【完結】わるいこと

さか様

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カーテンの隙間から、まっすぐに差し込む日差しが、ベッドの端を照らしている。
ユイは先に目を覚まし、しばらくその光を眺めてから、隣にいる鷹臣の方を見た。

穏やかな寝息。
いつもより少し無防備な横顔。

そして、視線が下半身に移る。

「……たかおみさんの、」

ユイは一瞬だけ言葉を探して、くすっと笑った。

「げんき、だね」

鷹臣が眉をひそめて目を開ける。

「……おはよう、って言う前にそれ?」

「だって、みえちゃったもん」

ユイは悪気なく、布団の端を指先でつまむ。

それは言い訳にもならない理由だった。
鷹臣は小さく息を吐き、照れ隠しみたいに視線を逸らす。

「……朝は、仕方ないだろ」

「ふふっ、えっち、する?」

あまりにも自然な誘いに、鷹臣は一瞬言葉を失った。

「……っ、」

間を置いてから、低く言う。

「……する、」

ユイはぱちりと瞬きをして、少し嬉しそうに笑った。

シーツの擦れる音と近づく体温が、朝をゆっくり溶かしていった。

――

昼前、二人は並んで外に出た。

目的は、カラーを選ぶこと。
ユイの首元には、今は何もない。

「まえ、ちぎられちゃったから…」

ユイがぽつりと言うと、鷹臣は歩幅を少しだけ緩めた。複雑気持ちがないといえば嘘になる。

しかし、選べなかった過去とは違う。

「……今度は、ちゃんと選ぼう」

店内には、いくつもの色と素材が並んでいた。
派手なもの、柔らかいもの、付けやすいもの。

ユイはひとつひとつ手に取りながら、首を傾げる。

「これは……ちょっと、おもいかなぁ。
ねぇ、たかおみさんが…えらんで」

「俺でいいの?」

鷹臣はそう言いながら頭を悩ませた。

最終的に選んだのは、落ち着いたネイビーのカラーだった。
ユイの白い肌によく馴染み、黒ほど束縛しないのがいいと思った。

鷹臣はそれを手に取って、静かに頷いた。

「似合うよ」

「…うん、ありがとう」

その言葉に、ユイは少し照れたように視線を落とした。

――

カラーに指をかけていじるのは無意識だった。

帰り道、ふいにユイの鼻腔をくすぐったのは、焼きたてのパンの香りだった。

「あ、パン…」

ユイが足を止めて、微笑む。
ちょうど夜は鷹臣がシチューを作ろうと考えていたところだった。

「買ってく?」

鷹臣がそう言うと、ユイは一瞬考えてから、首を振った。

「……あ、ゆい、つくろうか?」

その言葉に鷹臣は驚いた顔をして、それから笑った。

「パン屋さんだもんね。
じゃあ、俺はシチュー作るよ」

家に戻ると、自然と役割が分かれた。

ユイは慣れた手つきで生地をこね、発酵を待つ。
鷹臣は鍋の前に立ち、野菜を刻み、静かに煮込む。

キッチンに満ちる匂いが、二人の何気ない日常を形作る。

焼き上がったパンと、湯気の立つシチュー。

「……すご、美味しいよ」

「うん、おいしいね」

いつもよりたくさん食べて、満足して眠った。

――

翌朝。
ユイの首元には、変わらずネイビーのカラーがある。
少しずれていたそれを、鏡の前で鷹臣がそっと整えた。

「ふふ、曲がってたよ」

「うん……へんじゃない?」

そのまま一緒に出勤すると、支援員が最初に気づいた。

「あら、ユイさん……!」

視線が首元に集まる。

「買ってもらったの?似合ってるね」
「神崎さんと仲良くしてね!」

ワーカーたちの声は、驚くほどあたたかかった。

ユイは最初こそ戸惑っていたが、鷹臣の方をちらりと見て、小さく笑った。

胸の奥が、じんわりと満たされる。

これは、特別なことじゃない。
選んで、暮らして、祝福される日常。

仕事が終わった鷹臣は、いつも通りユイを迎えに行く。

帰り道、夕暮れの中で鷹臣はユイの手を握った。

「……幸せだね」

ユイは少し考えてから、頷いた。

「うん。いっぱい、しあわせ!」

それは、積み重ねた分だけ、確かな重さを持っていた。
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