流星痕

サヤ

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結の星痕

あらゆる過程

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 一年間で九番目の月、ヴァルゴ。
 まだまだ残暑のきつい時期だが、日を追う事にだんだんと涼しげな風が舞い込み、日中も過ごしやすい時間が増えてくる。
 西に国を構える雷の帝国カメロパダリスに至っては、既に秋色に染まっている。
 フォーマルハウトはベイド達の居住区である研究所を目指し、一人紅葉を楽しみながら森の中を歩いていた。
 最後の巡礼地、火の帝国ポエニーキスに向かうのが年末と知らされた彼等は、土の天地エルタニンで調べ物をした後、研究環境の整っている自分達の研究所へと戻っていた。
 フォーマルハウトの上司であるアクベンスより、アウラに関する全権は任せられたが、ベイドの研究については何も言われていなかったのが気掛かりで、アクベンスに確認をとると「今まで通り監視者としての役目を果たせ」とだけ言われた。
 つまり、研究は今の所続けるが可能というわけだ。
 しかし義兄の事だ。
 研究に関与せず放任しておくと、いうまた危険分子と見なすか分からない。
 原子分解再構築。
 この研究の行く末がどんなものなのか、監視者として、把握しておく必要がある。
 アウラの事も気になるが、彼女の場合、一点に留まる事が殆ど無く、同行も本人が許可しない為、見守る事が難しい。
 少し前までは精神的に不安定でもあったが、今は落ち着いており、本人も「何かあれば声を掛ける」と言ってくれたので、フォーマルハウトは安心して本国を離れる事が出来た。
 ベイド達の研究所はカメロパダリスの帝都より、かなり東北の位置にある森の中に建っている。
 フォーマルハウトは船で西の大陸へ渡り、そこからはひたすら北を目指し、本国を出立してから一週間程かけてようやく目的地の森へと入った。
 本来であればこれ程までに時間は掛からないのだが、紅葉のあまりの美しさに見惚れ、所々でスケッチブックを開いていたら遅くなってしまった。
 鉛筆だけで描くならもっと早く描けるが、油絵に拘ってしまった自分を恥じつつ、今は目だけで景色を楽しみながら目的地へと急ぐ。
 渡された地図を頼りに道を歩いて行くと、木々に隠れるようにして、横に平たく広がった一つの建物が見えてきた。
 白を基調としたその建物からは物音一つせず、中に人がいるような気配は伺えないが、ここがベイド達の研究所で間違い無いだろう。
「入口は……ここ、だよね?」
 特に何の変哲も無い扉の前に立ち首を傾げる。
 シェアトに、ベイド達の研究所の場所を尋ねた時、彼女は何やら含み笑いを浮かべて「頑張って入って下さいね」と言っていた。
 てっきり、難解な暗号の開錠か、防犯用の高電圧でも敷いてあるのかと思ったが、暗号を打ち込むような物も、小石をドアノブに当ててみても何の反応も無い。
 一体、何を頑張るんだろう?
 不思議に頭を傾げるが、いつまでもこうしていても拉致があかない。
 とにかく確認しようと呼び鈴が見当たらない扉を軽くノックする。
 しばらく待つが、返事は無い。
 もう一度、さっきより強めに叩く。
「すみません!どなたかいらっしゃいますか?」
 声を掛けてみても、返事は無い。
 これだけ横に広がっていては、近くにでもいない限り聞こえなくても無理は無い。
「困ったな」
 悪いと思いつつドアノブを捻ってみるが、ガチャガチャと虚しい音だけが響くだけでびくともしない。
 一度扉から離れ、壁沿いに歩きながら建物の周りを見渡す。
「他に入口らしき場所は見当たらないけど……あ。あれは」
 裏手へ回ってみると、無造作に木を切り倒して作ったような空間に、見覚えのある船が置かれている。
 ベイドの兄、シェリアクが操縦し、皆で風の王国 グルミウムへ向かう時に使った飛行船だ。
「やっぱり、ここはあの兄弟の研究所で合ってるみたいだ……。すみませーん、ベイドさん、シェリアクさーん?」
 もしかしたら船の中にいるかもしれないと声を掛けるが、やはり返事は無い。
「はぁ……。他に入口は見当たらないし、出掛けてるのかな?」
 訪問する旨を伝えていなかったので、留守という線も十分に考えられる。
「参ったな。このまま待っていてもいつ戻ってくるか分からないし……。一度協会に戻るのもな」
 あれこれ悩みながら念の為、もう一度入口を叩く。
 強めのノック音の後に広がる、しばしの沈黙。
「やっぱりいないか」
 そう諦めかけたその時、
「……おや?そこにいるのはフォー君かい?」
 機械がかった、聞き覚えのある喋り方が頭上から降ってきた。
 見上げるも特に変わった物は見当たらなかったが、確かに聞こえた。
 フォーマルハウトは上を向いたまま声の主の名を呼ぶ。
「あ、シェリアクさん、ですか?」
「ああ。こんな所までどうしたんだい?」
「急にお訪ねしてすみません。実は、あなた達の研究がどうなっているのか気になりまして」
 途端、シェリアクの声のトーンが上がる。
「ああ、そうだったのか。それはご苦労様。是非上がってくれたまえ。鍵は開いているよ」
「え?でも……」
 先ほど試したが、扉は開かなかった。
裏手に回っているうちに開いたのかと扉に手をやるが、やはり開かない。
「シェアトさんが言ってた頑張ってって、これの事か」
 フォーマルハウトは一旦扉から離れ、入口全体を見渡す。
 一見ただの扉だけど、あの兄弟の研究所だから、普通の開け方じゃないんだ。他に取手になりそうな箇所は……。
「あれ?何だろう、あの窪み」
 扉の下部中央に、ちょうど片手が入れられるくらいの小さな窪みを見つけ、続けて上を見上げる。
 扉の手前に、僅かながら隙間が見える。
 もしかして……。
 半信半疑ながらも身を屈め、その窪みに手を差し込み、ぐっと上へ力を込める。
「ん、うわっ!?」
 扉は想像していたよりも軽く、扉は勢い良く上に吸い込まれ、支えを失くしてバランスを崩したフォーマルハウトはそのまま前へた突っ伏した。
「いてて……」
「おやおや、大丈夫かい?」
 いつの間にか近くに来ていたらしいシェリアクの声が、またも頭上からする。
「ええ、なんとか。でもびっくりしまし、た……?」
 言いながら頭を上げ、言葉を失った。
 目の前に、見知らぬ男性が立っている。
 いや、それにしては妙な既視感を覚える。
 無作為に伸ばしてあちこちハネている琥珀色の髪。
 その髪と同色の瞳は、猫のように丸く大きい。
 服装は白を基調としているが、あちこちくすみ、細身の体型よりも遥かに大きい。
 この人、どこかで……。いや、それよりも今の声って。
「シェリアク、さん?」
 上擦った声のまま尋ねると、彼は特に態度を変える事なく答えた。
「ん。そうだけど、どうかしたかい?」
「その、姿……。元の姿に戻れたんですね?すごいや!研究は上手くいったんですね」
 喜びそうはしゃぐと、シェリアクは今更気付いたように笑う。
「あー、うん。そうだね。久方ぶりの肉体だよ。けど残念だが、まだ研究は完成してないんだよ」
「え?」
「兄さん!」
 はてと首を傾げていると、廊下の奥からベイドが慌てたように走ってきた。
「勝手に飛び出さないで下さい。そろそろ時間なんですから」
「ああ、悪いベイド。彼にも見せてやりたくてついね。今戻るよ。さ、フォー君も中に入って」
「あ、はい」
 差し出された手を自然と取ると、シェリアクの想いが伝わってきた。
 ……あれ?
 しかしそれは、今までのように言葉としてではなく、もっと漠然とした感情だった。
 歓喜に満ちた幸福感と、更に高みを目指そうとする向上心。そして、悲しみを湛えた哀愁感。
 それぞれが複雑に入り混じった、奇妙な感情。
 ……まただ。
 自分の手を、呆然と見つめる。
 強くなろうと決め、手袋を外したあの日から、人の心を読み取る力が落ちてきている。
 何故だかは分からないが、おかけで前よりも人に怯える必要が無くなった。
「フォー君?」
 遠くからシェリアクが声を掛ける。
「あ、今行きます」
 慌てて後を追う。
 力の事は気になるが、今は目の前の事に集中だ。


 二人が案内してくれた研究室は、かなり巨大な装置や、モニターが所狭しと並んでいて、どれが何の機能を果たすのか、フォーマルハウトにはさっぱりだが、その中の一つだけ、異様な物があるのに気付く。
 二つのカプセルが上部の太いパイプで繋がれた謎の装置。
 一つは空で、一つは薄黄色の液体に満たされている。
 何に使うんだろう?
 それに気を取られていると、後ろから兄弟の会話が耳に入ってくる。
「ベイド、どれくらい経った?」
「間もなく十分。今までなら、そろそろですね」
 ベイドは懐から取り出した懐中時計を見つめそう呟く。
「ああ、どうやらそのようだね」
「え……?」
 自らに起きた異変に、シェリアクは悲しげに言う。
 彼の身体は、消えかけの灯火のように、何度も明滅を繰り返し、徐々に透けてきている。
「しえ、シェリアクさん、その身体……」
「驚いたかい?これが今の私達の、研究成果だよ」
 シェリアクはそう笑いながら、例のカプセルの、空の方へ入っていく。
 そして数秒もしないうちに、彼の肉体は強い閃光を放ち、跡形も無く消えてしまった。
 その代わりに、液体しか無かった水溶液に、光の塊のような物が浮かんでいた。
「これは、一体……」
 現状が理解出来ずに固まっていると、ベイドが見覚えのあるロボットを、空になったカプセルに入れた。
 すると水溶液に浮かんでいた光の塊がすぅ、と消え、ガタガタとロボットが動き出す。
「……九分十七秒。先ほどより伸びませんでしたね」
 隣に立つベイドが紙に記しながら呟く。
「ナカナカ難シイネ。人間ノ集中力ノ限界ダネ」
 やれやれといった感じでロボットがカプセルの中から出てくる。
「シェリアクさん?」
 それは、以前にも見たシェリアクの姿だった。
「どういう事ですか?さっきの姿は一体?」
「どうもこうも、これが今の我々の研究の限界ですよ。兄は一時的、ほんの数分だけ、自分の肉体に戻る事が出来るようになったんです」
「デモコレニハ、カナリノ集中力ト負担ガ掛カル一時的ノ回避ニシカスギナイ」
 ベイドとシェリアクが口々にそう説明する。
 つまりは、研究完成は、まだまだ遠い、という事だ。
「少シ休憩シヨウカ。少シ疲レタヨ」
 シェリアクは緩慢な動きで、片隅にあるスタンドコードを引っ張り出して、がちゃりと体と接続した。
 そしてベイドは淹れたてのコーヒーを出してくれ、自身は机の上に広げられた用紙に目を通し始める。
 かなり細かく書き込みがされており、ぱっと見ただけでは理解出来ない。
「やっぱり、難しいんですね」
「今マデ、誰モガ失敗シテキタ物ダカラネ」
 シェリアクの声は楽観的で、あまり悲観してはいないようだ。
「僕にも、何か手伝える事があれば良いんですけど」
「気持チダケデ十分ダヨ。成功ヲ祈ッテクレ」
 遠回しに断られる、柔らかな拒絶。
 だがその中で、黙っていたベイドが唐突に口を開いた。
「……本当に、支援したいとお考えてますか?」
「ベイド?」
「兄さん、少し試したい事があるんです。今までとはまた別の観点から、この研究に取り組んでみたいんです」
「ソレハ、ドウイウ物ナンダイ?」
「転生式を安全に行えるという最終目的は同じです。ただその過程は、内なる龍を起こさないのではなく、龍と安全に向き合えるようにするんです」
「龍と安全に?」
「方法はまだ模索段階ですが、その方がその後のリスクも減ります」
 正直、要約を聞いてもあまりピンと来ないが、今までと違う方法を試したがっている、というのは分かる。
 かなり漠然として勝算も何も無いようだが、シェリアクはそれを否定する事なく微笑んだ。
「ソウカ。遂ニオ前ノヤリタイ事ガ見ツカッタンダネ。オメデトウ」
「ありがとうございます。勿論、兄さんの研究は、今後も協力ささてもらいますよ」
「アア。ドチラガ先ニ辿リ着クカ、楽シミダナ」
 笑いあう兄弟。
 その中で取り残された感のフォーマルハウトが声を上げる。
「あ、あの。僕は何を手伝えば良いんですか?」
 ベイドは観察するようにこちらを一瞥して、にこりと微笑む。
「貴方は、貴方が出来る事をやってくれらば良いんですよ」
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