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鷹臣はユイの寝息を聞きながら、しばらく天井を見ていた。
規則正しい呼吸。
眠りに落ちたとき特有の、少しだけ間の空いたリズム。
(……やっぱ寝てる、)
それを確認してからも体は動かなかった。
動けなかった、の方が正しい。
自分の体の内側に残っている熱が、まだ完全には引いていない。
それが“名残”なのか、“後悔”なのか、区別がつかない。
――ゴムをつけなかった。
事実として、それだけが頭に残っている。
理屈はいくらでも並べられる。
ヒートではなかったが、擬似的な高揚があったこと。
合意があったこと。拒否されなかったこと。
むしろ、求められたこと。
全部、本当だ。
それでも。
(……俺は、何をした?)
胸の奥が、じわじわと冷えていく。
『大丈夫』
これまで、何度言っただろう。
何か失敗したとき。
不安で立ち止まっていたとき。
震えていた夜。
流産のあと。
重いヒートの夜。
そして今日も、きっと無意識に言っていた。
――大丈夫。
ユイに向けた言葉であり、
同時に、自分に言い聞かせるための呪文でもあった。
(……本当に?)
鷹臣は、初めてその言葉を疑った。
健常なαとして、社会的に自立している大人として、判断能力に大きな問題がない人間として。
発達遅滞のあるΩと性的な関係を持ち、しかも――妊娠の可能性を作った。
それが、
「合意があったから」
「好きだと言い合ったから」
「未来を考えているから」
それで、本当に区別できるのか。
明也がしたことと、自分がしたことは“本質的に違う”と言い切れるのか。
暴力や強制ではない。
恐怖で縛ったわけでもない。
――でも。
結果として、
またユイの身体に“取り返しのつかない可能性”を残した。
(……何が、違う?)
答えが出ない問いが、胸の中で渦を巻く。
Ωはヒート、αはラット。
αとΩの本能の噛み合い。
そういう言葉で説明すれば、少し楽になる気がした。
でも、それは逃げだとも分かっている。
好きだから。
大切だから。
未来を考えているから。
その言葉たちが、免罪符になってしまうことが怖かった。
鷹臣は、そっと視線を下げる。
布団の中で眠るユイは、無防備で、穏やかだ。
さっきまでの熱や混乱が嘘のように。
(……信じてるんだよな。俺の判断や言葉を、)
そして、「大丈夫」だと言った、その声。
だからこそ、庇護欲と愛情を履き違えてはいけない。
そう思って、ここまで来たはずだった。
一人の人間として尊重する。選ぶ力があると信じる。
対等であろうとする。
完全に対等だと、胸を張って言えるのか。
鷹臣は、ゆっくりと目を閉じた。
(……俺は、怖い)
責任を取る覚悟がないわけじゃない。
逃げる気もない。
それでも、「好きな人となら罪悪感はないはずだ」
その言葉に、今はどうしても頷けなかった。
好きだからこそ、壊したかもしれないという可能性が、こんなにも重い。
しばらくして、ユイが寝返りを打つ。
鷹臣は反射的に身を固くしたが、ユイはそのまま安定した呼吸に戻った。
その寝顔を見て、胸が締めつけられる。
(……守るって、なんだ)
答えはまだ出ない。
「大丈夫」と言い続けるためには、自分が“平気なふり”をするのをやめなければならない。
鷹臣は、眠れないまま夜明けを待った。
規則正しい呼吸。
眠りに落ちたとき特有の、少しだけ間の空いたリズム。
(……やっぱ寝てる、)
それを確認してからも体は動かなかった。
動けなかった、の方が正しい。
自分の体の内側に残っている熱が、まだ完全には引いていない。
それが“名残”なのか、“後悔”なのか、区別がつかない。
――ゴムをつけなかった。
事実として、それだけが頭に残っている。
理屈はいくらでも並べられる。
ヒートではなかったが、擬似的な高揚があったこと。
合意があったこと。拒否されなかったこと。
むしろ、求められたこと。
全部、本当だ。
それでも。
(……俺は、何をした?)
胸の奥が、じわじわと冷えていく。
『大丈夫』
これまで、何度言っただろう。
何か失敗したとき。
不安で立ち止まっていたとき。
震えていた夜。
流産のあと。
重いヒートの夜。
そして今日も、きっと無意識に言っていた。
――大丈夫。
ユイに向けた言葉であり、
同時に、自分に言い聞かせるための呪文でもあった。
(……本当に?)
鷹臣は、初めてその言葉を疑った。
健常なαとして、社会的に自立している大人として、判断能力に大きな問題がない人間として。
発達遅滞のあるΩと性的な関係を持ち、しかも――妊娠の可能性を作った。
それが、
「合意があったから」
「好きだと言い合ったから」
「未来を考えているから」
それで、本当に区別できるのか。
明也がしたことと、自分がしたことは“本質的に違う”と言い切れるのか。
暴力や強制ではない。
恐怖で縛ったわけでもない。
――でも。
結果として、
またユイの身体に“取り返しのつかない可能性”を残した。
(……何が、違う?)
答えが出ない問いが、胸の中で渦を巻く。
Ωはヒート、αはラット。
αとΩの本能の噛み合い。
そういう言葉で説明すれば、少し楽になる気がした。
でも、それは逃げだとも分かっている。
好きだから。
大切だから。
未来を考えているから。
その言葉たちが、免罪符になってしまうことが怖かった。
鷹臣は、そっと視線を下げる。
布団の中で眠るユイは、無防備で、穏やかだ。
さっきまでの熱や混乱が嘘のように。
(……信じてるんだよな。俺の判断や言葉を、)
そして、「大丈夫」だと言った、その声。
だからこそ、庇護欲と愛情を履き違えてはいけない。
そう思って、ここまで来たはずだった。
一人の人間として尊重する。選ぶ力があると信じる。
対等であろうとする。
完全に対等だと、胸を張って言えるのか。
鷹臣は、ゆっくりと目を閉じた。
(……俺は、怖い)
責任を取る覚悟がないわけじゃない。
逃げる気もない。
それでも、「好きな人となら罪悪感はないはずだ」
その言葉に、今はどうしても頷けなかった。
好きだからこそ、壊したかもしれないという可能性が、こんなにも重い。
しばらくして、ユイが寝返りを打つ。
鷹臣は反射的に身を固くしたが、ユイはそのまま安定した呼吸に戻った。
その寝顔を見て、胸が締めつけられる。
(……守るって、なんだ)
答えはまだ出ない。
「大丈夫」と言い続けるためには、自分が“平気なふり”をするのをやめなければならない。
鷹臣は、眠れないまま夜明けを待った。
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