8 / 50
アイスクリームショップのショパンさん
2
しおりを挟む
「あ、お面!」
長い待ち時間を紛らわすためだろう。ショップのスタッフらしいかわいい女の子が、並んでいる子どもたちにお面を配っていた。
「やった!」
「ありがと!」
ハロウィン用のオレンジのカボチャや黒猫のお面をもらって、子どもたちが歓声を上げていたが――。
「見て、ちあちゃん。あの人、大人なのにお面もらってる」
順がおかしそうに呟いた。ひとりおいて、前に並んでいた長身の男性が白いゴーストのお面をもらっていたのだ。
「変なの! 子どもじゃないのに」
「だめよ。そんなこと言っちゃ」
しかし順の声が聞こえたのか、その男性が振り向いた。
「えっ?」
瞬間、千晶は大きく息を呑んだ。
(う……そ)
特徴あるアッシュブラウンのくせ毛、お面がうれしいのか少しほころびかけている形のいい唇。
やはり勘違いではない。
先日のように黒いサングラスをかけていて目元は見えなかったが、そこにいたのはまぎれもなくアンジェロ・潤・デルツィーノだったのだ。
味気ない検査着姿でもかなりめだっていたが、私服姿のアンジェロは高級ブランドの広告から抜け出してきたかのように見えた。
ベビーブルーの薄手のニットと細身のデニム――何気ない格好なのに、ビレッジでよく見かけるおしゃれな人たちにも負けていない……というか、むしろ完勝している。なにしろみんながチラチラと彼に視線を向けているのだから。
だが千晶はすぐに目をそらした。健診センターの看護師のことなど、彼がいちいち覚えているわけがない。だいたい途中からはあんなに不愛想だったのだから、忘れていてもらう方がいい。
ところが次の瞬間、信じられないことが起きた。
「……三嶋さん?」
アンジェロが名字を呼んだのだ。
「三嶋さんですよね、メディカルプラザの?」
「えっ? あ、ああ、はい」
反射的に返事はしたものの、千晶はそのまま固まってしまった。
(何で?)
アンジェロはサングラスを外して、まっすぐな視線を向けてきた。やはり千晶を覚えていたらしい。しかも名字まで。
「僕のこと、わかりますか?」
「はい、アンジェロ……デルツィーノさんですね」
紅茶色の瞳には、うろたえきった自分の顔が映っている。
まさか一昨日の対応がそこまで気に障ったのだろうか? まだ怒っていて、病院にクレームを入れられたらどうしよう? もはや悪い予感しかしなかった。
「ちあちゃん、この人ってお友だち?」
アンジェロと千晶を交互に見やり、順が不思議そうに訊いてきたのだ。
するとそれが聞こえらしく、二人の間に並んでいた上品な老婦人が振り返った。
「あなたたち、お友だち同士なの? だったら、どうぞお先に」
「あ、い、いえ、大丈夫ですから」
「あら、いいのよ。遠慮なさらないで。あなた、お子さんも一緒なんですもの。さあ、どうぞどうぞ」
「……どうもありがとうございます」
親切な申し出を頑固に断るのも気が引ける。千晶はしかたなく順と共にアンジェロのすぐ後ろに移動した。
長い待ち時間を紛らわすためだろう。ショップのスタッフらしいかわいい女の子が、並んでいる子どもたちにお面を配っていた。
「やった!」
「ありがと!」
ハロウィン用のオレンジのカボチャや黒猫のお面をもらって、子どもたちが歓声を上げていたが――。
「見て、ちあちゃん。あの人、大人なのにお面もらってる」
順がおかしそうに呟いた。ひとりおいて、前に並んでいた長身の男性が白いゴーストのお面をもらっていたのだ。
「変なの! 子どもじゃないのに」
「だめよ。そんなこと言っちゃ」
しかし順の声が聞こえたのか、その男性が振り向いた。
「えっ?」
瞬間、千晶は大きく息を呑んだ。
(う……そ)
特徴あるアッシュブラウンのくせ毛、お面がうれしいのか少しほころびかけている形のいい唇。
やはり勘違いではない。
先日のように黒いサングラスをかけていて目元は見えなかったが、そこにいたのはまぎれもなくアンジェロ・潤・デルツィーノだったのだ。
味気ない検査着姿でもかなりめだっていたが、私服姿のアンジェロは高級ブランドの広告から抜け出してきたかのように見えた。
ベビーブルーの薄手のニットと細身のデニム――何気ない格好なのに、ビレッジでよく見かけるおしゃれな人たちにも負けていない……というか、むしろ完勝している。なにしろみんながチラチラと彼に視線を向けているのだから。
だが千晶はすぐに目をそらした。健診センターの看護師のことなど、彼がいちいち覚えているわけがない。だいたい途中からはあんなに不愛想だったのだから、忘れていてもらう方がいい。
ところが次の瞬間、信じられないことが起きた。
「……三嶋さん?」
アンジェロが名字を呼んだのだ。
「三嶋さんですよね、メディカルプラザの?」
「えっ? あ、ああ、はい」
反射的に返事はしたものの、千晶はそのまま固まってしまった。
(何で?)
アンジェロはサングラスを外して、まっすぐな視線を向けてきた。やはり千晶を覚えていたらしい。しかも名字まで。
「僕のこと、わかりますか?」
「はい、アンジェロ……デルツィーノさんですね」
紅茶色の瞳には、うろたえきった自分の顔が映っている。
まさか一昨日の対応がそこまで気に障ったのだろうか? まだ怒っていて、病院にクレームを入れられたらどうしよう? もはや悪い予感しかしなかった。
「ちあちゃん、この人ってお友だち?」
アンジェロと千晶を交互に見やり、順が不思議そうに訊いてきたのだ。
するとそれが聞こえらしく、二人の間に並んでいた上品な老婦人が振り返った。
「あなたたち、お友だち同士なの? だったら、どうぞお先に」
「あ、い、いえ、大丈夫ですから」
「あら、いいのよ。遠慮なさらないで。あなた、お子さんも一緒なんですもの。さあ、どうぞどうぞ」
「……どうもありがとうございます」
親切な申し出を頑固に断るのも気が引ける。千晶はしかたなく順と共にアンジェロのすぐ後ろに移動した。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
叱られた冷淡御曹司は甘々御曹司へと成長する
花里 美佐
恋愛
冷淡財閥御曹司VS失業中の華道家
結婚に興味のない財閥御曹司は見合いを断り続けてきた。ある日、祖母の師匠である華道家の孫娘を紹介された。面と向かって彼の失礼な態度を指摘した彼女に興味を抱いた彼は、自分の財閥で花を活ける仕事を紹介する。
愛を知った財閥御曹司は彼女のために冷淡さをかなぐり捨て、甘く変貌していく。
もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~
泉南佳那
恋愛
イケメンカリスマ美容師と内気で地味な書店員との、甘々溺愛ストーリーです!
どうぞお楽しみいただけますように。
〈あらすじ〉
加藤優紀は、現在、25歳の書店員。
東京の中心部ながら、昭和味たっぷりの裏町に位置する「高木書店」という名の本屋を、祖母とふたりで切り盛りしている。
彼女が高木書店で働きはじめたのは、3年ほど前から。
短大卒業後、不動産会社で営業事務をしていたが、同期の、親会社の重役令嬢からいじめに近い嫌がらせを受け、逃げるように会社を辞めた過去があった。
そのことは優紀の心に小さいながらも深い傷をつけた。
人付き合いを恐れるようになった優紀は、それ以来、つぶれかけの本屋で人の目につかない質素な生活に安んじていた。
一方、高木書店の目と鼻の先に、優紀の兄の幼なじみで、大企業の社長令息にしてカリスマ美容師の香坂玲伊が〈リインカネーション〉という総合ビューティーサロンを経営していた。
玲伊は優紀より4歳年上の29歳。
優紀も、兄とともに玲伊と一緒に遊んだ幼なじみであった。
店が近いこともあり、玲伊はしょっちゅう、優紀の本屋に顔を出していた。
子供のころから、かっこよくて優しかった玲伊は、優紀の初恋の人。
その気持ちは今もまったく変わっていなかったが、しがない書店員の自分が、カリスマ美容師にして御曹司の彼に釣り合うはずがないと、その恋心に蓋をしていた。
そんなある日、優紀は玲伊に「自分の店に来て」言われる。
優紀が〈リインカネーション〉を訪れると、人気のファッション誌『KALEN』の編集者が待っていた。
そして「シンデレラ・プロジェクト」のモデルをしてほしいと依頼される。
「シンデレラ・プロジェクト」とは、玲伊の店の1周年記念の企画で、〈リインカネーション〉のすべての施設を使い、2~3カ月でモデルの女性を美しく変身させ、それを雑誌の連載記事として掲載するというもの。
優紀は固辞したが、玲伊の熱心な誘いに負け、最終的に引き受けることとなる。
はじめての経験に戸惑いながらも、超一流の施術に心が満たされていく優紀。
そして、玲伊への恋心はいっそう募ってゆく。
玲伊はとても優しいが、それは親友の妹だから。
そんな切ない気持ちを抱えていた。
プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。
書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。
突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。
残念に思いながらも、やはり夢でしかなかったのだとあきらめる優紀だったが、そんなとき、玲伊から呼び出しを受けて……
おじさんは予防線にはなりません
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「俺はただの……ただのおじさんだ」
それは、私を完全に拒絶する言葉でした――。
4月から私が派遣された職場はとてもキラキラしたところだったけれど。
女性ばかりでギスギスしていて、上司は影が薄くて頼りにならない。
「おじさんでよかったら、いつでも相談に乗るから」
そう声をかけてくれたおじさんは唯一、頼れそうでした。
でもまさか、この人を好きになるなんて思ってもなかった。
さらにおじさんは、私の気持ちを知って遠ざける。
だから私は、私に好意を持ってくれている宗正さんと偽装恋愛することにした。
……おじさんに、前と同じように笑いかけてほしくて。
羽坂詩乃
24歳、派遣社員
地味で堅実
真面目
一生懸命で応援してあげたくなる感じ
×
池松和佳
38歳、アパレル総合商社レディースファッション部係長
気配り上手でLF部の良心
怒ると怖い
黒ラブ系眼鏡男子
ただし、既婚
×
宗正大河
28歳、アパレル総合商社LF部主任
可愛いのは実は計算?
でももしかして根は真面目?
ミニチュアダックス系男子
選ぶのはもちろん大河?
それとも禁断の恋に手を出すの……?
******
表紙
巴世里様
Twitter@parsley0129
******
毎日20:10更新
俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛
ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎
潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。
大学卒業後、海外に留学した。
過去の恋愛にトラウマを抱えていた。
そんな時、気になる女性社員と巡り会う。
八神あやか
村藤コーポレーション社員の四十歳。
過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。
恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。
そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に......
八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
課長のケーキは甘い包囲網
花里 美佐
恋愛
田崎すみれ 二十二歳 料亭の娘だが、自分は料理が全くできない負い目がある。
えくぼの見える笑顔が可愛い、ケーキが大好きな女子。
×
沢島 誠司 三十三歳 洋菓子メーカー人事総務課長。笑わない鬼課長だった。
実は四年前まで商品開発担当パティシエだった。
大好きな洋菓子メーカーに就職したすみれ。
面接官だった彼が上司となった。
しかも、彼は面接に来る前からすみれを知っていた。
彼女のいつも買うケーキは、彼にとって重要な意味を持っていたからだ。
心に傷を持つヒーローとコンプレックス持ちのヒロインの恋(。・ω・。)ノ♡
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる