足音と声がする。

 ひとしきり離れるまで走り続け、通りすがり、クリスタの肩をかるく叩いて、目配せ。
 ひとつうなずいたクリスタは、少し先まで走ると、大事に持っていた糸巻をほどき、幾重かに束ねて大急ぎで通路の岩々の間、足首ほどの高さをふさぐようにピンと張った。

「上出来だ、クリスタ」
「うん!」
 身軽にその簡単な罠を三人で飛び越えて、先へ、乗って来たボートを目指す。

 突然、反響してひびく、ガン!という音に足をすくめる。
 おそらくは威嚇の銃声。それに、数人の足音と声、いずれもそれは罵声に近い粗野ながなり声だ。

 先ほど張った罠にはまだ至っていないのだろうが、かなり近くまで追いつかれているのは、もしかしたらこのブーツの足音のせいだろうか。
 足を止めて、バックルを外して靴を脱ぐ。靴下は……まぁ、ないよりはマシかな。

後ろからジェムの足音がしないのにぎょっとしたアリシアが、わざわざ数歩戻ってきてまで、姉がお説教するように指摘してくる。まるで、以前木登りをするのに靴を脱いだときみたいだ。

「ちょっと何してるのよ、足を怪我しちゃうわ、岩と石だらけなのに」
「わざわざ戻ってくるなよバカ、追いつかれるよりマシでしょ。で、ちょっと先に行ってて、足止めしてみるから」

 それから、少しだけ考える。
「ボートに着いて、だいたい5分待って戻らなかったら先に浜に戻って」
「待ってよ、置き去りなんて……」
 できるわけないと首を振るアリシアに、そうじゃないよと首を振る。

「助けを呼んできてほしいんだよ、さすがにまだ死にたくないからね。大人にここに来るよう伝えて。……僕が逃げ回ってるうちにね」

 いまならパーティー終わってないし、大人は沢山いるでしょ。と言い足して、かるく背を押して送り出そうとするジェムに、アリシアは一瞬ぎゅっと抱きつくと、その頬に唇を押しつけた。

「っ……アリシア……?」
「約束よ!必ず、戻らなきゃゆるさないから……!」

 そのまま、クリスタの手を引いて身をひるがえしていく、大切な僕の淑女マイレディの金の髪と琥珀の瞳が、胸に鮮やかに突き刺さるようだった。

「わかったよ、しかたないなぁ……」
 唇の触れた頬の熱さ。
 そこを拳でひとつ擦って、僕は約束の言葉を返した。
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