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朝の光は、ダイニングの床に静かに落ちていた。
眩しすぎず、陰りすぎもしないなんとも言えない明るさは、昨晩の戸惑いをそのまま表しているようだった。
鷹臣はダイニングチェアに座り、マグカップを両手で包んだまま動けずにいた。中のコーヒーはもう冷めている。
それでも置く気になれず、ただテーブルを見つめていた。
その向かいで、ユイは食パンを千切っていた。
焼き色の濃い端を避けて、千切った柔らかいところだけを等間隔に並べていく。
「……たかおみさん」
名前を呼ばれて、鷹臣は顔を上げる。
「なに?」
「ぼーっとしてる」
責める調子ではなく、見たままを言っただけのユイの声が耳に落ちる。
「……ああ」
短く返して、視線を落とす。
「大丈夫」と言うには、少し遅かった。
ユイはそれ以上言わず、パンを口に運ぶ。
噛んで、飲み込んで、少し考える。
その落ち着きが、かえって鷹臣の脳裏に疑問を抱かせた。
(……不安じゃないのか)
確かめたい。
でも、聞くのが怖い。
昨夜のことが、頭から離れない。
避けられた選択。それでも、選んだ行為。
αの本能。
好きだという感情。
合意だったという事実。
全部並べても、胸の奥に残る違和感は消えない。
明也がしたことと、自分がしたことの差について考えてしまう。
(……何が違う?)
答えは出ないまま、また、沈殿する。
椅子が引かれる音のあと、ユイの気配が近づいた。
次の瞬間、鷹臣の背に、柔らかなぬくもりが重なる。
ユイは、鷹臣をぎゅっと抱きしめた。
「……だいじょうぶだよ」
優しく、小さな声だった。
ユイの頬が、鷹臣の首の後ろあたりに軽く触れる。
呼吸の温度がじかに伝わる距離に、鼓動が高鳴った。
鷹臣は、すぐに返せなかった。
「……大丈夫じゃない」
ようやく出た言葉は、自分でも驚くくらい情けなかった。
ユイの腕が、ほんの少しだけ強くなる。
「……こわい?」
「……結局、俺がしたことは……
同じことだったんじゃないかって」
前を向いたまま、言葉を落とす。
「合意でも……好きだって言い合ってても……
結果だけ見たら、同じじゃないかって」
喉が、少し詰まる。
「それが……俺で、よかったのか、とか」
言い終えても、答えは出ない。
ユイは、すぐには何も言わなかった。
背中越しに、呼吸が整うのが伝わる。
「……たかおみさん?…ゆいね、むずかしいこと、あんまり、わかんない。ごめんね。でも……」
ユイは、鷹臣の肩に頬を寄せたまま続ける。
「……ゆい、たかおみさんを、えらんだよ」
それは理由も、説明もないただの事実だった。
「こわかったけど……
たかおみさんと、なら、いいっておもって、ゴムいやだったの」
鷹臣は、目を閉じた。
胸の奥が、じんと熱くなる。
「……俺は、間違えないようにって、ずっと思ってた」
「うん」
「……でも、ちゃんと出来てたか、自信なくて」
ユイは、少し考えてから言う。
「……だいじょうぶ、じゃないときも、あるよ。
でも…ゆい、いま、ここにいる」
ユイは、腕を解かずに言う。
「いっしょに、」
鷹臣は、ゆっくり息を吐いた。
「……あぁ、そうだな。…一緒に、考えよう」
逃げない、という選択。
ユイは、小さく頷く。
「……うん」
朝の光は、まだ床に残っている。
(ユイとなら、)
鷹臣の自己嫌悪は少し薄らぎ、ユイのぬくもりに溶かされた。
眩しすぎず、陰りすぎもしないなんとも言えない明るさは、昨晩の戸惑いをそのまま表しているようだった。
鷹臣はダイニングチェアに座り、マグカップを両手で包んだまま動けずにいた。中のコーヒーはもう冷めている。
それでも置く気になれず、ただテーブルを見つめていた。
その向かいで、ユイは食パンを千切っていた。
焼き色の濃い端を避けて、千切った柔らかいところだけを等間隔に並べていく。
「……たかおみさん」
名前を呼ばれて、鷹臣は顔を上げる。
「なに?」
「ぼーっとしてる」
責める調子ではなく、見たままを言っただけのユイの声が耳に落ちる。
「……ああ」
短く返して、視線を落とす。
「大丈夫」と言うには、少し遅かった。
ユイはそれ以上言わず、パンを口に運ぶ。
噛んで、飲み込んで、少し考える。
その落ち着きが、かえって鷹臣の脳裏に疑問を抱かせた。
(……不安じゃないのか)
確かめたい。
でも、聞くのが怖い。
昨夜のことが、頭から離れない。
避けられた選択。それでも、選んだ行為。
αの本能。
好きだという感情。
合意だったという事実。
全部並べても、胸の奥に残る違和感は消えない。
明也がしたことと、自分がしたことの差について考えてしまう。
(……何が違う?)
答えは出ないまま、また、沈殿する。
椅子が引かれる音のあと、ユイの気配が近づいた。
次の瞬間、鷹臣の背に、柔らかなぬくもりが重なる。
ユイは、鷹臣をぎゅっと抱きしめた。
「……だいじょうぶだよ」
優しく、小さな声だった。
ユイの頬が、鷹臣の首の後ろあたりに軽く触れる。
呼吸の温度がじかに伝わる距離に、鼓動が高鳴った。
鷹臣は、すぐに返せなかった。
「……大丈夫じゃない」
ようやく出た言葉は、自分でも驚くくらい情けなかった。
ユイの腕が、ほんの少しだけ強くなる。
「……こわい?」
「……結局、俺がしたことは……
同じことだったんじゃないかって」
前を向いたまま、言葉を落とす。
「合意でも……好きだって言い合ってても……
結果だけ見たら、同じじゃないかって」
喉が、少し詰まる。
「それが……俺で、よかったのか、とか」
言い終えても、答えは出ない。
ユイは、すぐには何も言わなかった。
背中越しに、呼吸が整うのが伝わる。
「……たかおみさん?…ゆいね、むずかしいこと、あんまり、わかんない。ごめんね。でも……」
ユイは、鷹臣の肩に頬を寄せたまま続ける。
「……ゆい、たかおみさんを、えらんだよ」
それは理由も、説明もないただの事実だった。
「こわかったけど……
たかおみさんと、なら、いいっておもって、ゴムいやだったの」
鷹臣は、目を閉じた。
胸の奥が、じんと熱くなる。
「……俺は、間違えないようにって、ずっと思ってた」
「うん」
「……でも、ちゃんと出来てたか、自信なくて」
ユイは、少し考えてから言う。
「……だいじょうぶ、じゃないときも、あるよ。
でも…ゆい、いま、ここにいる」
ユイは、腕を解かずに言う。
「いっしょに、」
鷹臣は、ゆっくり息を吐いた。
「……あぁ、そうだな。…一緒に、考えよう」
逃げない、という選択。
ユイは、小さく頷く。
「……うん」
朝の光は、まだ床に残っている。
(ユイとなら、)
鷹臣の自己嫌悪は少し薄らぎ、ユイのぬくもりに溶かされた。
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