【完結】わるいこと

さか様

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街頭があの夜と同じようにカーテンの隙間から差し込み、朝になればそれが日差しに変わる。

今、違うのは、身体の中に残っていた熱がきちんと引いていることだった。

ユイは布団の中で目を開け、自分の呼吸を確かめる。
胸は苦しくない。喉も渇いていない。
皮膚の内側を引っかくような衝動も、もうない。

「……おわった?」

小さく呟く。

ベッドの上では、鷹臣がすでに起きていた。
こちらを見ていたわけではないが、ユイの声にすぐ気づく。

「大丈夫そう?身体、」

「うん…いつもみたい」

それ以上の言葉はいらなかった。

欲したことも、耐えたことも、どちらも“二人に必要だった事実”として記憶にはあるが、二人ともあの夜を特別なものとして扱うつもりはなかった。

朝食の準備をしながら、ユイはいつもより少しゆっくり動いた。

包丁の音。
フライパンに油を落とす音。

生活の音が、確かに戻ってきている。

鷹臣は、ユイの背中を見ながら思う。

(……もう、隠してないかな)

欲しいと感じることも、怖いと感じることも。

鷹臣は久々に聞くユイの鼻歌に少しだけ安堵した。

――

数日後の定期通院。

診察室の白い光は相変わらず落ち着かないが、二人で待合に座るのには幾分慣れた。

医師の口調は流産を経てもなお淡々としていた。

「前回のヒート、重たかったでしょう?」

ユイは、椅子の端で背筋を伸ばして聞いている。

から、身体が戻ってきているので…今後のヒートも、以前よりは安定してくると思いますよ」

安定、という言葉が静かに二人の胸に落ちる。

「……また、ずっとくる?」

ユイの問いは、確認だった。

「周期がもともと不安定とは言ってましたけど、薬で整えたり、回数を減らしたりという方法はあります」

鷹臣は、そのやり取りを黙って聞いていた。
視線はユイから外さない。

診察室を出たあと、病院の廊下を並んで歩く。
ユイは数歩進んでから、立ち止まった。

「……つぎ、きたら」

言いかけて、少しだけ言葉を探す。

「うけとめて…たかおみさんが」

そう続けたユイの眼差しには、欲する気持ちも、怖さも、期待も混じっていた。

鷹臣は、即座に答えられなかった。
ユイと同様に言葉を探す。

「うん、一緒に考えようか」

引き受ける姿勢だけを、はっきり示す。

(俺にできることがあるなら、)

初めて迷子のユイを見つけたときと同じ気持ちが胸の中に広がった。

ユイは、その言葉を聞いてからゆっくり頷いた。

「……ゆい、たかおみさんのこと、だいすきなの」

小さく、でも迷いなく口にして微笑んだ。

帰り道、パン屋の前を通ると焼き上がりパンの匂いが漂ってくる。

ユイは一瞬立ち止まり、深く息を吸った。

「……いいにおい」

「買ってく?」

「ううん。きょうは……ばいばい」

そう言って、歩き出す。

(じぶんで…ちゃんと、きめる)

欲しいものを、欲しいままにしない選択。
それは我慢とも少し違うのかもしれないと、ユイは思った。

ユイはカラーに触れてから、鷹臣を見る。

「……ゆい、ひとりで、できないかも」

それは依存ではなく、信頼だった。

鷹臣は少しだけ目を伏せてから、頷く。

「うん、俺もちゃんとユイといるよ。大好きだよ、」

未来を確約する言葉ではないのは分かっているが、この気持ちは嘘ではない。

その夜、二人は久々に同じベッドで眠った。

触れ合わなくても、距離を詰めなくてもよかった。

次のヒートが来たらどうするか、その先に何があるか。

言葉にしなくても、答えはもう共有されている。

静かな夜の中で、二人はそれぞれの呼吸を重ねながら、眠りに落ちていった。
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