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39話
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客間の大きな扉を開けると、広々とした室内の大きなソファセットに、四人の人物が座っていた。
「あら幸希、今ちょうどあなたの話をしていたのよ。家に女性を連れて来るなんて言うものだから、篤樹が興味津々で」
静かな美を湛えた、中年と表すには若々しい女性――幸希の継母の百合子がニコリと笑う。幸希は彼女の斜め前に座る弟を認め、
「篤樹が家に来るなんて珍しいな。いつもは盆暮れ正月くらいしか帰って来ないのに」
目を見張った。
「依里佳さんと篤樹が正式に結婚することになって、その報告をしに来てくれたんだよ」
篤樹の前にいる中年男性もまた笑顔で座っている。幸希の父であり、水科家の当主である嘉紀だ。ミズシナ株式会社の現社長だけあり、優しげな顔の中にも風格がある。花菜実の父も美中年と言われているが、彼もまた負けないくらいの美形だ。さすがに幸希と篤樹の父親だけあると、花菜実は心中で感心しきりだった。
「あぁなるほど、それでお父さんがいる日に家に来たわけだ。篤樹、依里佳さん、おめでとう」
「ありがとう」
篤樹が父によく似ている面差しを少し傾けて幸希に向ける。
「ありがとうございます」
彼の隣にいる依里佳がそう言うと、二人は幸せそうに顔を見合わせた。
「で? 兄貴は紹介してくれないわけ? 後ろにいる彼女」
篤樹が幸希の背後を覗き込むような仕草で問う。花菜実は幸希の大きな身体に完全に隠れてしまっている。一歩横にずれると、幸希は彼女の肩を抱き、
「お父さん、お母さん、僕も彼女と結婚するから」
穏やかな、それでいてきっぱりとした声風で宣言した。
「っ、」
花菜実が目を剥いた。ぐるんと音が立ちそうな勢いで幸希を見上げる。
「幸希、まずは彼女を私たちに紹介するのが先じゃないのか」
嘉紀が苦笑する。
「珍しいわねぇ、幸希が女性のことでそんなに焦っているの」
花菜実から見るとそうは見えないが、やはり母親からしてみればいつもと様子が違うのが分かるのだろうか。百合子がクスクスと笑っている。
「ちょ、っと、幸希さんっ! いきなり何を言い出すんですか!」
花菜実が小声で幸希を諌める。次々に訪れる予想外の展開に、彼女の頭のキャパシティはもう限界に近かった。
「あーあ……彼女の了解も得ずに結婚だ何だと騒いでるのかよ。そういうのはもっとちゃんと綿密に準備するものだろ? 兄貴」
「篤樹はあまり人のこと言えないよね……」
鼻で笑う篤樹に、依里佳がボソリと釘を刺す。
「彼女は織田花菜実さん、翔くんの担任の先生をしている女性で、篤樹と同い年」
「は、初めまして、織田花菜実と申します」
ペコリと頭を下げる花菜実。
水科家の家族は全員、翔とは面識がある。だから幸希はそういう紹介の仕方を選んだのだろう。嘉紀も百合子もなるほどとうなずきながら、花菜実を見る。
「あら、翔くんの先生なのね。じゃあ依里佳ちゃんともお知り合いなのかしら」
百合子が依里佳に問いかけた。
「それはもう、お友達ですから。ね? 花菜実ちゃん」
「はいっ」
交際相手の家族という、ある意味ではやっかいな人種の中にいきなり放り込まれた身としては、そこに依里佳がいてくれるのがとても心強かった。彼女が楽しそうに話しかけてくれたので、花菜実は安堵する。
「それなら仲良くやっていけそうでよかったわ。……でも、そうなると困ったわねぇ……」
「何がだよ?」
ため息をつく百合子に、篤樹が訝しげな表情を見せる。
「幸希と篤樹の結婚が決まったのはいいことなんだけれど、兄弟が同じ年に結婚するのはあまりよくないって言うじゃない?」
兄弟が同じ年に結婚をするとどちらかが不幸になるだのという、縁起の悪い迷信めいた言い伝えもあるが、実のところは、招待される側の負担が大きくなる、というのが理由のようだ。
「なら俺たちの方が先だろ? 決まったのもこっちの方が早いし」
「それを言うなら、長男が先に結婚した方が体面もいいだろう?」
篤樹が先手を主張するが、幸希も負けずに言い返す。
「はぁ? 見る限りプロポーズもしてなさそうなのに何言ってるんだよ」
「プロポーズならとっくにしてる」
幸希の言葉に、花菜実がすかさず反応した。
「え? された覚えなんてないですけど……」
「先月、幼稚園に行った時にしただろう?」
それは幼稚園から帰る時に彼が言っていた、
『婚約者の件、僕は本当のことにすればいいと思ってる』
『結婚したらいいんだ、本当に』
のことだと花菜実はすぐに分かったが、もちろん彼女はそれが本気の求婚だなんて思っていなくて、
「あ、あんなのプロポーズだなんて……そもそも、まだそんな段階じゃないですから。……あの、依里佳さんたちはこちらにはかまわず、どうぞ予定通りにご結婚の方進めてください。おめでとうございます」
と、篤樹と依里佳に目配せをした。すると幸希はため息をつき、
「……分かった。最悪結婚式は再来年にするとしても、僕はすぐにでも入籍して一緒に暮らしたい」
釈然としない様子で言い出した。花菜実は花菜実で呆れたようにかぶりを振り、
「無理です」
きっぱり一刀両断した。
「どうして?」
「今、言いましたよね? まだそんな段階じゃない、って」
「僕はもう二ヶ月以上も花菜実と結婚したいと思ってたけど、まだ待たなきゃだめか?」
「そんなこと、たった今、初めて聞きましたけど?」
「花菜実もこの間、僕と離れたくないって言ってくれただろう?」
「『離れたくない』なんて、言ったことはないですし、仮に言ったとしても、それとこれとは話がまったく別ですから」
幸希が花菜実の部屋から帰る時、確かに離れがたくて引き止めはした。けれど、そんな具体的な言葉は口にしたことはなかったから。一応否定しておいた。
「花菜実はそんなに僕と結婚するのが嫌?」
「そうは言ってません、早すぎると言ってるんです」
「どうせ結婚するんだし、早くてもいいと思うけど」
何を言っても自分の意志を曲げそうにない幸希に、遂に花菜実の中で何かが切れた。
「――もう! いい加減にしてください! そもそも私たちはつきあい初めて一ヶ月経ってないですよね? しかもここ何週間も会ってなかったし、私があなたに気持ちを伝えたの、ほんの小一時間前ですよ!? ただでさえ今日は、情報過多で混乱しているのに! それに結婚なんて、決意してすぐホイホイ出来るようなものじゃないですよね? 私にはよく分かりませんけど、幸希さんみたいな方はなおさら、おいそれとはいかないものなんじゃないですか? 何より、私、こちらにお邪魔してからまだ一度も幸希さんのご両親と言葉を交わしていないんですよ!? それなのに一人で先走って、すぐに入籍したいだとか暮らしたいだとかわがままばかり言って! 子供か! ……とにかく、一度落ち着いてください。……分かりましたか?」
「花菜実の方が落ち着――」
「わ、か、り、ま、し、た、か?」
「……はい」
目を細める花菜実のいつにない迫力に、幸希はわずかにたじろぎ、こくん、とうなずいた。一方彼女は燃え尽きたように肩で息をしていた。
「……ぁ」
周囲がシン、と静まっているのに、ようやく気づいた花菜実。
「……」
幸希の両親、そして依里佳はぽかんと口を開けてこちらを見ている。唯一、篤樹だけが、自分の左側にあるソファの肘かけにつっぷして震えていた。
「も、申し訳ありませんっ。とんだ醜態をお見せして……っ」
花菜実は真っ赤な顔を隠すように、頭を下げた。
「あははははっ、……は、腹痛い、マジで……っ」
遂に耐えきれなくなったのか、篤樹が腹を抱えて笑いだした。
「……篤樹、失礼よ」
百合子が諌めるも、篤樹は笑うことを止める様子はなく、
「だ、だってさぁ……! 兄貴、いい年して、叱られてんの……! ……っていうか、結婚後の二人の生活が容易に想像出来るわ、俺……!」
「篤樹、笑いすぎ」
そう呟く依里佳も、今にも笑い出しそうに表情を緩めている。
「ごめんなさいね、花菜実……ちゃん、だったかしら」
「は、はい!」
「私たち、こんなに落ち着きのない幸希を見るのは初めてなのよ。普段は年の割に老成しているものだから、物事に動じることなんてほとんどなくって。よほど花菜実ちゃんのことが好きなのね。いいものを見せてもらったわ。ねぇ?」
百合子がクスクスと笑いながら、隣の嘉紀を見る。篤樹に釣られたかのように、彼もまた笑いを堪えている様子だ。
「幸希に説教する女性なんて初めて見たなぁ。でもこの子があなたを好きになったのが分かる気がするよ」
「私たちが言いたいことは、全部花菜実ちゃんが言ってくれたわ。……幸希、とにかく結婚については、後で二人でよぅく話し合いなさい。篤樹と張り合ったりしないで、自分たちが納得いくようにするのが一番なんだから」
(えー……、ろくに話もしてないのに結婚とか許されちゃうの……? 何だか、想像していたよりも緩いご家庭なのかしら……)
目の前で展開される会話の内容に、花菜実は驚きを隠せず、目を瞬かせた。
それからは彼らに混ざり、自己紹介を交えた談笑をして。嘉紀から馴れ初めを聞かれたが、花菜実ですらいまいち分かっていなかったので、
「実はよく分からないのですが……幼稚園の前で話しかけられました」
そう答えると、篤樹がいきなり大声を上げた。
「あぁ! そっか、だから兄貴、翔の運動会に行きたいなんて言い出したんだな? 変だとは思ってたけど、花菜実先生目当てだったのかよ!」
「今頃気づいたのか、篤樹」
幸希がクスリと笑った。
「え、そうだったんですか?」
花菜実が尋ねると、
「それ以外にどんな理由があると思う?」
当然のようにそう答えた。
「翔に誕生日プレゼントを持って来たのも、選んでもらうという名目で花菜実先生をデートに誘ったんだな。彼女に近づくために翔をダシにした、と」
「それに関しては篤樹は人のこと言えないからね」
依里佳が苦笑した。
「あら幸希、今ちょうどあなたの話をしていたのよ。家に女性を連れて来るなんて言うものだから、篤樹が興味津々で」
静かな美を湛えた、中年と表すには若々しい女性――幸希の継母の百合子がニコリと笑う。幸希は彼女の斜め前に座る弟を認め、
「篤樹が家に来るなんて珍しいな。いつもは盆暮れ正月くらいしか帰って来ないのに」
目を見張った。
「依里佳さんと篤樹が正式に結婚することになって、その報告をしに来てくれたんだよ」
篤樹の前にいる中年男性もまた笑顔で座っている。幸希の父であり、水科家の当主である嘉紀だ。ミズシナ株式会社の現社長だけあり、優しげな顔の中にも風格がある。花菜実の父も美中年と言われているが、彼もまた負けないくらいの美形だ。さすがに幸希と篤樹の父親だけあると、花菜実は心中で感心しきりだった。
「あぁなるほど、それでお父さんがいる日に家に来たわけだ。篤樹、依里佳さん、おめでとう」
「ありがとう」
篤樹が父によく似ている面差しを少し傾けて幸希に向ける。
「ありがとうございます」
彼の隣にいる依里佳がそう言うと、二人は幸せそうに顔を見合わせた。
「で? 兄貴は紹介してくれないわけ? 後ろにいる彼女」
篤樹が幸希の背後を覗き込むような仕草で問う。花菜実は幸希の大きな身体に完全に隠れてしまっている。一歩横にずれると、幸希は彼女の肩を抱き、
「お父さん、お母さん、僕も彼女と結婚するから」
穏やかな、それでいてきっぱりとした声風で宣言した。
「っ、」
花菜実が目を剥いた。ぐるんと音が立ちそうな勢いで幸希を見上げる。
「幸希、まずは彼女を私たちに紹介するのが先じゃないのか」
嘉紀が苦笑する。
「珍しいわねぇ、幸希が女性のことでそんなに焦っているの」
花菜実から見るとそうは見えないが、やはり母親からしてみればいつもと様子が違うのが分かるのだろうか。百合子がクスクスと笑っている。
「ちょ、っと、幸希さんっ! いきなり何を言い出すんですか!」
花菜実が小声で幸希を諌める。次々に訪れる予想外の展開に、彼女の頭のキャパシティはもう限界に近かった。
「あーあ……彼女の了解も得ずに結婚だ何だと騒いでるのかよ。そういうのはもっとちゃんと綿密に準備するものだろ? 兄貴」
「篤樹はあまり人のこと言えないよね……」
鼻で笑う篤樹に、依里佳がボソリと釘を刺す。
「彼女は織田花菜実さん、翔くんの担任の先生をしている女性で、篤樹と同い年」
「は、初めまして、織田花菜実と申します」
ペコリと頭を下げる花菜実。
水科家の家族は全員、翔とは面識がある。だから幸希はそういう紹介の仕方を選んだのだろう。嘉紀も百合子もなるほどとうなずきながら、花菜実を見る。
「あら、翔くんの先生なのね。じゃあ依里佳ちゃんともお知り合いなのかしら」
百合子が依里佳に問いかけた。
「それはもう、お友達ですから。ね? 花菜実ちゃん」
「はいっ」
交際相手の家族という、ある意味ではやっかいな人種の中にいきなり放り込まれた身としては、そこに依里佳がいてくれるのがとても心強かった。彼女が楽しそうに話しかけてくれたので、花菜実は安堵する。
「それなら仲良くやっていけそうでよかったわ。……でも、そうなると困ったわねぇ……」
「何がだよ?」
ため息をつく百合子に、篤樹が訝しげな表情を見せる。
「幸希と篤樹の結婚が決まったのはいいことなんだけれど、兄弟が同じ年に結婚するのはあまりよくないって言うじゃない?」
兄弟が同じ年に結婚をするとどちらかが不幸になるだのという、縁起の悪い迷信めいた言い伝えもあるが、実のところは、招待される側の負担が大きくなる、というのが理由のようだ。
「なら俺たちの方が先だろ? 決まったのもこっちの方が早いし」
「それを言うなら、長男が先に結婚した方が体面もいいだろう?」
篤樹が先手を主張するが、幸希も負けずに言い返す。
「はぁ? 見る限りプロポーズもしてなさそうなのに何言ってるんだよ」
「プロポーズならとっくにしてる」
幸希の言葉に、花菜実がすかさず反応した。
「え? された覚えなんてないですけど……」
「先月、幼稚園に行った時にしただろう?」
それは幼稚園から帰る時に彼が言っていた、
『婚約者の件、僕は本当のことにすればいいと思ってる』
『結婚したらいいんだ、本当に』
のことだと花菜実はすぐに分かったが、もちろん彼女はそれが本気の求婚だなんて思っていなくて、
「あ、あんなのプロポーズだなんて……そもそも、まだそんな段階じゃないですから。……あの、依里佳さんたちはこちらにはかまわず、どうぞ予定通りにご結婚の方進めてください。おめでとうございます」
と、篤樹と依里佳に目配せをした。すると幸希はため息をつき、
「……分かった。最悪結婚式は再来年にするとしても、僕はすぐにでも入籍して一緒に暮らしたい」
釈然としない様子で言い出した。花菜実は花菜実で呆れたようにかぶりを振り、
「無理です」
きっぱり一刀両断した。
「どうして?」
「今、言いましたよね? まだそんな段階じゃない、って」
「僕はもう二ヶ月以上も花菜実と結婚したいと思ってたけど、まだ待たなきゃだめか?」
「そんなこと、たった今、初めて聞きましたけど?」
「花菜実もこの間、僕と離れたくないって言ってくれただろう?」
「『離れたくない』なんて、言ったことはないですし、仮に言ったとしても、それとこれとは話がまったく別ですから」
幸希が花菜実の部屋から帰る時、確かに離れがたくて引き止めはした。けれど、そんな具体的な言葉は口にしたことはなかったから。一応否定しておいた。
「花菜実はそんなに僕と結婚するのが嫌?」
「そうは言ってません、早すぎると言ってるんです」
「どうせ結婚するんだし、早くてもいいと思うけど」
何を言っても自分の意志を曲げそうにない幸希に、遂に花菜実の中で何かが切れた。
「――もう! いい加減にしてください! そもそも私たちはつきあい初めて一ヶ月経ってないですよね? しかもここ何週間も会ってなかったし、私があなたに気持ちを伝えたの、ほんの小一時間前ですよ!? ただでさえ今日は、情報過多で混乱しているのに! それに結婚なんて、決意してすぐホイホイ出来るようなものじゃないですよね? 私にはよく分かりませんけど、幸希さんみたいな方はなおさら、おいそれとはいかないものなんじゃないですか? 何より、私、こちらにお邪魔してからまだ一度も幸希さんのご両親と言葉を交わしていないんですよ!? それなのに一人で先走って、すぐに入籍したいだとか暮らしたいだとかわがままばかり言って! 子供か! ……とにかく、一度落ち着いてください。……分かりましたか?」
「花菜実の方が落ち着――」
「わ、か、り、ま、し、た、か?」
「……はい」
目を細める花菜実のいつにない迫力に、幸希はわずかにたじろぎ、こくん、とうなずいた。一方彼女は燃え尽きたように肩で息をしていた。
「……ぁ」
周囲がシン、と静まっているのに、ようやく気づいた花菜実。
「……」
幸希の両親、そして依里佳はぽかんと口を開けてこちらを見ている。唯一、篤樹だけが、自分の左側にあるソファの肘かけにつっぷして震えていた。
「も、申し訳ありませんっ。とんだ醜態をお見せして……っ」
花菜実は真っ赤な顔を隠すように、頭を下げた。
「あははははっ、……は、腹痛い、マジで……っ」
遂に耐えきれなくなったのか、篤樹が腹を抱えて笑いだした。
「……篤樹、失礼よ」
百合子が諌めるも、篤樹は笑うことを止める様子はなく、
「だ、だってさぁ……! 兄貴、いい年して、叱られてんの……! ……っていうか、結婚後の二人の生活が容易に想像出来るわ、俺……!」
「篤樹、笑いすぎ」
そう呟く依里佳も、今にも笑い出しそうに表情を緩めている。
「ごめんなさいね、花菜実……ちゃん、だったかしら」
「は、はい!」
「私たち、こんなに落ち着きのない幸希を見るのは初めてなのよ。普段は年の割に老成しているものだから、物事に動じることなんてほとんどなくって。よほど花菜実ちゃんのことが好きなのね。いいものを見せてもらったわ。ねぇ?」
百合子がクスクスと笑いながら、隣の嘉紀を見る。篤樹に釣られたかのように、彼もまた笑いを堪えている様子だ。
「幸希に説教する女性なんて初めて見たなぁ。でもこの子があなたを好きになったのが分かる気がするよ」
「私たちが言いたいことは、全部花菜実ちゃんが言ってくれたわ。……幸希、とにかく結婚については、後で二人でよぅく話し合いなさい。篤樹と張り合ったりしないで、自分たちが納得いくようにするのが一番なんだから」
(えー……、ろくに話もしてないのに結婚とか許されちゃうの……? 何だか、想像していたよりも緩いご家庭なのかしら……)
目の前で展開される会話の内容に、花菜実は驚きを隠せず、目を瞬かせた。
それからは彼らに混ざり、自己紹介を交えた談笑をして。嘉紀から馴れ初めを聞かれたが、花菜実ですらいまいち分かっていなかったので、
「実はよく分からないのですが……幼稚園の前で話しかけられました」
そう答えると、篤樹がいきなり大声を上げた。
「あぁ! そっか、だから兄貴、翔の運動会に行きたいなんて言い出したんだな? 変だとは思ってたけど、花菜実先生目当てだったのかよ!」
「今頃気づいたのか、篤樹」
幸希がクスリと笑った。
「え、そうだったんですか?」
花菜実が尋ねると、
「それ以外にどんな理由があると思う?」
当然のようにそう答えた。
「翔に誕生日プレゼントを持って来たのも、選んでもらうという名目で花菜実先生をデートに誘ったんだな。彼女に近づくために翔をダシにした、と」
「それに関しては篤樹は人のこと言えないからね」
依里佳が苦笑した。
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