13 / 41
11
しおりを挟む
布団に入ってからも、ユイは落ち着きなく身体を動かしていた。
「ん、」
シーツがこすれる小さな音。
足先がもぞもぞと揺れ、時折、寝返りを打つ。
布団で仰向けになっていた鷹臣は、天井を見たまま、低く声をかけた。
「……寝れない?」
少し間があって、ユイの声が返ってくる。
「……うん」
暗がりでも分かる、気配の揺れ。
ベッドの端がきしむ。
「ねえ、さみしい、って……へん?」
唐突だった。
けれど、その言葉は、さっきまでの出来事の延長線にあった。
「ゆい、ひとりぐらしだから。ずっと。
あのおうち、しずかで……だれも、いないから」
ぽつぽつと話す。
鷹臣は、身体を起こした。
布団の上に片肘をつき、ユイのほうを見る。
「……寂しかったらどうしてた?」
問い返すと、ユイは少し考えた。
「……がまん、する。それか、あっくん」
それが答えだと思ってきた声だった。
「……でも、きょうは、たかおみさん、いるもんね」
その言い方が頼るでも縋るでもなく、ただ確認するみたいで、胸にきた。
少しの沈黙のあと、ユイが続ける。
「……おとうさんと、おかあさんね、ゆいと、いっしょにいられなくなったの」
話題が、ゆっくりと深いところへ降りていく感覚。
鷹臣は、何も言わずに聞いた。
ユイの指が、シーツの端を掴む。
「……よるねてたら、だれかが…むりやりした。
からだ、いたくて、こわかった」
鷹臣の背筋が、すっと伸びた。
一緒にいられなくなった原因がそれなのか。
胸の奥で、何かが静かに崩れた。
「……おなかに、あかちゃん、いた」
だとしたら、本来なら守るべきなのに、なぜ切ったのだろう。
ユイの言葉が、息を吐く音が部屋に落ちる。
「……しらなかったの」
淡々としているのに、感情だけが遅れて追いついてくる。
「……あっくん、おなか、つよく……けって」
名前が出たところで、ユイの声が揺れた。
そこから先は、うまく聞こえなかった。
"しんだ"
とだけ。
ユイは急に身体を起こし、口元を押さえる。
喉が鳴る、苦しそうな声。
「……うっ」
小さく、こぼれる音。
鷹臣は、すぐに立ち上がった。
洗面器を持ってきて、ユイの顔に近づけた。
「大丈夫だよ」
ユイは洗面器に向かって、浅くえずいた。
量は多くない。
身体が追いつかず、ぐずぐずと泣き声が混じる。
「……う、ぇ…ごめんなさい……」
鷹臣は優しく背中をさすって、一緒に持ってきたコップを差し出す。
「ううん、大丈夫だから。口、ゆすごう」
ユイは言われるまま口をゆすぐ。
そのあと、鷹臣が温かいタオルでそっと口元と頬を拭いてやった。
触れ方は、慎重で静かだった。
世話というより、気遣いに近い。
ユイは、洗面器を抱えたまま、しばらく俯いていたが、やがて、洗面器を置き、思い出したように枕元のリュックへ手を伸ばした。
ゴソゴソと中を探り、一番下から、くしゃくしゃの紙を取り出す。
何度も折られ、開かれ、角が丸くなった小さなメモ。
薄明かりに見えたメモには、
『こまったら あっくん よぶ』
と書かれていた。
ユイはそれを胸の前で握りしめ、身体に染み付いた安らぎをなぞるように、深呼吸をしようとした。
「……すっ……」
息を吸う。
「……は、ぁ……」
吐く。
苦しいときは、こうすればいいと教えられた方法。
でも、今日はうまくいかない。
呼吸は浅いまま。胸の奥がざわざわして、収まらない。
指先がメモを強く握ると、くしゃっと音を立てる。
「……あっ……」
明也の名前を呼びかけそうになって、止まる。
そのまま、涙が落ちた。
鷹臣は、少し離れた位置でその様子を見ていた。
メモを取り上げることもできたが、自分がしたいのはそういうことではなかった。
ただ、それがユイを守っていないという事実だけを、胸に刻む。
ユイは、涙で濡れた目を伏せたまま、ぽつりと言う。
「……いや、だったよ」
初めて、感情の名前がはっきり出た。
「…ユイ、」
鷹臣の胸の奥が、ぎゅっと縮む。
ユイは、洗面器を抱え直しメモを握ったまま、ぐずぐずと泣き続けた。
止まらない、子どもみたいな泣き方。
「たかおみさん、ごめんねぇ」
鷹臣は堪らずベッドに座り、ユイが抱えている洗面器をベッド脇に置く。
そうして、縋るユイを抱きしめた。
(こんなに一人で…)
拒む理由がどこにもなかった。
先程追加で飲んだ抑制剤が効きすぎたのか、頭が少しぼうっとする。
めったに飲まないものを多めに飲んでしまったがために、視界の端々がやけに柔らかく映る。
(……ユイ、どうしたら、泣き止むかな)
まだらな思考の中で、ふと、思い出す。
先程のユイからの“ありがとう”のキス。
鷹臣は、ユイの背中を撫で、自分の胸に顔を埋めるユイの頭を優しく撫でた。
「?」
ユイは顔を上げた。
潤んだ目で鷹臣を見つめ、その先を、望むかのように鷹臣のシャツを握った。
「……大丈夫だよ」
低い声で、短く囁いて。濡れて光るユイの小さな唇にそっとキスをした。
ユイの肩の震えが、少しずつ収まる。
呼吸が、整っていく。
「……たかおみさん、すき、かも」
小さく呼んで、そのまま力が抜けた。
ユイは、安心したみたいに眠りに落ちた。
男に触れて口付けをした、という嫌悪感は不思議と浮かばなかった。
それが、今はただ救いだとも思った。
鷹臣はユイを起こさないようにそっと離れ、布団に戻る。
(…ユイを就労支援施設に送ってから、出勤?
いや、ヒートだし、だめか…休むか…)
この夜はきっと、特別じゃない。
(すきかも、か…。優しくされて勘違いしちゃったんだよなぁ。
…起きたらキスしたこと、謝ろう)
時計の針は、静かに進んでいった。
「ん、」
シーツがこすれる小さな音。
足先がもぞもぞと揺れ、時折、寝返りを打つ。
布団で仰向けになっていた鷹臣は、天井を見たまま、低く声をかけた。
「……寝れない?」
少し間があって、ユイの声が返ってくる。
「……うん」
暗がりでも分かる、気配の揺れ。
ベッドの端がきしむ。
「ねえ、さみしい、って……へん?」
唐突だった。
けれど、その言葉は、さっきまでの出来事の延長線にあった。
「ゆい、ひとりぐらしだから。ずっと。
あのおうち、しずかで……だれも、いないから」
ぽつぽつと話す。
鷹臣は、身体を起こした。
布団の上に片肘をつき、ユイのほうを見る。
「……寂しかったらどうしてた?」
問い返すと、ユイは少し考えた。
「……がまん、する。それか、あっくん」
それが答えだと思ってきた声だった。
「……でも、きょうは、たかおみさん、いるもんね」
その言い方が頼るでも縋るでもなく、ただ確認するみたいで、胸にきた。
少しの沈黙のあと、ユイが続ける。
「……おとうさんと、おかあさんね、ゆいと、いっしょにいられなくなったの」
話題が、ゆっくりと深いところへ降りていく感覚。
鷹臣は、何も言わずに聞いた。
ユイの指が、シーツの端を掴む。
「……よるねてたら、だれかが…むりやりした。
からだ、いたくて、こわかった」
鷹臣の背筋が、すっと伸びた。
一緒にいられなくなった原因がそれなのか。
胸の奥で、何かが静かに崩れた。
「……おなかに、あかちゃん、いた」
だとしたら、本来なら守るべきなのに、なぜ切ったのだろう。
ユイの言葉が、息を吐く音が部屋に落ちる。
「……しらなかったの」
淡々としているのに、感情だけが遅れて追いついてくる。
「……あっくん、おなか、つよく……けって」
名前が出たところで、ユイの声が揺れた。
そこから先は、うまく聞こえなかった。
"しんだ"
とだけ。
ユイは急に身体を起こし、口元を押さえる。
喉が鳴る、苦しそうな声。
「……うっ」
小さく、こぼれる音。
鷹臣は、すぐに立ち上がった。
洗面器を持ってきて、ユイの顔に近づけた。
「大丈夫だよ」
ユイは洗面器に向かって、浅くえずいた。
量は多くない。
身体が追いつかず、ぐずぐずと泣き声が混じる。
「……う、ぇ…ごめんなさい……」
鷹臣は優しく背中をさすって、一緒に持ってきたコップを差し出す。
「ううん、大丈夫だから。口、ゆすごう」
ユイは言われるまま口をゆすぐ。
そのあと、鷹臣が温かいタオルでそっと口元と頬を拭いてやった。
触れ方は、慎重で静かだった。
世話というより、気遣いに近い。
ユイは、洗面器を抱えたまま、しばらく俯いていたが、やがて、洗面器を置き、思い出したように枕元のリュックへ手を伸ばした。
ゴソゴソと中を探り、一番下から、くしゃくしゃの紙を取り出す。
何度も折られ、開かれ、角が丸くなった小さなメモ。
薄明かりに見えたメモには、
『こまったら あっくん よぶ』
と書かれていた。
ユイはそれを胸の前で握りしめ、身体に染み付いた安らぎをなぞるように、深呼吸をしようとした。
「……すっ……」
息を吸う。
「……は、ぁ……」
吐く。
苦しいときは、こうすればいいと教えられた方法。
でも、今日はうまくいかない。
呼吸は浅いまま。胸の奥がざわざわして、収まらない。
指先がメモを強く握ると、くしゃっと音を立てる。
「……あっ……」
明也の名前を呼びかけそうになって、止まる。
そのまま、涙が落ちた。
鷹臣は、少し離れた位置でその様子を見ていた。
メモを取り上げることもできたが、自分がしたいのはそういうことではなかった。
ただ、それがユイを守っていないという事実だけを、胸に刻む。
ユイは、涙で濡れた目を伏せたまま、ぽつりと言う。
「……いや、だったよ」
初めて、感情の名前がはっきり出た。
「…ユイ、」
鷹臣の胸の奥が、ぎゅっと縮む。
ユイは、洗面器を抱え直しメモを握ったまま、ぐずぐずと泣き続けた。
止まらない、子どもみたいな泣き方。
「たかおみさん、ごめんねぇ」
鷹臣は堪らずベッドに座り、ユイが抱えている洗面器をベッド脇に置く。
そうして、縋るユイを抱きしめた。
(こんなに一人で…)
拒む理由がどこにもなかった。
先程追加で飲んだ抑制剤が効きすぎたのか、頭が少しぼうっとする。
めったに飲まないものを多めに飲んでしまったがために、視界の端々がやけに柔らかく映る。
(……ユイ、どうしたら、泣き止むかな)
まだらな思考の中で、ふと、思い出す。
先程のユイからの“ありがとう”のキス。
鷹臣は、ユイの背中を撫で、自分の胸に顔を埋めるユイの頭を優しく撫でた。
「?」
ユイは顔を上げた。
潤んだ目で鷹臣を見つめ、その先を、望むかのように鷹臣のシャツを握った。
「……大丈夫だよ」
低い声で、短く囁いて。濡れて光るユイの小さな唇にそっとキスをした。
ユイの肩の震えが、少しずつ収まる。
呼吸が、整っていく。
「……たかおみさん、すき、かも」
小さく呼んで、そのまま力が抜けた。
ユイは、安心したみたいに眠りに落ちた。
男に触れて口付けをした、という嫌悪感は不思議と浮かばなかった。
それが、今はただ救いだとも思った。
鷹臣はユイを起こさないようにそっと離れ、布団に戻る。
(…ユイを就労支援施設に送ってから、出勤?
いや、ヒートだし、だめか…休むか…)
この夜はきっと、特別じゃない。
(すきかも、か…。優しくされて勘違いしちゃったんだよなぁ。
…起きたらキスしたこと、謝ろう)
時計の針は、静かに進んでいった。
22
あなたにおすすめの小説
寂しいを分け与えた
こじらせた処女
BL
いつものように家に帰ったら、母さんが居なかった。最初は何か厄介ごとに巻き込まれたのかと思ったが、部屋が荒れた形跡もないからそうではないらしい。米も、味噌も、指輪も着物も全部が綺麗になくなっていて、代わりに手紙が置いてあった。
昔の恋人が帰ってきた、だからその人の故郷に行く、と。いくらガキの俺でも分かる。俺は捨てられたってことだ。
さかなのみるゆめ
ruki
BL
発情期時の事故で子供を産むことが出来なくなったオメガの佐奈はその時のアルファの相手、智明と一緒に暮らすことになった。常に優しくて穏やかな智明のことを好きになってしまった佐奈は、その時初めて智明が自分を好きではないことに気づく。佐奈の身体を傷つけてしまった責任を取るために一緒にいる智明の優しさに佐奈はいつしか苦しみを覚えていく。
上手に啼いて
紺色橙
BL
■聡は10歳の初めての発情期の際、大輝に噛まれ番となった。それ以来関係を継続しているが、愛ではなく都合と情で続いている現状はそろそろ終わりが見えていた。
■注意*独自オメガバース設定。■『それは愛か本能か』と同じ世界設定です。関係は一切なし。
当たり前の幸せ
ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。
初投稿なので色々矛盾などご容赦を。
ゆっくり更新します。
すみません名前変えました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる