甘い恋をいただきます。

沢渡奈々子

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30話

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【すまない花菜実。会社で大きなトラブルが発生していて、しばらくは休日も出勤になりそうなんだ。だから当分会えそうにない。淋しいけれど、いい子にしていてくれ。落ち着いたら連絡するから。】

 そう幸希からメッセージが来たのは、それから二日後のことだった。毎日のように来ていたメッセージが二日も来なかったので、体調などは大丈夫なのかと伺うメッセージをしたのだが、しばらく経ってから届いたリプライがこれだった。
 文面から大変そうな様子が伝わってきたので、
【大変そうですね。身体に気をつけて頑張ってください。いい子にしてます。】
 そう返信した。
 それから花菜実自身も幼稚園での業務が忙しくなり、残業が増えた。おゆうぎ会に向けて子供たちの練習も始まった。
 毎日が忙しくて、幸希から連絡が来ないのを淋しがるヒマもなかったくらいだ。平日は慌ただしく過ごし、そしてその週末、久しぶりにちなみの部屋に遊びに行くことが出来た。
「ほんとに!? 水科さんとつきあうことになったの!?」
 ちなみがテーブルから身を乗り出した。ローテーブルの上には花菜実持参のお土産ケーキが置かれている。
「うん……一応」
 照れくさそうにうなずくと、
「うわぁ……うわぁ……よかったねぇ、花菜実ぃ」
 ちなみは自分のことのように喜んでくれて、その上涙ぐんでいる。彼女が淹れてくれたコーヒーを口に運びながら、苦笑いをする花菜実。
「ちなみ……自分のことじゃないんだから、泣かないでよ」
「だって……大学の時のこと考えると、私もつらかったから……」
 ちなみが痛々しげに笑った。
 大学時代のあの事件は、ちなみも知っている。いろいろ相談に乗ってもらっており、彼女はいつも花菜実の味方になって励ましてくれていた。
 その後、花菜実が頑なに【普通】にこだわって生きてきたことも知っているし、心配もしてくれていた。
「何か……心配させててごめんね」
「ううん、でもほんとよかった。野上さんも喜ぶよ」
「そういえば野上さんも心配してくれてたもんね、私に彼氏がいないこと」
 野上もことあるごとに「俺の後輩でいいやつがいるんだけど、紹介しようか?」などと言ってくれていた。その時は遠慮していたけれど、花菜実のことを思ってくれているのが分かったので、ありがたかった。
「今度、ちゃんと紹介してね、水科さんのこと」
「うん……」
 ちなみが親友で本当によかったと、花菜実はいつも思っていた。

 翌日、幼稚園から帰宅してスマートフォンを見ると、知らない番号から留守番電話が入っていた。メッセージを聞いてみると、幸希だった。
『――花菜実、連絡出来なくてごめん。仕事がまだ落ち着かない上に、スマホを失くしてしまったみたいだ。新しいものを買って、念のため番号も変えたから。これからはこの番号で。それからメッセージアプリのIDも後でテキストで送るから。……あぁ、はい、分かりました、今行きます。……ごめん花菜実、また連絡する』
 残されていた声はどことなく浮足立った雰囲気で、周囲も慌ただしそうだった。仕事が大変なのだろうと思うが、幸希が体調を崩さないだろうかと花菜実は心配になった。
 だから後からテキストで送られてきたIDに、
【留守電聞きました。忙しそうですが、食事と睡眠はちゃんと取ってくださいね。私のことは大丈夫です。手が空いた時にでもメッセージで近況報告入れてくれれば。】
 と、送っておいた。
 その後二回ほど近況報告のメッセージが来ていたけれど、変わらずに忙しそうだったので、やはり体調を気遣うリプライだけに留めておいた。
 そして――次の週の初めのことだ。
 幼稚園から帰って来た花菜実が郵便受けを覗くと、少し分厚い封筒が送られてきていた。
「んー? SKRリサーチ? 何だろう……」
 見に覚えのない、またまったく聞いたことのない会社からだったので、花菜実は部屋に入ってから、スマートフォンでその会社名を調べてみた。
「SKRリサーチ……興信所? どうして興信所から?」
 ダイレクトメールにしては分厚すぎるし、手触りからすると、中にはチラシではなく、硬い紙と、それから紙ではない何かが入っているようだ。
「開けてみるか……」
 ハサミで封筒の上部を切ると、中にはさらに封筒が入っており、【織田花菜実様】と書いてある。そしてもう一つ、小さなファスナーつきビニールが入っており、そこにはUSBメモリが入っていた。
 花菜実は宛名が書いてある封筒を開封し、中身を出した。
「え……」
 写真が入っていた。しかも一枚や二枚ではない。おそらく二十枚ほどあるだろう。そこに写っている人物に、花菜実は見覚えがあった。
「幸希さん……」
 紛うことなき幸希だった。しかも一人で写っているものは一枚もない。すべて女性と写っていた。それも、どれもこれもただならぬ写真ではない。
 女性の腰を抱いてホテルへ入って行くところ。
 ホテルのエレベータの前でキスをしているところ。
 ホテルの部屋で裸で抱き合っているところ――これは向かい側の建物から窓越しに撮影されたと思しきものだ。
 これらの生々しい写真が入っていた。しかも、相手は一人でなかった。少なくとも、三人の女性とそれぞれそういった行為をしている写真がご丁寧に同封されていたのだ。
 花菜実の震える手から写真が滑り落ちる。
 封筒の中には手紙らしきものも封入されており、開いてみると、
【織田花菜実様
 水科幸希は常に複数の女性をキープし、飽きると捨て、また新しい女性に目をつける、ということを繰り返す男です。見た目のよさ、人当たりのいい話し方、優しい女性の扱い方を武器に言葉巧みに落としていく手法で、今まで騙された女性は二十人を下りません。あなたもその一人です。同封した写真は、ここ二週間以内に撮影されてもので、さらに現在、彼に目をつけられているのは、あなた以外にも二人います。お手元の写真の内、一人で写っている女性たちがそのターゲットです――】
 そこまで読み、写真を漁って見ると、確かに女性のワンショットの写真が二枚あった。
「この人……」
 一人は知らない女性だったが、もう一人はあの長崎千賀子だった。千賀子に至っては、幸希とホテルに入って行く女性の一人としても写真に残されていた。
【――同封したUSBに入っている音声ファイルをお聞きいただければ、あの男の本心などがお分かりになるかと思います。最悪な事態になる前に、つきあいを考えた方がよろしいかと存じます。老婆心ながら、御忠告まで。
 ――以前、彼に騙されて捨てられた女より。
 追伸 これは、私の彼に対する復讐です。これよりももっときわどい写真と音声ファイルを彼の会社と自宅にも送っています。私のような被害者がこれ以上出ないことを祈って。】
「会社にも……?」
(会社でのトラブルって……まさか、このこと?)
 花菜実の麻痺した頭の中には、そんなことが浮かんだ。
 同封されているUSBを震える手でPCのポートに差し、まずはウィルスチェックをした。どうやら問題なさそうなので、その音声ファイルを再生してみると――

『――んと、幸希は善良そうなくせに、悪人よね』
『悪人? 人聞きの悪いことを言うな。……騙される方が悪いんだ』

 どうやら女性との会話を盗聴したものらしい。少しノイズが入っているが、男の声と話し方は確かに幸希だった。

『だぁって、今度は可愛らしい幼稚園の先生狙ってるんでしょ? そういう純粋な子はやめた方がいいよぉ? 後々めんどくさいことになりそぉ』
『まぁ、クリスマスまでの暇つぶし、というところだな』
『……で? もうやっちゃったの?』
『まだ。向こうは盛りがつき始めてる感じだけどな。この間も部屋に泊まっていけ、と誘われた』
『えぇ~、でも処女なんでしょ~?』
『多分。……それが面倒だな、と思わないでもないが』
『処女がめんどくさいとか、幸希らしい~』
『この二週間、いい子にしてます、と言ってはいたが、どうだかな』
『「幸希さんが相手にしてくれないから淋しくて、男漁っちゃいました~、」みたいな? きゃはははは』

「……」
 そこで音声ファイルは終了していた。
 心臓が嫌な感じで鼓動を刻んでいる。口元を覆っている両手の震えが止まらない。頭が真っ白になりそうだ。
 先日花菜実の部屋で交わされた会話までもが話のネタにされていて、吐き気が込み上げてくる。
(やっぱりこうなるの……?)
 自分は男性から弄ばれる運命なんだろうか――そんな風にしか思えなかった。
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