真紅の海賊旗-jolie rouge-

咲彩

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運命の羅針盤

思惑

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 ジェイムズが目を覚ましたとの知らせを聞くと、父ローランドは息子を抱きかかえるようにして無事を喜んだ。
 痛ましくいまだ塞がりきらないその目の傷に、わざわざ街で一番の仕立て屋を呼んできた父は、ジェイムズの目にそれ以上負担がかからないよう、ベルベットと絹でできた眼帯を作らせるのだった。

 とても重苦しい声でローランドが口を開く。

「お前だって男の子だ、冒険に憧れる気持ちは分かるが、二度と勝手な事をしてはならないよ、お前まで喪うことになるのかと……わたしはとても恐ろしかった」
 そう言って、一度だけこぼれた涙と、それを隠すようにあわてて目元を押さえる大きな手のひら。
「父上。……ごめんなさい」

 祖父は航海の果てに行方不明となり、祖母は既に鬼籍を迎え、愛した妻を事故で喪い、この父は身内の危険には特に敏感だ。
(だけど)

 商人が取り立てられ貴族位を得たことで、成り上がりと蔑む者もいるなかジェイムズを貴族らしく厳しく育てようとしているのは、なにもその立場を維持したいというばかりではなく。
 ……何よりも、大切な息子を安全な陸に留めおきたい気持ちがあることに、ジェム自身も気がついてはいた。

(だけど……それは約束できないかもしれない)

 空が青く高ければ、鮮やかな風が吹けば、鳥は飛び立つものだ。
 波と風と空と海と、そのすべてが、僕を遠くへと駆り立てる。

「不自由があれば何でも言いなさい。すぐに用意させよう。……少し体が元気になったら、そうだな、いつも逃げ出してしまう帳簿の勉強でもしてみるといい。それならベッドでもできるだろう」
「ええ​ー!!勘弁してよ父上!」

 仕事で忙しく働き、多くの部下を従える、堂々とした王のごとき父を愛している。
 様々な交易品を扱い、莫大な富のすべてを得てなお奢ることなく振る舞い国に尽くす父の姿に、憧れがないわけではない。
 きっと、父の願いは、三代目であるジェイムズに貴族らしい振る舞いを身に着けさせて、有力な貴族の令嬢を妻に迎え、更に商会を強くすることなのだ。

​───それは、思うままに恋することも、きっと許されない未来だ。

 ……もしかしたら、何人かの中から選ぶくらいはできるかもしれないけれど。
(少なくとも今の僕が欲しいのは、明けの明星のようなきれいに輝くあの星アリシアただひとりなのに)


 ジェムは、スティーブの指導による隻眼での生活に慣れるためのプログラムをこなしながら、ベッドの傍らに置いた剣を振る。
 片方だけの視界では、以前ほど姿勢も剣筋も安定しなくて悔しさに唇を噛んだ。

​───分からない。

 強いられた未来を厭わしく思うからなのかと自問をしてみても、不自由さは感じても、父を家名を憎らしく思う気持なんかはカケラも出てはこなくて。
 それでも、ただただ、この心は空と海に焦がれてやまないのだ。

(……できるなら、きみと一緒にどこまでも、世界の果てを見てみたい)

窓に四角く切り取られた青い空を見上げて、ジェムは、風をはらんでひるがえる白い帆を思い描いた。
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