流星痕

サヤ

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転の流星

彼女の名

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 お互いの牙が睨み合い、互いに牽制しあっていると、
「グラン兄、俺も戦うよ」
 武器を構えたルクバットが戻ってきて隣に並んだ。
「邪魔だと言ったはずだぞ」
「俺はアリスを守るって決めたんだ。なのに目の前であんな事になっちゃって……。このまま逃げるなんて出来ないよ!アリスの記憶を、取り返すんだ」
 追い払おうとするが、ルクバットは頑として聞かず、仕方なくデジアルに関する情報を与える。
「あの妖精に名前を呼ばれても返事はするなよ。記憶を喰われるぞ」
「分かった!」
 返事と共に、真っ先に突っ込む。
「風切」
 飛標状の武器をデジアル目掛けて投げるが簡単に避けられ、後ろにいるレグルスに向かう。
「くだらねぇ」
 レグルスは狼牙棒を胸の前に出し、円月輪を弾く。
「まだだ。展開、朔春宵さくしゅんしょう
 円月輪は地面に落ちる直前、本来の姿を見せ、宙を縦横無尽に飛び回り、レグルスの身体に切り傷を作っていく。
「ああ、うざってぇ!」
 レグルスはハエを叩き落とすかのように狼牙棒を振り回すが、速度のある円月輪には掠りもしない。
 目の前の事にイラついている様子だが、自分を忘れてもらっては困る。
「俺を忘れてないだろうな?粉塵爆火!」
 グラフィアスが大剣を地面に突き刺すと、隆起した剣山がレグルス目掛けて襲い掛かり、次いで大爆発が起こる。
「よーし、先生!」
 円月輪を手元に戻したルクバットが空に向かって呼び掛けると一羽の鷹が現れ、東風を纏って浮かぶルクバットの背中を掴み、そのまま空高く舞い上がる。
「突撃だ!特攻隊鳥」
 円月輪を先に投げつけ、東風の威力を最大限に上げてレグルス目掛けて特攻する。
 グラフィアスもフォローに回れるよう、噴煙の中を突き進む。
「火龍縛炎弾!」
「うわっ!」
 煙の中から巨大な火の弾が飛び出し、ルクバットは一瞬にして火達磨となって墜落する。
「ちび助!」
「人の心配してる場合か!火龍狂乱舞」
 目の前にレグルスが現れ、炎を纏った狼牙棒を叩きつけてくる。
「くっ、紅蓮炎舞」
 グラフィアスも負けじと応戦し、敵の攻撃を防ぐ。
 重い……。これがスレイヤーの力か!
 手数では確実にグラフィアスの方が勝っているが、レグルスの身体は頑丈で、おまけに体力の回復も早く、彼の暴力的な一打一打に、手が痺れる衝撃が走る。
「うらぁっ」
「ぐっ」
 最後の一打に上手く合わせる事が出来ず、なんとか体剣の腹で受け止め大きく後退する。
 強い。力が違いすぎる。長期戦になれば、確実にやられる。
「グラン兄、大丈夫?」
 持ち直したのか、ルクバットがすぐ近くに来て再び武器を構えた。
「お前、まだ体力は残ってるか?」
「もちろん!ダテに鍛えてないよ」
「そりゃ良かった。今から俺が時間を稼ぐから、今のお前が使える、一番強烈な技を奴にぶつけろ」
「一番……分かった!」
「突っ立ってるだけじゃ俺は倒せねーぞ!」
 レグルスが繰り出す技をグラフィアスはロールフレアで迎え撃ち、再び切り結ぶ。
 その間、ルクバットの詠唱は順調に進んでいく。
「命育む春風よ。その優しき顔を一時忘れ、風の戯れに狂乱せよ。……グラン兄!」
 円月輪が纏う風が強くなり、鉄の軋む音がこちらにも聞こえてくる程の時、合図とばかりに名を呼ばれ、レグルスから飛び退いた。
「いくぞ!吹き荒め、メイストーム!」
 円月輪は地面すれすれを高速で飛び、レグルスを囲うように大きく旋回し、大量の砂塵を巻き上げながら急上昇した。
 その威力は凄まじく、黄色く濁った竜巻は、ルクバット自身上手く制御出来ていないのか、徐々にその範囲が広がってきている。
 良い乾き具合だ。これなら相手は下手に手が出せない。
 砂塵に視界を奪われ無闇に火を放とうものなら、自分に帰るだけだ。
 今のうちに……。
 ルクバットが力尽きる前に、グラフィアスも最大級の魔法詠唱を始める。
「マリドよ。其の炎を持ちて、総てを焦がす地獄を具現せよ。ヴェルメヘル・スコーチ!」
 術を発動させると、周りの空気が焦げ付くような感覚が起き、真上に魔神を模した巨大な炎塊が出現する。
「喰らえ!」
 大剣を一閃するとその魔神、マリドが竜巻に吸い込まれ、あっという間に火竜巻となった。
「くっ」
「うわぁっ」
 マリドが大量の酸素に触れた直後、地面が揺れる程の大爆発が起こり、近くにいたグラフィアスとルクバットも吹き飛ばされた。
 やがて火竜巻は収まり、辺りに静寂が訪れる。
 魔力を使い切ったグラフィアスは、ルクバットが無事なのを確認した後、大剣を片手に、大の字に倒れているレグルスの元へ近付いていく。
 あれだけの大爆発だ。いくらスレイヤーでも、無事ではないはずだ。
 傍らでデジアルが「大丈夫?」と声を掛けており、レグルスが大きく咳き込むのが見えた。
「流石にしぶといな。スレイヤーってのはみんなこんな化物なのかよ?でも、いくらなんでも暫くは動けないだろ。デジアルは頂いていくぞ」
「……く、くくく。はーっはっは」
 気でも触れたのか、レグルスは倒れたまま大声で笑い始めた。
「確かに今のはヤバかったわ。こんなに強くなってたとはな。そんなにあの女の記憶が欲しいのか?けどな」
「え?ちょっと何」
 驚くデジアルをよそにレグルスは妖精を鷲掴みにし、
「俺は、一度手に入れたもんは返さねーぜ?」
「ちょ、くるし……!ぁあああぁアアアぁァ……!!」
「なっ!」
 止める間もなく、デジアルは、レグルスの掌の中で業火に灼かれていく。
「これでヤツは完全に終わりだ!ザマーミロ!」
 デジアルは、あっという間にその形を留めぬ灰へと変わり、その灰すらも乾いた風に乗って遥か彼方へと消えていく。
「貴様!」
 怒りで再び大剣を構えたが、


「そこまでだ!全員大人しくしろ」
 三人は騒ぎを聞き駆けつけた帝都の兵士によって拘束されてしまった。


     †


 レグルスとの激しい戦いを経た末に捕縛された三人だが、ベイドのおかげでグラフィアスとルクバットはすぐに釈放され、ボレアリスが眠る城の客間へと通された。
「グラフィアス、ルク君!良かった、二人とも無事で」
 側でボレアリスの介抱をしていたシェアトがこちらを認めると、安心したように胸をなで下ろす。
「俺達は大丈夫だ。だが……」
 歯切れの悪いグラフィアスを見て、ルクバットが変わりに引き継ぐ。
「アリスの記憶は、取り戻せなかったんだ。デジアルを、燃やされちゃって」
「燃やされた……?それじゃ、アリスの記憶は、どうなっちゃったの?」
 動揺するシェアトに、グラフィアスは自分の知る、デジアルの情報を伝える。
「喰われた記憶は、基本的にはデジアルがその味に飽きれば自然と帰ってくるみたいだが、記憶を奪ったまま死んだ場合、その記憶が持ち主に帰ったという話は、聞かない」
「ならアリスは、もうこのまま、目覚めないってこと?そんなのって……」
 シェアトの絶望的な声は、静かに眠り続けるボレアリスには届かない。


「諦めるのは早いですよ」
 そこに、一人客間を離れていたベイドが、大量の本を抱えて戻ってきた。
「ベイドさん!」
「陛下に事情を説明してきました。先程捕らえられたスレイヤーは、バスター協会に連行され、そこで裁きを受けるそうです」
「それは良いが、その本は?」
「デジアルについて書かれた書物です。他に、秘蔵所に保管されている分も運んでもらえるよう手配しておきました」
「そうか。秘蔵書なら、何か手掛かりが見つかるかもしれないですね。皆で手分けして探しましょ!」
 シェアトの一声で、皆一様にして本に手を伸ばす。


「……」
 本の山に手を伸ばして目次を確認し、デジアルに関する項目を読んではまた別の本を手に取る。
 同じ行為を何度も繰り返すうちに、ルクバットのスピードはどんどんと落ちていった。
 本を開けど、そこに書かれている言葉はあまりにも難しく、早々と閉じては必死にページを捲るシェアトの近くに申し訳無さそうにそっと置く。
 シェアト達の険しい表情を見る限り、誰も明るい情報を得てはいなさそうだ。
 ついにはシェアトも諦めたように目を瞑り、溜め息の代わりのようにパタンと音を立てて、分厚い文献書を閉じる。
「ダメ……。どこを見ても、デジアルが死んだ後の、記憶の行方については書かれていない」
「こちらも同じです。デジアルの生態系、記憶を奪われない為の対処法が殆どですね。デジアルの死後、記憶を取り戻した話もありますが、元からの契約で成り立っているみたいです」
 ベイドも分厚い古文書を片手にそう答える。
 そしてグラフィアスも同じだ。
「デジアルは今じゃ絶滅種だ。それに元々火の帝国ポエニーキスの地域にしかいなかったから、フォボスあっちの帝都に行けば詳しい文献があるかもしれないが、俺達がそれを見るのは難しいだろうな」
 これまでに得たデジアルの情報は、大して増えていない。
 彼らは生物固有の名前を媒介としてその記憶を喰らう。
 また美食家の面もあり、狙われるのは人生経験が浅くても、警戒心が薄く強い輝きを放っている子供が多い。
 記憶を喰われた者は、デジアルがその記憶に飽き、返してくれるまでは眠りについている場合が殆どで、目覚めたとしても一切の記憶を持たず、廃人同然だと云う。
 記憶を喰われないようにする為には、名前を呼ばれても返事をしないか、名前を知られないようにするかだ。
 喰われてしまっては、遅いのだ。
「どうすれば……え?」
 暗い顔でベッドを見ると、なんとボレアリスが目を覚ましていた。
「アリス!」
 思わず叫び駆け寄ると、他の三人も周りに集まってきた。
「良かった、目が覚めて。もしかして、記憶が戻ったの?」
「…………」
 期待を込めて話し掛けるが、彼女は焦点の合わない虚ろな瞳で、ぼんやりとしている。
「アリス……?俺が、分かる?俺達の事、覚えてる?」
 嫌な予感がする。
 不安で質問攻めになりそうなところに、シェアトが肩をそっと叩いて落ち着かせてくれた。
「アリス、話せる?私達が言っていること、分かる?」
 問われたボレアリスは暫くはぼんやりとした表情をしていたが、やがて焦点をはっきりとさせ、そして明らかに不愉快そうな表情を浮かべて答えた。
「……さっきから、誰の名前を呼んでるか知らないけれど、私はアリスなんて名前じゃない」
「アリスじゃないって……。それじゃ、アナタは一体、誰なの?」
 シェアトの戸惑った問いに、彼女は毅然と、そしてはっきりとこう述べた。


「私はアウラ。グルミウム王国の王女、アウラ・ディー・グルミウムだ」
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