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無人の受付を済ませ、ユイの手を引いて足早に部屋に入る。
ユイは、部屋のドアが閉まるなり、落ち着かない様子で辺りを見回した。
「……トイレ」
「奥」
聞くやいなや、ぱたぱたとトイレへ向かっていった。
残された鷹臣は、床に置かれたユイの荷物に視線を落とした。
古くて、ところどころほつれている黒いリュック。
ファスナーが少し噛んでいて完全に閉まっていなかった。
(後で俺の話もするとして、とりあえずどんな子なのかは…知っておかないと、)
鷹臣は、申し訳なさそうにファスナーをそっと開けた。
中は、ぐちゃぐちゃだった。
本来は外につけるはずのヘルプマークのタグ
潰れたパン
くしゃくしゃのハンカチ
溶けかけたキャンディと個包装のチョコ
ひだまりベーカリーと施設名の入ったの名札
未開封のコンドームの箱、開封済みの個包装
新品ではなさそうなディルドとローター
用量が合っていなく余った緊急避妊薬
飲みかけの抑制剤
ちぎれたカラー
折れたメモ用紙に、読めない字
知能が低いΩは、教えられないまま、渡されたものを断れないまま、一番先に“都合のいい存在”にされる。
そんな残酷な事実を喉元に突きつけられた気持ちだった。
(これは、思ったより…酷そうだな)
たしかにここ数日は忘れていた。
しかし、ここまで来て見て見ぬふりはできない。
鷹臣はそっとファスナーを閉じた。
――
しばらくしてトイレの扉が開いた。
ユイが出てくる。
足取りが、少しおかしい。
「……あ」
鷹臣は、すぐに気づいた。
ズボンの内側。
太ももに、伝う別の雫。
「……でちゃった。おしっこ、しっぱいした」
ユイは、困ったように言った。
その目は、責める声を待っているようだった。
「あー…大丈夫、大丈夫だから」
鷹臣は、短く言った。
洗面所へ連れて行きタオルを濡らす。
手早く、丁寧に汚れを拭いてやる。
着替えを手伝う途中で、どうしても、触れてしまう。
そのとき、鷹臣は見てしまった。
皮膚に残る、消えかけた跡。
色、形、傷跡はどれも怪我だけでは説明がつかないものだった。
ユイが気にしていた、太ももから伝うこびりついた汚れも。
鷹臣は、視線を逸らした。
指先が震える。
αとして今まで生きてきたが、こんな他害を目の当たりにしたことはなかったからだ。
「……ねむい。だっこ」
バスローブに着替えたユイが、ぽつりと言う。
「しない」
自分はそんなαとは違う、決して。
だから不必要に触れたくなかった。このΩに対して、いつ本能が出るかわからないからというのもある。
「だっこ!して!!」
ユイの声が跳ねる。
鷹臣は、天井を見上げ、ため息をついた。
「……お姫様か」
呆れたように言って、それでも腕を伸ばす。
これは、そう、お姫様の命令に従っただけ。
自分は他とは違う、誠実な人間。
抱き上げると、甘いフェロモンが、近すぎる距離で広がった。
喉の奥がひりつき、αの本能が、うずく。
欲が薄い自覚はある、しかしΩのフェロモンはどんなαにとっても事故が起きる危険があるのは知っていた。
(見るな、考えるな…。寝る、寝るだけ)
ベッドに横になり、なるべく体が触れないように、ユイを腕の中に収める。
不必要には触れない、抱き締めるだけ。
しかしユイはそんな鷹臣の気も知らず、鷹臣の胸におでこをすり寄せ、ぐりぐりした。
子供が眠いときの仕草がそのまま残っている。
「たかおみさん、たかおみさん…ありがとう、」
体重を預けて、甘く名前を呼び、いつしか眠りについた。
鷹臣は、目を閉じなかった。
欲は確かにそこにあったが、それ以上に守るべきラインがはっきり見えていた。
理性を盾に、夜は静かに流れていった。
ユイは、部屋のドアが閉まるなり、落ち着かない様子で辺りを見回した。
「……トイレ」
「奥」
聞くやいなや、ぱたぱたとトイレへ向かっていった。
残された鷹臣は、床に置かれたユイの荷物に視線を落とした。
古くて、ところどころほつれている黒いリュック。
ファスナーが少し噛んでいて完全に閉まっていなかった。
(後で俺の話もするとして、とりあえずどんな子なのかは…知っておかないと、)
鷹臣は、申し訳なさそうにファスナーをそっと開けた。
中は、ぐちゃぐちゃだった。
本来は外につけるはずのヘルプマークのタグ
潰れたパン
くしゃくしゃのハンカチ
溶けかけたキャンディと個包装のチョコ
ひだまりベーカリーと施設名の入ったの名札
未開封のコンドームの箱、開封済みの個包装
新品ではなさそうなディルドとローター
用量が合っていなく余った緊急避妊薬
飲みかけの抑制剤
ちぎれたカラー
折れたメモ用紙に、読めない字
知能が低いΩは、教えられないまま、渡されたものを断れないまま、一番先に“都合のいい存在”にされる。
そんな残酷な事実を喉元に突きつけられた気持ちだった。
(これは、思ったより…酷そうだな)
たしかにここ数日は忘れていた。
しかし、ここまで来て見て見ぬふりはできない。
鷹臣はそっとファスナーを閉じた。
――
しばらくしてトイレの扉が開いた。
ユイが出てくる。
足取りが、少しおかしい。
「……あ」
鷹臣は、すぐに気づいた。
ズボンの内側。
太ももに、伝う別の雫。
「……でちゃった。おしっこ、しっぱいした」
ユイは、困ったように言った。
その目は、責める声を待っているようだった。
「あー…大丈夫、大丈夫だから」
鷹臣は、短く言った。
洗面所へ連れて行きタオルを濡らす。
手早く、丁寧に汚れを拭いてやる。
着替えを手伝う途中で、どうしても、触れてしまう。
そのとき、鷹臣は見てしまった。
皮膚に残る、消えかけた跡。
色、形、傷跡はどれも怪我だけでは説明がつかないものだった。
ユイが気にしていた、太ももから伝うこびりついた汚れも。
鷹臣は、視線を逸らした。
指先が震える。
αとして今まで生きてきたが、こんな他害を目の当たりにしたことはなかったからだ。
「……ねむい。だっこ」
バスローブに着替えたユイが、ぽつりと言う。
「しない」
自分はそんなαとは違う、決して。
だから不必要に触れたくなかった。このΩに対して、いつ本能が出るかわからないからというのもある。
「だっこ!して!!」
ユイの声が跳ねる。
鷹臣は、天井を見上げ、ため息をついた。
「……お姫様か」
呆れたように言って、それでも腕を伸ばす。
これは、そう、お姫様の命令に従っただけ。
自分は他とは違う、誠実な人間。
抱き上げると、甘いフェロモンが、近すぎる距離で広がった。
喉の奥がひりつき、αの本能が、うずく。
欲が薄い自覚はある、しかしΩのフェロモンはどんなαにとっても事故が起きる危険があるのは知っていた。
(見るな、考えるな…。寝る、寝るだけ)
ベッドに横になり、なるべく体が触れないように、ユイを腕の中に収める。
不必要には触れない、抱き締めるだけ。
しかしユイはそんな鷹臣の気も知らず、鷹臣の胸におでこをすり寄せ、ぐりぐりした。
子供が眠いときの仕草がそのまま残っている。
「たかおみさん、たかおみさん…ありがとう、」
体重を預けて、甘く名前を呼び、いつしか眠りについた。
鷹臣は、目を閉じなかった。
欲は確かにそこにあったが、それ以上に守るべきラインがはっきり見えていた。
理性を盾に、夜は静かに流れていった。
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