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夜更け。
キッチンの照明だけが点いていて、窓の外では遠くを走る車の音がときどき掠めるだけで、ひどく静かだ。
鷹臣はマグカップにケトルの湯を注ぐ。
立ちのぼる湯気に、甘いココアの匂いが混じる。
「……ねむれない?」
かすれた、まだ夢の名残が残る声。
振り返ると、ユイが立っていた。
大きめのパーカーに身を包み、袖を口元まで引き上げている。
足音を立てないように歩いてきたらしく、少し申し訳なさそうな顔。
寝室に戻るつもりだったのに、匂いに引き寄せられてしまったのだろう。
「起こしちゃった?」
「ううん……」
ユイは一歩近づいて、ぽつりと言う。
「たかおみさん、いないと…さみしい」
その言葉に鷹臣は、はっとした。
ただ、事実を口にしただけの声音。
「……じゃあ」
少し間を置いてから、鷹臣は言う。
「一緒に飲む?」
「うん」
椅子を引く音を抑え、ユイの前にマグを置く。
ミルクを少し多めにしたココア。
ユイは両手で包むように持ち、ふう、と息を吹きかけた。
湯気が頬に触れて、目を細める。
「……あったかい」
「火傷気を付けてね」
鷹臣は思わず口元を緩める。
「ん、」
「……ユイさ」
「なに?」
カップを見つめたままの横顔。
柔らかい光が、頬の輪郭をなぞっている。
「前は、こういう時間……そわそわしてたでしょ?」
ユイは少し考えてから、ゆっくり頷いた。
「……うん」
声は小さく、記憶をなぞるみたいだった。
「でんわで、よばれるのかな、とか…」
その“呼ばれる”に含まれていたものを、鷹臣は正確に理解してしまう。
「今は?」
問いは短い。
ユイは、カップの縁をなぞってから顔を上げた。
「……いまはなにも、こない」
鷹臣の胸の奥で、張り詰めていた何かが、静かに解ける。
「……それなら、よかった」
ユイはふと、首元に指を伸ばす。
ネイビーのカラーを、確かめるように触れた。
「ねえ」
「ん?」
「これ、つけてるとね」
ユイなりに丁寧に言葉を選ぶ。
「たかおみさん、いなくならない、っておもうの」
鷹臣の喉が、きゅっと鳴った。
「……俺は、いなくならないよ」
「……うん」
信じ切っている声の重さが、あたたかく鷹臣の旨に沈んだ。
――
ベッドに戻ると、ユイは迷いなく鷹臣の腕の中に収まった。
「……ねえ」
「なに」
「たかおみさん、だいすき」
唐突で、飾り気がなく、でも迷いのない言葉だった。
鷹臣は目を細め、ユイの髪に顔を埋めた。
柔らかい匂いと体温が愛おしい。
「……俺も」
「……えへ」
満足そうな、少し誇らしげな声。
ユイは身じろぎして、さらに距離を詰める。
胸と胸が触れる。
「……あしたも、いっしょ?」
「一緒」
「……あさっても?」
「うん」
「……ずっと?」
少しだけ、慎重な沈黙。
「……ずっと、一緒だよ」
鷹臣のその答えで、ユイの身体から力が抜けた。
「……しあわせ、いっぱい、ここにたまってるよ」
また、その独特な言い方。
ユイは自分の胸に手を当てた。
「溢れない?」
「……あふれたら、たかおみさんが、うけとめて」
鷹臣は、ユイを強く抱きしめた。
「……分かったよ」
そのまま、ユイの呼吸はゆっくりになっていく。
眠りに落ちる直前、かすれた声が零れた。
「……ここ、すき」
それは場所でも時間でもなく、一緒にいて安心する、この夜そのものを指していた。
鷹臣はユイの背を撫でながら、静かに目を閉じた。
キッチンの照明だけが点いていて、窓の外では遠くを走る車の音がときどき掠めるだけで、ひどく静かだ。
鷹臣はマグカップにケトルの湯を注ぐ。
立ちのぼる湯気に、甘いココアの匂いが混じる。
「……ねむれない?」
かすれた、まだ夢の名残が残る声。
振り返ると、ユイが立っていた。
大きめのパーカーに身を包み、袖を口元まで引き上げている。
足音を立てないように歩いてきたらしく、少し申し訳なさそうな顔。
寝室に戻るつもりだったのに、匂いに引き寄せられてしまったのだろう。
「起こしちゃった?」
「ううん……」
ユイは一歩近づいて、ぽつりと言う。
「たかおみさん、いないと…さみしい」
その言葉に鷹臣は、はっとした。
ただ、事実を口にしただけの声音。
「……じゃあ」
少し間を置いてから、鷹臣は言う。
「一緒に飲む?」
「うん」
椅子を引く音を抑え、ユイの前にマグを置く。
ミルクを少し多めにしたココア。
ユイは両手で包むように持ち、ふう、と息を吹きかけた。
湯気が頬に触れて、目を細める。
「……あったかい」
「火傷気を付けてね」
鷹臣は思わず口元を緩める。
「ん、」
「……ユイさ」
「なに?」
カップを見つめたままの横顔。
柔らかい光が、頬の輪郭をなぞっている。
「前は、こういう時間……そわそわしてたでしょ?」
ユイは少し考えてから、ゆっくり頷いた。
「……うん」
声は小さく、記憶をなぞるみたいだった。
「でんわで、よばれるのかな、とか…」
その“呼ばれる”に含まれていたものを、鷹臣は正確に理解してしまう。
「今は?」
問いは短い。
ユイは、カップの縁をなぞってから顔を上げた。
「……いまはなにも、こない」
鷹臣の胸の奥で、張り詰めていた何かが、静かに解ける。
「……それなら、よかった」
ユイはふと、首元に指を伸ばす。
ネイビーのカラーを、確かめるように触れた。
「ねえ」
「ん?」
「これ、つけてるとね」
ユイなりに丁寧に言葉を選ぶ。
「たかおみさん、いなくならない、っておもうの」
鷹臣の喉が、きゅっと鳴った。
「……俺は、いなくならないよ」
「……うん」
信じ切っている声の重さが、あたたかく鷹臣の旨に沈んだ。
――
ベッドに戻ると、ユイは迷いなく鷹臣の腕の中に収まった。
「……ねえ」
「なに」
「たかおみさん、だいすき」
唐突で、飾り気がなく、でも迷いのない言葉だった。
鷹臣は目を細め、ユイの髪に顔を埋めた。
柔らかい匂いと体温が愛おしい。
「……俺も」
「……えへ」
満足そうな、少し誇らしげな声。
ユイは身じろぎして、さらに距離を詰める。
胸と胸が触れる。
「……あしたも、いっしょ?」
「一緒」
「……あさっても?」
「うん」
「……ずっと?」
少しだけ、慎重な沈黙。
「……ずっと、一緒だよ」
鷹臣のその答えで、ユイの身体から力が抜けた。
「……しあわせ、いっぱい、ここにたまってるよ」
また、その独特な言い方。
ユイは自分の胸に手を当てた。
「溢れない?」
「……あふれたら、たかおみさんが、うけとめて」
鷹臣は、ユイを強く抱きしめた。
「……分かったよ」
そのまま、ユイの呼吸はゆっくりになっていく。
眠りに落ちる直前、かすれた声が零れた。
「……ここ、すき」
それは場所でも時間でもなく、一緒にいて安心する、この夜そのものを指していた。
鷹臣はユイの背を撫でながら、静かに目を閉じた。
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