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運命の羅針盤
対価
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洞窟にたどり着いて、見覚えのあるボートを見つけ、スティーブはため息をつく。
「まったく……」
手にしたランタンで照らすと、間近の岩に白くチョークで書かれた×印。そして、よく見れば白い糸が地面に伝っている。
「小賢しいというか、勉強熱心と見るべきか……」
チョークと糸巻での目印は、たしかに以前スティーブがクリスタに教えた、迷子にならないための技術の一つだった。
素直で賢い生徒は教えがいがあり、ついついいろんな技術を伝えてきたのは本当だが、困ったことに彼女はそれを実践するのもお得意なようだ。
ともかく、それを辿っていけばおそらく、いたずらっ子たちの居場所にたどり着くのだろう。
海賊の難破船の噂は本当だった。
既に何人かは街の自警団と軍の手で捕らわれているが、他にもどこかに潜んでいるとみられていた。
街の地下には、複雑すぎていまだに全貌がわからない洞窟が広がっている。
大人でさえ下手に迷い込むと危険だからと、町に住むどの子供にもきっちりと言い聞かせて育てられているはずなのに、あの悪ガキジェイムズはどうもそれを聞くと逆に魅力を感じてたまらないらしい。
ともあれ、その道しるべを辿って歩いていく。
大きな石筍の連なる間を抜け、潮だまりをちいさな蟹が逃げていくのを見送り、やがて潮のにおいが薄くなり、風の流れを感じて…。
そうしていくうち、軽い足音を聞いたような気がして、スティーブは地面に耳を着けて目を伏せた。
(近づいてくる……?)
近い足音はおそらくふたつ。それから、遠くにも更に複数の音。
「どういうことだ……」
あまり考えたくないことになっているのか、と危惧して、懐に収めた銃の存在を思い出す。
それに、念のため鞄に突っ込んできた物騒な爆薬のことも。
更に近づいてくる足音。
身を起こして、ランタンを掲げて身を乗り出した岩陰の直前で、ぱたりと足音が止まる。
「……クリスタか?!」
「スティーブさん!!」
どすん、と音がするほどの勢いで、腰の辺りに強く抱きついてくる小さな体。
亜麻色のやや癖のある髪の、大きな目の少女は泣きそうな顔をしていた。
「スティーブさん、……ジェムがまだ」
珍しくも息を乱して走ってきたアリシアが、背後に目を向けてようやく足を止める。
「何があった?」
ぎゅっとしがみついてくるちいさなクリスタは、気丈にも泣かずにここまで走ってきたのだろう。スティーブを見上げて、ようやく初めて鼻の頭を赤くして目じりに涙を溜めると、背後を指さした。
「海賊が……ジェムが、先に行けって……」
「なるほどな」
(やんちゃではあるが、さすがローランドの息子。高潔さは血筋か)
ポン、とクリスタの頭に手をひとつ置いて、スティーブは彼女たちが来た道を見上げる。
それは、スティーブがクリスタに「よくできたな」と褒める時の仕草と同じだった。
「先に行け、道は分かるな?ちゃんと糸巻とチョークの目印があったから、ここまで追ってこれた。クリスタは賢いな」
「……うん!」
無断でいけない場所へ行ったこと、そしてトラブルに巻き込まれたこと、きっと叱られると思っていたクリスタが、その彼の仕草と言葉に、心から安心したように笑って、それから深呼吸をひとつして落ち着いたようだった。
「アリシア、クリスタ。ボートまで戻って、それから浜へ戻り他の大人に、海賊がいたと知らせるんだ。放置してはおけないからな、私もジェムを連れて、すぐに私のボートで戻るから心配ない。わかるね?」
「うん」
「わかったわ。……任せたわよ」
見上げてくるアリシアに、セドリックは「後でふたりとも、怪我がないか診るからな。明日にでも私の診療室にくるんだ。いいかね」と念を押した。
そうしているうちに、ガン!と反響する大きな音が上がる。間違いなく銃声だ。
「行け!」
竦みそうな少女たちを叱咤して、男は先へと足を進める。
クリスタが張った罠のすぐ脇の岩陰に、ジェムは息を殺して身を隠していた。
(何人かな……)
目を閉じて足音を数える。
ちゃんとした剣術の師範から習う以外にも、街のあまりがらの良くない悪ガキ集団相手の立ち回りなら経験はあったし、傭兵くずれや海賊あがりの船員たちを相手に、追いかけっこの延長のように船上での戦い方を習ったことはある。
けど───あんなに深く、人を斬ったことはなかった。
(でもたぶん、そのつもりでいかなきゃ殺される。……いや、それでも分が悪いかな)
手入れを欠かしたことの無い愛剣は頼もしい重さで手の中にあり、いまはそれだけが頼りだった。
屈強なおとな相手にどこまでやれるか分からないけど、それでもあのふたりは、自分が巻き込んだからにはなんとしてでも逃がさなくちゃいけないと思った。
「……アリシア……」
海賊に連れ去られた女の話は、漏れ聞こえるだけのものでもひどい話しか聞いたことがない。ほのかな初恋の相手がぼろぼろに犯され、心と体を引き裂かれ、終いには売られるか海に捨てられるか……そんな末路を知っていて、みすみす逃げ出すことだけは、ジェムにはできなかった。
本当は全力で走れば、あのふたりのことを気にしなければ、きっともっと早く走って逃げることならできたけれど。
……少しでもいい、距離を稼げれば。
(せめて、好きってくらい、言っとけばよかった)
頬にもらった、僕の女神の口づけを、もしかしてこれからすぐに失われる命かもしれなくても、きっと一生忘れないと心に決めた。
『約束よ!必ず、戻らなきゃゆるさないから……!』
泣きそうな目をして、それでも振り切るように強い光を宿して、きらめく星のようなきみにまた惚れ直した。
(そっか……約束、しちゃったもんな)
あの子に許してもらえないのはイヤだから、やっぱり、このまま死ぬのはやめておこう。
できたらなんとか生き延びて、もしまた次にアリシアに会えたなら、その時は、ちゃんとこの気持ちを伝えてみたい。
(好きだよ、アリシア)
足音と大声が近づいてくる。
心臓が痛いくらいに激しく脈打って、震えそうな体を奥歯を噛み剣を握って抑え込んだ。
ガッ、と音がして、靴が砂を噛む気配。勢いこんだ集団が息を飲んで倒れこむ。
───……この瞬間を待っていた。
岩陰から地を蹴って、目視した一人目の喉を狙って斬り上げる一刀。
返して振り下ろす二刀目で、倒れた男のうなじに剣先を突き込む。
引き抜き、しかし首の骨に引っかかって思ったように抜けなかった剣は、思い描いた線を外れて三人目の男の肩をえぐるに留まった。
膂力の足りない少年では、急所を突くしか道はないのに。
真っ赤な血飛沫が、倒れてぱっくりと割れた海賊の喉から噴きあがっているのが見える。
それは、最初に子どもたちに声をかけてきた男だった。
「クソ……ッ!」
「このガキ!!!」
案の定、三人目の男は唸るように肩を押さえながらも、手にしていた銃をジェムに向け、洞窟に反響する派手な音を立てて引き金を引く。
『大砲でも銃でもな、銃口の向きから射線は予測できるんだぜ』
以前、砲手として雇っている船員の、まだ若い男がそう言っていた。
頭を狙われていると見て、咄嗟に身を低くしたジェムに、しかし不運が牙を剥く。
『忘れるなよ、得れば失うものだ』
宝を得て、海賊に襲われた。
海賊の腕と引き換えに、逃げる隙を得た。
少女たちを逃がし、少年は留まった。
海賊達の命を奪い、……それなら次は、何を得て何を失うのか。
───男の放った銃弾は岩に当たり、弾け飛んだ弾丸は、跳ね返ってジェムの右眼を貫いた。
「あ、」
痛み。
まぶたを押さえる指の隙間から、熱いものがぼたぼたとこぼれる。
喉から溢れる絶叫。
うずくまり、痛みに転がる血まみれの少年にとどめを刺そうと近づいた男は、地に膝を着いたところで、こめかみに冷たい感触を知った瞬間にその頭を吹き飛ばされた。
「ジェイムズ!」
追っ手の海賊は三人だった。
ふたりまではジェムが倒したのだから大した戦果だ。最後のひとりを始末したのは、なんとか駆けつけたスティーブだった。
ランタンを掲げて、痛みに暴れるジェムの体を無理やり押さえ込み、まぶたを開かせて傷ついた右眼を覗く。
「見えた……!」
深部に至っていたらと心配していたが、つぶれた眼窩に鈍く光る鉛玉を見つけ、スティーブは懐からスキットルを取り出すと、中の蒸留酒でざっと指を流す。
「舌を噛むなよ、死にたくなければおとなしくしているんだ」
躊躇もなくその真っ赤な穴に指を突っ込み、できるだけ最小限の動作で弾丸を摘み出す。
乱暴極まりない処置に再度絶叫するジェムが、ややしてぱたりと力を失った。
指についた血を軽く振り払って、とっさに脈を確かめた医師はほっと息を吐く。
「失神したか……」
鞄から取り出したハンカチをちいさく畳み、目の上にあてがってから、包帯で手早く締め上げる。
「さて……」
ジェイムズ愛用の剣と、鞄。
どちらも本人と海賊たちの血でひどい有様だが、置いていくのはしのびなく、背負ったジェイムズと一緒になんとか抱えあげる。
「まったく、私は肉体労働には向いてないんだぞ」
それから、またクリスタの付けた目印を頼りに、来た道をゆっくりと戻って行った。
次にジェムが目を覚ましたのは、スティーブの診療所のベッドの上。
痛みと違和感にうめくジェムに差し出された鏡のなかには、眼帯で片目を覆った少年が映っていた。
「弾は取り出したが、眼球の損傷がひどかった。右目は諦めてくれ。……脳まで傷ついていたら死んでるところだったんだ、それでも運が良かったと思ってくれよ」
そう言うスティーブに、ジェムは弾かれたように顔を上げた。
「アリシアは……アリシアとクリスタは?!」
その声に、医師はほんの少しだけ表情をゆるめる。
「無事だよ。ちゃんと確認した、怪我ひとつない」
それから、少年の金髪にそっと手を乗せた。
「君が守りきったんだ。……よく頑張ったな」
「……っ、……うん」
片方しかないその目から、ぽたぽたと雫が落ちる。
痛みと、恐怖と、覚悟と、……それから安堵と。
その涙が収まるまで、医師はそのまま少年の隣にいてくれた。
傍らに置かれた鞄の中で、海色の石がほのかに光り、なかのコンパスがゆらゆらと方角を探しだすのを、今はまだ誰も気づかない。
それはまるで、運命という海を行く船を導くように、揺らめいていた。
「まったく……」
手にしたランタンで照らすと、間近の岩に白くチョークで書かれた×印。そして、よく見れば白い糸が地面に伝っている。
「小賢しいというか、勉強熱心と見るべきか……」
チョークと糸巻での目印は、たしかに以前スティーブがクリスタに教えた、迷子にならないための技術の一つだった。
素直で賢い生徒は教えがいがあり、ついついいろんな技術を伝えてきたのは本当だが、困ったことに彼女はそれを実践するのもお得意なようだ。
ともかく、それを辿っていけばおそらく、いたずらっ子たちの居場所にたどり着くのだろう。
海賊の難破船の噂は本当だった。
既に何人かは街の自警団と軍の手で捕らわれているが、他にもどこかに潜んでいるとみられていた。
街の地下には、複雑すぎていまだに全貌がわからない洞窟が広がっている。
大人でさえ下手に迷い込むと危険だからと、町に住むどの子供にもきっちりと言い聞かせて育てられているはずなのに、あの悪ガキジェイムズはどうもそれを聞くと逆に魅力を感じてたまらないらしい。
ともあれ、その道しるべを辿って歩いていく。
大きな石筍の連なる間を抜け、潮だまりをちいさな蟹が逃げていくのを見送り、やがて潮のにおいが薄くなり、風の流れを感じて…。
そうしていくうち、軽い足音を聞いたような気がして、スティーブは地面に耳を着けて目を伏せた。
(近づいてくる……?)
近い足音はおそらくふたつ。それから、遠くにも更に複数の音。
「どういうことだ……」
あまり考えたくないことになっているのか、と危惧して、懐に収めた銃の存在を思い出す。
それに、念のため鞄に突っ込んできた物騒な爆薬のことも。
更に近づいてくる足音。
身を起こして、ランタンを掲げて身を乗り出した岩陰の直前で、ぱたりと足音が止まる。
「……クリスタか?!」
「スティーブさん!!」
どすん、と音がするほどの勢いで、腰の辺りに強く抱きついてくる小さな体。
亜麻色のやや癖のある髪の、大きな目の少女は泣きそうな顔をしていた。
「スティーブさん、……ジェムがまだ」
珍しくも息を乱して走ってきたアリシアが、背後に目を向けてようやく足を止める。
「何があった?」
ぎゅっとしがみついてくるちいさなクリスタは、気丈にも泣かずにここまで走ってきたのだろう。スティーブを見上げて、ようやく初めて鼻の頭を赤くして目じりに涙を溜めると、背後を指さした。
「海賊が……ジェムが、先に行けって……」
「なるほどな」
(やんちゃではあるが、さすがローランドの息子。高潔さは血筋か)
ポン、とクリスタの頭に手をひとつ置いて、スティーブは彼女たちが来た道を見上げる。
それは、スティーブがクリスタに「よくできたな」と褒める時の仕草と同じだった。
「先に行け、道は分かるな?ちゃんと糸巻とチョークの目印があったから、ここまで追ってこれた。クリスタは賢いな」
「……うん!」
無断でいけない場所へ行ったこと、そしてトラブルに巻き込まれたこと、きっと叱られると思っていたクリスタが、その彼の仕草と言葉に、心から安心したように笑って、それから深呼吸をひとつして落ち着いたようだった。
「アリシア、クリスタ。ボートまで戻って、それから浜へ戻り他の大人に、海賊がいたと知らせるんだ。放置してはおけないからな、私もジェムを連れて、すぐに私のボートで戻るから心配ない。わかるね?」
「うん」
「わかったわ。……任せたわよ」
見上げてくるアリシアに、セドリックは「後でふたりとも、怪我がないか診るからな。明日にでも私の診療室にくるんだ。いいかね」と念を押した。
そうしているうちに、ガン!と反響する大きな音が上がる。間違いなく銃声だ。
「行け!」
竦みそうな少女たちを叱咤して、男は先へと足を進める。
クリスタが張った罠のすぐ脇の岩陰に、ジェムは息を殺して身を隠していた。
(何人かな……)
目を閉じて足音を数える。
ちゃんとした剣術の師範から習う以外にも、街のあまりがらの良くない悪ガキ集団相手の立ち回りなら経験はあったし、傭兵くずれや海賊あがりの船員たちを相手に、追いかけっこの延長のように船上での戦い方を習ったことはある。
けど───あんなに深く、人を斬ったことはなかった。
(でもたぶん、そのつもりでいかなきゃ殺される。……いや、それでも分が悪いかな)
手入れを欠かしたことの無い愛剣は頼もしい重さで手の中にあり、いまはそれだけが頼りだった。
屈強なおとな相手にどこまでやれるか分からないけど、それでもあのふたりは、自分が巻き込んだからにはなんとしてでも逃がさなくちゃいけないと思った。
「……アリシア……」
海賊に連れ去られた女の話は、漏れ聞こえるだけのものでもひどい話しか聞いたことがない。ほのかな初恋の相手がぼろぼろに犯され、心と体を引き裂かれ、終いには売られるか海に捨てられるか……そんな末路を知っていて、みすみす逃げ出すことだけは、ジェムにはできなかった。
本当は全力で走れば、あのふたりのことを気にしなければ、きっともっと早く走って逃げることならできたけれど。
……少しでもいい、距離を稼げれば。
(せめて、好きってくらい、言っとけばよかった)
頬にもらった、僕の女神の口づけを、もしかしてこれからすぐに失われる命かもしれなくても、きっと一生忘れないと心に決めた。
『約束よ!必ず、戻らなきゃゆるさないから……!』
泣きそうな目をして、それでも振り切るように強い光を宿して、きらめく星のようなきみにまた惚れ直した。
(そっか……約束、しちゃったもんな)
あの子に許してもらえないのはイヤだから、やっぱり、このまま死ぬのはやめておこう。
できたらなんとか生き延びて、もしまた次にアリシアに会えたなら、その時は、ちゃんとこの気持ちを伝えてみたい。
(好きだよ、アリシア)
足音と大声が近づいてくる。
心臓が痛いくらいに激しく脈打って、震えそうな体を奥歯を噛み剣を握って抑え込んだ。
ガッ、と音がして、靴が砂を噛む気配。勢いこんだ集団が息を飲んで倒れこむ。
───……この瞬間を待っていた。
岩陰から地を蹴って、目視した一人目の喉を狙って斬り上げる一刀。
返して振り下ろす二刀目で、倒れた男のうなじに剣先を突き込む。
引き抜き、しかし首の骨に引っかかって思ったように抜けなかった剣は、思い描いた線を外れて三人目の男の肩をえぐるに留まった。
膂力の足りない少年では、急所を突くしか道はないのに。
真っ赤な血飛沫が、倒れてぱっくりと割れた海賊の喉から噴きあがっているのが見える。
それは、最初に子どもたちに声をかけてきた男だった。
「クソ……ッ!」
「このガキ!!!」
案の定、三人目の男は唸るように肩を押さえながらも、手にしていた銃をジェムに向け、洞窟に反響する派手な音を立てて引き金を引く。
『大砲でも銃でもな、銃口の向きから射線は予測できるんだぜ』
以前、砲手として雇っている船員の、まだ若い男がそう言っていた。
頭を狙われていると見て、咄嗟に身を低くしたジェムに、しかし不運が牙を剥く。
『忘れるなよ、得れば失うものだ』
宝を得て、海賊に襲われた。
海賊の腕と引き換えに、逃げる隙を得た。
少女たちを逃がし、少年は留まった。
海賊達の命を奪い、……それなら次は、何を得て何を失うのか。
───男の放った銃弾は岩に当たり、弾け飛んだ弾丸は、跳ね返ってジェムの右眼を貫いた。
「あ、」
痛み。
まぶたを押さえる指の隙間から、熱いものがぼたぼたとこぼれる。
喉から溢れる絶叫。
うずくまり、痛みに転がる血まみれの少年にとどめを刺そうと近づいた男は、地に膝を着いたところで、こめかみに冷たい感触を知った瞬間にその頭を吹き飛ばされた。
「ジェイムズ!」
追っ手の海賊は三人だった。
ふたりまではジェムが倒したのだから大した戦果だ。最後のひとりを始末したのは、なんとか駆けつけたスティーブだった。
ランタンを掲げて、痛みに暴れるジェムの体を無理やり押さえ込み、まぶたを開かせて傷ついた右眼を覗く。
「見えた……!」
深部に至っていたらと心配していたが、つぶれた眼窩に鈍く光る鉛玉を見つけ、スティーブは懐からスキットルを取り出すと、中の蒸留酒でざっと指を流す。
「舌を噛むなよ、死にたくなければおとなしくしているんだ」
躊躇もなくその真っ赤な穴に指を突っ込み、できるだけ最小限の動作で弾丸を摘み出す。
乱暴極まりない処置に再度絶叫するジェムが、ややしてぱたりと力を失った。
指についた血を軽く振り払って、とっさに脈を確かめた医師はほっと息を吐く。
「失神したか……」
鞄から取り出したハンカチをちいさく畳み、目の上にあてがってから、包帯で手早く締め上げる。
「さて……」
ジェイムズ愛用の剣と、鞄。
どちらも本人と海賊たちの血でひどい有様だが、置いていくのはしのびなく、背負ったジェイムズと一緒になんとか抱えあげる。
「まったく、私は肉体労働には向いてないんだぞ」
それから、またクリスタの付けた目印を頼りに、来た道をゆっくりと戻って行った。
次にジェムが目を覚ましたのは、スティーブの診療所のベッドの上。
痛みと違和感にうめくジェムに差し出された鏡のなかには、眼帯で片目を覆った少年が映っていた。
「弾は取り出したが、眼球の損傷がひどかった。右目は諦めてくれ。……脳まで傷ついていたら死んでるところだったんだ、それでも運が良かったと思ってくれよ」
そう言うスティーブに、ジェムは弾かれたように顔を上げた。
「アリシアは……アリシアとクリスタは?!」
その声に、医師はほんの少しだけ表情をゆるめる。
「無事だよ。ちゃんと確認した、怪我ひとつない」
それから、少年の金髪にそっと手を乗せた。
「君が守りきったんだ。……よく頑張ったな」
「……っ、……うん」
片方しかないその目から、ぽたぽたと雫が落ちる。
痛みと、恐怖と、覚悟と、……それから安堵と。
その涙が収まるまで、医師はそのまま少年の隣にいてくれた。
傍らに置かれた鞄の中で、海色の石がほのかに光り、なかのコンパスがゆらゆらと方角を探しだすのを、今はまだ誰も気づかない。
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