流星痕

サヤ

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結の星痕

常夏の一時

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 夏も終わりを迎えようとしているとは言え、この時期の雨は、まだまだ沢山の湿気を含んでいる。
 なんとか一雨来る前に協会に戻って来られたグラフィアスは、念の為武器つ付いた湿気や汚れを拭おうと、準備を始める。
 普段から抜き身の状態なので少しでも手入れを怠ると、すぐに不調を来す。
 各自割り当てられた部屋に戻り、大剣を背から降ろして寝台に腰掛ける。
 柄の部分を持って片手で持ち上げ、光の加減を変えながら全体を満遍なくチェックする。
 どうやら、どこにも不備は見当たらないようだ。
 よし。これなら軽い手入れだけで済むな。
 軽く安堵し、グラフィアスは手持ちの研石で軽く研磨し、錆止めとしてオリーブ油を全体にムラ無く丁寧に塗り付ける。
 そして仕上げに柔らかな羊毛で吹き上げれば終了、というところで、外から騒々しい音が響き、勢い良く部屋の扉が開かれた。
 そこに立っていたのは、ルクバットだった。
 雨に降られたようで全身ずぶ濡れで、髪の毛からは大粒の雫がぼたぼたと滴っている。
「降られたのか。災難だったな」
 グラフィアスは一旦大剣を横に置き、机に置いてあった大きめのタオルを手に取り、ルクバットの頭上へ乱雑に落とす。
「グラン兄……」
 ぽつりと、ルクバットは絞り出すように呟き、涙を湛えた瞳を上げた。
「俺、もっと強くなりたい。だから、俺に剣を教えて欲しいんだ!」
「……」
 それは、以前にも聞いた台詞だ。
 だが今回は、前に聞いたそれとは明らかに重みがあった。
 何かを決心したような、心の底から強くなりたいと願う、そんな強い意志が伝わってくる。
 彼がこう言う時は、間違いなくアウラが絡んでいる。
「それと、これ……」
 かちゃりと音を立てて差し出してきたのは、アウラがスレイヤー承認の際に受け取った節刀だった。
「アウラに返そうとしたら、そのまま持ってろって言われて……。でも俺、刀なんか使った事ないからさ。グラン兄が持ってた方が良いと思うんだ」
「……お前は、武器を他人に預ける意味を知らないのか?」
「え?」
 この様子だと、分かっていないようだ。
 それもそのはずだ。
 そんな行為に意味を見出しているのは、武を重んじるポエニーキスの武人くらいだ。
 武器は、武人の魂そのもの。
 それを他人に預けるというのは、命を差し出すのに等しい。
 あの女アウラも、この意味を知らずなに預けたのか……?
「グラン兄?」
 なかなか返事をしないグラフィアスに声を掛けるルクバット。
「……分かった。だが預かるだけだ。これを使えるのは、お前かあいつだけだからな。いいな?」
「……?うん。ありがとう」
 今一状況を理解していないルクバットから節刀を受け取る。
 グラフィアスはそれを肩に掛けるようにして背中を向ける。
「それとな。前にも言ったが、俺は稽古はつけないからな」
「そんな!俺もっと強くなりたいんだよ。もう頼れるのはグラン兄しかいないんだ。だからお願いなんだ、何でもするからさ!」
 必死に訴えるルクバットだが、グラフィアスは顔を合わせず、節刀を寝台脇に置いて大剣の手入れに戻る。
「お前が言ったんだぞ。剣は使えないって。俺とお前じゃ、戦闘スタイルが違いすぎる。ズブの素人ならともかく、今の俺に教えてやれる事なんて何も無い」
「そこをなんとか……」
「甘えるな!誰かに強くしてもらおうとしている内は、絶対に強くなんてなれないやしない!」
「……っ」
 ぐぅ、と押し黙るルクバット。
 グラフィアスは、磨き終えた大剣の最終チェックをし、手入れ道具を片付け始める。
「強くたきゃ盗め。貪欲にな」
「グラン兄……」
 グラフィアスはそれ以上何も言わない。
「分かった。ありがとう、グラン兄」
 ルクバットは深々とお礼をし、そしてようやく部屋から出て行った。
 それを見届けてから、グラフィアスは軽いため息をつく。
「つくづく甘いな。俺も」
 そう呟いた瞬間、


 ぼぅ、


 唐突に火が炊き上がる音が聞こえ、暖炉にくべられていた薪が爆ぜる音が部屋に響いた。
「何だ?」
 不思議に思い近付いてみると、暖炉の中で青い炎が揺らめいていた。
 その炎は、意志を持っているかのようにゆらゆらと揺らめいている。
「……ち。そういう事か」
 その炎を見つめながら、グラフィアスは苦々しげにそう舌打ちした。


     †


「……これって」
 雨に降られ、すっかり冷え切った身体を湯殿屋で温めたアウラとシェアトは、宿舎のアウラの部屋で雑談をしていた。
 その際に、アウラが飲み物を作ってくれ、たった今、それが目の前に置かれた。
 見た目はカプチーノやカフェラテのようだが、それらよりも泡の量が少なく、おそらくシェアトはよく知った飲み物。
 それを肯定するように、アウラはにこりと微笑み、その名を口にする。
「はい。フラットホワイト」
「なんだ。アウラも知ってたんだ」
「うん。昔、ベナトに教えてもらってたんだ。ヴェガさんが、あいつに教えてたんだろうね。ホットで良かった?」
「大丈夫、ありがとう」
 アウラが席を挟んで向かい側、自分の正面に座るのを確認してから、目の前に置かれたフラットホワイトを眺め、一口飲む。
 父が淹れてくれていた物より、エスプレッソの苦みが深い。
「少しアレンジしてるから、前にシェアトが淹れてくれたやつより、ちょっと苦いかもしれない」
「そうだね。でも、これもすごく美味しいよ。……昔はお父さんが淹れてくれたやつも苦くて飲めなかったのに、こんなに美味しかったんだね」
 ちょっとした変化だが、シェアトにはそれが嬉しく感じられた。
 そして、自分の知らないところで父との繋がりを見つけられた事も。
「……ねえ。アウラってもしかして、ベナトシュさんのこと好きだったの?」
 暖かいコップを弄りながら投げかけた、唐突な質問。
 今に至るまでのアウラの様子を見ていて、何となくそんな感じがして聞いてみた。
 アウラはその質問の意味を正確に読み取ってくれたようで、飲もうと口元まで運んでいたコップの動きがぴた、と泊まり、暫くして机の上に置いた。
「んー……。どうだろう?別に嫌いじゃなかったけど、そういうのとは、多分違うと思う」
「あ、否定はしないんだ」
 あまりにも素直な反応が返ってきた為そう言うと、アウラは可笑しそうに笑った。
「一応ね。でも、質問しておいてその反応はあんまりだな」
「ああ、ごめんごめん。じゃあ違うって言うんなら、どういうのなの?」
「そうだな……。どちらかというと、父親みたいな存在、かな?とは言っても、父様とはかけ離れた性格だったけどね。年齢が近いくらいかな」
「そっか。お父様とは、仲が良かったの?」
「とても厳しいけど、優しい方だったよ。国王だから忙しくて、あまり構ってはもらえなかったけど、エルと一緒にイタズラとかして、一緒に怒られてた」
 エル……。エラルドさん。近衛師団の団長で、ルク君のお母さん。
 アウラとしての顔を見せるようになってからは、よく出てくる名前だ。
「アウラはエラルドさんとは、いつから一緒にいるの?」
「生まれた時からずっとだよ。エルは父様の盾だから、重要な任務がある時はいないけど、誰よりも私の側にいてくれた、とても大切な、私の翼だ」
 口調も表情も、とても柔らかい。
 心の底から大切に思っている証拠だ。
「そっか……。幸せ者だね、アウラは」
「うん、そう思うよ。……ところで、さ。シェアトの方こそどうなの?」
「え、私?何が?」
 質問ばかりしていたので、アウラが何を聞いているのか分からない。
 するとアウラは、悪戯っぽくにやりと笑う。
「またぁ、とぼけちゃって。シェアトは好きな人とかいないの?私だけに質問して、自分は逃げるとかないよね?」
「えー?いないよ。村はお年寄りばかりだし、学校ではエニフ様に教わるか、子供に教えてるくらいだから、あまり男性に会わないし」
「そのエニフ様は?」
「ないない!確かに憧れではあるけど、好きとかそんなんじゃないよ!」
 そもそも、天子様の元夫だなんて知った今じゃ、普通に会話するのですら気が引けるよ……。
 両手で大きく否定すると、アウラは尚も面白そうに笑う。
「ふーん?ならあいつらの中から選ぶか……。何気にグラフィアスと仲良いよね?」
「たまたま話したい事がいっぱいあっただけだよ、普通だから」
「そう?まあ、属性的な相性は良くないよね。じゃあフォーさんは?大人しいし優しいし、ピッタリじゃない?」
「なんでそうなるの?そりゃ、フォーさんは優しいと思うけど……」
「意外と拘るんだね。ルクバットはちょっと許可を出せないし……あ、もしかしてベイド狂を狙ってる?あまり良い趣味とは思えないけど」
「ちーがーいーまーす~。はい、もうこの話終わり!話題変えよ」
 顔を真っ赤にして抗議すると、アウラはさも楽しそうに笑う。
「あはは!ごめん、冗談。はぁ~。なら、最後の目的地の話でもする?あそこは冬場でも気温が三十度を超える事もあるから、行くのは年末まで待とうと思ってるんだ。だから……」
 女同士の他愛ない会話。
 そんな穏やかな時間が流れるこの瞬間を、幸せだと感じながらシェアトはアウラの言葉に耳を傾ける。
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