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不機嫌天使の降臨
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職場についてからも、まだ気持ちは弾んでいた。
それが同僚にも伝わったのか、ロッカールームで着替えていると、後輩の石井里奈からさっそく声をかけられた。
「おはようございます、三嶋さん。今朝はなんかいい感じですね」
「えっ、いい感じ?」
「はい。いつもより目がキラキラしてて、雰囲気も柔らかくて……いいことありました?」
すてきな男の子とおしゃべりして、「お嬢さん」と呼ばれたの――そう打ち明けて、里奈と笑い合えればよかったが、千晶は視線を落として口ごもる。
「な、ないけど、別に」
それでもほめてもらえたことがうれしくて、「でも、ありがとう」とつけ加えた。
「もう、三嶋さんたらツンデレちゃんなんだから」
里奈は屈託なく笑いながら、先にロッカールームを出ていった。
千晶より年下だが、いつも明るい彼女は健診センターのムードメーカーだ。
ーーちあちゃんは笑った方がかわいいよ。
順にもそう言われているし、さっきの青年だって、笑いかけたら雰囲気が和らいだ。
里奈のようにはなれないが、なるべく笑顔を心がけるのはいいことかもしれない。
千晶は淡いアプリコット色の制服に着替えると、軽く口角を上げて、ロッカールームを後にした。
「おはようございます」
ナースステーションに入ると、看護師長の田崎が手にしていたリストから顔を上げた。
「おはよう、三嶋さん。ちょうどよかった。朝一番のVIP、担当してもらえる?」
「VIP……ですか?」
ここに検診を受けに来るのはメイプルパークビレッジのオフィスで働く者か、レジデンスの居住者が大半で、いわゆるセレブ族が多い。その対応に慣れている師長があえてVIPと口にするのは、よほどのことと思われた。
「あの、どういう方でしょう?」
「そうね。超絶美形スーパーセレブ男子……って、とこかしら。院長からも、くれぐれもよろしくって言われているの」
「超絶――」
ストレート過ぎる表現に、千晶は思わずふき出してしまう。田崎の表情が大まじめなので、よけいおかしかった。
「あら、でも本当よ。他の人だと、ちょっと舞い上がりそうで心配なの。ほら、三嶋さんはスパダリ系の人が来ても、妙なアプローチしたりしないでしょ」
「はあ」
この健診センターでは、日帰りコースの場合、基本的にひとりの看護師が担当する。レントゲンは技師が、またエコーや内視鏡検査、最終診断は医師が行うが、問診や血液検査をはじめ、センター内の案内など、すべて終了するまでつきっきりで対応するのだ。
もちろんほとんどの看護師は真剣に仕事をこなしているものの、中にはきらびやかな存在に目がくらむ者もいる。過去には有名企業のCEOに自分の連絡先を渡し、問題になったケースもあったという。
(まあ、私には順もいるしね)
千晶が甥と暮らしていることは、田崎も知っている。そんな状況に加え、内気な千晶なら、たとえ超絶美形スーパーセレブ男子が相手でも、妙な展開にはなるまいと判断したのだろう。
「わかりました」
「よかった。じゃあ、さっそく検査項目をチェックしておいてくれる?」
「はい。えっと、お名前は――」
手渡された水色のファイルを開いた途端、千晶は息が止まりそうになった。
(う、うそ!)
アンジェロ・潤・デルツィーノ――問診票に書かれていた名前はクラシック界の貴公子として有名な若手ピアニストのもので、今朝もアラーム音として、愛してやまないその優美な演奏で目を覚ましたのだから。
それが同僚にも伝わったのか、ロッカールームで着替えていると、後輩の石井里奈からさっそく声をかけられた。
「おはようございます、三嶋さん。今朝はなんかいい感じですね」
「えっ、いい感じ?」
「はい。いつもより目がキラキラしてて、雰囲気も柔らかくて……いいことありました?」
すてきな男の子とおしゃべりして、「お嬢さん」と呼ばれたの――そう打ち明けて、里奈と笑い合えればよかったが、千晶は視線を落として口ごもる。
「な、ないけど、別に」
それでもほめてもらえたことがうれしくて、「でも、ありがとう」とつけ加えた。
「もう、三嶋さんたらツンデレちゃんなんだから」
里奈は屈託なく笑いながら、先にロッカールームを出ていった。
千晶より年下だが、いつも明るい彼女は健診センターのムードメーカーだ。
ーーちあちゃんは笑った方がかわいいよ。
順にもそう言われているし、さっきの青年だって、笑いかけたら雰囲気が和らいだ。
里奈のようにはなれないが、なるべく笑顔を心がけるのはいいことかもしれない。
千晶は淡いアプリコット色の制服に着替えると、軽く口角を上げて、ロッカールームを後にした。
「おはようございます」
ナースステーションに入ると、看護師長の田崎が手にしていたリストから顔を上げた。
「おはよう、三嶋さん。ちょうどよかった。朝一番のVIP、担当してもらえる?」
「VIP……ですか?」
ここに検診を受けに来るのはメイプルパークビレッジのオフィスで働く者か、レジデンスの居住者が大半で、いわゆるセレブ族が多い。その対応に慣れている師長があえてVIPと口にするのは、よほどのことと思われた。
「あの、どういう方でしょう?」
「そうね。超絶美形スーパーセレブ男子……って、とこかしら。院長からも、くれぐれもよろしくって言われているの」
「超絶――」
ストレート過ぎる表現に、千晶は思わずふき出してしまう。田崎の表情が大まじめなので、よけいおかしかった。
「あら、でも本当よ。他の人だと、ちょっと舞い上がりそうで心配なの。ほら、三嶋さんはスパダリ系の人が来ても、妙なアプローチしたりしないでしょ」
「はあ」
この健診センターでは、日帰りコースの場合、基本的にひとりの看護師が担当する。レントゲンは技師が、またエコーや内視鏡検査、最終診断は医師が行うが、問診や血液検査をはじめ、センター内の案内など、すべて終了するまでつきっきりで対応するのだ。
もちろんほとんどの看護師は真剣に仕事をこなしているものの、中にはきらびやかな存在に目がくらむ者もいる。過去には有名企業のCEOに自分の連絡先を渡し、問題になったケースもあったという。
(まあ、私には順もいるしね)
千晶が甥と暮らしていることは、田崎も知っている。そんな状況に加え、内気な千晶なら、たとえ超絶美形スーパーセレブ男子が相手でも、妙な展開にはなるまいと判断したのだろう。
「わかりました」
「よかった。じゃあ、さっそく検査項目をチェックしておいてくれる?」
「はい。えっと、お名前は――」
手渡された水色のファイルを開いた途端、千晶は息が止まりそうになった。
(う、うそ!)
アンジェロ・潤・デルツィーノ――問診票に書かれていた名前はクラシック界の貴公子として有名な若手ピアニストのもので、今朝もアラーム音として、愛してやまないその優美な演奏で目を覚ましたのだから。
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